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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
5/12

お決まりの通過儀礼

 館長先生の話と校歌を二度も聞かされてクタクタになり、そしてようやく、いよいよ自分のクラスに入ることになった。

 この緑葉女学館では一学年は四クラスで、クラス名は「東」「西」「南」「北」と方角の名前がつけられている。私は四年北組の一員となった。


「緑葉での生活もいよいよ後半にさしかかります。今日からまた気持ちを新たにして勉強に、遊びに励んでください。それではみなさんお待ちかねでしょうけど」


 と担任の先生が勿体つけて言うと、教室内がにわかに色めきたった。


「この後期課程からもう一人、新しく仲間が加わりました。菅原千秋さん、前に出てきて自己紹介をお願いします」


 体育館の時と同じ音量だと錯覚するぐらい大きな拍手が起こった。白沢中に転校した頃の挨拶よりもみんなのノリが良くて、それがかえって私に緊張感を与える。

 私は黒板に名前を板書して、クラスメートたちの方に振り返った。


「菅原千秋です。えーと、私は東京に住んでいましたが去年の九月にこの白沢市に引っ越してきて、白沢中学校に通っていました。趣味はスポーツ観戦です。特に高校野球が大好きで、東京にいた頃よりは甲子園球場が距離的に短くなったので、多少行きやすくなって良かったと思っています」


 クスクスと笑う声がした。別にウケを狙ったわけではないのだけれど。

 

「みなさんは三年間緑葉にいましたが、私はまだ右も左もよくわかっていない若輩者です。だから先輩として私にいろいろとアドバイスを頂けたらなと思います。よろしくお願いします!」

「よろしくー!」


 どこからか歓声が飛ぶ。拍手を浴びるのは良い気分だがちょっと恥ずかしくもある。


 その後、先生からいろいろと説明があってこの日は終わりとなった。その途端、私の周りにクラスメートたちがゾロゾロと群がる。転校生へのお決まりの通過儀礼をもう一度味わうのだ。

 しかし今回は勝手が違った。まずクラスメートの一人がこう言い出した。


「菅原さんって白沢中じゃちょっとしたレジェンドって聞いたよ」

「れ、レジェンド!?」

「うん。私の友達が白沢中に通って菅原さんのクラスメートだったから情報は入ってきてるんだ。県最難関と言われる緑葉の編入試験に受かったんだからレジェンド扱いされても当然でしょ」

「あ、そう……」


 別の生徒に至っては、


「菅原さんのお母さんってお役所の隣にあるスーパーで働いているんだよね?」

「な、何で知ってるの?」

「だって私のお母さんもそこで働いているし。お母さんからいろいろ聞いてたよ?」

「えっ、ええ……」


 質問というよりは予め私のことについて知っていた情報を本人に確認を取っているといった感じである。世間は狭いというが、私と間接的につながりがある人間がこんなに埋もれているとは思ってもいなくて、少しゾッとした。


「こらこら、これじゃ身辺調査みたいじゃない。もっと実のある質問をしなきゃだめだよ」


 そう咎めたのはふわふわとしたウェーブがかかった髪を持つ生徒だった。


「私は赫多かくたかえでって言うの。みんなあれこれ知ってるからちょっとビックリしたでしょ」

「あ、うん」

「ここら辺はドがつく田舎だからね、都会と違って人間関係が狭くて濃いから噂話はあっという間に広がるの。見ず知らずどうしでもお互いの情報が予め耳に入っているなんかザラだから」

「へー……」


 田舎の方がよほど情報化社会じゃないかと錯覚してしまいそうだ。口コミの力は馬鹿にできないなあ。


「それよりも東京のことを聞かせてよ。私東京に行ったことないんだけど、東京って三分に一度電車が来るって本当?」

「うん、本当だよ。山手線とか京浜東北線とかは」

「えー! ここら辺なんか三十分に一度しか来ないのに!」


 そこからみんな、目を爛々と輝かせながら東京のことについて根掘り葉掘り聞き出しては感心していた。白沢中の時もそうだったが、この辺の人たちにとっては東京人が相当魅力的に映るらしい。あまり持て囃されると自分が特別な人間だと勘違いしそうである。


 ――お知らせします。後期課程四年北組菅原千秋さん。四年北組菅原さん。すぐに職員室まで来て下さい。


 校内放送が流れて「いけないっ」と私は口走った。


「ごめん、職員室に用事があるのを忘れてた!」

「じゃあ、また明日いろいろと聞かせてね!」


 赫多さんに見送られて教室を出ていった私は早足で職員室に向かった。


「いらっしゃい。ちょうどあなたの話をしていたところよ」


 特別補習初日の時に案内してくれた先生のところに行くと、高倉先輩もいた。


「この前のテストの結果を返すわ」


 特別補習最終日にテストを受けたのだが、返ってきた答案を見ると思った以上の点数が取れていた。


「上出来じゃない」


 高倉先輩が背中を撫でた。


「ありがとうございます! 先生と先輩の指導の賜物です!」

「お世辞を言ったって何も出てこないわよ」


 先生は笑った。


「でもまだ授業進度のギャップは完全に埋まっていないから、今後も土曜日の放課後に補習を受けてもらいます」

「ううっ、まだ続くんですか……」


 つい本音が出てしまった。勉強は嫌いじゃないが、春休みが犠牲になったから正直うんざりしていたところである。


「大丈夫よ、これだけ点数取ってるんだから。高倉さんもいることだし、ね」

「わかりました、頑張ります。ところでさっき、私の話をしていたとおっしゃっていましたけど」

「あ、そのことね。高倉さんから話すわ」


 高倉先輩が待ってましたとばかりに口を開いた。


「千秋さんを生徒会に迎えたいんだ」

「はあ、生徒会ですか…………生徒会!?」

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