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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
3/12

高倉美和

 私は礼を言うのも忘れて、高倉美和と名乗った先輩にしばし見とれてしまっていたが、相手の「どうしたの?」という声で我に返った。


「す、すみません。私は菅原千秋と言います。よろしくお願いします」


 私は椅子から立ち上がって礼を言ったものの、動揺していたせいか座り損ねてしまい、大きな音を立てて椅子ごと転倒してしまった。


「あはははは!」

「ううー……」


 二人に思い切り笑われてしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい……。


「倍率四十倍の難関をくぐり抜けてきた優等生って聞いてたけど、もしかしてドジっ子なの?」

「いえ、そうじゃないんですが……すみません」

「何も謝ることじゃないよ。ほら、立てる?」


 先輩が右手を差し出してきたので、私は好意に甘えて握り返すとそのまま引っ張り上げられた。その流れで、先輩の左手が包み込むように添えられて握手となる。


「こちらこそよろしくね、千秋さん」


 いきなり下の名前で呼んできたので、ドキッとしてしまった。しかし高倉先輩の笑顔からはなぜか「やめてくださいなんて言わせないぞ」と言わんばかりの圧迫感があり、私はただ愛想笑いしながらコクコクと頷くだけだった。


「高倉さんにはしばらくの間、菅原さんのチューターを務めてもらいます。この緑葉女学館は共学校といろいろ勝手が違うし、菅原さんでも戸惑うところがあるかもしれないから。高倉さんは生徒会の副会長で何でも知ってるわ。わからないことがあれば遠慮なく聞いてちょうだい」

「生徒会の副会長ですか……」


 ただでさえ美人なのに、伝統校の生徒会役員という肩書きが加わると一層美しく見える。


「先生、補習までまだ時間がありますよね? 千秋さんをいろいろ案内してあげたいのですけれど」

「そうね。だけど十分前にはここに戻ってきてちょうだい。それじゃ、あとは若い二人だけでよろしくね」


 先生はなぜかお見合いに付き添う親のようなセリフを言った。


「千秋さん、行こっか」

「あ、はい!」


 私は二人連れで校内を見て回ることにした。


 *


 緑葉女学館の施設を大雑把に紹介すると以下の通り。


 前期課程生徒が学ぶ北校舎。後期課程生徒が学ぶ南校舎。グラウンド。テニスコート。管理棟。体育館。そして武道館。ちなみになぜかプールは無く、水泳の授業も無いらしい。

 俯瞰すると、中庭を中心としてL字型に南北の校舎が点対称に配置されている格好である。北校舎の隣に管理棟が連なって、南校舎の隣には体育館と武道館が併設されている。南校舎と体育館に囲まれたところにテニスコートがあり、そのすぐ側が山になっている。山には名前は無く、生徒達と近隣住民は単に「裏山」と呼んでいるのだそうだ。

 南校舎の西側、武道館横の坂道を下ったところにグラウンドがある。校舎からはやや離れたところにあるそれは、立地の制約のため全校生徒が一度に入るとギュウギュウ詰めになるぐらいに狭い。だから体育祭では、市営グラウンドを借り切って行うとのことだった。ここはさすが私立校ならではといったところである。

 さらにグラウンド横の西門から出て、歩いて一分少々のところには一級河川の環川が流れている。ここの河川敷では生徒たちが部活の練習やレクリエーションで利用することが多い。現に私はソフトボール部が練習をしている光景に出くわした。部員たちの掛け声がよく通って聞こえてくる。


「自然に囲まれた小さな学び舎。これ程勉学に集中できる環境は他所にはない……って先生は言うんだけれど」


 高倉先輩はそう言って苦笑いする。


「言い換えたら娯楽らしい娯楽は無いってことだからね。東京育ちのあなたにとったらこの土地は死ぬほど退屈かもしれないよ?」

「そんなことありませんよ。山や川を見ているだけで楽しいですし、XX県って雪があまり降らないから東京みたいに大雪で交通麻痺することもありませんし」


 私は先生に言ったことを高倉先輩にも言った。


「そう? 私は祝部(ほうりべ)市に住んでたけど田舎暮らしは今でも不便で退屈としか思わないよ」


 祝部市は日本人なら一度は聞いたことがある、東隣の県に位置する有名な大都市である。さすがに東京に比べたら小さいけどオシャレな街で知られているし、そこで育ったら野暮ったい田舎は合わないのかな、と思ってしまう。


「でも、今年は楽しめそうかな?」


 高倉先輩が手を私の肩に手を回してきた。これにはまたドキッとさせられた。


「あ」


 年上相手だからというのもあるが、またもや「イヤ」と面と向かって言えない圧迫感のある笑顔を見せている。裏がありそうな、そんな感じの笑みだった。

 

 要するに、何だかちょっと怖い……。


「そろそろ時間だ。戻ろっか」


 先輩は手を離して、何事もなかったかのように早足で歩きだした。


 一体何なのだろう、この人は。

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