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まおムコ  作者: 相友エヲ
魔界召喚編
5/9

5. 豆腐の仕込み



 鴇田とびた りょうが目を覚ましたのはかなり広い倉庫のような部屋だった。巨大な毛布以外はなにひとつない殺風景なものだ。しかしこれならあの白鬼でも収容可能だろう。

 結局テラスで目撃して以来、白鬼の姿を見ることはなかった。料と違い自ら参加した白鬼が逃げることはないはず。おそらくこの部屋と同じような場所にいるはずだ。もしかしたら隣の部屋だったり。

 ときはまだ夜が明けて間もない。正確には目を覚ましたのではなく、猫まんまに起こされた。

「これでいいの?」

 猫まんまの左手、皿の上で愛想のない姿を見せている乳白色の直方体。


〝豆腐〟


 料は寝ぼけ眼を擦りながら呟く。なぜそれがそこにあるのか? うっかり理解できずにいる。

「ほら、シャンとして」

 あぁ……。湖からの帰りに頼んでおいたんだ。お取り寄せ可能は助かる。しかも amazan なみの速攻配送。まんま、グッジョブ!

「どうするの、これ?」

「うん、白鬼にね、食ってもらおうかと」

「これを? ずいぶんと余裕ね」

 いや、逆だ。対戦が始まってしまえば瞬殺は確実。料にしてみれば戦いは開戦まで。とにかくなにかしないと。

 大豆でできた白鬼のトラウマ。飢餓状態でのイッキ食いなんて危ないに決まってる。プラス鬼に豆まきはタブー? あっ、砂利まきでも危険。


 そこで〝豆腐〟


 大豆でできた豆腐でトラウマの解消!

 豆腐なら原形はとどめないけど、ほぼ大豆だし。喉づまりもしにくい。人の味はしないと思うけど。


 まあ、そんな思いつきで収まりがつくと考えているほど能天気ではない。いや、能天気なんだんだけどね。とにかくなんとか白鬼と話しができたら。というかお願いできたら。いっそのこと謝っちゃえたら。前方伸身宙返り三回ひねりからの土下座だってやっちゃう。言い過ぎました、前転がやっとです。

 なんか白鬼、いい奴そうだし。使い魔扱いでも全然オーケーだし。身を粉にして働くのは苦手だけど。

 もー、いじらしさ大盛りだな、と料は思わず薄笑いをする。

「なに? なに企んでるの? 気味が悪いわね」

 気味悪いとか妖怪に言われたくない。もっと言えば、アンダーヘアを見せて歩いてるやつに言われたくない。

「企みというより、願望? ……むしろ懇願?」 なんとも心もとない。とにかくなにか、だ。


「で、白鬼はどこかわかる?」

「隣の部屋よ」 ……作りすぎだよ。

「会えるかな?」

「なに、こんなのが手土産?」 猫まんまは手のひらの直方体に鼻を近づけニオイを嗅いでいる。

「美味いよ。近所の豆腐屋さん、おっかないけど。あっ、ちゃんとお金払ってきたよね?」

 料が訝るような視線を向けると猫まんまは「魔界にお金はないから」 と事も無げに言ってのける。

「いや、向こうにはあったっしょ!」

「それを渡さないあなたが悪いでしょ」

「ぐっ」 確かに……。ぐうの音も出ない。いや、〝ぐ〟と〝っ〟までは出た。リョウくん、ナイスプレイ!

 料は財布を取り出し数枚の硬貨を猫まんまに差し出す。

「ずいぶんと律儀なのね。バカなの?」

 魔界に後払いという概念はないらしい。「……頼みます」


 聞けば白鬼は料たちよりも先に帰ってきたそうだ。まだ寝ているだろうか? 料は自分の近くの壁に耳を当ててみる。

 すると、「あっち」 猫まんまが逆の壁を指さす。

 部屋が広く壁は遠い……、遠すぎ。料は目を閉じ天井を向くと「ねぇ、会えないか訊いてもらえない?」

 猫まんまの猫耳がピクピクッと動く。猫耳は口ほどに物を言う。律儀なの? ずぼらなの? 料のペースにイラつくやつは少なくない。それでも彼女の辛抱もあと半日。

「対戦相手と面会なんて聞いたことないけど、一応リッカドンナ様に伺ってみるから、ちょっと待っていて」



「白鬼、今日対戦するヒトが会いたいんだって」

 小柄な鬼っが料たちに先立ち部屋の中へ声を掛ける。額の右に角が一本、水色の肌、体は小さくとも背中の腰高に大振りの剣を佩いている。同じ鬼族ということで白鬼の世話を受け持っているらしい。

 ただ彼女はそれだけでこの場を立ち去ろうとする。

「ありがとう」

 料の言葉にも視線を投げただけ、猫まんまには視線さえ向けず足早に消えてしまった。

「もしかして猫と鬼も相性悪いの?」

「あれはマーガレット様の従者だからよ」

「えっ、派閥とか縄張りとか裏社会的な問題?」

「なにが裏社会よ、つまらないこと言ってないでさっさと入りなさい」 猫まんまの当たりが少し強くなっている気がする。


「お邪魔しま~す」

 少しだけ開いている扉から恐るおそる入ると料と同じ仕様の部屋に白鬼がいた。やたらとでかく感じる。闘技場でも大きいとは思ったが少し距離があった。間近で見ると胸板の厚さとか、腕の太さとか半端じゃない。ほんのり薄暗いので輪郭がぼやけているせいもあるかもしれないけど。

 毛布の上にドカッと座り、巨大な石像のようにピクリともしない。

 寝ているのか? 角が妙に生々しい。少し埃っぽいが、それにしても端正な顔立ち。しかもちょっと渋め。なんかムカつく……。

 料が近づくと白鬼は静かに目を開けた。そこで料も足を止める。


「……」


 どう切り出していいものか……? 相手は鬼だし。言葉は通じるのか? そういえば悪魔や妖怪とは普通に喋れた。そういうものなのか??? なら鬼だって喋れるはず。でも白鬼は口を開こうとしない。


 静寂……。


 結果、料と白鬼が見つめ合う。熱~い視線が絡み合い、愛が芽生え……るわけはない。

 だいたい白鬼の瞳には愛どころか敵愾心や怒り、欲望、ましてや悲しみなどといった感情が気薄で、その目は口数に比例してモノを言わない。

 料にも覚えがある。お前の目は〝鱗が張り付いたままだ〟と中学時代の熱血脳筋体育教師によく言われていた。面倒臭いのでいちいちリアクションをかえすことはなかったが、いまもこうして覚えているということは料にもそれなりに思うところが、感情があったのだろう。

 薄弱な、ぼさっとした目つきという点で料と白鬼は似ていた。では二人は同類ということなのか? それは違うだろう。料はただの物臭。水妖の話が本当ならば白鬼は閉塞感の中で感情を殺して生きてきた。根っこが違う。

 それでも料は思った。手が届くのではないか、と。そして自然に……、

 

 白鬼に向かって、右手が伸びる。


 白い直方体が乗っている。

 白鬼は無反応だ。いや目の前で起きている事象の意味を理解できないでいるといった方が正確だろう。

 料は少し間をおくと、直方体の角っこを一つまみ左手でもぎ取りそれを自分の口へと放り込む。やはりおじさんの豆腐はうまい。

 白鬼は料の動きを眺めていた。そして少しの時間をかけたのち動いた。直方体へと手を伸ばしプチケーキでも摘まみ上げるようにそれを料の手から取り上げる。しかしすぐに口には運ばず、鼻先でニオイを確かめる。

 大豆の青臭さがわかるだろうか? 拒絶反応を示すだろうか? バーサーカーに? 雷爆を……?


 ゴクッ。


 料の喉が鳴る。こんな緊張感を覚えるなんて、姉貴にイタズラされて女子用パンツ、しかもハートマークのやつを穿いていることに朝礼で気付いた小五のとき以来だ。弟が変態趣味になったらどうしてくれるんだ! ならずに済んだけど。

 料の後ろにいたはずの猫まんまは後ずさってとっくに扉の位置まで後退している。なにかあればすぐ壁の裏に逃げ込める態勢だ。抜け目がない。

 料とまんまが注視する中、白鬼はおもむろに、しかし迷うことなく、


 直方体を口の中に放り込んだ。


 それは鬼の喉に詰まるような大きさではないし、彼のトラウマと関連づけることができるかは怪しい。そもそも彼の気持ちを正確に言い当てることはできない。が、

 きたっ! 料は胸の中でこぶしを握る。

 なにが来たのか? 料にもわかっていない。とにかく〝きた〟のだ。みなみでも、ひがしでも、にしでもない……。


「俺は、できればあんたと戦わずに済めばと思っている」


 思いっきり下手に出るつもりだったのに、思いのほか卑屈さを感じさせない口調になった。声だって震えていなかった。

「……」 白鬼はしばらく料を眺めていた。まっとうな魔ものなら対等な口をきく無力なヒトをどうしただろう? しかし白鬼は特に表情を変えることもなく、一片の言葉を発することもなく。やがて静かに目を閉じ、また石像のようになってしまった。

 それを見て遠足で行った鎌倉の大仏様を思い出した。って、あれは銅像だったか? これ以上なにか話しかけられる雰囲気ではない。自分も緊張感の糸が切れるのが分かった。料の緊張感の糸とはかなりのレアアイテムだからちゃんと仕舞っておかなきゃ。いずれにしても白鬼をモンスター扱いするのはちょっと違う気がする。


「ふう~」


 料は息を吐きながら、ふらついた足取りで白鬼の部屋を出る。

 〝豆腐〟一丁で仕掛けた奥ゆかしい小細工の仕込みが終わった。

 ただ、ひとつだけ気に掛かることがあった。

 白い鬼に、

 白い豆腐って、

 ……なんか地味すぎじゃね? 

 

 

                *

 

 

 闘士の控室には観客席の喧騒が直に伝わってくる。貴賓席から左手の控室に料、反対側に白鬼がいる。ここを通り抜けていった幾多の戦士が命を拾い、命を落とていったはずだ。この騒々しさは開戦を前にして命を震わせるための仕組みなのかもしれない。

 それにしてもこの魔ものたち、連日、いったいどこからこんなに集まってくるのか? 魔界って暇なの?

 魔ものの日常を心配している場合ではないはずの料は、ガラクタのような剣と盾を手に粗末な軽鎧を学生服の上から纏って突っ立たまま、まるで緊張感ない表情をしている。

 猫まんまはこれまでにないほどかいがいしく武装の手助けをしてくれた。鎧なんか実際に着るのは初めてだったので助かった。

 ただ澄ました顔をしてはいるが、尻尾が妙な動きをしている。おそらく彼女は楽しんでいるのだろう。満員の観客も同じだ。今日の対戦カード。魔界の住人たちは折敷おりしきの儀に先立って生贄の血を見るのを楽しみにしているのだ。今日に限って言えば命を震わせているのは観衆だけだろう。

 しかし一応闘技場である以上、スケープゴートとしてもそれなりの演出は必要だろう。そのための剣や鎧にすぎない。

 まあ、料からの視点でいえば、死に装束……?


 ところが料のほうといえば恐怖心どころか、もっとファンタジー感満載のアバターでもあれば初期装備でもそれなりにさまになるもんだろうに。この貧弱さはどうなんだ? 放送コードはクリアできるのか? モチベーション的にはどうなんだ? などと考えていた。

 よほどの傑物なのか? ただのバカなのか? いやバカにできないほどのバカなのだろう。



「結局、使いこなせなかったの?」 


 猫まんまが最後に訊ねてきた。この期に及んで好奇心なのか、気遣いなのかはわからない。

 猫まんまに教えてもらったことはなかなか理解できなかった。リッカドンナに与えられたもの。料の装備を見れば、それが剣などではないことは瞭然だ。

 あのとき料は、武器とか魔法を使いこなすには、それなりの手間がかかるはずだと考えた。それよりもっと根源的な、猫まんまが言っていた〝こん〟と〝はく〟をモノにできれば一気に解決という楽観的というか、安直というか、浅はかというか……。いまとなっては、生きる糧を得るために鉄砲造りから始めた、……みたいな。


「そろそろよ」

 猫まんまに促されるまま、料は闘技スペースへとつながる扉の前に立った。

 



2020.08.28 一字修正

2021.01.28 修正

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