黒髪ロングボディビルダーの幽霊に住み着かれた津田の話
「野村、ちょっと聞いてくれよ」
「あ? 津田か。どうした?」
「おれの家、何かいるみたいでさ」
「何かって何?」
「髪の長い幽霊」
「なにそれ?」
「最近さ、風呂場の排水溝が詰まるんだ」
「そりゃ掃除しなきゃ詰まるだろ」
「毎日毎日長い髪の毛がもっさりと詰まるんだよ」
「そりゃ髪を洗ったら抜けるんだから、詰まるだろ」
「いや、おれスキンヘッドだぞ」
「そうだなあ。あ、彼女のじゃね?」
「お前おれに彼女がいないの知ってるだろ」
「じゃあ家族だ」
「おい、ちょっとは真面目に聞けよ。おれ一人暮らしなの知ってるだろ。それに毎日廊下にも何本か落ちてるんだよ。しかも落ちてる場所が少しずつベッドに近づいてきてるんだ」
「へー」
「お前な、人の相談に対して真顔で『へー』の一言はひどすぎるだろ」
「因みに何色の髪なんだ?」
「真っ黒」
「よかったじゃん」
「え? なにが?」
「赤とか緑とかだったら怖いけど黒だろ。ホラー映画で定番のやつだし大丈夫だろ」
「黒でも怖いわ! いや、赤も緑もそれはそれで気持ち悪いけどさ。てか、ホラー映画の定番が現実に起きたらアウトだろ」
「贅沢言うなよ。白髪ロン毛が詰まってるよりマシって思えば乗り切れるって」
「乗り切れねえよ」
「きっと黒髪の似合う美人さんなんだって。お前彼女欲しがってたじゃねえか」
「生きた人間のな!」
「愛さえあれば生きてるか死んでるかなんて関係ないって」
「黙れ! お前の頭の中はお花畑かよ」
「でも髪の毛だけで物理的な被害はないんだろ? お前んち家賃安いって言ってたじゃん。それぐらい我慢しろよ」
「いや、他にも困ってることはあるんだよ」
「へー、何?」
「……金縛り」
「はい、出ましたー。王道きましたー。金縛り。お前ひねりがないんだよな。そんなんだから合コンも呼ばれないんだよ」
「うるせえ、おれは芸人じゃないから話が面白くなくてもいいんだよ」
「よくねえよ。話の面白くない筋肉だるまスキンヘッドを好きになるやつなんていねえよ」
「お前さっきから言葉の暴力がえぐいって。おれでも流石に泣くぞ」
「いやーすまん、さっき自動販売機に100円玉飲み込まれたからさ」
「八つ当たりじゃねえか! 聞いてくれよ! おれの悩みを優しく聞いてくれよ!」
「わかったよ。で、金縛りがどうした?」
「ここ最近寝てたら布団の上から両方の足首を掴まれるんだよ」
「お前みたいな男の足なんて誰も触りたくねえよ」
「聞けよ! なんで相談相手にこんなに罵られなきゃいけないんだよ」
「で?」
「いやいや、で? じゃねえよ! ……まあいいや。真夜中にいきなり足首を掴まれるんだ。視線も感じるから確かめたいけど目は開かないし体も動かない」
「そりゃそうだ。金縛りだからな」
「時間が経つごとに握られる力が強くなっていって、骨が折れるかもしれない、って思ったタイミングで金縛りが解けるんだよ」
「そして朝になって足首を見たら手形が二つ……」
「そうなんだ……ってなんでお前が先に言うんだよ!」
「いや、王道過ぎて誰でもわかるってそれ」
「でも言うなよ! おれに言わせてくれよ! ほら見ろよこの手形!」
「……なんということでしょう。匠の手によってむさ苦しい男の足首に綺麗な手形がついています。指の形までくっきりと付いていてこれはもう芸術の域」
「テレビのナレーションみたいに言うなよ! そんないいもんじゃないし……」
「それにしてもでかい手形だな。男の手のサイズっぽくない?」
「え?」
「いや、だってほらおれの手よりも大きいし指も太い」
「……たしかに」
「じゃあお前の家にいるのは黒髪ロングのボディビルダー男の幽霊だ」
「なんでそうなるんだよ」
「筋肉だるまのお前が力負けするんだぞ。しかもこの手のサイズだし。うちの大学一の筋トレマニアのお前よりパワーがあるとしたらボディビルダーみたいなムキムキなやつだろ」
「……そうなるのか?」
「よかったな」
「なにが?」
「考えてみろよ、黒髪ロングの女の幽霊よりも黒光りした黒髪ロングのボディビルダーの幽霊の方が怖くないだろ?」
「違う意味で怖いわ! 圧迫感があるだろうが」
「でもきっと笑顔だって」
「怖いわ! おれその笑顔見えないし、見えても笑顔で足首握られるって怖すぎるわ!」
「怖かったらとりあえずコールでもしてあげたらいいんだって」
「コール?」
「『キレてるね!』とか『お前の腕はあの夏の入道雲!』とか」
「どの夏の入道雲だよ! それにそんなフレーズを一人で叫んでたら近所からクレームがくるわ」
「あと変な目で見られるだろうな」
「当たり前だ! お前に相談したのが間違いだった。もういいや、おれ引越し先を探すことにするわ」
「おれいい物件知ってるぞ」
「え、まじで?」
「事故物件なんだけどさ」
「スタートがもうおかしいだろ!」
「まあ最後まで聞けって。家賃がなんと月1万円」
「安いな。でも事故物件だからな」
「事故物件って言っても大丈夫。殺人事件だ」
「どこが大丈夫なんだよ!」
「ちゃんとお祓いしてある」
「してなかったら無理だろ! いやしてても嫌だって。もういい自分で探すから。そうだ! 講義ないしもう今から不動産屋見てくるわ」
「そうか、頑張れよ」
「おお」
津田と話したのはこれが最後だった。
この話をした三日後に津田は死んだ。死因は窒息死だそうだ。口の中に黒い髪が押し込まれ喉まで詰まっていたそうだ。
大家さんの話によるとこうだ。津田の死体が見つかる前の日の深夜、「キレてるよ!」みたいな意味不明な津田の大きな声が何度も近所に響いた。
近所迷惑だと思い朝になってから注意しに行くと全開になっていた窓からベッドで寝ている津田が見えた。インターホンを何度鳴らしても反応がない。寝ているのかと思い、出直そうかと考えながらもう一度窓から中を覗くと津田の口から大量の黒い何かが垂れているのが見えた。なんとなく嫌な感じがして大慌てで警察を呼んだ結果、津田が死んでいることがわかったそうだ。
検死の結果でも津田の死因は窒息死とされた。窒息死で間違いないらしい。でも津田の死体を見た大家さん曰く死体には不自然な箇所があったという。
津田の足首は握り潰されたように細くなっていて、足首から下の部分が左右ともにベッドの下に落ちていたそうだ。
「でも、床が血で汚れてなかったんだ。不思議だろう?」
大家さんはそう言って首を傾げていた。