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まおムコ  作者: 相友エヲ
魔界召喚編
8/9

8. 草原にて


 あの不戦勝から三日。鴇田とびた りょうは日中の時間のほとんどをロゴス城の前に広がる草原で過ごしていた。空は澄み渡り、風は心地よく、暑くも寒くもない。もう昼寝には絶好のポイント。さらに、義務の一切ない自由。料にとって楽園のような環境。ここが魔界だとか、家に帰れないとかなど、大したこととは思えない。まだ三日目だし。むしろ暫くこのままでいい気さえする。とりあえず魔ものにも喰われてないし。


 ただ少し離れたところに常に感じる気配。目を薄く開けると見える大きな白い存在には若干の窮屈さを覚える。料と闘うことを避けた白い鬼。結果、隷従法を施されたのだから料の傍に控えているのは不思議ではないのだけれど、従者など持ったこともなく、そもそも鬼の知り合いなど持ったこともない料にすれば、どうにも持て余す。

「……」

「……」

 さらに白鬼も口数の多い方ではないようで、二人の意思疎通がうまくできているとはいえない状態なのは確かだった。

(面倒臭っ)


 それでも白鬼はまだマシだった。黙っているだけだから気にしなければ害はない。

 それよりも、料の平穏を脅かす存在が他にあった。


「白鬼様、昼の食事をお持ちしました」


 水色の肌を持つ鬼っ娘。額の右に角が一本。小柄な体ながら背中の腰高に大振りの剣を佩いている。名を〝竜胆りんどう〟という。

 闘技会以降は猫まんまに代わって料の世話係になっている。

(そういえば猫まんまはどうしたんだろう?)

 猫まんまはあれから一度も姿を現わしていない。彼女は存在しないようでいて必ず存在していた。彼女のサポートは完璧だった気がする。


 ところが、である。


 竜胆はどうなんだ? こいつは一体?

 闘技会の早朝に料が白鬼の部屋を訪ねたとき白鬼の世話係だった彼女とは一度会っていた。そのときも素っ気ない態度だったのは覚えている。まあ、小柄でも鬼だし、美少女でも鬼だし。キツイ目つきだし。変に愛嬌があるより鬼としては自然だろう。もともと他人に期待することが少ない料にとって自分へのお座なりな対応などそれほど気にすることではない。

 しかし、白鬼へのあの態度はなんなんだ? あのときとずいぶん変わった? なんだかやたらに積極的で、あからさまで。


「白鬼様、今日の味付けは如何ですか? なんでも日本というところの料理だそうです。アイノが作ったんですけどね」


 白鬼の方は渋めの表情をほとんど変えないのに、めげもせず、彼女は用事が済んでもなかなか白鬼から離れようとしない。口数の少ない白鬼との会話を無理矢理弾ませようとする。


(ウザイ……)


 料には単なる人間関係でも煩わしいのに、それに女子が絡むなど想像もしたくもない。できれば他所でやって欲しい。



 そんな料の平穏を脅かす存在に若干ムカついているときだった。

 突然地面が唸り、強く揺れる。


 ゴーーーーー!


 そして料から百メートルほど先の地面がゆっくりと隆起しだす。全部で五か所。料は目の前で起きている現実を呆然と眺めていた。なんか温泉でも吹き出すのか?

 しかし温泉どころか隆起した地面はどんどん人型に。まるで土人形……。しかも五メートルはありそうな土人形。まるでゴーレム……。っていうかまさにゴーレム!

 あっという間に巨大ゴーレム五体が料を見つめように並ぶ。

 いや、ゴーレムに意思とか知性があるとは思えないので見つめられていると感じただけかもしれないが、あきらかに料に向けて配置されてる。


 ただゴーレムの配置が完了したときにはすでに、料を庇うような形で白鬼と竜胆が戦闘態勢を取っていた。

 白鬼たちの背中に殺気がみなぎっている。

 さっきまでの竜胆の下心はどこへ……?

 すると、


 ドーーーン!!!


 戦端が切られた合図。白鬼が歩き出した中央のゴーレムにぶちかましをかます。白鬼は三メートル近くあるが動きは俊敏だ。この巨大ゴーレムに比べるとかなり小さいが力負けもしていない。

 さらに白鬼は体当たりの反動を利用した下がりながらの回し蹴りを右隣の一体に入れる。するとそのゴーレムの軌道がずれて、右端の一体と接触する。


 ゴッ!


 接触した二体の前進が止まる。

 このゴーレムたちは巨大ではあるが、あまり高い性能を有しているわけではなかった。白鬼が右三体をどつきまわす。

 それでもやはり巨大なゴーレムの圧は高い。白鬼の左で竜胆はその小さな体に似合わない大剣を振るうが、さすがに二体のゴーレム相手に押され気味だ。


 ガッ! ガッ! ガッ!


 竜胆の大剣がゴーレムを削るものの徐々に前進する二体。ずるずると料との距離を十メートにまで縮めていた。さすがに抑えきれないと思った竜胆が声を張り上げる。


「鴇田、さっさと逃げろ!」


 その声でやっと我に返る料。しかし逃げるどころか立ち上がれない。腰が抜けて地面に座ったまま動けない。

 いや~、腰を抜かすってほんとにあるんだ、などと考える程度の思考の余裕はあるが、精神的な余裕はない。つまりは〝小心者〟でいいと思う。

 すると竜胆はそんな状況を直ちに理解する。同時に彼女は自分の警護すべき対象のあまりの不甲斐なさに微かな苛立ちを覚えてしまった。ギリギリのところで二体のゴーレムを抑えていた彼女の心にできたほんのわずかな隙がミスにを生んだ。

 彼女の大剣が空を切る。


「ちっ!」


 それで一体の抑えが外れ、前に出られてしまう。図ったように別の一体が竜胆へ押してくる。竜胆はあとを追えない。自由になったゴーレムが料に迫る。進行は遅くとも五メートル近い巨体が十メートルを切った位置にいるのだ。もはや距離はないに等しい。

 そしてゴーレームが振り上げた巌のような、いや〝よう〟ではなくまさしく巌の腕が料めがけて叩きつけられようとしたそのとき、


「ドーーーン!!!」


 一瞬の出来事だった。料の目の前で巨大なゴーレムが粉々に砕け散った。

 ロゴス城の方から飛んできたなにかがゴーレムに命中した。それくらいは料にも確認出来た。おそらくそれで間違いないと思う、程度だが。

 そして次の瞬間には他のゴーレムたちが一斉に動きを止め、さらには崩壊。ただの土山となった。


「ふ~」


 とりあえず攻撃は終わった。竜胆が顔を上げ辺りを見回す。ゴーレムたちは意思を持たない。それを操っていた者が存在する。彼女には心当たりがあった。


「フォッ、フォッ、フォ~」


 その声の主は料の目の前にできた土山のテッペンから顔を出し、料を見下ろしている。


「いまのは母親かの? 娘かの?」


 料が見上げるとそこにいたのは、……モグラ? ほぼモグラ……。ひとつだけ、地球のモグラとは決定的に違うところがあった。それは、クリクリとした大きな瞳。

 地中に棲む地球のモグラは目が退化していて付いていないわけではないが、あんな大きな瞳はしていない。

 料は目が合うと不思議な気分になった。流れからしてこいつが襲撃の首謀者と容易に予想はついたがなぜか怒りが湧いてこない。いや正確には怒りが霧散した感じだ。

 しかし彼女は違った。


地竜ちりゅう様、お戯れが過ぎます」


 竜胆は片膝をついてこうべを垂れている。しかも余程の相手でない限りタメ口が基本の彼女がタメ口を控えている。ということは、このモグラ似の地竜というのは余程の相手なのだろう。

 それでも文句を言ってのける彼女は凄いと思う。結構切れ気味だ。

 魔界では力がルールなのだと、猫まんまが言っていた。力弱きものは力強気もの前ではじっとしているしかないのだと。

 竜胆も地竜の前で一応、畏まった態度は示している。しかし、理性より感情が勝るのは鬼族だからなのだろうか。けれど同じ鬼族でも白鬼の方はゴーレムたちが崩壊した直後からほとんど動かず、こちらを黙っって眺めていた。おそらく込み入った状況の把握などは苦手というところか。

 それでも突如ゴーレムが現れた時には何の迷いもなく、躊躇いもなく料を護るための行動を起こしている。もちろん竜胆もだけれど。

 料のようなただの人間が魔界で生き延びるには彼らのような存在が不可欠なのだと痛感する。面倒とか、ウザイとか思って悪かったななどと、料が漠然と思っていると、


「あの偏屈娘の相手が決まったというのでその顔を拝みに来たのじゃが、なんとヒトの子だとはの~」


 地竜を見てしまうと、そのクリクリとした大きな瞳と、爺さんのような喋り方とのギャップが妙にツボって料の表情はかなり緩んでしまう。


「お主、名は何という?」

「あっ、俺? ……鴇田 料」

「ワシのゴーレムはどうじゃった?」

「どうって……。ちょっと昼寝の邪魔かな……」

「昼寝の、……の~。恐ろしくはなかったか?」

 

 そいえば腰が……、いや、しかし起き上がると普通に立ち上がることができた。


「ほう、抜けた腰はもう癒えたか?」


 なんだ知ってるのか? 地竜の瞳のおかげということも知ってるのかな? まあ、黙っとこ。


「それにしても、とんでもなくひ弱じゃの~

 まあ、ヒトなんぞ、大概こんなもんだわな~

 それでも肉は柔らかそうじゃ。フォッ、フォッ、フォ」

「地竜様!」

 さすがに竜胆がツッコむと、

「そう言うが竜胆よ。今回の件、一番得をしたのはおぬしではないか?」

「っ!」

「白鬼とは珍しい。まだ子供のようじゃが、いい種を持っていそうじゃの~、のぉ竜胆」

 なんかモグラがニヤついている。

 竜胆は顔を引きつらせる。


 って、おい!

 子供って、白鬼が? あの渋いイケメンが???

 それに〝種〟ってなんだ? ……大人の話?


 料は白鬼へと視線を向けるが、さきほどからほとんど動いていない。自分のことが話題なっているのも、まるで気付いていないようだ。バカなのか? 幼いのか? 料は白鬼との意思疎通をなんとなく避けてきたが、少しだけその必要性と彼に対する興味を自覚した。


「ときにヒトの子よ、こちらの水は合いそうか? 合わんといっても、あちらに戻ることはできんじゃろうがの~」

 あ~おれはもう戻れないんだ、などと思いながらも料は「ああ、水妖さん奇麗だしね」

 あのおしゃべりがなければなどと思いつつ、ロゴスのすべての水は水妖が司っているのだと猫まんまに聞いていた料は一応気を利かせたつもりで、そう口に出してしまった。

 すると、


「はっ! 水妖のババアじゃと!!!」


 地竜は大きな瞳をつり上げモグラのような顔に怒りをみなぎらせる。


「えええ~~~???」




 




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