投げ出して海の底
入り口で止まっていても
始まらないので
お邪魔します、と一言挨拶をして
恐る恐る1歩を踏み出した。
教会の中は外見と違って
埃の臭いもしないし
全然ボロボロではない。
そして、驚いた事に
教会の中は不自然なほど広いのだ
見上げるほど天井は高いが
天使達の絵は書いて無いし
シャンデリアや
ステンドグラスも取り付けてある訳でも無かった。
少しガッカリだ
続いて部屋の中を見る。
両開きの扉から奥へとカーペットが引いてあり
両脇には木製の椅子がキレイに並んでいる。
数多くの信者が座れそうだ。
今は僕1人しか居ないがな
壁には外の景色が見える窓と
蝋燭が申し訳ない程度に飾ってある。
月の光と蝋燭しか部屋を照らすものは無いのに
ファンタジーなパワーによってか
部屋の中は明るかった。
色々なゲームで教会を見てきたが
正直言って素晴らしい教会だ。
ここで結婚式を挙げれば思い出に残るだろう。
まぁ、結婚式場の良し悪しなんて
わからないがね。
誓いのキスをするであろう場所には
神父さんの机は無く
代わりに、重厚な玉座が置かれている。
魔王である僕の座る椅子か…
玉座の材質は
鈍く光る黒いの石で
コンコンと叩いてみても音も響かない謎の石だ。
冬には座りたくないな
凄く冷たそう
これで、一通り見て回っただろうか。
色々と不思議な物がいっぱいあったが…
ぶっちゃけ何もないな。
いやー面白い体験が出来ましたー
ありがとうございましたー。
なんて言ってすぐに帰りたいくらいだ。
こんな何もない場所で『生き続けろ』だなんて
どこの五億年ボタンだよ
百万円寄越せよ、神様。
と、ふと視界の端に見えたが
玉座に隠れるように裏の壁に木製の扉があるのを発見。
うっかり見落とす所だった。
神様に召還されて興奮してたが…
しかし、冷静になってみると
急に怖くなってきたな。
一度怖くなると色々と考えてしまう…
あの扉を開けると
いきなり罠が作動して即死!
実は初めて教会に入ったわけではなくて
何度も蘇り
何度も記憶を消されて
人間の行動パターンを調べるために
神様に召還されたんじゃ…。
僕は自分の価値の無さを理解している。
確かに実験が目的なら僕が呼ばれても不思議では無い…
唾を飲み
鼓動が早くなる
アホらしい想像力で勝手に怖がって後退る。
始めは自分でもバカな想像だと
わかっているが
考えれば考えるほど
恐怖が加速していく。
更に後退りをすると何かにぶつかってよろめいた。
ひんやりとした硬い何かに手を置いた。
あの玉座だ。
玉座を触っていると
身体の熱が吸われていく様に落ち着いてきた。
そうだよ
僕は魔王なんだ!
と言うことは
この教会は僕の所有物件
何も恐れる事はない!
決意を抱き続けろ、僕。
僕は奥の扉に近づき、一気に開いた。
……は?
目の前に広がった光景は
1人暮らしにちょうど良いワンルームくらいの広さの部屋に
普通のベッドと
立派な台座と
台座の上でフヨフヨ浮いてる光る玉だけだった。
何故、ここに僕の部屋が
再現されているんだ!?
とか
中には美少女が居た!
とか、何もなかった。
あれ?
部屋の中へ侵入を試みた。
ベッドは普通に良い生地を使用しているらしくふかふかだ。
自分の部屋に欲しい。
いや、ここは僕の部屋か。
そして、一番目立っている光る玉に近づいて
恐る恐る触ってみた。
少し暖かい…。
人肌に近い温度で優しい光を放ち
間接照明として見れば素晴らしい1品だ。
もしかしたら…と内心ドキドキしながら
光る玉を両手で掴みとってみた。
重力に逆らいフヨフヨしていたのが
嘘だったかの如く
ただの光る玉になった。
重さもそこまで重くない。
頭の中に呪文の言葉が流れてくる事も無ければ
身体の奥底から力が溢れてくる事も無い。
何もないか……
1人で盛り上がって
ハードルを上げ過ぎたのが悪かったか。
大きなため息を吐きながら
ベッドに腰かけ、現状を振り返る。
見渡す限りの草原
そこにポツンと教会
その中の寝室には
本や道具も無くて、あるのは光る玉のみ。
外に池と謎の滝みたいなのもあったか。
いや、あれは深淵から出てくる滝ではない。
ファンタジーな滝だ。
そう!
ファンタジーな滝だ!
現実逃避を始めるが
現状では詰んでるなぁー。
唯一の救いは飢えず渇かない身体。
いや、この場合では最悪なチートか。
餓死は出来ないから
教会の屋根に登って頭から飛び降りか
老衰か…。
ダメだダメだ。
考えがあぶない方向に
転がっていく…。
はぁ
前世も終わっていたが
今世も終わったー。
しかも、老衰するかわからないから
来世もこないかもしれない。
いやー詰んだ詰んだ
ベッドに身体を投げ出し
また一つため息が出る
ふと目に入った
光る玉に書かれた文字
光っていたから、わからなかったが
確かに書いてある。
いや、映っている?
光る玉をクルクル回して
探してみると
出るわ出るわ文字だらけ
ダンジョン、魔王強化、モンスターやら
色々書いてある棒グラフ
モンスターの名前が書いてあり
その横に50DPとか書いてある。
モンスターのメニューだろうか
ぁ、そのまた横には
トラップのメニューもあるぞ!
ダンジョン製作の文字も書いてある
うおー!
この光る玉は
ダンジョンのリモコンみたいなヤツか!!
さっきの台座にフヨフヨ浮いていたのは
不用意に当たらないための配慮か。
これは…
滅びゆく事も出来ない僕の希望の光!
よし、これで女性型モンスターをたくさん…
いや、3人位呼んで
ハーレムを作ろう!
そして、永久なる世界で
爛れた生活を送るんだ!
ふははははは
神様ありがとう!
さらば!前世の同士諸君!
今までの分まで
楽しみまくってやる!
僕は召還する事が出来る
女性型モンスターを探した。
隅から隅まで探した。
ほとんど謎の言語で埋まっているが
ここはダンジョンなんだ
異世界なんだ
必ず…必ず居るはず
サキュバス…
エルフ…
ヴァンパイア…
サキュバス…
ラミア…
マーメイド…
サキュバスー!
どこだー!
途中で呼べるモンスターを
見つけたが
女性型モンスターじゃないので
スルーして探して続ける。
数十分後。
モンスター覧を全て見てみたが
呼ぶことが出来るのは
スライムとスケルトンだけだった。
両方とも50Pと
安いのか高いのかわからないが
最弱モンスターが神を殺せるほど強くなるのは
ライトな小説ではよくある事。
それに、筋肉ゴリゴリで
ウホウホしてるモンスターよりマシだろう。
それに、今の僕は話し相手が欲しい…。
1人という孤独が
死ぬほど辛い…。
孤独は死と等しい病とは良く言ったものだ
前世で嫌と言うほど味わったが
この世界の孤独はやばい。
悪夢だとしたら早く覚めて欲しい。
早速、スライムの文字を
トントンと指で突っついてみたり
顔が真っ赤になるような
呪文も唱えて
現れろ!スライム!
と言ってみたり
色々してみたが
何も起こらない。
例えるなら
新しく買った携帯に悪戦苦闘してる感じだ、、、。
散々試したあげく
召喚出来ない答えは
簡単だった。
だって、ポイントが必要みたいで
所持してるのが0Pだもん
そりゃ駄目だわ
僕は光る玉を手放して
大の字でベッドに倒れこんだ。
緊張と疲れと落胆と…限界だったのか
すぐに睡魔が這い寄ってきた。
薄れゆく意識の中で
光る玉がフヨフヨと浮かび上がり
台座へ戻っていくのが見えた。
あの光る玉、手放したら勝手に台座に戻るんだな。
我が家のテレビのリモコンにも
そんな機能が欲しいな。
そしたら、失くすこと無いし
と、アホな思考を最後に
僕は海の底のように
深い眠りについたのだった…。