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マニアック・ベースボール  作者: 真柴 文明
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五.大きな変化はいらない

 その日雨で試合が流れた私は、ひとり独身寮でメジャーの試合をぼんやりと眺めていました。たしか、ブリュワーズとパイレーツだったと思います。

 試合は三対二とパイレーツ一点リードで迎えた六回裏、ワンアウト一、三塁でブリュワーズの三番が左打席に入ったところでした。

 カウントは三ボール、一ストライクと、バッター有利の展開でしたが、ピンチにも関わらずパイレーツのピッチャーには追い詰められた感がまったくありませんでした。

 そして彼が投じた第五球は、一見ただのストレートのように私の目には映りました。そのストレートが吸込まれるように、スーッと真ん中に入っていくと、ブリュワーズの三番は何の躊躇(ためら)いもなく強振しました。

 あっ! やられた! と思った次の瞬間、私は信じられない光景を目の当りにしました。

 なんと、ブリュワーズの三番が完璧に捉えたばずの打球が平凡なセカンドゴロとして処理され、四―六―三と画に描いたようなダブルプレーで六回のピンチを乗切ったのです。

 えっ? どうして? と何だかキツネにつままれたようなモヤモヤしたものが胸に残りましたが、画面に流れるスローのリプレイを観て、すぐにスッキリしました。

驚くことに、バットに当たる寸前、ボールがほんの少し沈んで芯を外していたのです。当然、上っ面を叩かれたボールは平凡な内野ゴロとなり、パイレーツのピッチャーは苦もなくこの回を零点に抑えることができたという訳です。

 翌日、このことをコーチに話すと「ああっ、それ。速いフォーク、『スプリット』ってやつだ」といろいろ教えてくれました。

 最初、「速いフォーク」と聞いて、正直、なんのこっちゃかと思いました。

 コーチの話では、フォークのように挟んで投げるのですが、フォークほど深く挟まないで投げるためストレートに近い回転と球速のままバッターの手元で少し落ちるということでした。なるほど、コーチが「速いフォーク」と言ったのも(うなず)けました。

 このことを知って「フォークほど深く挟む必要のないスプリットなら、手がそれほど大きくなく、指も長くない私でも投げることができるかもしれない。

 瞬時にそう頭に浮かんだ私は、この小さな変化球が現役続行の鍵を握るのではないかと強く感じていました。

 さっそく、ブルペンで二〇球ほど投げて、スプリットの大まかな感覚をつかんだ私は、コーチに無理を言って翌日の二軍戦に投げさせてもらうことにしました。

 当時の二軍選手にしたら迷惑な話だったと思います。しかし、あのときの私はそれくらいスプリットに賭けていたのです。

端から見れば、このような性急な行動は理解できなかったに違いありません。でもっ、そこには私なりの理由がありました。

 新たな球種を習得す場合、多くのピッチャーはブルペンで投込み、受けてくれるキャッチャーからのアドバイスに耳を傾けます。そして、ボールの握り方や腕の振りでどう変化に違いが生じるのかなど、何度もチェックしてから実戦で投げます。

しかし、いくらブルペンで投込んでも、それは所詮ピッチャー目線でのことです。実戦で対戦するのはバッターです。ですからバッター目線で、そのボールが本当に通用するのか確かめる必要があります。通用するかどうかの答えは約一八m先にいるバッターに向って実戦で投げるしか導けません。だから私は無理を承知で、コーチに二軍戦で投げられるようにねじ込んでもらったのです。

 翌日、午後二時に私はバンディッツの二軍球場のマウンドに立っていました。実戦で初めてスプリットを試す相手は福岡ドンタクスでした。

 トップバッターが誰だったかもう忘れてしまいましたが、結果は平凡なショートゴロに打取りました。続くバッター二人もスプリットで内野ゴロに仕留めた私は満足げにベンチに引き揚げました。このとき球場にいた誰の目にも、ごくありふれた野球のワンシーンに映っていたでしょう。

 しかしこの何の変哲もない内野ゴロが、その後の私のピッチングにあることを気付かせてくれました。それは「バッター目線に立てば、小さな変化でも通用する」ということでした。

 それまでの私は、バッターを抑えるにはできるだけ大きな変化でキレのあるものでなければならないと、ひとり勝手に思い込んでいました。

 今にして思えば、とても偏狭な考えですが、当時は落差のあるフォークや鋭く曲がる高速スライダーが主流でした。私もその流れに乗って「プロが投げる変化球とそういうものだ」と、当り前のように思っていました。

 スプリットとの出会いは、こうした私の固定観念を根底から(くつがえ)してくれました。そして改めて私はピッチャー目線ではなく、バッター目線で変化球というものを考えてみました。

 バッターが一番打ちにくいのは、どんな変化球なのか?

 大きな変化球はそれだけでバッターの脅威になるが、打取ることのみを考えれば、必ずしも必要ないのではないか?

 逆に小さな変化だからこそ、芯でボールを捉えることが難しくなるのではないか?

こう考えているうちに、それまでとは違う発想が私の中に芽生えました。それは「抑えるのに、大きな変化は要らない」ということでした。

 それからの私はスプリットを筆頭に、カットボールやツーシームといった小さな変化球を武器に、この厳しいプロの世界でここまで投げ続けることができました。本当にスプリット様、様です。

 どころで神部君との対戦はどうかといえば、一ボール、一ストライクから梅埜(うめの)君の要求通り三球目にスプリットを投げました。ほぼストレートと変らない回転と球速で、ややアウトコース低めのストライクゾーンに入ってきたボールに反応した神部君は振ってきました。

 しかし、スプリットですからバットの芯から逃げるように小さく沈みます。それに気付いた神部君はすぐさま身体をよじらせてバットを引きましたが、ハーフスイングを取られてしまいました。

 さすが神部君ですね。体勢を崩しながらよくバットを止めたものです。今のボールは明らかに誘い球です。いつもの彼なら雑作なく見送っていたでしょう。

 やはり、ギガンテスの優勝を一日でも先に延ばしたいんでしょう。その気持ち、わかります。去年、バンディッツも目の前でスターズの三連覇を見せ付けられましたからね。万年Bクラスに沈むチームですが、目と鼻の先で胴上げを眺めるのは、あまりいい気持ちはしません。

 さてっ、神部君らしくないハーフスイングのお蔭で、俄然こちらが有利になりました。これでカウントは一ボール、二ストライク。

 さあ、梅埜君。次はどう攻めますか?


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