9. 地竜
ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
地面が揺れている。激しく揺れている。ゴーレムが現れたときの比ではない。立っていられないほどの揺れというのは、確か震度6くらいだったはず。しかしこれはもっと上だろう。白鬼でさえ四つん這いになって動けずにいる。鴇田 料など大嵐の海を漂う木っ端のような状態だ。
「と・び・田~~~! 余計なこっ……」
竜胆が真っ青な顔をして焦っている。いや元から青いんだけどね。
〝地竜〟はロゴスの『大地』を司る。
〝水妖〟はロゴスの『水』を司る。
ロゴスとは〝界〟と呼ばれるドミニオンのひとつで、その支配領域内におけるさまざまな事象、つまり森羅万象の理を司る彼らは〝グレート・ウィザーズ〟と呼ばれる。
大小を問わず万象の理に干渉し、これを書き換え、さらには創造する力のことを〝神の通力(神通力)〟または〝魔力〟というが、グレート・ウィザーズは、その偉大な魔力をもって〝界〟全域の理を司る。
ちなみに、神通力と魔力はともに〝魂魄〟を根源とする基本的メカニズムを共通している。いずれも魂と魄の比重を主体に、個人の属性などがブレンドされて〝力の質〟に違いが生じ、これによってその発動様式である魔法などが限定される。つまり量だけでなく質の違いが魔力のコアといえる。
たとえば放出系の火炎攻撃魔法はどんなに巨大でも瞬発的な大きさでしかないが、グレート・ウィザーズの仕事は一発ぶっ放して終わり、といった類いのものではない。領域内における事象の理を司るというは、その体系的空間を維持する広範囲かつ持久的という意味において魔力の量と質が違う。だからこそ誰でもがなれるわけではない。
などと能書きを垂れている間もロゴスの大地は揺れ続けている。揺れているだけでなく地盤自体がうねっている。地竜が目をひん剥いて怒っているせいだ。
ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
しかし意外なことにこの状態の中でも料は、地竜の見開いた目を愛嬌があるな、などとぼんやり眺めていた。
もともと冒険者より傍観者という言葉がしっくりくるようなやつだ。小心者だが無駄に慌てふためくといったことがないのは、ジタバタと動くのは面倒臭いということらしい。白鬼との対戦を強要されそうになった時のように命にかかわることなら話は別だが。まあ、この状態が命にかかわるのか、かかわらないのかは判然としないとしても。
土属性の地竜と水属性の水妖は仲が悪い。
土剋水などという。逆に土属性は水属性に敵わないともいう。属性の相克。いずれにせよ相性が悪い。
グレート・ウィザーズ同士ではよるあることだ。彼らは力もあるし個性も強いためぶつかり合うとなると徹底的にやってしまう傾向が強い。
そもそもこの二人は出会いからして最悪だった。
二人が初めて出会ったとき、水妖はいつもの調子で地竜のことを根掘り葉掘り訊きまくったあげく言い放ったのが、
「あなた、貧相な顔ね。本当に竜なの?」
確かに地竜はモグラ似だ。しかも全長50cmというのは竜族として珍奇な存在。しかし地竜は間違いなく竜の一族だ。その気になれば〝ドラゴンブレス〟だって出せる、と本人は言っている。見た者はいないけど。
この時のことを、ずいぶん昔のことでもあり水妖はすっかり忘れているようだが、地竜は忘れていない。
それ以来、地竜は水妖の顔を見れば毒づき、地竜の毒に水妖も憎まれ口をたたく。ふたりが顔を合わせる機会などめったにないが、もう数百年、そんなことが延々と繰り返されている。
「わずかな一滴でさえ水は巌を穿つものですよ」
「は~、長生きなばあさんの言葉らしいの~」
ちなみに地竜は水妖より十日ほど若いらしい。
「大洪水で平原を削りましょうか?」
「湖の底を押し上げて平地にしてしまおうかの?」
互いへの直接攻撃を避け相手の棲みかを潰すと脅しをかけている。大人の選択というか? 大人げない選択というか?
お互いに顔を合わせればこんな会話が続く。おそらく属性より個体による相性の悪さがもろに出ているのだろう。
もちろん料はそんなことは知るはずもない。自分の発言が発端だということぐらいは認識していたが、ロゴスの住人ならば当然知っているべき危険行為だとは思いもしない。ロゴスの住人、いや魔界の住人ですらないからね。
もはや地竜の怒りは永遠に収まらなかに見えた。このロゴスの地盤は崩壊してしまうのではないかとさえ思えた。
そのとき、
キラッ!
ロゴス城から小さな煌めく物体が凄まじい勢いで飛んできた。さきほどゴーレムを砕いたのとは少し角度が違う。もちろん料はそんなことに気付くはずもない。
料が確認したのは地竜のモグラのような小さな額に刺さっている銀のフォークとほばしる血しぶき。
そしてそれよりも印象的なのは地竜の笑顔。あれほど怒りで歪んでいた顔が、これほど晴れやかな笑顔がこの世にあるのかと思うほどのものになっている。
地面の揺れは収まった。白鬼も竜胆も呆然と地竜のほうを眺めている。
料は鬼たちの姿ももちろんだが、額にフォークを刺さったままなぜか自慢げにしている地竜の顔という光景を意外と冷静に俯瞰していた。