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まおムコ  作者: 相友エヲ
魔界召喚編
6/9

6. フェス


 魔界のものは闇に生きる? いや、それは偏見だ。魔族や魔獣だけでなく、天界から魔界落ちしたもの、そもそも魔界の固有種でないヒト・ドワーフ・ゴブリンなどの実体種、魔界といっても様々なユニークボディや種族が存在する。例えば地球の生命も多様性を持つが、それらはひとつの自然律を基盤として存在している。ところが魔界には自然律そのものを改変・創造する力が存在するのだから彼らに共通基盤があるわけもなく、地球の多様性などとは比ぶべくもない。

 単に魔ものは人を惑わすもの、仇名すものというイメージからダークな、闇な存在として魔界のものを捉えるのはそもそも失礼だろう。まあ、ヒトは喰うけどね。


 つまり早寝早起きな悪魔だっている。原初の悪魔族であるマーガレットは夜明けとともに起き、夜更かしなどしたことがない。確かに12歳という子供だということもあるが、次姉アナスタシオは子供の頃から夜の森で魔獣をいたぶって遊んでいたし、反対に長姉カテナチオは一日中寝てばかりいたそうだ。……それにしても娘の名前で遊びすぎだよ、リッカドンナさん。


 マーガレットは朝一番に、〝漆黒の繭姫まゆひめ〟という異名の起源となった流れるように伸びた漆黒の髪を侍女にブラッシングしてもらう。そのとき彼女は例の闘技場が視界に入るとつい瞼を閉じてしまう。

 ロゴスのありようはリッカドンナの趣味で気まぐれに度々変わる。現在は古いヨーロッパの建築様式に倣っている。

 ところがマーガレットの部屋だけは全くの別物で、いや別物どころかその円形の空間は壁に仕切られたはずの四角い空間よりはるかに広い。しかもマーガレットの空間系魔法によるその部屋は宇宙空間とか亜空間に近く、床や壁・天井が存在するのに上下左右の感覚を奪う恐れがあり慣れた者しか入れない。侍女のなかでは山口やまぐち 愛乃あいのだけだ。愛乃は日本人なのに自由な感覚を持ち、一方で日本人らしく手先が器用なうえ丁寧な仕事をするためマーガレットの側使いのなかでは最も重用されている。


「同郷のものだと心が痛むか?」


 今回の生贄は愛乃と同じ日本人だと聞いた。だからといってマーガレット自身に特別な感情がわくわけではない。そもそも悪魔は他者への愛情という観念が薄い。しかし重用する部下への気配りくらいはする。それは結果的に自分に返ってくる。今朝のブラッシングを受けながら話題を振ってきた。

「……まだ若そうですし……、少し気の毒には感じます」

 愛乃は複雑な表情を見せる。後夜祭の血祭り、そうフェスティバル。ほとんど後の祭り。そこに供される同胞の少年。四年以上魔界に暮らす愛乃でもさすがに割り切れない思いを隠し切れないようだ。しかし、料が聞いたなら〝同情するなら同乗してくれ!〟と叫ぶかもしれない。―――陳謝。


「それより、黒姫様こそ白鬼をどう思われました?」

 愛乃は素早く話を切り替える。

「……、われには……、少し大きいな……」

 この闘技会は、ぶっちゃければマーガレットのペアリング、性交相手を捜すためのものだ。まあ、優勝してもマーガレットが気に入れなければ拒否できるので、単なる候補に過ぎないのだが。

「でもなかな端正な顔立ちでしたよ」

「顔立ちなど、さほど気にせぬが……」

 マーガレットは年齢からみてずいぶんと幼い体型をしている。これは成長期前のカーマイン(カーマ族)の特徴。彼女たちは体型の成熟、さらに重要なのが魔力容量の伸張に男の精液を摂取することが不可欠という問題を抱えている。自身の成長について他者に依存しなければならないことについて、全能といわれる一族だからこそ大きな屈辱感を持つものも少なくないのだ。

「……面倒なことだな」

 

 

                *

 

 

「今朝早くに、ヒト族の子が鬼族と面会したそうよ」

 ここは闘技場貴賓席の奥にある控室。鴇田とびた りょうがカップアイスを差し出したときと同じ王様椅子に腰かけ傍らの娘に笑顔で話しかけているリッカドンナ。

 料の行動はすべて把握しているようだ。

「昨夜は水妖にも会ったようですし、魂魄こんぱく吸収の能力を求めたり、間界はざまかいからなにやら取り寄せたり、思ったより足掻いているようですね」 

「そうですか……」 マーガレットは明らかに興味がない様子。

「すこしは見応えのある戦いを見せてくれるかしら? おそらく無理でしょうね。ふふっ」

 マーガレットにしてみればどちらでもいいこと。できれば観戦したくないが、母の楽しみに水を差すのも悪いと思い黙っている。


 ところが急にリッカドンナがしんみりと、

「ねえ、マーガレット……」

 マーガレットのこめかみがピクリと動く。

「今回で決める必要はないのよ」

 マーガレットのことをマーガレットと名前で呼ぶのはリッカドンナだけだ。マーガレットがマーガレットと呼ばれることを嫌っているのは魔界の住人なら誰もが知っている。もちろんリッカドンナもだ。知ったうえでわざと語り掛けるところが、この母のたちの悪さ。

「カテナチオは一回だけど、アナスタシオは三回もやったのだから、マーガレットだってマーガレットがマーガレットとして納得のいくまでやればいいのですよ」

 マーガレットのこめかみに青筋が立つ。

 リッカドンナは穏やかな笑顔を娘に向ける。

 マーガレットも引きつった笑顔で返す。

「ありがとうございます。とりあえず今日、お母さまを満足させる内容になることを願っております」

「そうね、うふふ」 満足そうに微笑むリッカドンナ。魔王と呼ばれるほどの力を持った悪魔の勝利の笑顔……、なんかマジそれでいいのか?

 母の偉大さは知っている、同時にその面倒くささも骨身にしみている。マーガレットは、いっそのことあのヒト族が勝てばいいのにと思ってしまった。

「マーガレットの興もすこしは乗ってきたようですし、集まったみなも楽しみに待っています。さあ、席へまいりましょう」

 リッカドンナが王様椅子からたおやかに立ち上がる。



 二人が貴賓席に顔を見せると、ほぼ満席の観客が一斉に立ち上がりる。

 歓声を上げ、指笛を吹き、床を踏み鳴らす。

 血のたぎりを抑えられない様子。

 今日は血祭り、血の祭り。ブラッドフェスティバル。偉大なる魔王に生贄の血を捧げる大切な儀式。などというのは建前で、観客たち自身がそれを望んでいるのだということは、信仰心や忠誠心など欠片も持たない魔界のものたちは百も承知だ。

 それでも、自分でない何者かの血にエキサイトするのは魔ものだけの特質ではないことだけはいっておく。

 二人が席に着くと同時に〝ドッカーン〟という花火か空砲のような音が闘技場近隣まで響き渡る。もちろんここに花火も大砲も存在しない。これは〝爆音ロアーボール〟という魔法の一つで、攻撃性はゼロだが思念通信の苦手な種族にも届くためなにかしらの合図にしばしば使用される。


 さあ、祭りのはじまりだ。

 左右の闘士控え室の扉がゆっくりと、分厚い金属の軋む音が聞こえるかのようにゆっくりと開け放たれる。

 一斉に歓声が大きくなる中、先に姿を現したのはヒト族の少年だった。ガラクタのような剣と盾を手に粗末な軽鎧を纏って、それでも怖気ずいている様子はない。状況を理解できないほど愚かなのか? ヒト族は意外と知恵が回るらしいが、個体差が激しいとも聞く。

 観客に少しづつ不満が広がっていく。スケープゴートは怯えていた方が盛り上がるというものだ。床を踏み鳴らすものがどんどん増えていき、生贄を威嚇する音が闘技場を埋め尽くす。

 ところが少年は、何を思ったのか、掲げた盾に剣を打ち付け足踏みを煽っている。

 自分への励ましだとでも思ったのか? ヒトとは妙な種族だとリッカドンナは感心する。

 しかし観衆はそれで気を削がれ、次第に静かになった。


 一通り場内が落ち着くと、相手が出てこないので、貴賓席のほうへ料が寄って来た。ごく自然に、ごくごく当たり前のように、なんの躊躇もなく、リッカドンナを下から見上げながら話しかけてくる。

「水妖があんたを小娘呼ばわりしていたけど、水妖ってどんだけ生きてんの?」

「すでに三千年を超えているはずですよ」

「三千年! スゴッ。じゃあ、三百歳程度じゃ小娘呼ばわりでも仕方ないね~?」

「なにを言っているのです、わたくしはまだ五十にもなっていないピッチピッチですよ。小娘どころか生まれたばかりの天使といっても過言ではありません」 リッカドンナにしては珍しい軽口を叩くと、わざとらしく拗ねたような表情を見せる。まあ、外見は天使どころか女神といっても通りそうだが、なかなかあざとい……。

 しかしそこでリッカドンナは料のかけたカマに気づいた。

「あら! まあ、まったくそなたは、サラッと女性の年齢を聞き出して油断がなりませんね」

 悪魔というか、カーマインは年齢が分かりにくい。そもそも人間とは与えられた時間が違うし。

 カーマ族の寿命は四~五百年。肉体・霊体それぞれの系統において成熟を見るのに二十年。魔主体は百年以上成長を続ける。そして全能の悪魔族の礎石であるロゴスを継承し、魔王と称されまでの実力を備えるには最低でも百年以上の歳月を要するといわれる。

 つまりリッカドンナはこれにあたるが、それを知るはずもない料が訝しげな視線を彼女に向けていると、隣に座るマーガレットが射るように睨み返す。その赤い瞳からはまさにビームでも出そうだ。

 しかしそのとき、


「おーーーっ!!!」


 闘技場に再び大きな歓声が沸き起こる。

 もう一つの控室から白鬼が出てきた。ゆっくりとした足取り。やはり武器は持っていない。

 それをボーッと眺める料に対して、

「そなたも中央へ」

 口調は柔らかくともきっぱりとしたリッカドンナの言葉が料の背中を押す。

 はいはい。料は小走りに広場の中央付近まで戻るが、そこでなぜか場内がまた騒然となる。


 なんだあれ?

 どうしたんだ?

 動かないぞ。


 白鬼を見ると、扉を出てすぐの場所で歩みを止めてしまっている。棒立ちのまま目を閉じている。

 それを確認したリッカドンナは静かに状況を見ている風だったが、内心ニヤつきが止まらない。おそらく彼女以外にこの事態に妙味を感じている者はいなかっただろう。

 果たして次の瞬間ここにいるものたちは信じがたい光景を目にすることとなる。


 白鬼がクルリと後ろを向き、胡坐をかいて座ったのだ。


 それは明らかに戦意がないことを意味していた。

 この戦いには審判役を務めるものがいない。戦いの開始も、終了も、それを宣言する者がいないということは、それが必要ないということだ。つまりこれがスポーツではなく、紛れもない殺し合いだからで、勝負は一方の死によって終結する。そして自ら殺し合いに臨んだものがひと攻防もなさずに不戦敗などということは思いもよらないことだ。

 しかも今日はブラッドフェスティバル。

 つまり闘いではなく殺戮。

 白鬼の行動は理解不能であり、今日ここに集ったものたちが納得できないのは当然だった。


 ドン! ドン! ドン!


 床を踏む鳴らす音。さらに怒声や罵声。騒乱でも起こるのではと思えるほどヒートアップしている。中にはかなりの魔力をもった魔族も存在するし、力ばかりで知性が魔獣なみの魔ものもいる。ここにはロゴス以外から来ているものも多いため、隷従法による制御もままならない。

 お母さまはどうするつもりか……? マーガレットは隣の母の表情を窺う。

 しかしリッカドンナは表情一つ変えず、やおら、

 

 右手の甲を外向きに人差し指を立て、

 その人差し指をスッと前に倒しながら、

 凍結フリーズと囁く。


 囁きと同時に闘技場の観客席が氷塊で覆い尽くされ、魔ものたちは閉じ込められてしまった。

 ウソのように静まり返る闘技場。

 そこでリッカドンナが競技スペースの料に語り掛ける。

「よく相手の戦意を喪失させましたね。そなたの勝ちを認める必要がありそうです」 いつもの柔らかな、しかし距離を感じさせる笑顔。

「しかし、そなたがわたくしに約束した〝見応え〟とはこんなもですか?」


 料はリッカドンナを見上げながら思った。

 鬼はなんとかなったけど、結局は悪魔かよ~。

 


 


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