三途の川ですか?いいえ湖です
目の前が真っ暗になった時、そうかこれが「死」かと思った。
けれども全身の痛みが無い。俺は息をしている。よくよく目を凝らすと光る粒々が見える。
(星……?)
俺が見ているのは夜空だった。
起き上がって辺りを確認すると、自分がいるのは冷たい横断歩道の地面の上でも死後の真っ暗な世界でもなく、オンボロの小舟の上だった。
その途端、俺の頭には
〜三途の川〜
という単語が浮かび上がった。
(三途の川って昼とか夜とかあったっけ?)
しかもちょっと肌寒い。
マントのようなものを羽織って、シャツとズボンを着込んでいる。なんなら全部薄汚れ ている。
(白装束的なアレを着てるんじゃなかったっけ?)
「何か忘れ物でもしたか?」
わたわたとしていたら隣に座るフードを被った青年が話し掛けてきた。
「おい、起きたなら交代してくれ、あともうすぐだけど僕は疲れた」
舟の漕ぎ手も声を掛けてくる。
夜の闇が深過ぎて二人とも黒い影にしか見えない。声から判断するにどちらも若い男だ。俺の他にはこの二人しか舟にいないようだった。
「ここはどこだ?俺は死んだのか?」
二人はどっと笑い出した。
「見習い修行が辛すぎてとうとうイカれたか……」
「違いない」
漕ぎ手の男がこちらにやってきて、フードを外した。
琥珀色の目がよく光り、夜の帳の中でもその綺麗な色が見える。
「ここは水蛇の湖だよ、向こう岸の灯りまで行って。はい交代」
肩にポン、と手を載せて丈夫な手袋を渡された。とりあえず何が何やら分からないが舟を漕ぐしかない。
とりあえずやるか……と思って漕ぎ出した。
ただその間も俺はずっと思っていた……
(三途の川って自分で舟漕いで行くやつだったっけ??)