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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
7/12

帰宅

 高倉先輩は今津会長に言われてそのまま生徒会室に残り、私一人だけで家に帰ることになった。

 自転車に乗り、土手を上がって環川(たまきがわ)にかかる岩彦橋を渡り道なりに進むと、県道三十一号線と連絡する交差点に出る。信号を越えると左手にコンビニがあり、右手には車一台分ギリギリ通れる程度の脇道がある。そこを曲がっていったら小さなスーパーと、白沢市役所岩彦支所があり、さらに直進していけば私が住んでいる一軒家にたどり着く。片道でものの十分もかからない。


「ただいまー」

「おかえりー」


 母さんの声が返ってきた。

 母さんはさっき通り過ぎたスーパーのパート社員として働いている。今日はシフトを変えてもらい、私の入学式に出席してくれていた。家に上がってキッチンにまっすぐ向かうと、ニコニコ顔の母さんがりんごジュースを淹れて労ってくれた。


「入学式で千秋ちゃんがどこにいるか探してたけど、隅っこの方で見つけやすかったわー」

「何だか晒し者になっているみたいであまり気分は良くなかったよ。周りはみんな世間一般で言うところの中学生だし」


 さっきコーヒーを飲んだばかりだけれど、りんごジュースを頂くことにした。学校を終えた後の一杯はいつもより美味しいものだ。


「それよりも、初日なのにいろいろあったよ」

「また質問攻めにあったんでしょう? 中学校の時みたいに」

「それがね、初対面なのに私の個人情報をいろいろと知ってた子がたくさんいたんだよ。もうびっくりした」

「あら。そういえば勤め先にもね、娘さんが緑葉に通っているって人がいるの。私、その人に千秋ちゃんのことを話してたから娘さんを通じて広がっちゃったのかしらね」


 ジュースが気管に入りかけた。ははは、母さんが情報源だったんかい……。


「詳しいことは晩ごはんの時にお父さんにも聞かせてちょうだい」

「今日の晩御飯は何?」

「天ぷらよ。お隣さんからたくさん野菜を貰ったの」

「やった」


 私はガッツポーズを決めた。


 というわけで晩ごはんはとても豪勢なものになった。父さんが職場から帰ってきて一家団欒の夕食開始である。


「美味しいなあ」


 父さんの言う通りで、天ぷらやかき揚げはサクサク歯ごたえがあってとても美味だった。素材も良ければ母さんの料理の腕も良いのだ。

 父さんにもいろいろ学校について聞かれたから、事細かに今日の出来事について話をした。そのうちに話題は自然と、生徒会に誘われたことへシフトしていった。


「先輩たちは結構熱心に勧誘してくるんだけど、どうしよう?」

「引き受けたらいいじゃないか」


 父さんは即答した。


「即物的な話になるが、この先もし千秋が大学の推薦入試を受けるようなことがあれば、生徒会活動は面接でのアピールポイントになる。もちろん、肩書きよりも何をやっていたか重視されるが。ウチの大学の推薦入試でも生徒会役員だった子を何人か入学させているぞ」


 実はというと父さんの職業は学者で、お隣の桃川市と白沢市の市境にある桃川文理大学で教鞭を取りつつ日本史の研究をしている。

 さらに言えば菅原家の引っ越しの原因を作った人である。かつては東京の名門私大、恵央大学の教授だったのに理事長と対立したがために追放に近い形で辞めてしまい、遥か西の白沢市に落ち延びることになった……と言えばまるで都落ちみたいな感じだが。ともかく、平成時代に入ってから設立された新興の桃川文理大学の誘いを受けてすぐに再就職を果たすことができた。


 父さんはカボチャの天ぷらをダシに浸しながら、話を続ける。


「それにな、父さんは千秋が必死に勉強していた反動で燃え尽きてしまわないか心配しているんだ。クラブなり生徒会なり、何かに打ち込んで学校生活のモチベーションを維持してほしいと思っている」

「春休みじゅうも必死に勉強しまくって休む暇なんか一切なかったんだけど」

「む、そりゃそうだが……」


 父さんは咳払いをして仕切り直した。


「ともかくだ。学校の勉強は受け身になりがちだが、課外活動は自分から動いてやるものだ。そうして学んだことは、教科書の学習よりも社会に出て役に立つが多いぞ」


 教育者である父さんの言うことには、かなりの説得力があった。

 

名門校の生徒会の一員となり、生徒みんなが良い学校生活を送れるように頑張る。大学受験に向けて勉強漬けの毎日を送るだけより。遥かにマシなのは明らかだ。


「うん。じゃあ、やってみるよ」

「よし。千秋のこれからの健闘を祈るぞ」


 父さんは缶ビールを美味しそうに飲み干した。

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