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マニアック・ベースボール  作者: 真柴 文明
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一.大阪バンディッツ

 ズバンッ!

「ストラック、バッター、アウッ!」

 キャッチャーミットに収まるボールの小気味いい音が響くと同時に(まばゆ)いカクテル光線に照らされた球審の右手が高々と上がりました。

 これでスリーアウト・チェンジ。ふっ上手く裏を掻くことができました。

 七回表を六対五とリードを保ったまま、相手チームの攻撃をきっちり三人で抑えた私は微かに口角を上げてマウンドを降りました。

 今年も数試合を残すのみとなったレギューラーシーズン終盤。プロ野球チーム・大阪バンディッツは本拠地・浪速MIDOスタジアムで、今夜、広島レッドスターズとの最終戦を戦っていました。

 あっ申し遅れましたが、私は伊垣 正志(いがき まさし)という者です。大阪バンディッツでピッチャーをやらせてもらっています。地方大学卒業からお世話になって十三年、今年で三五になる、ベテランと呼ばれるロートルです。

 ちなみに、どこのチームで見かけるごく普通のオーバーハンドの右投げで、背番号は「四二」です。

 まぁピッチャーといっても、私の場合、先発やクローザーといった花形ではなく、もっぱら試合途中から登板する、いわゆる「中継ぎ」が主な仕事です。しかも、勝ち試合の七、八回に出てくる「セットアッパー」呼ばれる中継ぎではありません。だいたい試合がどう転ぶか分からない五、六回、また先発が早々と崩れたら三、四回辺り、大差で大負けしている場合でも後処理として登板します。

 つまり、どんな試合展開であれ、監督から「行け」と命令されれば出て行って投げる、夜のスポーツニュースでもほとんど取上げられることのない、そういう地味な「中継ぎ」です。私としてはチームを陰で支える「縁の下の力持ち」的な役割だと思ってるんですが。

 そういう中継ぎですから、当然一六〇キロ近い剛速球を投込むようなパワーピッチャーではありません。また、目を(みは)る高速スライダーやお化けのような落差のあるフォークといったキレッキレッの変化球も投げられません。もし投げることができたなら、セットアッパーもしくはクローザーやってます。

 一応、変化球主体のピッチャーですが、右バッターの内側にシュート気味に食込むツーシームやバッターの手元で小さく沈むスプリットなどの小さな変化球が私の持ち球です。

「おまえ、それで生存競争の激しいプロの世界でその歳までよく生き残れたな」といった声が聞こえて来そうですが、もちろんストレートも投げます。ただしMAX一四〇キロに届くか届かないか、といった平凡なストレートです。

 でも、これに小さな変化球を組合せるのです。配球もしくは組立てというやつですね。要は見せ方なんです。

 ある世界的に高名なテーブルマジックの名手はこう言っています。

「タネは一つでも見せ方を一〇〇知っていれば、観客の目には一〇〇のマジックがあるように映る」

 スタンドやテレビの前で観戦されている多くのプロ野球ファンの皆様には想像し難いと思います。

 しかし私はこの小さな変化球と配球だけで、この世界を一〇年以上、細々と生き延びてきました。ある意味、素人の方には分かりづらいマニアックな技術と経験が私の持ち味と言っていいくらいです。

 今日も無事に自分の仕事を終えることができました。振返ってスコアーボードに「0」が点くのを確かめた私は、気持ちよくベンチに向いました。

 えっ、勝ち試合の七回に出てくるんだから、やっぱり「セットアッパー」だろうって? いえいえ、ただの中継ぎです。長くやっていれば、たまにこういうこともありますよ。

 ところで、現在のバンディッツの状況は三位の横浜ガンナーズに五ゲーム差つけられた四位です。今シーズンも残り数試合ですので、ほぼBクラス確定とあまり芳しくありません。

 ここ一〇年ほどBクラスが続いていますが、昔はライバルである関東の雄・帝都ギガンテスと熾烈な優勝争いを演じた関西の名門チームでした。それが今や万年Bクラスにどっしり腰を据える「斜陽の名門」に成り下ってしまいました。たしか私が入団した頃にAクラス入りを果たしたのが最後だったと記憶しています。

 一方、かつてのライバルだったギガンテスはその後も順調にリーグ優勝を重ね、幾度も日本シリーズを制し、名実ともに押しも押されぬ球界の盟主に登り詰めました。

 時々、私は「この差っていったい何なんだろう?」と、つい考えてたりもします。

 ですが、そのギガンテスもここ三シーズンばかり優勝から遠ざかっています。その最大の原因は近年めきめきと力を付けてきた広島レッドスターズの躍進にあります。

 球団創設時から資金力がなく有力選手を採ることができなかったスターズは他球団と比べると、どうしても戦力的に落ちました。そこでスターズは見込みのありそうな無名の若手を買い漁り一軍で通用するまで徹底的に鍛え上げて育てる道を選びました。今で言う「育成」の先駈けです。

 素人同然の選手を一から教えるという地を這うような地味な努力がようやく結実し、今ではリーグ三連覇を成遂げる常勝軍団にまでなったのです。

 バンディッツが強かった頃には「リーグのお荷物」「極貧素人集団」と揶揄(やゆ)されていた、あのスターズがです。私は時の流れを感じられずにはいられません。

 こうなると盟主・ギガンテスも黙っているわけにはいきません。今シーズンから、かつてギガンテスを率いて五度のリーグ優勝、三度のシリーズ制覇に導いたギガンテスOBで名将の誉れ高い波羅(はら)氏を招聘、巻き返しを図りました。それが功を奏し、波羅監督の下ベテラン・若手が一丸となって今シーズンは優勝を目前にした「マジック一」に迫ったのです。

 今日、ギガンテスには試合がありませんが、マジック対象チームである三連覇中の二位スターズは、大阪でバンディッツと対戦しています。

 ええっ、そうです。スターズにとって「負けられない戦い」というやつです。

 試合開始早々、スターズはベンチも含め全員が目を血走らせて超本気モードでバンディッツに襲い掛かってきました。可能性としてはかなり厳しいのですが、四連覇が成るかどうかの瀬戸際なので当然といえば当然です。

 しかしそのせいか、試合序盤からスターズらしからぬ精彩を欠くプレーが続き、万年Bクラスのバンディッツ相手に常にリードを許すという悪夢のような試合展開に陥ったのです。

 現在、七回表を終って六対五とバンディッツ一点リード。

 普段のスターズでは考えられない試合運びです。例えば相手ピッチャーが想像以上に出来がよく打ちあぐねて膠着状態が続くなら、足を絡めた攻撃で徐々に圧力を加えて崩していく。

 また、ノーガードのど突き合いのような打撃戦ならそれに打ち負けないだけの長距離砲も備えている、といった具合に勝つための引き出しをいくつも持っています。広島レッドスターズとは、そういうチームなのです。

 しかし、そんな完全無欠のスターズでも見えないプレシャーというものがあるんですね。明らかにいつもと違うスターズの選手を見ていると、そんなプレシャーとはまったく無縁のバンディッツで野球人として大半のキャリアを過ごしてきた私は、ある意味、幸せなのかもしれません。

 と同時に、負けることが許されないプレシャーに曝されながら、ヒリヒリと肌を焼くような緊張感の中でプレーするスターズの選手たちを羨ましくも思います。一応、これでもプロ野球選手ですから、引退するまでに一度はくらいは優勝が絡んだ試合の中で投げてみたいのが本音です。

 おっと、少しお喋りが過ぎたようですね。もうベンチ前です。引き揚げてくる野手たちもベンチの控えもみんな笑顔とハイタッチで私を迎えてくれています。

 よかったです。これが打たれて帰ってこようものなら、目も当てられません。ベンチはお通夜みたいに全員下を向いて、決して目を合せようとはしません。もはやベンチに自分の居場所などありません。針のむしろです。

 これがもし若手ならまっ先にピッチングコーチから叱責されるのですが、ベテランですからそんなことも滅多にありません。

 ただ、あとからコーチがやって来て「お疲れ」と、平板な心のない言葉をかけて軽く肩を叩くくらいです。今夜は自分の仕事ができて本当によかったです。

 スタンドから聞こえてくる温かな声援と拍手が聞こえてきます。ファンの方も喜んでくれているようです。私は何気にスタンドを見上げました。

 その途端、「なんだあれは?」と、思わず口に出てしまうほどの奇異な光景が私の目に飛込んできました。

 なんと薄汚れた往年のバンディッツ・キャップを被ったご老体が目を剥いて声を張上げているではありませんか!

「ざまみさらせ、スターズ! お前らなんかピ―――ッでピ―――ッじゃ! そんでなぁピ―――ッ! とっとっと広島に帰りさらせっ!」

 とても子供には聞かせられません。

 幸いその方の近くにはちびっ子ファンはいませんでしたが、周囲の良識あるファンの方々は皆一様に眉を顰めて苦笑してました。

 昔から口の悪さと汚い野次で定評のあるバンディッツファン。それもコテコテの関西弁でです。最近は、球団の営業努力の甲斐もあって、女性や家族連れのファンが増えてきているので以前ほど非道くはありませんが、それでもオールドファンの中にはこういう方もたまにいらっしゃいます。

 実に嘆かわしいことです。本来、目下の者の範となるべき年長者が、あのような礼節を欠いた暴言を吐くとは、世も末です。

 まったく、ひとがちゃんと一仕事終えて気持ちよくベンチ帰ろうとしているのに、余計な水を注してくれます。それにこの暴言によって激怒したスターズが本来の力を取戻したら大変です。万年Bクラスのバンディッツなど、ひとたまりもありません。あっと言う間に試合をひっくり返されてしまいます。

 本当のファンなら、そこらへんのこともよく考慮して欲しいものです。

 私は少し残念な気持ち引き摺って、ベンチの階段を降りました。

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