第六章 二人の愛読書
次の日、放課後になり雪人は家にそのまま帰る。パソコンにメールが入っている。開いてみると真央からだった。
「今日の事か、気分転換にはなるかな」
そう思いつつ、指定の時間になるまで待つことになった。
――数十分ののち、インターホンが鳴る。
「あ、どうもです」
いつもより、真央が女性らしく思えた。
「じゃあ、行きましょうか」
若干、いつもと違う真央に戸惑いを覚えつつ久々に趣味に費やす時間ができたことに喜びを覚えた。
目的地について、いつの間に出ていた新作の本や、グッズを見て回る。
――一通り、見て回り賑やかな街が次第に遠ざかっていく。
「喉乾いたので、お茶を飲ませてくださいっ」
「ん、わかったよ」
いつものやり取りだ。雪人は自分の家に彼女を招く。
「はいよ、飲んだら帰れよ」
彼女は、ぐいっとコップの麦茶を飲み干した。
「先輩、なんか疲れてます?」
答えを知っている問を投げかけるように、真央が雪人のそばに近寄る。
いや――と否定しかけたが、メールの文面、なぜか自分をわかってくれそうな言い回しに賭けた。
「実はな――」
話を聞いた真央は、なるほどと一言呟く。
「きっと、嫌ってないと思いますよ」
「そうかな」
逃避するように、雪人は麦茶を飲み干した。
「先輩、この今の先輩は、主人公なんですよ」
言っている意味が分からない。
「小説でも何でも、文字にしなきゃ、伝わらないんですよ」
「小説と現実は違うだろ」
真央らしく直線的に言ってくれない。
「――現実も、物語みたいなものじゃないですか? 今の先輩は、どの小説の主人公よりかっこいいですよ」
確かに、そうかもしれない。ページをめくるまで何が起きるかわからない、それは現実も、本も同じかもしれない。そしてめくられるべきページはすぐそこにある。
「それじゃあ、また」
しばらくして、雑談に切り替わり、解散となった。
「先輩――クッキー、食べ損ねました」
にっこりと真央は微笑んでドアを閉めた。外に出ると涼しい風が吹いている。
「月が、きれいだな」
一人で見る夜空の星は、少ししょっぱかった。
二日立てばわかるという言葉。
嫌われていないよという言葉。
双方の胸には不安しかない。部室に、ゆっくりと二人は入っていく。
「……」
空気がよどんでいる。
「あのっ」
最初に沈黙を破ったのはナナだった。ナナは大きく深呼吸をして
「その、聞かせてください」
「えっと、何を」
心臓の鼓動が部屋中に響く。初めて自分の気持ちに気づいた時と同じ感覚だった。
「その、好きじゃないんですか」
答えはもう、期待していない。ただ、彼の口から自分の耳に届けてほしいだけだ。
「好き、だよ」
「本が、ですよね」
あの日と同じだ『映画、ですよね』と、念を押した時と同じだ。
「本、だな」
顔が熱量の限界を超えて、彼女は涙すら出なかった。
「いや、それから」
ふと、顔を上げる。
「他人の言葉だが、現実というのもその一冊の本のようだと。だから、その……上尾さん自身が一冊の本なら、その本も、含めて、好き、かな」
「ふふっ」
しばらくして、ナナは思わず、笑うがこぼれた。
「仕方ないですね。いいですよ」
微笑みながら、涙を流した。昨日とは違った意味の涙を。
「じゃあ、私だって雪人くんをしっかり読ませてもらいますね」
奇妙で不格好な告白は、空白の一ページを埋めた。




