古城へ
夢でも死後の世界でも無いかもしれないと分かってきたのは、舟に乗った二人と「家」と呼ばれる場所に戻ってきてからだった。
目印の灯りを目標に慣れない手つきで舟を漕ぎ続けると、しばらくして大きな黒い建物が見えた。
霧が立っていたのでよく見えなかったが、どうやら古い屋敷か古城のような場所だとは分かった。
それから岸に舟を漕ぎ付けると二人ともすばやく荷物を岸辺に運び、
各々自分の荷物だけを持ってさっさと先へ行ってしまった。
俺も残された荷物を背負い、あわてて二人を追う。
古城の裏口のような場所まで何が入ってるのか分からない重たい荷物を運んでいき、二人のうちのひとりが壁に備え付けられた燭台に火を点けた。
「開けてくれ」
フードを外した二人の顔がようやく見えた。
最初に話し掛けてきた青年は緑色の目をしていて、丸い目元がいたずらっぽく見える。顔立ちが整った青年だった。
栗色の髪の毛がくるくるとハネまくっていたが、いわゆるイケメンの顔をそれは邪魔をしていない。
もうひとりはまだ少年に見えた。俺に交代してくれと手袋を渡した方。一つ結びに髪を括っているが、暗めの髪の毛と切れ長の琥珀色の目が印象的で、意思が強そうな物言いをいかにもしそうな感じだ。
二人とも今は少し困ったような表情をしている。
「……俺たちはまだだって分かってるだろ。お前の手じゃないと」
(手……?)
装飾が施された扉の中央に、確かにちょうど手のひらサイズの窪みがある。
「いつもやってる通りにやってくれ」
これは知らないと言えるような空気じゃ無いぞ……と空気を読んで、とりあえず窪みに手を当ててみた。
すると静かに窪みが発光して、ほんの少し温かくなったかと思うと窪みの周りに彫られていたらしい文字が光る。
重厚そうな扉がとても軽い心地で開いた。
「いいよな〜そもそも出来るヤツはさ」
少年が疲れたような声音で背後で愚痴っぽく言う。
思い切って扉を開けると、映画でしか見た事のないゴシック様式の建て付けの屋敷がそこにあった。人の気配があまり無いようなのに、無数の蝋燭の灯りが屋敷の中を照らしている。
「その代わり頭おかしいからなこいつは」
先に進み出す青年が冗談っぽく俺と少年に向かって目配せをする。
俺はこの二人と自分の関係性についてずっと考えていたけれども、答えを見出せそうになかった。
二人の後を追って屋敷の大階段の脇から伸びる渡り廊下を進み、途中の螺旋階段を上っていくと、いくつかの小部屋が並ぶ階に来た。
「荷解きが済んだら師匠に報告行くぞ」
「分かった」
どこに行けばいいか分からず戸惑っていると、青年が呆れた様子でこちらに向かってきた。
「お前はあっちだろ、ヨナタン」
(ヨナタン……?)
顎で示された方向を見ると、
ドアに彫刻刀かナイフのようなもので彫られた「J」という文字が見えた。
(いや俺ヨナタンじゃないけど……)
「寝ぼけるのも大概にしろ、あんまり遅いと置いていくからな」
バタン、とドアが閉まる音が二回すると、廊下がシン……とした。
暗いし荷物も重いし、どうするもこうするもなさそうだったので、ヨナタンの部屋に入ることにした。