第五話 『魔法学院で新たな高校生活を!・中編』
少し遅くなってしまいましたが、次は急ぐのでよろしくお願いします
「あーなんつーか、今日はお前らに編入生を紹介する。こいつが特別編入生のハルキ=レイ=アルケギニアだ。てきとーに仲良くしてやってくれ」
実におざなりな紹介から始まった。
編入生とかってクラスに馴染みにくいから、もう少し思いやりとか、心遣いとかないんですか?
無言でフレイを見ている春樹に向かって「はやく、やれ。お前だぞ」とでも言わんばかりに顎をくいって動かすだけだった。
「ハルキ=レイ=アルケギニアです、よろしく。気軽にはなしかけてもらえれば嬉しいです」
ハルキは緊張しながらも噛めずに自己紹介が出来、一つ呼吸を置いてからフレイに「終わりました」と目線で告げる。
「そーだな。……お前の席はミユルの隣でいっか」
ミユルは笑顔で春樹に手を小さく振っていた。
まさか、ミユルと同じクラスになるとは思っていなかったな。ジキル学院長に感謝しなきゃな。
大学によくある講義室のような間取りで、木製の長机が半円状に取り囲む構造の座席になっており、空間は以外と広い。
フレイに指定された席に向かい、椅子を引いて座った。
――――と。
「よっす、編入生。俺はミヅチ=アスノ、新聞部だ、よろしく。もし、わかんないことがあたっらいつでも相談してくれよな」
快活そうなその男子は春樹に手を差し出す。
その男子の手を握ると、無邪気な笑顔でぶんぶんと振り回した。
ミヅチ=アスノか、性格良さそうだし、すぐに友達になれそうだな。
「ああ、よろしく。俺のことは気軽にハルキって呼んでくれ」
「オーケー、ハルキ。早速だが、このあと、お前のプロフィール聞かしてもらうぜ」
「ほどほどにな」
ミヅチと無駄話をしている間にホームルームが終ると、春樹のまわりにはちょっとした人だかりが出来ていた。
「ねぇ、ハルキくんってば前の学校じゃなにをしてたの?」
帰宅部です。
「それよりもさ、お前って特編なんだろ? 普通に入学するよりも難しかったのにお前って頭いいのか?」
特編というのは、特別編入の略称である。 普通に受験するよりも問題が難しく、年に十人いけばいい方ともいわれている。ちなみに、この学院には毎年数十万人の生徒が受験しにくるが、その大半は落ちるらしい。
魔法を使ったことないってばれたら、絶対にやばいな。
「ハルキくんって前の学校じゃ彼女とかいたの? そんなに頭がいいんだったら一人くらいはいるよね?」
ごめんなさい、友達すらいませんでした。
心の中で質問に答えてくるうちに、なんだか罪悪感で心が痛かった。
「どいた、どいた。そういう質問なら俺ら新聞部でやるから引っ込んでもらうか」
ミヅチが手を払いながらクラスメイトをどかしていく。
「悪いなミヅチ」
「いいってことよ。ただし、情報料はもらうぜ」
春樹は苦笑いを浮かべながら、顔を振って窓の外の景色を眺める。
これが友達とかってやつなのかな……
「どうかしましたかハルキさん?」
心配そうにミユルが春樹の顔をじっと見つめる。
「いや、なんでもないよ。……それよりミヅチ。俺は絶対に個人情報は教えないからな」
「おいおい、そりゃないぜ。新人の取材をいち早くゲットすれば、俺も大金星なんだからさ、そこをなんとか」
ミヅチは両手を合わせて拝み続けるが、春樹はそれを顔を横に振って返答した。残念そうにしょぼくれたミヅチを見ながら、春樹とミユルは小さく笑った。
――――キーン、コーン、カーン、コーン……
予鈴のチャイムが鳴り、男の教師が教室に入ってくる。
「おい、お前ら席に着け。もう、授業始めるぞ」
男の教師が教卓に冊子を置く頃には、生徒全員が席に座っていた。
――――昼休み――――
「やっと終わった」
春樹は授業が終わった途端に、力が抜けたかのように腕を伸ばしながら椅子に座った。
「いや、しっかしお前さん頭いいんだな。特編なだけはあるよ」
「そんなことないよ、見たことも聞いたこともない問題なのに頭に答えが浮かんで来たんだよ」
そう、どの授業でも初めて見る問題や見たこともないはずの文字なのに、頭から回答が浮かんでくるような不思議な感覚だった。
「天才はみんなそう言うんだよ」
言わねぇよ。
「それよりも昼飯食おうぜ、腹減った」
きゅう、と春樹の虫の腹が鳴る。
「ハルキさん、お弁当か何かあるの?」
「全くない」
そもそもお金すら持ってないから、買えないし。
「おいおい、それはまずいぜ。このあとは遠距離魔法の授業だから何か食べておかないと魔力吸われるぞ」
また、頭から浮かんでくる変な違和感を感じた。
その内容は、魔力の補給手段だった。
魔力の補給手段は今の段階では数えるくらいしか存在していない。主に食事や睡眠などで魔力は補給される。その中でも睡眠は魔力を効率良く補給することが出来る上に、通常の人間の魔力量なら五時間ほどで満たされる。
魔法師にとって生活管理はとても重要なことなのである。
「どうかしたかハルキ?」
「いや、何でもない」
ため息を吐きながら春樹は時計をじっと見つめていた。
「ハルキさんよかったら、僕のお昼少し食べますか?」
「え、いいのか?」
お言葉に甘えてミユルのバスケットからサンドイッチをを取り出す。具材はレタスやハムにトマトなどといった野菜が挟まれている定番のラインナップだ。
それを口に運ぶ。
「これ、おいしいよ。レタスがシャキッっとしてるし、パンも柔らかくておいしい」
「良かったです」
あっちの方では洋食よりも和食の方に偏っていたから、普段あまりサンドイッチを食べてない俺にとっては新鮮な体験だ。
「ミユル食べないのか?」
バスケットに収まっていたサンドイッチの量は、一人で平らげるには明らかに多い。おそらく、春樹の分まで用意しての量だとは思うが、ミユルはあまりサンドイッチには手をつけてはいなかった。
「今日はもうお腹いっぱいだから、ハルキさんが食べてくれますか?」
勿論それは死ぬほど嬉しいのだが、本当にお腹いっぱいというほどに食べたのだろうか? 体の調子でも悪いのだろうか。
春樹は無言でサンドイッチを次々と口に運んだ。
「おいしかった。ありがとなミユル」
よし、これで午後の授業は準備万端の状態で出来るぞ。
――――放課後――――
「まぁ、そう気を落とすなって……」
ミヅチは春樹の肩に手を置き慰めるが、魂が抜けたかのように春樹は思考停止していた。
「調子が悪かったんだろ」
「そうですよハルキさん、まだ初日なんですから」
「……」
今の春樹に何を言っても魂は戻りはしなかった。
「なぁ、ハルキ。記事に取り上げたりしないからお前の学生証を見さしてくれよ」
春樹は何も考えずに装甲の中から学生証を取り出し、ミヅチに手渡す。
ここ、ワルプルギス魔法学院は、六千人以上の生徒が在校しているが、その六千人のうちに将来有望な魔法師になりそうなものを区別させるために、あるランクの振り分けがされている。
学院の中では魔法師ランクと呼称され、生徒一人一人の能力を把握するために作られた制度である。
EからS単位でそれぞれの能力が振り分けられ、その単位を平均した値のことを魔法師ランクという。
――――そして、春樹の魔法師ランクは――――
攻撃力 D
防御力 C
俊敏性 A
体力 C
運 S
魔力量 E
魔力制御 E
魔法師ランク D
「……なぁ、春樹。お前これ見たのか?」
無言で頷く。
「そ、そうか……」
ミヅチはまるでこのよの終わりでも見たかのような顔で春樹を見つめなおし、学生証を春樹のポケットに入れた。
「ハルキ、よくこの学院に入学できたな、このランクで……まさか裏口入学か?」
「うっ……」
図星をつかれた春樹は、手に脂汗を掻きながら顔を伏せて息を止めた。
「まぁ、この学院じゃ不正な入学は出来ないけどな」
「ミユル、俺先に寮に戻ってるかな」
ため込んだ息を一気に吐き出し、ホッとしたような顔で鞄を持ち上げ、ぎこちない動きで教室を後にした。
二人は首を傾げながら、春樹が教室を出て行くのを見守っていた。
「ビックリした」
胸元に手を当てると、今でも鼓動がバクバクとしている。
おそらくバレてはいないと思うけど、今度からは怪しまれないように心がけよう。
いやー、まさか自分があんなに魔法の才能がないなんて思いもしなかった。
――――午後の授業――――
「おい、特編のハルキが今から魔法を使うらしいぜ」
「まじか、それは見逃せないな」
「今すぐ見に行きましょう」
ハルキとミヅチの周りには、すでにクラスの生徒が円を作って囲んでいた。
もちろん、生徒は春樹のステータスや実力を目的に視察に来ていた。
ギャラリーの一部はペンや手帳を構えている生徒もいた。
「なぁ、ミヅチ。周りが少しうるさくねーか?」
「そりゃそうだろ。特編の魔法っていったら化物級だからな、気になるのは仕方ないだろ。俺だってどっちかといえば、ギャラリーの方に行きたかったんだぜ」
「悪いな、来たばっかで友達が出来てねーんだよ。練習相手になってもらうぜ」
不意に右肩が揺れる。確か右肩にはスマホがあったはず。まさか―――――
春樹は右肩の装甲からスマホを取り出し、ディスプレイに目を落とすと、『ヘデルギウス』と表示されている。
案の定だった。
春樹はすぐに電源ボタンを押し、完全に画面が真っ暗になるのを待ったが、勝手に電源がつきだし、先ほどの画面に戻る。
何でだよ、おかしいだろ。
春樹はスマホ叩きつけそうになったが、ギリギリのところで抑える。
諦めた春樹は仕方なく通話ボタンを押して、右耳に当てた。
『ハロハロ、春樹くーん。あ、間違えた。えーと、確か……ハルキ=レイ=アルケギニアっだたよね、というか何その名前痛すぎでしょ、乙~』
お前だけには言われたくねーよ。
「なんだ、冷やかしにかけてきたのか?」
『そうじゃないよ、ハルキ君。えーっとね、単刀直入に言うと、君は彼に勝てないよ』
「やっぱ冷やかしかよ」
『待った待った、ストップハルキ君、切らないでね。僕たち友達じゃないか』
友達? 本気で言っているとしたら、脳みそが腐っているとしか思えない。というかこんな友達いらねーよ。
「だったら何のようだよ」
『だからね、君が勝てる確率を少しでも上げるために、こうして電話でサポートしようとしてるのにさ』
「本当か!」
ヘチャラギウスがサポートをするとはいえ、あいつもゼウス様の側近。これならミヅチにも勝てるかもしれない。
だが、どうしても腑に落ちない。
「ハルキ、それじゃ始めるぜ。炎の精霊よ・その赤き槍で・敵を穿て!」
ミヅチがポケットから手を出し、すぐに詠唱を唱え、魔方陣から九つの槍状の赤い炎が、春樹に目掛けてロケットのように放たれる。
『ハルキ君、右によけるんだ。君のスピードなら余裕だよ』
ヘデルギウスに言われたとおりに、右に走ってかわす。が、炎の槍の二本はいきなり上空に舞い上がり、滑空するように、また春樹に襲いかかる。
「へぇーやるじゃん、あの特編」
「いや、特編なんだからあれぐらい出来て当たり前だろ」
「というかなんで魔法壁張らなかったんだろ、あの特編?」
そんなギャラリーの声に春樹は、眉をピクリとだけ動かしたが、今は勝負のことに手一杯で、ツッコむ余裕がなかった。
春樹は何度もかわしているが、ミヅチに攻撃ができるほど隙はなかった。
炎の槍をかわしたあとに攻撃を仕掛けようとしても、ミヅチがすぐに手の火からファイアボールを放ち、それをかわす。が、その間に滑空してきた炎の槍が容赦なく突っ込んでくるの繰り返しだ。
このままでは春樹の体力が先に尽きるか、ミヅチの魔力切れを待つしかなかった。
「おい、これじゃただよけてるだけで拉致があかねぇぞ」
『まだだ、いつか隙ができるまで避け続けるんだ』
体力には自身がある春樹でも、ずいぶんと息が上がっている。
この調子だと、春樹の体力が先に尽きて、ファイアボールと炎の槍の餌食だ。
「おら、どうしたハルキ、本気でやらないなら、こっちから仕掛けるぞ」
「それは偏見だなミヅチ、これでも結構本気なほうだぜ」
ミヅチは春樹の言葉を無視して、ファイアボールの数と炎の槍の火力が上げる。
『そこだ、ハルキ君。左に曲がった後はミヅチくんに目掛けて殴るだけ』
ヘデルギウスの合図とともに、左に避け、後は真っ直ぐに向かって殴るだ――――あれ、世界が横向きに見える……?
春樹は滑った勢いで、そのまま地面と衝突する。
「……おい、嘘だろ?」
向かってくる無数のファイアボールが無防備な春樹を襲った。
春樹は気を失い、担架で保健室に運ばれていった。
――――今、現在――――
「絶対やらかした。初日でこれは絶対やらかした……」
春樹は長い廊下で、独り言をブツブツと呟きながら寮に向かって歩いて行った。
人目を避けながら。