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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
6/12

生徒会の勧誘

「そう。生徒会のお手伝いをやってもらいたいなって」


 突然の提案にこの場で返事ができるはずがない。私はとりあえず「待ってください」と言うしかなかった。


「実質的に春休みから登校しているとはいえ、今日この日に緑葉の生徒になったばかりですよ? いきなり生徒会と言われても……」

「倍率四十倍の試験を勝ち抜くのと緑葉の生徒会の一員として仕事するのとではどっちが難しいと思う?」

「そりゃあ、試験の方が難しいと思いますけど……」

「じゃあ決まりね」

「いやいや、どーしてそうなるんですか」


 ちょっと口論じみてきたところで先生が割り込んだ。


「まあまあ、とにかく一度生徒会を覗いてみたら? 返事はそれからでも遅くはないでしょ」

「まあ、覗くぐらいなら……」

「はい、じゃさっそく」

「あ、ちょっと待ってください」


 高倉先輩が私の手を引っ張っていこうとしたが、その前に返してもらった答案をカバンの中に入れさせてほしかった。

 なんだか先輩ってせっかちというか、強引というか。私が正式に後輩になったから遠慮げがなくなったのだろうか。


「ほら、早く早く」

「待ってくださいよお」


 生徒会室は南校舎の三階の突き当りにある。「入室前はノックすること!!」と書き殴られた張り紙の通り、高倉先輩はコンコンとノックした。「どうぞ!」と大きな声が返ってきた後、ドアを開けた。


「失礼します」


 私は恐る恐る入ると、ロの字に配置された机、上座にあたる場所に一人の生徒が座ってノートパソコンをいじっていた。オリエンテーションで見た生徒会長、今津陽子先輩だった。

先輩は顔を上げて私を見るなり立ち上がって、


「おっ、もしかして今年のドラフト一位ルーキーか?」


 なんて言い出すのだった。野球じゃないんだから。


「一位も何も一人しかいないでしょ、今年は」


 と高倉先輩が突っ込むと「そりゃそうだな」と肩をすくめた。


「さっき、体育館でしゃべってたからわかってるかもしれないが、一応自己紹介しとこう。私が生徒会の会長をやっている今津陽子だ。ようこそ緑葉へ、菅原千秋さん。君のことはこいつからいろいろ聞いてるよ」


 今津先輩は親指で高倉先輩を指差した。生徒会長にまで名前を覚えられていたのは素直に嬉しかった。


「難関の編入学試験に受かったぐらいだし、なかなか頭が良いと聞いているが……」


 今津会長は赤いフレームのメガネ越しに私の顔をまじまじと見つめている。


「ふむ、顔もなかなかじゃないかな。美和ちゃんにとって」

「ンッ! ゲフンッ!」


 高倉先輩が咳払いしたので最後がよく聞き取れなかったが、顔もなかなかってどういうつもりで言ったんだろうか。

 私は小学生の頃に、意地悪な男子から面と向かって「お前って寝ぼけた犬みたいな顔してるな」と言われたことがある。あれには相当まいったが、実際そんな感じだと自覚はしている。だから顔が良いというのは過大評価だと思うけど……。


「……ま、美和ちゃんが彼女をここに連れてきたってことは『サブ』にしたいってことだな」

「そう。仕事の飲み込みが早そうだし絶対に戦力になるよ」

「いえ、今日は覗くだけで来たんですが……」

「まま、とりあえず座りな」


 今津会長に促されて、椅子に座った。


「おい、コーヒーを淹れてやってくれ」

「はーい」


 高倉先輩が隣の給湯室に向かうと、今津会長は生徒会の大まかなことを伝えだした。


「一般的な中高一貫校では中等部と高等部で生徒会が別れているのが普通だが、ウチの生徒会は前後期六学年分をまとめて統括している。しかも校風が自由だから生徒の裁量が大きく、その反面事務は煩雑になる。だから執行部に『サブ』と呼ばれる下級生の補佐役を置くのが我が校生徒会の特徴だ。今はここにいないが、現時点で三人のサブがいる。で、執行部役員は四人だろ。単純に考えて一人不足している状態なんだ」

「どうぞ」


 コーヒーが運ばれてきて私の席に差し出された。私はお礼を言ってから、


「でも会長さん、私はみんなと違って編入生ですし」

「あー、そんなの関係ない! むしろ大歓迎だ。外部の人間だからこそ私達と違う目線で気づくこともあるからな。外からの風は組織にとって刺激になる。いわば、君はコーヒーに入れる砂糖やミルクのような存在なんだ」


 私という砂糖ないしミルクが緑葉女学館というコーヒーを美味しくする、と言いたいらしい。

実際私がそんな存在たりえるかどうか、まだ甘いかどうかすら全くわかっていないはずだけれど。


「いただきます」


 私はスティックシュガーとミルクの入ったポーションカップを開けてコーヒーに入れて丁寧に混ぜて一口飲んだ。うん、美味しい。


「あーあ、飲んじゃった」


 高倉先輩が「あの笑み」を浮かべた。


「え、何か私まずいことでも……」

「そのコーヒーね、関東のとあるコーヒーチェーン店が出していた一杯一万円の超高級コーヒーと同じ豆を使っているんだよ」

「…………えええーー!?」


 思わずカップを落としそうになった。

 高倉先輩が「あの笑み」を浮かべたまま迫る。


「生徒会執行部のメンバーしか飲むことを許されない超高級コーヒーを飲んでおいて、まさかそのまま帰るなんて言うわけないよね?」

「うぐっ……」


 謀られた。顔から血の気がサーッと引いていくのを感じる。こんなヤクザまがいのことをやられるなんて……。


「ぷっ、あはははは!!」


 今津会長が急に吹き出した。


「ま、マジでビビるとは思わなかった! あはははは!!」

「え、何? 何ですか?」

「よく考えてみなよ、こんな辺鄙な土地に一万円のコーヒーなんかあるわけないだろう。川の橋を越えたとこにあるコンビニで買ってきたインスタントコーヒーだよ!」

「もう少しだったのに何でバラすかなあ? つまんないの」


 口を尖らせる高倉先輩。私はついムカッときてしまった。


「騙したんですね? ひどいですよ!」

「まあまあ。しかしさっきのリアクションは本当に面白かった、ますます気に入ったよ。私と一緒で馬鹿舌なところもね」


 今津会長の言葉には少々嫌味が入っていたが、あまり悪い気がしなかったのは自虐も入っていたためだろうか。


 結局、「しばらく考えさせてください」と保留してもらうことにした。今津会長はオリエンテーションで自分でも言っていたように変な人という印象はあったが、少なくとも私のことを好意的に見てくれているようである。

けれども、私は生徒会活動には乗り気ではなかった。話が急に進みすぎて整理しきれていないし、何より私は、繰り返しになるが、今日をもって緑葉女学館の生徒となったばかりなのだから。

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