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二人の愛読書  作者: 雪川 白
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第一章 二人の出会い

 読みかけの小説ほど、悲しいものはないと雪人は思った。停滞している。悲劇も、喜劇もなく情緒もない。

 晴れ晴れとした日曜日。雪人は駅前の書店に足を運んだ。彼は本が好きだ。とはいっても、読書家というわけでもない。「嗜む程度」であり、サブカルチャー系の趣味と相まって比較的ライトノベルが多い。大正時代などの純文学作品は味わい深すぎて、逆に読むのが申し訳ない。いつもと変わらない本屋――のはずだった。店内の柔らかい蛍光灯の光に導かれるように奥の方に設置されている「ライトノベル系」のジャンルに飛び込む。イベントで知り合った同じ趣味の真央に勧められた本を買いに来たのだった。

「あれ、あの制服って、うちの学校のだよな」

 本を片手にレジに向かおうとしていた雪人の目に見慣れた制服が移る。黒淵の眼鏡をかけ、長い髪の毛を気にしながら、立ち読みをする姿に思わず見とれてしまった。とはいっても、一番目に留まってしまったのは、真っ白いワイシャツを内側から押し上げる豊かな胸元。

「んっ?」

 よこしまな気持ちに流されまいと目線を逸らそうとした瞬間、不自然な光景を目撃した。立ち読みに邪魔だったのか、床に置いてある紺色のバッグに、本が入っていた。カバーのかかった本。明らかに、万引きを企んでいる。

 彼女は、読んでいた本を閉じ、バッグを肩にかけ、会計を雪人より先に済ませた。

「ありがとうございました~」

 店員は気づいていない。小さな書店だから万引き防止用のセンサもない。本屋を出ていく彼女を慌てて追い、その腕をつかむ。細くて、水をつかむようだった。

「待ちなさい、君」

「えっ?」

 店先には未会計の方を抱えた少年が一人。

「あっ、いや、違うんです! この子のカバンに本が入ってて」

 今の状況をようやく理解した雪人は慌てて行動を説明した。彼を万引き犯だと疑った女性の店員は半信半疑で彼女のカバンを覗いた。覗かれている彼女の方も何食わぬ顔でその様子を眺めている。

「ちょっと、二人、事務所まで来て」

 雪人も彼女もお互いがお互いに巻き込まれたとずいぶんを明らかにいやな顔をした。

 事務所で、確認のために防犯カメラを眺めている店員が、急に声を発した。

「いや、まいったな」

 どうしたらいいのかわからないといった顔つきで、少女を見つめると、

「女の子の方はこりゃ、いたずらだね」

 映像を見せた。それを見る限りでは、彼女がカバンから目を離したすきにこっそりと本を忍ばせる男の姿があった。

「で、僕の方は」

 あえて、「女の子の方」といったのだからと雪人は戸惑いを隠せない。

「あ、あのっ」

 先ほどまでおとなしく――静かに――していた彼女が喉の奥から声を張り上げた。

「この子は、私がいたずらされたのを見つけてくれたわけですし、レジの近くにいたんですから、その……会計をしようとしていたとは思うんですが。つまり、万引きをしようとして外に飛び出たわけじゃなくて……」

 少女は、俯きながら初対面の雪人を擁護した。厳密には対面すらしていないが。

 発言には確かに、理屈が通っている。店員もわかった、と納得してくれた。

 雪人は改めて会計をすますと、今日の出来事を胸に止め家に帰った。

 家に帰ると、ノートパソコンにメールが入っていた。ソフトをひらき、内容を確認する。

『センパイお久!バイトが、二時終わりなんで、三時にそっちに向かうね。真央』

 約束をしていたことをすっかり忘れていた。明日の三時までには少なくとも家にいなくては。と、今から気張っていても仕方がないので、今日買ってきた本をゆっくりと最初の一ページを開いた。楽しみに買っているシリーズものの第四巻だ。物語はすでに始まっている。


 次の日、雪人は昨日の少女と同じ制服に身を包んだ。高校二年生となればもう見慣れた朝の光景となる。

 朝、学校に来て真っ先に、部室へ向かった。無機質な部室棟の一角に「文芸部」と書かれた木製の板がかかっている。埃臭い部屋の電気をつける。先週末の放課後、部室に入ると、珍しく顧問の先生が訪ねてきて、新入部員が入るからと季節外れの予告をされた。今は六月だ。本来なら五月の初頭あたりに来るはずと思いながらも一人の部活動におさらばできるのはありがたかった。とはいえ、今まで慣れ親しんできた部屋が自分だけの物でなくなるのはやや物寂しかった。だから今こうして朝に眺めている部屋は余計に物寂しく感じるのである。

 放課後、気分を入れ替えて足取りを軽く部室へ向かった。軽快にドアを開けると、薄暗い部屋にロングヘアの少女が窓を開け、風に吹かれながら読書をたしなんでいた。その光景はまるで芸術といえる。一枚の絵になりそうだ。はっと、本から目線が外れた少女と目が合う。

 豊な胸を手で隠しつつも、それとは対称的な震えたまなざしで雪人を見つめていた。

 別に胸を見ていたわけではないのだが、と自己弁解しつつどこかで見たことあるなと過去の記憶をたどる。

「あの……文芸部の方、ですか?」

 風に運ばれてきた声は柔らかかった。

「ええ、――もしかして昨日の」

 お互いの目線と声を感じ合って二人は気づいた。昨日、本屋で遭遇した子だ、と。

 ほぼ同時に、二人の口元が緩んだ。再会というのはあまりにも、滑稽に思えたからだ。

「すっ、すいません、ふふっ」

「どっかで見たことあるなって思ってたけど、新入部員って昨日の」

 思い出したように、彼女は入部届を出した。

「改めて、上尾ナナです。よろしくお願いします」

 彼女の笑顔は太陽よりも輝いて見えた。

 一通りの自己紹介や部活の活動内容などを説明し終え、二人は終始空想の世界に入り浸った。

「雪人さん」

 丁寧な口調でナナが口を開く。

「どうかした?」

 読書の邪魔になるかとあえて話しかけずにいたがむしろ会話をした方がよかったかと、後悔しかけた。

「あのっ、昨日はご迷惑をおかけしたので、お詫びとお礼を兼ねてしょ、食事にでも、いかがでしょうか?」

 昨日と同じ震えた声だった。ナナとしては勇気を振り絞ったのだろうと、彼は快く了解した。

「じゃ、じゃあさっそく今日! 今日はどうですか? 近くに素敵なカフェがあるんですっ」

「申し訳ない、今日は先約が入ってて」

 後ろめたい気持ちが途端に体にのしかかる。

「あ、いえ、いいんです。私こそ、はしゃいでしまって」

 ナナが悲しむ顔をすると、雪人も悲しくなった。外から吹く風は強く冷たく感じられた。雪人はわざとらしく手帳を広げると、

「今週の土曜日は開いているよ」

 と、ナナの顔をうかがいながら言葉を添えた。

「……!」

 はしゃがないを厳守しているのか、言葉には出ないが口元は緩んで赤面していた。

「で、では。今度の土曜日に。結構混むので、お昼少し前に、昨日の本屋さんで待ち合わせでいいですか?」

「うん、十一時ごろでいいね」

「はいっ!」

 ナナは喜びと緊張に胸を膨らませた。

「じゃあ、僕はこれで。また明日」

 雪人は約束の時間が近づいてきたことに気づき、ナナに別れを告げた。一見、冷静に見える彼も心臓の鼓動が部屋中に響いていないか心配だったのだ。社交的と言われる彼でも女子とは、しかもこんな運命的な再会をしたことはない。

「……って、私、結構大胆なこと、してた……⁉ これって、デートじゃん?」

 雪人がいなくなった部屋でふと我に返る。ナナは読みかけの本を置いて自分の行動を振り返った。本の中でしか体験したことのない、高揚感。いつかの小説のヒロインが感じていた気持ち。この時初めて、自分の恋心というものに彼女は気づいた。

 遠いグラウンドの方から、運動部の掛け声が聞こえると、今の一人という状況がますます寂しく思えた。

 

 一人の少女がインターホンを鳴らす。

「せんぱーい!」

 時刻は十五時ちょうど。黒く重そうなドアが開くと、臼井青色のジーパンに紺色のパーカーを着た雪人が少女を部屋に招く。

「真央、大きくなった?」

 雪人の肩ぐらいの身長の少女は自慢げな顔ででしょっと、彼を見上げた。

 雪人は台所からレモンティーとクッキーを部屋に運び入れる。

 真央は自室のようにベッドに横たわり、漫画を読んでいたが雪人が部屋に入るや、子どものようにクッキーに飛びつく。これがここの部屋での日常であった。

「太るぞ」

「ジョギングしてるから、だいじょーぶです。センパイこそやばいのでは」

「平均以下の体重がこれ以上減ったら死ぬ」

 アニメがきっかけで知り合いになった二人の付き合いは長い。

 節度というのは無論あるが、お互いに同姓のように気遣いなく話せる。二人はこの関係を気に入っていた。

「こう、アニメのような展開はないもんかね」

「部屋で菓子くってるやつには来ないと思うぞ」

 そっと、クッキーに手を伸ばした真央の手が引っ込む。

「そういや、バイトはまだやってるの?」

「もちろんですよ、グッズを買う資金ですからね」

 真央は近くのカフェでバイトをしていると言って久しいが女性向けの店内というのを耳にしてどうも、行く気にはなれなかった。

「そういえば」

 カフェという単語つながりで昨日今日の出来事を思い出した。あの時の鼓動が思い出しただけで再現される。

「そういえば?」

「いや、別に」

 別に人に話すことでもない。目線を逸らして真央の興味をそごうとしてもなぜだか、視線が合い続けている気がした。

「実はな――」

 しぶしぶ、雪人は口を開いた。話せば少しは落ち着くかと思った心臓の鼓動は一向に収まらない。それどころか、より早くなっていた。真央に聞かれるのではないかと思うほどに。

「――というわけだ」

「なるほど、つまり、それは恋ですね」

 はっきりとしない気持ちが、真央にそう定義された。とは言われても自覚がわかない。

「恋なのかー、よくわからない」

「はじめはそんなもんじゃない?」

 雪人は飲みかけのレモンティーを飲み干した。つんとしたレモンのにおいが広がり、そして消えた。

「もう一時間も話してたんですね、それじゃあ、失礼します」

 長々と一人語りをしてしまったと、雪人はお詫びに封の開けてないクッキーを持って帰るよう勧めた。甘いものが好きでそれが転じて自給のそれほど高くないカフェでのバイトをしている。

「いや、いいよ。悪いし、それに――」

 一瞬、真央の表情が曇る。雪人はやけに彼女を「女性」として意識してしまった。

「私にだって、恋人は欲しいですからね」

 瞬きをするよりも早く真央の表情は普段通りにまっていた。気のせいか。それにしてはやけに鮮明なノイズであったともいえる。

「じゃあな」

 ドアが閉まると、真央は雪人が遠くの人のように思えてしまった。


 翌日の放課後、二人は何かと理由をつけて部活動を休んだ。バレバレの嘘だったがそれをとがめるものはいない。

 放課後の雪人は写真部の先輩のところへ、ナナは下見を兼ねて学校近くのカフェに足を運んだ。

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