ソラで眠るIKAROS
実はボクは、こんなに早い打ち上げは予定されていなかったんだ。
はやぶさにーちゃんが帰って来れそうって話の時なんだけど……色々な話し合いをしてたハカセたちが、金星調べるために宇宙に行く準備していた、あかつきにぃちゃんが痩せすぎだって話になったんだ。
普通は、軽ければ軽いほどいいことだ! って思うかもしれない。もちろん、重すぎると宇宙まで飛んでいけないから、話にならないよ? だけど、軽すぎると今度は風の力に負けて、ロケットが真っすぐ打ち上げられないんだ。
こういう時にはダミー衛星……なんてカッコイイ名前だけど、早い話が重りを乗せてバランスを取るんだ。……でもさ、これ聞いててこう思わなかった?「せっかく宇宙まで飛ばせるのに、なんかもったいない」って。そこでボクも一緒に乗っけて欲しいって、交渉したんだ。つまりボクは、あかつきにぃちゃんと相乗りで宇宙に行ったってワケ。
……え? 突然の話で、そんなに早く準備できるわけがないって?『はやぶさにーちゃんが帰って来れる』って時の、ハカセたちの気迫はすごかったんだよ。ボクもフツーは無理じゃないかなとは思う。でも準備を間に合わせたんだよ。ハカセも職人さんたちも……本当にスゴイよ!
そんなボクの仕事は、『新しい部品、新しい技術を試す』事。新しいことを試してソラに羽ばたき、太陽と強い関わりを持った……だからハカセたちはボクにこの名前をくれた。
『IKAROS』それがボクの名前。はやぶさにーちゃんが残した形のない贈り物を、次のみんなに引き継ぐのがボクの仕事。
あ、そろそろ贈り物が何か気になってきた? でもゴメンね? それを話すには、まずはやぶさにーちゃんが大ピンチの時の事を教えないとね~
突然なんだけど、キミが電話していたとする。その時、トンネルとかで電波の糸が切れちゃうと、電話相手とは話せなくなっちゃうよね? ハカセと、はやぶさにーちゃんの間でもこれが起きたんだ。
だったらもう一回かけなおせばいいって? 地球の中でなら簡単なんだろうけど……その時の二人の距離は三億キロも離れてたんだ。それが一回途切れちゃったら、繋ぎなおすのってすごく大変なんだよ。日本の仲間たちに限らないけど……宇宙で行方不明になったら、もう一回見つけてもらうのって、ほとんど無理なんだ。
それを二か月で、とてもほそーい糸だけど……繋ぎなおしちゃったんだよね、ハカセとにーちゃん。ハカセも一年で見つけられるかどうか……って不安だったのに、信じられないほど幸運なことが重なってたんだよねー
で、ここからが大事。ボクに関わってくるとても大事な話。
この時繋がっていたほそーい糸って、実は15秒だけ繋がる糸なんだ。にーちゃんはグルグル回っちゃったせいで、15秒が終わると電波が切れちゃう。その後15秒話せない時間が続いて、終わるとまた15秒だけ話ができる……これを繰り返す状態だった。
どこか身体の調子が悪くなって糸が切れちゃったなら、そのことも会話しないといけない。けど15秒でぶつ切りの話じゃ、お互い上手く伝わらない。じゃあどうしたかって? ハカセたちが短く伝えて、にーちゃんが『はい』か『いいえ』で答えられる質問をしたんだ。これなら15秒でも大丈夫。火星あたりで行方不明の……のぞみ先輩とハカセもやったことのある方法だよ。
ああ、そうか。じゃあのぞみ先輩もボクに残してくれたことになるのかな? ボクの二つある仕事の一つはね、この時の技術をさらに進化させたモノの実験なんだ。
宇宙と地球の間で、電話を切ったり繋げなおす技術の実験さ。これができるようになると、ボクら探査機は宇宙で寝ることが出来る。ボクたちに限らず電気を使う機械は、電源を入れっぱなしにすると寿命が減っちゃうんだ。宇宙の機械は入れっぱなしが基本だったけど、この技術が完成すれば、寿命を延ばすことができるんだ!
キミたちの身近なところだと……そうだね。寝る時にケータイの電源を切って、起きたら入れる。これだけで長く使えるんじゃないかな? ……え? 今はケータイって呼び方しないの? スマホって……ボクが地球を出発したころ流行り始めた奴? へー……ガラケーとスマホって分けられた呼び方してるんだ……ケータイも進化してるんだなぁ……
っと、話を戻すね? そしてもう一つの仕事は……宇宙帆船技術の実証! ギネスにも乗った世界初の技術で、宇宙を進んだんだ! ……全然わかんない? だよねー
さっき、はやぶさにーちゃんが回っちゃって、そのせいで長話ができないって話をしたでしょ? それなら回転を緩めれば、長く話も出来るようになる状況だった。その時に、ハカセたちがぶっつけ本番で、太陽の光とソーラーパネルを利用してバランスを取ったんだ。
地球だと全然わかんないけど……強い光は、ほんの少しだけ物を押す力がある。にーちゃんはそれをソーラパネルで集めてバランスを取った。でもソーラーパネルって、そういう使い方を考えていなかったんだ。
なら、最初から太陽光の力で宇宙を進む羽を作れないか? その試作品が、ボクの装備している帆ってワケ――そう。これがにーちゃんとハカセからの一番の贈り物。ピンチを乗り越えた時に手に入れた経験が、この宇宙用のヨットに繋がった。もしにーちゃんの最後の贈り物がカラッポだったとしても、にーちゃんはハカセやボクらに、沢山の物を送ってくれていたんだよ。
これのすごいところは、燃料がちっともいらないんだ。だって太陽のエネルギーは無限だもん。それを受けて進むんだから、なーんにも使わなくて宇宙を進んでいける! ……って本当は言いたいんだけど、まだこれだけで宇宙を飛び回るのは難しいんだ。にーちゃんも使ってたイオンエンジンとの、ハイブリット運転で動いてる。それでも燃料を節約できるから、長い間動き回れる。長旅もバッチリさ!
そして……ボクは贈られただけじゃなくて、いつの間にか贈った側にもなっていたみたい。はやぶさⅡの部品の一部は、ボクがお試しで使った部品の改良型なんだ。
このまま順調なら、はやツーは来年帰ってくる。いやぁ楽しみだなぁ……あぁ……長話してたら眠くなって来ちゃった。ボクの後輩、OKEANOSが往く日を楽しみに、宇宙で眠って待ってるよん。
2020/12/05 14:30
おかえりなさい。そして……いってらっしゃい