第四話 『魔法学院で新たな高校生活を!・前編』
「失礼しましたっ!」
我に返った春樹は反射的に扉を閉め、真っ先に部屋の番号を確認する。
『二〇三九』と、扉の上にはそう記されている。
部屋番号は間違ってない。
なら、男子寮と女子寮を間違えた? いや、さすがにジキル学院長がそんなヘマをするはずがない。
きっと何かの見間違いだ。
そうか、美男子か。胸も小さかったし、きっとそうだ。じゃなきゃ、俺は明日から学院で変態呼ばわりされてしまう。
編入初日からそうなったら本気で引き籠もりになる自信がある。
「は、入っていいですよ」
と言われても、かなり気まずい。さっきの出来事があったのにどうやって入ればいいんだよ一体?
これで実は女の子でしたとか言われたら本気で自殺するぞ。
「あの? ハルキくんだよね?」
扉の隙間から片目だけを覗かしてこちらを見ていた。
「は、はいそうです」
やっぱ可愛い……
オラクルが特徴的な銀色の髪に、ルビーのように赤い瞳、新雪のように白く柔らかそうな肌。
とても男とは思えないほどに可愛らしいその少年(?)は扉の前で辺りを確認すると、春樹を部屋へ引き釣り込んだ。
「良かった、誰もいなくて」
「あ、あの……?」
「あわわわわ、ごめんなさい突然」
少年は手をバタバタとさせながら、慌てふためいていた。
なんだろう……この可愛い生き物は。
リヴェルやルコラも相当な美少女だが、女の子としての“何か”が欠けている。それに比べて何だろうかこの生き物は、初めてあったのに二人に比べてオーラとでも言うべきものが違いすぎる。
「それはいいんだけど、君は?」
「僕は君の同居人のミユル=アレイシア、よ、よろしくね」
「俺の名前は――――」
「ハルキ=レイ=アルケギニアだよね?」
誰それ? 名前格好良すぎだろ。
おそらく、ゼウス様かジキルさんが手続きをする際に、周りに溶け込めるように名付けてくれたのだろう。
「あ、そ、そうだよ」
ミユルの女の子のような笑顔を見て、春樹は否定出来るわけなかった。
よし、改名しよう。明日から俺はハルキ=レイ=アルケ……あれ、何だっけ? ま、とりあえず後で覚えるとするか。
「その、ハルキさん。ささささっき、ぼ、僕の体見ましたか?」
ミユルは顔を赤くし、顔を下に向ける。
春樹は頭に浮かんだミユルの裸を想像したが、心を落ち着かせてミユルの顔を見ながら、
「いや、見てないぞ。一瞬しか見てないからそんなに覚えてないし」
勿論嘘である。
タオルのせいで大事なところは見えなかったけど、背中のラインや太ももは脳内に完璧にインプットしている。
「よ、よかった」
ほっとしたようにため息を吐くミユルの姿に、罪悪感を感じながら春樹は苦笑いで頬を掻いた。
「落ち着いたことですし、お茶でも飲みます? 今朝仕入れたばかりの良い紅茶がありますよ」
「いいのか? 頼む」
「少し待っててくださいね」
ミユルは台所に行くと、やかんに水を注ぎ入れた後に、火のついたコンロの上に乗せ、鼻歌交じりで水が沸くのを待っていた。
その間に、春樹は玄関前の扉に置いてある自分の荷物を部屋に持って行き、箱の中に入っていた荷物をダブルサイズのベッドに展開する。
室内は思っていたよりも豪奢で広く、3LDKと贅沢だ。
遠くの方まで見渡せるベランダが付いている上に、室内にはトイレが三つ設置されている。しかもレバーを引いて水が流れる水洗式。
実はこの学院にいる人達って、すごいお金持ちの貴族だけかもしれなかったりする?
まるで高級ホテルに泊まっている気分だった。
「お茶が入りましたよ」
「おう、今行く」
ミユルが春樹の部屋の前から声をかけに来ると、春樹は台所に向かった。
扉の先からでも分かる紅茶のいい香り、そしてバラのような香りもほのかに漂っているようにも感じる。
「なぁ、ミユル。少しなんだけどさ、バラみたいな香りがしてるような気がするんだけど」
「はい、ローズウォーターを一滴だけ紅茶の中に入れてみました」
ああ、なるほど。
確かローズウォーターって、ただバラの良い香りがする水じゃなくて 目や肌、髪にもいい効果を発揮するっていうやつだった気がする。
「冷めないうちにのんでみてください」
「お、おう」
口に入れた瞬間、ローズウォーターの爽やかな香りが体全体に浸透するかのように流れ込み、一日の疲れが癒やされるくらいに疲れが抜けていった。
「これ、おいしいな」
「良かった」
うれしそうに顔を綻ばせるミユル。
おい、その笑顔反則だろ。
ティーカップをカタカタと震わせながら、紅茶を啜った。
「どうかしましたかハルキさん?」
「いや、なんでもない」
「変なハルキさん」
相手は男子だというのに何だろうこのモヤモヤ感。
「ハルキさん、紅茶が飲み終わったら今日はもう寝ましょう。明日は学校もありますし」
「そうだな」
春樹はティーカップを洗面所に置き、部屋に戻る。
そして明かりを消し、ベッドの中に潜った。
ベッドの中に入ったのはいいが、明日から俺はどうすればいいんだ。
春樹は毛布に包まりながら、まず、今日の出来事を整理した。
――二分経過――
しかし、長続きはしなかった。
睡魔に襲われた春樹は、そのまま眠りについてしまった。
カーテンから差し込む日差しが、熟睡していた春樹を目覚めさせた。
「な、なんだこのご褒美は?」
日差しに邪魔されながらも瞼を開けると、正面には寝ているミユルの顔があった。
え、なにこれ? ミユルが俺のベッドに入っているだと。
そういうイベントはさ、もっとこう、仲良くなってからというか、親しくなってからとういか。
「う、うぅん。あ、おはようございます。ハルキさん」
揺り起こそうと手を伸ばしたところで、ミユルが口を大きく開けながら身を起こした。
「お、おはよう」
心臓が止まるかと思った。
勿論、ミユルに何かしようとはしていなかったけど、心の準備が出来てない状態でいきなり起きられると、さすがにビックリする。
「今日も良い天気ですね、ハルキさん」
ミユルはベッドを降りて、ベランダの窓を開けると、ベランダを伝って自分の部屋に戻って行った。
いつもなら春樹は、朝は遅くまで眠るタイプだが、ミユルがベッドに入っていたせいで、今朝はすっかりと目が冴えてしまった。
「今日も一日頑張るか」
なにはともあれ、今日から異世界ライフだ。思いっきり楽しまなきゃ損だよな。
春樹は珍しく、自部の部屋で、うろ覚えではあるが朝の体操をして体をほぐしていた。
「さて、運動もしたことだし、風呂に入るか」
異世界に来る前は、夏祭りの帰りでこの世界に来たから入ってなかったし、昨日も疲れが溜まっててベッドでそのままぐっすりだ。さすがに、今日入んないとマズいよな。
ジキル学院長から支給された箱の中から、制服とタオルを取りだし、風呂場に向かった。
さすがに、今朝は時間があまり無いため、シャワー浴だが、体を清潔にするには十分だ。
「ハルキさん。朝食を作ったんですけど、食べますか?」
「風呂上がったら、食べるよ」
丁度、お腹が減っていたところだった。昨日から口にしたものといえば、『榎木と松竹の里』とミユルの入れた紅茶ぐらいだ。
それにミユルが作ってくれたものだから、きっとおいしいはず。
ああ、待ち遠しいな。
風呂から上がり、バスタオルで体を拭いた後、ジキル学院長から支給された制服を身に纏う。
自分でも言うのも何なんだが、以外と格好いい。
男子の制服はインナースーツを肌着として着用し、足にまで行き通った丈の長い黒いロングコートをその上から着用。そして特徴的なのは、肩や腰に装甲の類いのようなものがくっついていることだった。その装甲はロックを外し、ワンタッチすると、上の部分が開閉し、手のひらサイズの物なら収納することが出来るスペースが設けてある空間が出来ている。何より重さを感じないほどに軽いので便利だ。
地球にはない、高度な技術が集約されているのであろう。
制服についての説明書にはこれだけしか書いていなかった。
制服を着るのに時間を使い過ぎた。時間は――――七時三〇分。
やばい、急いで朝食を食べないと間に合わない。
教科書などの書籍を鞄に詰め込み、右肩の装甲にはスマホを入れ、急いで台所に向かう。
ミユルの作った食事はクロワッサンに、コーンポタージュスープとマフィンだった。
「おいしい」
案の定だった。
少し冷めてはいるが、味に問題はなかった。
朝は和風がいいと思っていたんだが、洋風もいけるんだな。
と、関心している場合じゃなかった。確かジキル学院長が支給してくれた箱の中の紙には『八時までに職員室に来るように』って書いたあった。
春樹は朝食を完食し、洗面所に食器を置いたあと、鞄を手に持ちながら玄関に向かった。
扉をきちんと施錠し、あとは職員室に向かうだけだった。
寮の廊下を駆け足で突っ走り、学院に着くまでスピードを維持したまま走った。
おかしいな? 俺道知らないのに体が勝手に学院の方へと向かってる。
昨日の白い壁に貼ってあった看板の字も、見たこともない筈なのにスラスラと読めた。まるで、昔からこの世界の住人だったような気分。
――――七時五十九分。職員室――――
「ギ、ギリギリ、セーフ」
息を荒くしながらその場で跪き、深呼吸を繰り返しながら息を整えた。
しっかし、この学校土地が広大すぎだろ。いったい何キロぐらいあるんだよ。
「遅いわよハルキ=レイ=アルケギニア!」
「時間的にはぴったりなんですけどね」
春樹の目の前にいるこの女教師はフレイ=カトスピラーヌという、春樹のクラスの担任を務めている女教師だ。スラリとした身長と何よりも特徴的なのは、目つきが鋭いことだった。
「そんな言い訳はいらん。まぁ、今日は初登校日だったわけだから免除くらいはしてやろう」
なんで上から目線。
そしてこの女教師は、口調や態度も教師らしいとはお世辞でも言えなかった。
「あと少しでホームルームだ。荷物を持って教室に行くぞ」
春樹は無言で頷くと、荷物を持って自分の教室に向かった。