顔と記憶
ヨナタンの部屋を開けると、ひとりでに棚の上に置かれた燭台の蝋燭の火が点いた。
(魔法……)
裏口の扉を開ける時も、屋敷内に無数の蝋燭の火がゆらめいていたのも
今目の前で起きたことも魔法、という言葉でしか説明のしようが無い。
ヨナタンの部屋は荷物が少なく、がらんとしている。
薄暗いのでところどころ触って確かめてみると、ベッドにはちゃんと清潔なシーツが敷かれ、
作業机とおぼしき机にはホコリもなく、よく掃除をされているようだった。
とりあえず自分の体の具合と現在の状況を確認するために、荷物を置いて部屋に備え付けられた大きめの鏡で自分の姿を見た。
(…………?)
体の傷がどうなっているかと確認する以前の問題が出てきた。
蝋燭の火で照らされている自分の顔と姿は、自分のそれじゃない。
「これ……俺?」
かつての自分の面影が無いといえば無い。だけどもあると言えばある。
固そうな黒髪がウェーブしながら肩まで伸びていて、かつての自分より鼻が高く
肌は白く、皮膚は薄くなっている感触があった。
「目が……俺だな…………」
目だけが自分のものと分かった。
二重だけれどもそこまで大きくもなく小作りの眠たそうな目。
少し違和感を感じて鏡に近づき、よく顔を見てみると、目の色が灰色か青かもしれないと分かった。
「ちょっと待ってガチでヤバい………」
ベッドに思わず腰掛けると、疲れがどっと出た。
(俺、仕事帰りに轢かれて……で死んだと思ったらなんか知らないまま舟漕がされて……それで……)
何かハッとするものがあって、もう一度鏡の前に立つ。
(昔の顔が……思い出しにくい……)
これ以上鏡を見続けるのはヤバいかもしれないと思って目を逸らす。
そして、何を確認するわけでもないのに荷物を慌てていじり出した。
(ヤバい……これ俺じゃない……)
なにか頭に流れ込んでくる。
鏡を見るべきじゃなかったと思う。
車に轢かれる自分ではなく、舟に乗る前の誰かの記憶が流れ込んでくるのが分かる。
(ヤバいヤバいヤバい…………)
その誰かの記憶の中に、ひときわ大きな存在が居る。女性だ。笑っている。怒っている。また笑顔になる……
荷物をひとつずつ床の上に置いていく。俺は今、何かを必死に探している。失くしてはいけない何かを。
あの舟に乗る、この城まで辿り着くための目的、その何かでなく、今の俺自身が必死に求めている何かを、必死に探している…………。
本やら羊皮紙やら謎の液体が入った瓶やらを出し、いくつかのずた袋を避けると
奥から金糸で刺繍された小さな巾着袋が出てきた。
慌ててその中に手を突っ込む。
花のブローチとロケットペンダントが出てくる。
「嘘だろ…………」
ロケットを開けると、そこには記憶の中に輝く女性の顔があった。
その瞬間、もう俺はかつての俺ではなく、俺に似た誰かの人生を生きているのかもしれないという予感が強くなった。
同時に、かつての自分自身が大きく遠のいてしまったことも感じていた……。