第二話 『神と異世界』
「え、今なんて言いました?」
春樹は声を震わせながら少女に問いかけた。
「だから死んでください」
少女は笑顔で春樹に距離を詰めていく。
「え、ちょま、ちょっと待った。なんでいきなり殺されなきゃいけないんだよ」
春樹は慌てたように身構える。
少女は無言で近寄り、春樹の耳元で、
「それはですね。……あなたはいろいろと知りすぎたからです」
「何をだよ」
ふたたび息を吞む。
「この異世界をです! ……ふん、決まった。痛っ!」
少女が決めポーズをした途端、空から一冊の本が少女の頭めがけて落下しそのまま命中、少女はしばらくの間頭を抱え込んだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「もう、痛いわね。せかっく格好良く決まったっていうのに。どこのどいつよ、邪魔してくれちゃった奴わ。 まさか、あなた?」
春樹は首を横に振り、少女が手に持っていた杖の球体が青く光り出す。
『私だ、リヴェル』
球体から放たれた一本の光は大きな映像へと拡大し、その映像からはなにやら奇妙な服を纏った青年が映し出された。
「ゼウス様!」
少女――リヴェルという少女は目の前の青年を目の当たりにしてから、驚いた様子で背筋を立てる。
ゲームやアニメによく出てくるあの全知全能の神ゼウス。
ゼウスっていうくらいだから、厳つい筋肉ムキムキのおっさんかと思ったら、優しそうでひ弱なおにぃさんじゃん。
まさかこのようなところで出会うとは思わなかったが、案外若い青年なんだな――
え、神様って存在したの? つーか、若っ!
二十歳と言われてもおかしくない見た目の容姿。
「あの、これはですね、その、なんと申しますか」
さっきとは別人のような口調と態度で、リヴェルは指をもじもじさせながら青年の視線をそらす。
『伊東春樹くん』
春樹は呆然と、ただ、画面越しのゼウスを見つめていた。
『伊東春樹くん、この度は本当に申し訳ない。我々の不注意な事故によって、君は別の次元の世界へと転移させてしまった……そこのリヴェルのせいで』
「ち、違いますよゼウス様。あ、あれは、その……決してめんどくさいとか、早く帰りたいから魔力制御を怠ったとかではありませんよ」
わかりやすい。
……待てよ、つまりは。
「お前か、俺をこの世界に転移させたやつは!」
リヴェルはビクッと、体を震わせながら白々しく口笛を吹き始めると、ゼウスが咳払いをし、言葉を続けた。
『そういうわけなんだが、春樹くん。私と一つ交渉をしないか』
「交渉の内容というのは?」
ゼウスは手を組み、鋭い目線で春樹を見る。
春樹は肩を震わせながら手に脂汗を流す。
『話が早くて助かる。そう身構えなくとも、命を取ろうなどとは思はないから、心配はないさ』
春樹は落ち着いたように肩の力を抜くと、春樹の目の前が青く光り出す。
『だが、不注意とはいえ。この世界を知ったまま、一般人を易々と帰らせることは、私的には些か都合が悪い。そこで……!』
青い光が消えると、そこにはたためられた服、手のひら程の膨らんだ袋が現れた。
『この世界で魔王を倒してきてもらいたい!』
「え、魔王ですか!?」
『ええ、魔王です』
さらっと簡単にゼウスは言うが、魔王っていったら、ロールプレイングゲームでいうラスボス。
そんな相手に俺は勝てるのであろうか。
『君、ゲームは好きだろう?』
「ええ、大好きです!」
『なら、今後の説明は要らないな。準備ができ次第、“君たち”をプリンシピオ前まで転送します』
「えっ! 待ってくださいゼウス様。今、君たちと言いましたか?」
と、今まで黙っていたリヴェルが椅子から立ち上がる。
『ええ、言いましたが』
「何故ですか?」
『それはですね、リヴェル。君は成績は悪くはないのだが、どこか子供というか、成長していないというか……』
あの全知全能の神が言葉を詰まらせるほど、リヴェルは相当に問題児なのであろう。
まさかこいつが俺のパートナー、冗談じゃない。
『これを機に、色々なことを体験し、学んできなさい。そして魔王を倒した後、この冒険をきっかけに何を学んだか私に報告することが今回の課題とします』
「そんなーゼウス様。なぜ私がこのような男と冒険なんてしなくてはならないのですか?」
「悪かったな、こんな男で!」
先ほどの緊張感もなく、俺は既にタメ口だった。
『そうはいってもですねリヴェル、彼は君のせいでここに来てしまった訳ですし、あなたと彼の処分はおそらく死刑でしょうから、天界に戻ってもいいことはありませんよ』
途端、リヴェルと春樹は背筋を震わせる。
天界側にとっては、異世界を知ったただの人間を帰らせるわけにもいかず、その原因を作ったリヴェルも勿論ただでは済まない。そんなところだろうか。
『幸い、このことは私とあなたたち以外は知らないので、まだ言い訳が聞きます』
「「よかった」」
リヴェルと春樹はほっとしたようにため息を吐く。
だが、まだ安全と決定した訳じゃない。
もしかしたら、俺やリヴェルを暗殺しにくる輩もいるかもしれない。
『とはいっても、このことが発覚されるのも時間の問題です。もって五年というところでしょうか』
「結構時間ありますね」
「バカなのあなた。人間からみて五年って長いかもしれないけど、私たちからしてみれば五年なんて十日と同じようなものよ」
は? 短すぎだろ。つーか神の寿命っていくつだよ。
「という訳なんです春樹くん、あまり時間の猶予がありません。そこで、君には五年以内に魔王を倒してもらいたい。無茶を押し切って頼む」
「それはいいんですけど、なんで俺とこいつなんですか? 他にも優秀な部下はいるはずじゃないんですか?」
リヴェルは不服そうな顔でこちらをにらんでくるが、スルーした。
「都合がいいというのもありますが、私ももう老いぼれの身です。他の神々からは私を良き長だと思わぬ者もいます。そこで私の部下が魔王を倒したとなれば名声も上がって、今の地位を維持することがで来る」
「つまり俺を利用するってことですか」
『悪く言えばそうなりますが、決して誤解はしないでください。自分の地位を維持するためにあなたを生かしているなどと……』
「別にそれはいいんですけど」
むしろ異世界で冒険できるなら家に帰れなくてもいい。
まさか自分が、大好きなゲームの世界のように冒険することになるとは。魔法とか使ってモンスターを倒したりとかしちゃうのかな。
『言い忘れてましたが春樹君、あなたは現実世界では高校二年生でしたよね?』
「そうですが、何か?」
『この世界では十八歳になるまで一般人は冒険者になることはできません』
「え、嘘ですよね」
春樹はその場で凍結した。
固まった春樹を見て、リヴェルはお腹を抱えながら草むらの上で爆笑していた。
『リヴェルよしなさい』
「だって、ゼウス様」
街に着いたらまず覚えておけよ。
「こう、神の力でちょちょいと出来ませんかね」
『出来ないことはないですが、今ここで力を使えば城のセンサーが反応して一発でばれてしまいます』
「まじかよ」
じゃぁ、あと約二年は足止めってことかよ。
春樹はゼウスの前で呆然と立ち尽くす。
そして、リヴェルは笑いをこらえながら手で口を押さえていた。
『まぁ、そのなんですか。プリンシピオへ向かうゲートはそこに展開させておいたのでその……頑張ってください』
気まずくでもなったのか、ゼウスはスクリーンの画面を切り、砂嵐とともに消え去った。
あ、逃げられた。