陽だまりの客人
麗らかな気候を絵に描いたような、瞼が自然と落ちていくような昼時だった。
僕は普段通りならば一瞥もしないであろう、ベンチに腰かけていた。
日に照らされ、座る前から温度を持ったそれは、本来の硬質な材料とは打って変わって、僕を優しく迎え入れてくれた。
木々の緑や爽やかな風。自然をこんなに身近に感じたのは何時ぶりだろうか。風が景色を撫でるたびに、それらの軽やかなおしゃべりが聞こえてくる。
素直に、綺麗だと思った。
世界を慈しむ様な、聖人さながらの表情を浮かべる俺の隣に、一匹のお客さんがいらっしゃった。
にゃー、と一言。
俺も挨拶を返す。
「にゃー、にゃー」
是非、微笑ましい光景だと捉えてもらいたい。
別に俺はこのお客さんの言語が理解できるわけでもなければ、いつもこんな語り口調の狂人でもない。
お客さんは大きく背伸びし、毛づくろいを始めた。その合間合間に僕の方をちらっちらっと、確認してくる。僕に気を使っているのだろうか。
「全然構わないよ、好きなように過ごしな」
こんな素敵なひと時なのだ。
気ままに時間を使わなければ、むしろ罰が当たるってもんだ。
対する僕は、大きく深呼吸を一つ。
緩やかに通り過ぎていく空気を肺に循環させると、自分の中の時間感覚までもが緩やかになる。
束の間の永遠、とでも評そうか。
ここには確かに、限界まで時間の引き延ばされた永遠があったのだ。
永遠とは、未来の向こうにあるものではなく、時間と時間の狭間にある、このような時間のことを言うのではないかと、漠然と思った。
「お前もそう思わないか」
目線を合わせ、にゃーと返事をいただいた。お墨付きだ。小さな幸せ。
だが、このままどこまでも行けそうな気さえした。
お客さんが、その小さな体躯のすぐ横をぽんぽんと叩く。これは、もっと近くに寄れと言う合図なのか。
やはり、分かり合えるものは先程のやり取りだけで、心の壁は溶け失せてしまうのだろう。
温かみを名残惜しむ腰を説得し、お客さんの近くへと移動する。
すると、そいつはひゃっと逃げてしまった。
どうしてしまったのだろう。
中々な喪失感を芽生えさせた見えなくなっていく尻尾をめがけて、小さく手を振った。
何となく、再び会えることはない気がする。一期一会。この永遠の思い出も、恐らく長くは持つまい。
不思議とあまり悲しくはない。あのお客さんもまた、忘れてくれるだろうから。このベンチの温もりだけが残ってくれていればいい。そう思う。
少し笑えた。
さぁ、そろそろ僕も行くとしよう。
陽だまりの客人。あなたもこれからの生涯、上手くやってくれ。
そんなことを思えるぐらいに、世界は綺麗だった。