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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
2/12

入学前

 時は遡ること七ヶ月前、二〇一六年九月。

私は父さんの仕事の都合で、中学三年の二学期という中途半端な時期に東京を離れて遥か遠く西の方にあるXX県白沢市に引っ越した。


 時期が時期だっただけに父さんだけXX県に行くのがベストだったのだが、母さんは「私のいないところで浮気したら嫌」とごねて一緒についていこうとした。私は八王子にある母方の親戚に「ウチに来ないか」と誘われたのだけれど、父さんについていくことにした。

特に東京を離れたくなるようなネガティブな理由があったわけではない。白沢市の人口はわずか三万人、どこをとっても緑と川という典型的な田舎であり、それは私が憧れていた場所だったからだ。


 田舎は陰湿な人間が多いから行かないでよ、と友達に引き止められたことを思い出す。その子は両親が田舎特有のしがらみに耐えられずに東京に引っ越してきたという私とは真逆のパターンだった。

私は同情したものの、それで田舎暮らしへの思いは止むことはなかった。陰湿な人間は東京にもそれなりにいるのだし。とにかく、この無機質なビル群と、複雑に絡み合った道路と鉄道の網から抜け出して山と川に囲まれた生活を送りたかったのだ。


 というわけで、引っ越しを終えた私は白沢市立白沢中学校に転校した。一学年でたった二クラスだけ、生徒はみんな小さい頃からの顔見知りどうしという中で私は珍獣のように扱われたものの、みんな優しかった。遠いところからやってきたからお客様のような扱いをしてくれたのかもしれないが、少なくとも陰湿な子は一人もいなかった。


 とはいえ、転校早々息をつく暇もなく高校受験の勉強が待ち受けていた。

私は当初、公立の進学校を第一志望にしていた。その高校は白沢市の隣、桃川市という人口七十万の県最大の都市にある。しかしそこは、電車とバスを乗り継いで片道五十分もかかるところにあった。


 通えない距離ではないしバスはそれなりに本数が走っているが、問題は電車だった。山手線とか中央線とか京浜東北線と違って一時間に最大二本しか走らないので、一本でも乗り遅れたら致命傷になり得るのである。だからできれば近くの高校に行きたかったが、私のレベルに見合う高校の全てが桃川市に集中していた。


 そんな時、私は緑葉女学館という女子校の存在を知った。私の引っ越し先から自転車で十分もかからない近所にある、進学率百パーセントを誇る伝統校。しかも学費は公立よりやや高い程度で、我が家の家計であれば充分払いきれる。


 こんな良い学校が間近にあったなんて! 喜んだ私はここを第一志望に切り替えようとしたのだが、教師曰く「あそこは六年制の中等教育学校だし、編入学試験は一応あるが、毎年若干名しか取らない最難関だ。悪いことは言わないからやめとけ」と。


 しかしそれで諦める私ではない。もう必死のパッチという関西弁的の表現が似合うぐらい猛勉強した。その成果がみのり、編入学試験の合格通知書が届いた時にはクラスメートから万歳三唱で讃えられた。あの時の高揚感といったら二度と味わえるかどうかわからないものがあった。


 やがて卒業式を迎え、わずか半年の間とはいえ仲良くなったクラスメートとの別れに涙した私だったが、感傷に浸るのもそこそこにして、すぐに新天地での学習の準備をしなければならなかった。

明くる日に緑葉女学館から「特別補習を実施するので来校するように」と連絡があった。前期課程ではすでに高校の授業内容を先取り学習していて、授業進度の差を埋めるために補習を受けなければならなかったのだ。


 まだ制服が用意できていなかったが、中学校時代の制服で良いというのでセーラー服で緑葉女学館の門をくぐっていった。門前に植えられた桜並木はまだつぼみの段階だった。

私は中年の女性教師に案内されて管理棟にある職員室の休憩スペースに通されたが、そこには他の生徒は誰もいなかった。


「ちょっと会わせたい人がいるからしばらく待ってちょうだい」

「あの先生、もしかして編入生って私だけですか?」

「ええ。あなたは四十名の受験者の中で唯一の合格者よ」


 私は倍率四十倍を勝ち抜いたことに誇らしげになれず、むしろ寂しくなった。若干名しか取らないと聞いていたけれどもまさか私一人とは……。


「ここは六年制とはいえ、校風に馴染めなかったり、成績不良で後期課程に進級できず出ていっちゃう子もいるの。その穴埋めのために編入学試験を行うのだけれど、今年の新四年生(高校一年)は優秀だから脱落者がいなくてね。けれどもずっと同じ顔ぶれで学習しているとマンネリ化してかえってよくないから、たとえ一人でも外から入学させて刺激を与えよう、ということであなたを取ったの」


 なるほど。私が白沢中に転校してきた直後、クラスのみんなのはしゃぎぶりを思い出した。


「菅原さんは確か、すぐそこの白沢中だったわね?」

「ええ。二学期までは東京に住んでいたので半年しか通っていませんでしたけど」

「あらまあ、菅原さんって東京の子だったの? 大都会から田舎に移って大変だったでしょう? ここはいろいろと不便なことが多いから」

「いいえ、楽しいですよ! 山や川を見ているだけで楽しいですし、XX県って雪があまり降らないから東京みたいに大雪で交通麻痺することもありませんし」


 先生は大笑いした。


「あなた、ちょっと変わってるわね」

「そうですか?」


 ドアをノックする音がした。


「あ、来たわね。どうぞ!」

「失礼します」


 そう言いつつ入ってきた生徒を見た私は心の中で感嘆の声をあげた。

ワンレンボブの髪型にちょっとツリ気味の目で、猫を彷彿させる顔。左目の下には泣きぼくろがある。

芸能人に負けず劣らずの美人だった。


「はじめまして、後期課程五年の高倉美和(たかくらみわ)です。この度はご入学おめでとうございます」


 美人は丁寧に頭を下げた。

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