第三話 『駄女神とその仲間達』
「ねぇ、あなた大丈夫? 顔色悪いわよ」
リヴェルは春樹の頬をつっつくがフリーズでもしたのか全く動かない。
「先に行ってるわよ?」
思考停止した春樹を見ながらゲートの方へと足を運ぶが、リヴェルはゲートのすぐ側で止まる。
「いいの? 行くわよ、行っちゃうわよ。今行ったらゲート消えちゃうかもしれないわよ、それでもいいの?」
「うるせぇ、行くならとっとと行けよ!」
足下にあった小石をリヴェルの足めがけて投げ、当たった衝撃でリヴェルは体勢を崩すが、両手から手のひらサイズの魔法陣のようなものを展開し、その魔法陣から出た強い風によって体勢をもどした。
「何すんのよあんた、死にたいの?」
「すげぇ、今のが魔法か?」
リヴェルの質問を無視して、目を輝かせながら春樹は質問で返す。
「あんた人の話聞いてんの?」
「ああ、聞いてるよ」
リヴェルは呆れた顔で小さく息をこぼして肩をすくめる。
「魔法使ってみたい?」
「使ってみた――――」
不意にスマホが揺れる。着信音からして電話の振動音。ここは異世界のはずなのに電波が繋がっている? 何故だ? スペックが良くてもこんなところまで電波が届かないはずだから、メールや電話は来ないはず。
そもそも友達いないし。
おそるおそるポケットからスマホを取り出し、ディスプレイに目線を落とすと、そこには『ヘデルギウス』と表示されていた。
俺の知る限りでこんな名前の知り合いはいない、もしこれが親だったら親子の縁を切る。
まさか追っ手? もしそうだったら出るのは非常に危ない。かといって出ないわけにもいかない。
この電話口の向こうにいるのは、追っ手か親かそれとも別の人物なのか、一体?
「……もしもし」
通話ボタンを押して耳に当てる。
『どもどーも、ヘデルギウスでーっす』
返ってきたのは、予想もつかなかった非常に軽い声。
何と返したらいいか分からず、黙り込む。
『あれあれ、春樹くーん、もしもし? 死んでるのかな? 生きてるなら返事して――』
「あんた誰ですか? ブロックしますよ?」
『切らないでよ春樹くん。短期とか今時もてないよ』
なんだこの人、おそらく追っ手の類いじゃないと思うけどチャラい。
『それはともかく、僕が張ったワープ早く通ってくれないかな~、魔力が切れそうだから早くしてくんないと閉じちゃうよ』
「あれってお前がやってんのか?」
『マジですごいでしょ僕』
それが本当なら是非とも教えてもらいたい。
「お前ってゼウス様の味方だよな?」
『そうだよ、側近だよ側近。僕の側近ぶりっていったらね、そりゃもうマジで、神級なみにゴッドだから』
おっけー、ぜんぜん意味が分からない。
『信じてないでしょ絶対』
「半信半疑ってところだ」
『まぁ、とにかく早くゲートくぐってくれない~、疲れてきちゃった』
なんかイラつく。このチャラい男なんかイラつく。今度からはヘチャラギウスと呼称しよう。
「くぐればいいんだな?」
『そーいうこと、もう遅いし切るね~おつかれ~』
一方的にぶつり、と切られた。
着信履歴には『ヘデルギウス』と表示されたナンバーはなかった。
本当に側近なんだなあのチャラ男。
足跡をたどらせない、実は出来るチャラ男だったのか。
「ちょっと春樹、まだなの? このゲートどんどん小さくなってきてるんだけど」
「今行くから待てよ」
春樹はリヴェルとともに魔法陣の上に立つ。
何にせよ、ここから俺の冒険者ライフが始まるんだ。魔王なんてとっと倒して願いを叶えてや――――そういえば決めてなかったな願い。
春樹とリヴェルは青い光に包まれながらその場から姿を消した。
青い光とともにリヴェルと春樹は密林の中に現れた。
密林といっても、すぐ歩けば抜け出せるほどに浅い位置だった。
図鑑でも見たことのない動物や植物。春樹を惹きつけるには十分すぎたが、隣で何かを吐き出している雑音のせいで一気に興味が削がれた。
「おい、なに吐いてんだ大丈夫かよ?」
「酔った。ぶっ、オロオロオロオロオロオロオロオロオロオロ……」
ワープって酔うものなのか? それとも乗り物酔いの類いなのか?
リヴェルが落ち着くまで座っていると、後ろから咀嚼音のような物音が聞こえきた。
まさか危険生物? 森の主? 足音から察するに、かなり軽い。
とはいえ、ここはまだ密林の中だ、油断できない。
幸い木陰に隠れているからリヴェルを囮に使って逃げる事も出来る。
「よし、スリーカウントで密林を抜けるぞ」
このときの春樹はリヴェルを囮に使うことを躊躇せずに完璧な逃走フォームで構えていた。
「3、2、1――」
「あ、リヴェル先輩」
「ゴー?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
木陰から現れたのは危険生物でもなければ森の主でもない、美少女だった。
チョコレートのように模された衣装、青く澄んだ瞳に腰までいき通った長く柔らかそうな金色の髪。
そして、右手に『榎木と松竹の里』と書かれたパッケージのお菓子を抱えている。
意味が分からん、というか分かりたくない。
さっき、リヴェル先輩とか言ってたけど、まさかこの子も――――
「あなたは伊東春樹さんでしたね? 初めまして、ルコラと言います」
良かった今度の子はまともそうだ。
だが、さっきから右手に抱えているお菓子の名前がどうも引っかかる。
そして、リヴェルやヘデルギウスでも感じたこの違和感。
「これ欲しいですか?」
「じゃぁ、一つ」
差し出されたお菓子を口に入れた瞬間、なんとも言えない味が春樹を襲った。
「ぼふぇ、まずっ! 何味だよこれ」
咳き込みながら、口の中のお菓子を吐き出し、唾で口の中をゆすいだ。
「二人の汗と友情味です」
「二人の汗と友情って味に出来んのかよ」
「ちなみに、二人の愛の結晶味もありますよ」
「男同士じゃ出来ないから」
「これ二つと合わせて三十種類ありますよ」
「ラインナップ豊富だな」
「欲しいですか?」
「いらねーよ」
よし、これで納得がいった。この子もおかしい、少しでもまともだと思った俺が間違いだった。
「リヴェルさん、ちょいとちょいと」
「ごめん、無理、こっち来て……」
ワープの反動で動けないリヴェルの元へ近寄り、そっと耳打ちする。
「なぁ、リヴェル、あの子何なんだ?」
「あの子は私の後輩よ。……そして、極めつけの腐女子よ」
やっぱりか。
勿論期待していなかったわけじゃないけど、残念すぎだろ。
こうして見ると、リヴェルが一番普通なのかもしれない。
「ええっと、ルコラさん」
「はい!」
満面の笑みで返された俺は、つい反射的に目をそらしてしまった。
こいつが普通じゃないと認識しているはずなのに、体が勝手に反応する。
病気なのか? それとも熱でもあるのか?
「どーしましたか?」
「いや、何でもない」
「あ、まさか」
そんな様子を見たルコラは、赤くなった頬を両手で押さえながら。
「春樹さん、榎木と松竹食べたくなりましたか?」
「食べたくねーよっ!」
……少しでもこいつのことを異性だと意識した俺が馬鹿だった。
「そうじゃなくて、プリンシピオってどこに行けば着くんだ?」
「なんだその話ですか……」
何故か落ち込んだ表情でため息を吐く。
「プリンシピオはすぐそこです、着いてきてください」
リヴェルの肩を担げながら、密林を出て行くルコラのところへ向かう。
道中色々あったからな、これでやっと休める。
「着きましたプリンシピオです」
ルコラが指した方角には白く大きな壁しかなかった。
ありのままの光景を表すとそうなる。
無造作に壁に張られた鉄の看板には『ようこそ大都市プリンシピオへ』と書いてある。
と言われても、どこに入り口があるのか分からない。辺りを見回しても一面白い壁、しかも鉄製の。
「なぁ、ルコラ。この辺り壁しかないぞ」
「あ、お願いします」
ルコラは春樹の話を無視して、スマホを耳に当てながら誰かと通話していた。
そして通話が終わると、足下から見たことあるような魔法陣が出現し、青い光が春樹達を包み込んで姿を消した。
このフワッとする感じ、間違いない。本日二度目のワープだ。
「もう駄目……」
リヴェルはその場で倒れ込み、意識を失った。
「おい、ルコラ。今通話してた人物って……」
「はい、ヘデルギウスさんです」
「やっぱりか」
とうとう頭が痛くなってきた。ワープの反動というのもあるが……どうして俺のパーティーはこうもおかしい奴しかいないんだろうか。いじめなの? 嫌がらせなの?
「それはともかく後ろを振り向いてください」
「後ろ? どうせ壁なんだろ」
呆れながらも後ろに首を捻ると、見たこともないような景色が広がっていた。
「でかっ……」
唖然と見るその景色は、春樹が考えていたよりも発展していた世界だった。
長く一本に架けられた橋の先には、湖に囲まれた大都市を思わせるような雰囲気の街だった。
「この橋をまず渡って、ワルプルギス魔法学院を目指します」
「まず宿で泊まるんじゃないのか?」
「泊まれるお金があったら苦労はしませんよ」
おい、嘘だろ。つまり今日は野宿しろってことかよ。
それは困る。今日はベッドでぐっすり寝ないと、明日から気持ちよく異世界ライフがおくれないじゃん。
「だけど大丈夫です、当てはあります」
自信満々に言っているが、一体なにを根拠にいっているのだろうか。
これ以上考えても案が浮かぶわけでもないし、ここはルコラを信じて行ってみるか。
意識を失ったリヴェルを背負い、ルコラと一緒にワルプルギス魔法学院を目指して歩いた。
「どこ行くんだルコラ? 目的地はこの橋の向こうだろ?」
ルコラは橋の右側に行こうとしてた。
まさか魔法学院ってそっちの方角にあるのかな? 見た感じだと駅のホームしかないようだけど。
「今日はもう足がパンパンで歩きたくないです。列車に乗って楽したいです」
「金ないんじゃなかったのか?」
胸元に手を突っ込み、無駄に豊かなその谷間から現れたのは――――
「札……束……」
思わず息をのむ。初めてみる紙幣だが、百枚ぐらいある。
「はい、一億円だとか。必要経費として授かりました」
「すげぇ!」
思わず叫んでしまった。でも、一億円あればこの先は当分困らないな……
「よく覚えていませんが、ろんだりんぐ? は済ましてあるとか、なんとか」
「危ない金じゃねえか!」
反射的に一億円(偽)を湖に投げ飛ばしてしまった。
「ああ、もー何するんですかーもったいない」
「お前、俺を冒険者にさせない気だろ」
「世の中ばれなきゃみんな正義ですよ」
いや、駄目だろ。
「諦めて歩くぞ」
「はい」
素直にルコラが頷いた瞬間――――
「ちょっと待ってくれないか」
背後から見知らぬ声が春樹の足を止めた。
振り返ってみると、病弱そうな背の高い青年が立っていた。
「伊東春樹くんかい?」
「ええ、そうですけど誰ですか?」
俺の名前を知っているということは、天界側の人間。敵か味方か?
「そう身構えないでくれ、僕はリヴェルの父ジキルだ」
「リヴェルの父親ですか? あ、あのこれは違います」
春樹は声を震わせながら背筋を立てる。
「ははっ、別にそういうわけで声をかけたわけではない、気にしないでくれ。それよりも君たちはワルプルギス魔法学院へと向かおうしてたのか?」
「はい、丁度」
「なら話が早い。ここでは寒いだろう、場所を移そう」
ジキルが指を鳴らせると、一瞬でどこかの部屋へに移っていた。
ワープか? いや、それにしても一瞬だったような気がする。魔法陣も展開してないし、ワープのときみたいにフワッとした感じがなかった。
「驚いているようだね春樹君。今のはテレポート、瞬間移動さ。僕のテレポートは空間を移動する時にポイントAからポイントBへ移動するものだよ。ワープとあまり違わないが、使い勝手が違う」
「……」
いっていることはなんとなく分かるけど、説明しろと言われたら答えられない。
首を傾げながら春樹はその場で難儀した。
「今知る必要はないさ、そのうち嫌でも覚えるだろうからさ」
しばらくの間、ひたむきな表情で春樹を見下ろしていた。
「自己紹介だ春樹君、私はワルプルギス魔法学院の学院長兼、ゼウス様の護衛隊の隊長だ。娘と一緒に君の魔王討伐のお手伝いをさせてもらうよ」
今度こそ間違いない、この人はまともな人だ。
ジキルは机の引き出しから一枚の紙を春樹に渡した。
春樹はリヴェルをソファーにそっと置き、その紙を受け取る。
「そして、入学おめでとう。話は急だが、君は明日からここの生徒になる」
「俺、試験受けてないんですけど、いいんですか?」
「ゼウス様に頼まれたとなれば、拒否は出来ない。それに、私の娘が関わっていることですからお気になさらずに」
「あ、そうですか……」
頬を掻きながら視線を逸らす。
リヴェル早く起きてくれ、このままじゃ間が持たない。
何か別の話でもして――
「そうだ、ジキルさ……ジキル学院長。俺たちお金ないんですけど、今夜どこで寝ればいいんですか?」
これは非常に大事なことだ、今日寝泊まりできるところがなければ過労で死んでしまう。
「それについては心配いらない、この学院は全寮制だから宿はある」
「助かった」
春樹は胸に手を当て、ほっとしたようにため息を吐く。
これでなんとか一安心ってところか。
「君の男子寮はここから東にいけば到着するけど、せっかくですし、テレポートで送りましょうか?」
「いいんですか? じゃあお願いします」
「君の部屋は確か二〇三九号室だったな……」
ジキルは小声でブツブツと一人でしゃべり出した。
「なぁ、春樹君。二〇三九号室は二人部屋だが、構わないか?」
「住めるならどこでもいいです」
ということは他の男子生徒がその二〇三九号室にいるかもしれないということか。
引き籠もりではなかったが、友達を作るのは苦手な方だし、一人でいるほうが気楽だな。
ま、これを機に、同じ部屋のやつとはいい関係を築いていこうか。
「準備はいいか」
「いつでも」
「それでは」
ジキルは春樹の肩に手を乗せ、一瞬で姿を消した。
あっという間に二〇三九号室の目の前へ到着し、真っ先に扉の前に置いてある大きな箱に気付いた。
「何ですかこれ?」
「君の教科書や制服、日用品なんかが入っている」
「ありがとうございます」
「私はリヴェルを向かいに行ってくるからここで。分からないことがあったら学院長室にきなさい、いつでも歓迎するよ」
ジキルは目の前から一瞬で消え去った。
数回しか見てないけど、テレポートやワープってすごい便利なんだな。今度教えてもらおうかな。
箱の上に置いてあった、合い鍵らしきものを鍵穴に差し込み、そのまま錠を外した。あとはレバーを引いて入室するのみ。
今更になって心臓がバクバクと鼓動を早くして、掴んでいるレバーを引こうとするのを躊躇う。
落ち着け俺、扉の先にいるのは女の子でもなければ美少女でもないんだぞ、男なんだぞ。ここで緊張していちゃ話にならない。
「ええい! 失礼します!」
勢いで入りに行った先には――――
ん? シャンプーのいい香りがする。
視線を上げて確認をした瞬間だった――――
「え? 女の子?」
顔を真っ赤に染め上げたバスタオル一枚の美少女が、今にでも叫びそうなくらいの勢いで立ち止まっていた。
終わった、俺の高校生活もう終わった……