第七話 『異世界で調子に乗った駄女神に鉄槌を!』
「ねぇ、ハルキ、聞いてるの?」
「ああ、聞いてるよ」
「じゃ、こっち見なさいよ」
嫌に決まってるだろう。今、そっち振り向いたら、俺はクラスの男子全員の睨んだ目を浴びなきゃいけないんだぞ。頼むから、これ以上事態を悪化させないでくれ。
春樹は頑なに、顔をリヴェルの方へとは向けなかった。
「何のようだよ」
「春樹のことだから、どうせ、登校初日でも友達作れなかったんでしょ? だから、こうして私が話しに来てあげたの」
余計なお世話だ。
「おっと、リヴェルさん。ハルキなら俺という友達がもう出来てるぜ」
ミヅチが後ろから手帳とペンを手に持って、割り込んでくる。
「そうなの?」
リヴェルは怪訝そうな顔で春樹を見る。
「まぁ、上出来ね。引き籠もりにしてはやるじゃない」
何で上から目線なわけ? あと、引き籠もりじゃねーよ。ただ、友達作りに失敗しただけだし。家に帰ってパソコン開けば、千人ぐらい友達いたし。
恥ずかしくて言葉に出来なかった春樹は、顔を伏せながら、小声でブツブツと呟いていた。
「そんなことよりもね、ハルキ。私ってこの世界じゃ最強になれるかもしれないの」
何言ってんだこいつ、ワープの反動がまだ残っているんじゃないか? というか、そんなことって何だよ、友達作れただけで俺すごい嬉しいんだからな。
「とうとう、頭でもおかしくなったのか? 保健室ならここから近いから、送っててやるよ」
「違うわよ、私の血液検査から発覚した、魔法師ランクの情報よ。あなた血抜いたで……そうだ、あの時ハルキ寝ていたんだったわよね」
「おい、ちょっと待て。最後なんて言った?」
いつだ、いつ俺は血を抜かれたんだ? 確か、ジキルさんから貰った茶封筒には既に学生証が入っていたから、俺が寝ていた時は、確か――――
「おい、リヴェル。俺が最初にお前と会った時に、どうも右手が痛かったんだよな」
「あれ、ハルキ、きゅ、急に何よ。中二病なんて今時はやらないわよ。……おかしいな、確かに痛みは消したはずなのに」
勿論、嘘である。だが、リヴェルの動揺した言動と、時々漏れている言葉で納得した。俺が寝ている間に絶対何かされた。血を抜かれたこと以外に、ときどき頭に入ってくる、知らないはずの言葉や知識も、リヴェルの仕業に違いない。
「なぁ、ミヅチ。模擬戦は明日でも構わないか?」
「お、おう。いいぜ」
ミヅチは、冷や汗を少し掻いて後退る。
「リヴェル、今日の午後の授業に模擬戦の依頼をするけど、いいか?」
笑っているようで、笑っていない春樹の顔に気圧され、リヴェルは思わず首を縦に振った。
――――昼休み――――
「ねぇ、春樹。模擬戦をする前に、あなたに見せておく物があったわ」
授業が終わって早々、リヴェルは茶封筒の紙を、春樹に渡す。
「なんだ、俺に情報を教えてもいいのか?」
「ハンデよハンデ。私の魔法師ランクを見て、精々、この昼休みに対策でもすることね」
なんか言葉が一々ムカつくんだよな。
春樹は茶封筒を開け、中身の紙と学生証を取り出す。
封筒には、編入おめでとうと書かれた紙と、編入試験の筆記テストの紙があった。
最初に学生証は確認せず、まず、リヴェルの知識がどれほどのものか見ることにした。
そして、春樹はテストの点数を見て驚愕する。
21点――――。
こいつバカかよ。
春樹は視線を右にずらし、リヴェルを見て、一つだけ質問する。
「おい、リヴェル。お前この封筒の中身見たか?」
「学生証だけ見たわよ」
やっぱりか。
春樹はリヴェルに答案用紙を見せる。
受験番号 235436 名前 大魔王ザビエル 得点 21点
問一 『五百年前に死んだ魔王を答えなさい。』 回答 『勇者が来てくれなかった寂しさにより死亡。』……
……リヴェル、もとい、大魔王ザビエルは口をパカッと開けながら、凍結していた。
「そう、気を落とすなってザビエル」
「その名前で呼ばないでよ!」
リヴェルは春樹の耳元で大声を出して、取り乱す。
名前を書き忘れて、回答ずれてるとか、どんなけおっちょこちょいなんだよ。採点者の人もこれを見て驚いていただろうな。 というか、魔王の死因が勇者が来てくれなかった寂しさで死亡とか、どんなけメンタル低いんだよ、ウサギかよ。
落ち込んだリヴェルを見て、ルコラが頭を撫でている。相当ショックだったんだろうな。
春樹はリヴェルから視線を外し、学生証の方を見る。
「まじか……」
春樹はポトッ、とリヴェルの学生証を落とし、凍結する。
――――リヴェルの魔法師ランク――――
攻撃力 S
防御力 S
俊敏性 S
体力 S
運 C
魔力量 S
魔力制御 S
魔法師ランク S
「はは、理不尽すぎだろ」
もう笑うしかなかった。
圧倒的なステータスの差、もはや化け物だろ。
何だよ、運以外のステータス値が全部Sって、俺より主人公してんじゃねーか。
「ね、見て分かったでしょ。これが私の実力なのよ」
急に開き直ったリヴェルは学生証を拾い上げ、答案用紙と一緒に茶封筒の中に入れる。
「ねぇ、ハルキ。今なら模擬戦取り消してあげてもいいわよ。魔法師ランクSの私に挑むなんて、百年も千年も早いわ。プーハッハハハ」
ムカッ。
「いいぜ、魔法師ランクSだか知らないけど、男に二言はない、やるって言った勝負は最後までやってやる」
春樹は向きになり、リヴェルのわざとらしい挑発に乗った。
「よし、決定ね。私負けるつもりないから」
「俺もな」
二人は体を背けあいながら席に着くと、春樹はバスケットをからサンドイッチ手に、リヴェルはお菓子を手に昼食をとった。
――――午後の授業――――
「よく逃げなかったわね、褒めてあげるわ」
「いや、模擬戦も授業の一貫だから、受けなきゃだめだろ」
春樹とリヴェルは、一定の距離を取りながら、身構えていた。
リヴェルは腰の装甲から、茶色のコインのような物を取り出す。
「今から、この十円玉を上に飛ばすわよ。地面に落ちたらスタートね」
「おう、いいぜ」
リヴェルは十円玉を親指に乗せ、
「3、2、1――――」
カキーン、と鳴りながら、親指に乗っていた十円玉が弾かれる、が――――
「痛っ! 目に十円玉が当たった」
リヴェルは自分で弾いた十円玉を自分の眼で食らってしまい、眼を手で押さえながら悶絶していた。
ダサっ!
その姿は哀れすぎて、何も言えなかった。
とっくに、十円玉は地面に落ちてはいるが、クラスメイトが見ているわけだし、そこは空気を読むことにして、リヴェルの方に向かって歩いた。
「おいおい、大丈夫かよリヴェル」
無事かどうかを確かめようとした、その時――――
「そこだっ!」
リヴェルは右手で右目を押さえながら、右手からファイアボールを放つ。
春樹はそれをギリギリのところでかわす。
「きたねーぞ! 今の卑怯じゃないのかリヴェル?」
「ふん、これも作戦のうちよ。コインが落ちた瞬間から勝負は始まってるのよ」
「「なるほど」」
クラスメイトの半分以上が納得したように頷く。
絶対嘘だから、みんな騙されんなよ。
「右目も治ってきたことだし、ここからは真剣勝負よ」
つまり、さっきのは真剣じゃなかったってことだな。
「食らいなさいっ!」
リヴェルは右手から、数発のファイアボールを出し、春樹はそれを自慢のスピードで右回りにかわしていく。
「これじゃ、近づけないな。……そっか、こいつがあった」
春樹は何かを思い出したのか、腰の装甲からある物を取り出す。
「おい、ハルキが装甲から何か取り出したぜ」
「何かしら、あれ?」
「武器か?」
クラスメイトの大半は困惑した顔で難儀していたが、ミユルはそれを見て思い出し、小さく呟く。
「エアガンだ……」
そう、ハルキが腰の装甲から取り出したのは、ハンドガンタイプのエアガンだった。
「そんなおもちゃで私に勝てるとでも思っているの?」
春樹は小さく笑った。
「いいや、勝てるね」
「その根拠は?」
「こいつ以外に秘策があるからさ」
「その減らず口、いつまで言っていられるかしらっ!」
リヴェルは、両手から先ほどよりも多くファイアボールを放つが、春樹はそれを見切りながらファイアボールの嵐を縦横無尽にかわしていく。
春樹はファイアボールをかわしながら、時々、リヴェルに向かって弾を射出するが、一発も当たらないまま、戦闘は長引く。
「ご自慢のエイム力じゃ、私に当てることも出来ないようね」
「勝手に言ってろ。俺は別にお前を狙ってるわけじゃないからな」
マガジンが切れ終わると、春樹は足を止める。
「お前にエアガンの弾を当てたぐらいじゃ、勝てるわけがない。そんなの分かってるよ」
「ならなんで使ってるのよ」
「それはな。俺が地面に撃った、弾をよく見てみろ」
リヴェルは腰を下ろし、地面に埋まった弾を確認する。
「何これ、透き通ったBB弾?」
「違うぜ。それは昨日俺が徹夜して作った、俺特製の油の弾だ」
昨日春樹は、ミユルのお陰で夜は眠れずにいたが、一度心を落ち着かせるために一日の反省をしていたところ、ミヅチに負けたことを思い出し、次にミヅチに勝つ策を練っていて試行錯誤を繰り返した結果、この戦い方に行き着いた。
ジキル学院長から貰った『誰でも魔法が覚えられる本・初級編』を参考にしていたら、液状を個体のように固く、自由自在に形を作れる魔法を見つけ。台所にあった油を今日の模擬戦のために、BB弾並のサイズまで小さく、丸く加工するという作業を約二時間で終わらせた。
本当なら、ミヅチに勝つために使う予定の作戦だったが、仕方ない。丁度、試しに使ってみたかったから、結果オーライとしよう。
「これで終わりだぜ、ミユル。俺の全ての魔力を込めたファイアボールに、油の火力が加わったら、さすがのお前でも、無事じゃないはずだぜ」
「や、やめなさいよ。私がそのファイアボールを受けちゃったら、しゃれにならないわよ?」
「そのときはそのときだ」
春樹は右手を前に差し出し、リヴェルに向かって構える。
「はい、終了」
春樹の横から突然現れた、軽く拍手している声の主は。
「パ、ジキル学院長」
「え、まじで……」
そっと顔を後ろに振り向かせると、
「やぁ、ハルキ君」
「こんにちは、ジキル学院長」
春樹は伸ばした手を引っ込め、脂汗を掻きながら背筋を伸ばしていた。
「さすが、特編同士の戦い、見ていてハラハラしたよ」
「は、はぁ、ありがとうございます」
「それよりもハルキ君。君は今、自分の魔力を全てを使い切る勢いで、魔法を使おうとしなかったか?」
「え、ま、はい。ジキル学院長が止めていなかったら、俺の魔力を全てリヴェルに当てるとこ――――」
「魔力を全て使い切らない方がいい、死ぬぞ」
ジキルは真面目な顔で春樹の耳元でそう囁き、春樹から離れたときにはいつもの笑顔を浮かべている表情に戻る。
一体、さっきの言葉はどういう意味なのだろう?
「君は高位魔法を使わない方がいい。すぐに枯れて散るだけだ」
「それって、どういう意味なんですか?」
「人の体に流れる魔力は、言わば生命力の一種なんだよ。本来、小学生の一年生から習うことなんだが、君には伝え忘れていたよ」
「え、魔力が生命力?」
春樹は困惑した顔で首を傾げる。
「まぁ、一気に使わなければいいだけのことさ。魔力が切れかかると、魔力限界というのが発動する。人の体力にも限界があるように、魔法は自分の一日分の生命力を削りながら魔法を使うため、限界が近づいてきたら脳が体を通じて、魔力を使わせないよう完全にシャットダウンさせてしまう」
なるほど、少量の魔力で魔法を使う分には問題ないんだな。
「そして、先ほどのハルキ君がしようとしていた事は魔力を一気に消費し、魔力限界を超えてしまうと全魔力放出といって、生命力を体から全て使い果たした状態。つまり死を意味する事なんだ」
春樹は神経を逆なでされたように体を震わせる。
つまり俺は、たかが模擬戦に勝つために、死のうとしていたってことか。あの時、ジキル学院長が止めていなかったら死んでいたのか俺?
「次からは魔力を使い過ぎないように、戦い方を考えることだね。だけど、エアガンで戦う発想はなかなか良いと僕は思うよ」
ジキル学院長は、上着を振り払うようにこの場から立ち去ると、まるで霞のように消えてしまった。
「ハルキ、あなた体大丈夫なの? どこもおかしくない?」
後ろからリヴェルが心配そうな顔で近づく。
「今のところは何も問題ないぞ」
むしろ、何か問題があるとしたらリヴェルの方である。態度がいきなり、手のひらを返したように変わっている。
心配してくれるのは嬉しいんだけど、なんかリヴェルらしくないというか、調子が狂うというか。リヴェルもこうして見ると、普通の女の子なのかもしれない。最初の出会いは印象最悪から始まったが、今はただの優しい美少女じゃないか。
「なら、よかった。もし、これでハルキが死んじゃったら、私ゼウス様に合わせる顔がなくなっちゃうしね。はぁ、本当によかった」
お前はどこの心配してんだよ。さっきのは撤回、やっぱ、ただのムカつく女だった。
リヴェルはいつもの表情と態度に戻る。
「リヴェル、まだ勝負は終わってないよな?」
春樹は少し後退りながら、右手からファイアボールを手のひらに出現させる。
「ハルキさん、顔が笑ってないんですけど。そこは、ね、ほら、ちゃんと笑いましょう」
「アハハハハハハ」
春樹は無表情で笑いながら、ファイアボールをリヴェルに向かって放った。
「ひっ……」
少しの衝撃と爆音が春樹を包み込み、気絶したリヴェルとともに横で倒れた。
キーン、コーン、カーン、コーン――――
…………………。
「とりあえず授業終わったし戻るか」
「そうね、この後の授業に遅れるわけにもいかないしね」
「俺、トイレ行ってくるわ」
「あ、俺も」
少しの沈黙の後、気まずそうにこの場からクラスメイトがグラウンドから立ち去る。
その後は、ミユルとミヅチが保健室の先生を呼び、春樹とリヴェルは保健室のベッドの上で半日寝ていた。
それから二人は、あれ以来、模擬戦の授業は真面目に受けるようになった。
感想や訂正以外にも、意見なども待っています。