自己紹介
「ううっ、寒い。もう冬かしら」
秋の外れ、枝葉も嗄れる木枯らしの日。
乾いた風に吹かれながら呟く一人の少女。
駅から走って5分のとあるビルに駆け込む。
このビルに、小さな新聞社に彼女は勤めていた。
他の会社と競合するまでもない程の小企業。
後ろ楯が厚いのか、数奇を好む変人がまだ多いのか、
なぜかさびれもつぶれもせず数十年。
彼女、風信子山海もご多分に漏れず、そんなけったいな記事を愛読していた一人だ。
階段を駆け上がり、タイムカードを切った直後、
怒号が彼女を出迎える。
「遅い!ちょうど5分遅刻だ!」
「山海君、我々編集者にとって、時間とは目前のスクープのように大切なんだぞ!
時間がなければ余裕も生まれず、余裕が無ければチャンスを取り逃がす!!
それに今日は君に伝える事が…」
平謝りしながら山海は切符で空を切りながら編集長を宥める。
「いやぁ、すみません編集長。ちょうど電車が遅れまして。きっちり10分。
それと腰を痛めたおばあちゃんが居たので病院の近くまで運ぼうと…」
思わずため息が漏れる
これは嘘ではない、本当の事である。彼女は正直ではあるが絶望的に運がないのだ。
寧ろ今日は割りと速め控え目であったことに安堵する。
彼女の運のなさには閉口せざるをえないといった顔で岩尾編集長は自身の机に目をやる。
と同時に伝える事があったのを思い出す。
再び彼女の方を見て言う。
「そうだ、君も仕事には慣れてきただろう。もう取材も受けられる頃だ。
そこで…あ、私だ。うむ、入ってきてくれたまえ」
受話器を取り、誰かと話す編集長。
「山海君、君は座って待っていてくれ」
―――待つこと3分、
一人の男がドアを叩いた。
「失礼します」
黒髪の男性は軽く会釈をして机のまえまで歩いてくる。
ふと、山海の方を見て一言。
「彼女が新しいパートナーですか?」
「うむ、そうだ。山海君、紹介しよう カオル・ルーデンツ編集補佐だ」
「え、なに人ですか?」
「一応、日本人だ。宜しく 風信子山海君」
便宜的な握手を求める彼は、人懐っこい微笑みとは裏腹に
どこか寂しげに、堅苦しく感じた。
「よ、宜しくお願いします」
こちらはぎこちない。
「挨拶は済んだね。さて、今回君達に取材してもらいたいのは海外!ヒモトという国だ。山海君は出身地だから分かるだろう?」
「私も生まれ育った地ですので存じていますよ、岩尾編集長。
良い国です。貴方も行ってみては如何ですか?」
カオルがそう提案すると編集長がこう応える。
「うむ、親がそこ生まれだからな。行ってみたくはある」
編集長は一呼吸して更に続ける。
「君達はヒモトで『怪異』について取材してほしい。合衆国にも怪物やUMAの類いは居るらしいが、ヒモトには更に沢山の妖怪やら化けたものやらが存在するからな。さっとぱぱっとで構わない。危険も伴うだろうが…どうかな、受けてくれるかね」
「私は大丈夫です。既に準備も済んでいますので」
「君はどうかな?山海君。君さえよければ」
「えー…でも危険があるって」
「名物や美味しいものをうんとご馳走するよ。お代は私持ちで」
「行きます」
山海は食べ物に弱かった。
「それで、見出しやタイトルは何て言うんです?」
編集長とカオルが自信のある顔でこう言い放つ。
「「妖怪新聞『一服一葉』」」
決まったといった顔で二人は頷く。
が、
―――山海は食べ物の事が一杯で聞いていなかった。