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相対する鏡界世界  作者: 巫ホタル
6/13

【第五章】ー指導ー

本格的に訓練が開始された新入軍兵ーー波木秋透なみきあきと

実技訓練・戦術指導・軍の内情など、それぞれの得意な分野を秋透に教える教官ーー明峰秀静あけみねしゅうせい紅月悠こうづきはるか天野宮詩帆あまのみやしほの三人。

同期とも対面を果たした秋透の軍生活とは……。

 窓から差し込む光がカーテン越しに顔に掛かる。

 ベッドの中では一人、静かに身を沈めていた。

「ふぇっくしっ!!」

 間抜けなくしゃみを上げ、目が覚めた秋透あきと

 上体を起こして時計に目を向ける。

 時刻は午前六時二十一分。

(また早く起きたな……)

 と考えていると、今日もまた声がした。

『おはよう、秋透。よく寝たな?』

「それを言うなら”よく寝れた?”だろ、アキト」

『君の意識は常に僕と同化しているんだから、分かるよ』

「あ、そうか」

 ベッドから抜け出ると身支度を整えた。

 今日は八時から訓練場に呼び出されているのだが、まだ全然早い時刻である。

『先に朝食行けば?』

「……そうするか」

 アキトの薦めに素直に頷き、秋透は部屋を出た。

 エレベーターに乗り、一階に下りると、扉の先には意外な人物が立っていた。

「あれ、詩帆しほ?」

「わぁ、秋透。おはようございます。早いですね」

 ”早い”というならむしろ詩帆の方がだが、そこには触れずに続けた。

「おはよう。……まさか、訓練帰りか?」

 そう考えた理由は至極単純。

 現在の詩帆は殆どノースリーブのシャツに短パンという軽装。

 おまけにいつもは下ろしていた長い黒髪も結ってある。

 その上肩にはタオルが掛けられており、髪は軽く乱れ、肌もほんのり赤みを帯びている。

「ええ。先程まで”お二人”に相手をして貰もらっていたんです。秋透も良ければ行ってみてはいかがですか? 階段を降りた右にある道を真っ直ぐに進んで、左に曲がった所にある第一訓練場でやってますよ」

「へぇ、ありがとう。行ってみる」

 話し終わると詩帆は微笑み、エレベーターに乗り込んだ。

 ある程度進んでいくと、曲がり角にある一室の扉上部にある表示が【使用中】と光っている事が分かる。

 そしてその扉の横には【第一訓練場】と書かれたプレートが設置されていた。

 また少し足を進め、扉の前に立つと、自動的に扉が中心で分かれ、左右にスライドして開いた。

 一瞬驚いたのも束の間。

 更に驚いたのは室内から響き渡る音に、だ。

 金属と金属がぶつかり合う轟音。

 秋透が先日、あの戦場で聞いたものと同じ。

 他にも爆発音や、床を蹴る音が次々に耳に届く。

 顔をしかめつつ目を開くと、室内では二つの人影が凄まじい速さで動き回り、攻防を続けていた。

 秀静しゅうせいはるかだ。

 秀静は漆黒の日本刀。

 悠は刀身のみ白い、黒塗りの柄の先同士が長い鎖で繋がれた二刀を手にしている。

 床を強く蹴り、急接近する秀静。

 降り下ろされる刀身を右手に持った刀で受け流し、間髪入れずに左の刀を突き立てる悠。

 秀静は再び床を蹴り、後方へと身を翻しながら迫り来る悠の左腕を蹴り上げ、防ぐ。

 互いに距離を取り、一度刀を下ろす。

 不意に悠が口を開き、話し出した。

「ねぇ、秀静? 入り口の……気付いてる?」

「当たり前だ。だが無視してる」

「相手する気はない?」

「ああ」

「そっか。なら良いけ、どっ!!」

 言い終わるや否や、再び戦闘は始められた。

 今度は悠が攻めだ。

 左から斜めに振り上げ、防がれても次いで右から横に振る。

 全て弾かれ、秀静が懐に入ってきた所で、悠はズボンのポケットから一枚の紙を抜き出す。

 そのまま秀静に向かって投げ、一言。

ライ

 と唱えた。

 すると同時に紙が破け、強い光と共に稲妻が秀静を襲った。

 悠が使用したのは呪符である。

 紅月こうづき家は《呪符》や《術》を用いて《戦術》に従って戦う事を得意とする一族だ。

 剣術の実力では秀静にやや劣る悠だが、従来の高い潜在能力と呪符などを巧みに織り混ぜた戦闘スタイルで秀静とも互角に戦り合う。

 間一髪で悠の攻撃を回避した秀静。

 とはいえ、微かに頬を掠めている。

 血が流れ、床に滴り落ちる。

 そこで両者とも、動きを止めた。

 悠は刀から手を離し刀を床に落とした、が。鎖で繋がれた二本の刀は床に着く寸前で音もなく姿を消した。

 そのまま悠は秀静へと歩み寄る。

「秀静、傷」

「分かってんよ。……てかお前、何《武器化》解いてんだよ」

「いやいや、流石にもう疲れたって。丁度良いから切り上げようよ。……秋透君も来てるしさ?」

「……チッ」

 やや不満げな秀静であったが、疲労しているのは確かだった。

 秀静も悠も、肩で息をしている。

 秀静は《武器化》を解くと、頬を流れる血を手で拭い、入り口に立っていた秋透に向かって言った。

「おい、秋透。八時には早過ぎんだろ。時計見ろよ、馬鹿が」

(やたら不機嫌な訳は……)

「あー、ごめん、秋透君。今の秀静とまともに会話するのは無理だから」

「……?」

「今は僕に負けて機嫌悪いから、ね?」

「あ? 誰が負けたんだよ、悠」

 秋透は飽きれと驚きで言葉が出なかった。

 振り返ると、そこには苛立ち気味で傷口にタオルを押し付けて止血している秀静の姿があった。

 《シンクロ数値》が低い分、傷の治りが他のコネクターよりも遅いのだという。

 視線を元に戻すと、悠は苦笑しながらこちらを見ていた。

「まぁ、いつも通りといえば、そうなんだけどね。あいつ元々口悪いから。慣れれば何て事ないよ」

「……はぁ……」


 * * *


 二人と分かれた後、秋透は当初の予定通り食堂に足を向けた。

 現在時刻は午前七時。

 食堂には任務帰りと思しき人が数人居る程度だった。

 知り合いの姿はない。

 にも関わらず、背後から秋透を呼ぶ声がした。

「あの、波木秋透さん…で間違いないでしょうか?」

 その声掛けに振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 一際目を引くその容姿に、秋透は思わず目を見開く。

 ポニーテールにした豊かな髪が、見事な赤色であったのだ。

 秋透よりやや低い身長の彼女は、紅く光る瞳でこちらを見上げていた。

「えっと……はい。貴方は……?」

「私は八雲朱羽やくもしゅうと申します。貴方と同じく新入軍兵ですので、一応挨拶をと思い、声を掛けました」

「はぁ……」

 朱羽と話していると、周囲からの視線がやたらと集まった。

 原因は彼女である。

 しかしそれは、物珍しい赤髪のせいだけではない。

 朱羽がただでさえ目立つ髪色をしているのに加え、類い稀なる美しい容姿の少女だからである。

 丸く、それでいて鋭い眼光を宿す気の強そうな紅い瞳。

 白く透き通るような肌。

 細く長く伸びた手足。

 何処か儚げな雰囲気を持つ詩帆とはまた違ったタイプの、凛とした面差しの美少女だった。

「秋透、とお呼びしても?」

「あ、ああ。どうぞ……」

 朱羽は薄く微笑み、頷くと言った。

「では私の事は”朱羽”と。それと、敬語は要りませんよ。私のは癖です」

 などと言う。

「……これから朝食ですか? 宜しければご一緒させて頂いても構いませんか?」

「ん? ああ、良いよ、朱羽。そうしよう」

 すると朱羽は先程よりも一層、嬉しそうに目を細めた。

 その表情は大人びて見えた彼女の、まだ幼さを残した可愛らしい笑みだった。

「秋透も本日から本格的に訓練が開始されますよね? どなたがご指導を?」

 お互いに席に着き、食事を進めながらそんな話をした。

「ん? ああ、教官か。俺は明峰あけみね…少佐と、紅月少佐、天野宮あまのみや中尉だよ」

「えっ、《三大名家さんだいめいか》の”次期当主候補”の方々がご指導を!?しかも三人中三人ですか!?」

 目を大きく見開き、今にも立ち上がりそうなくらい身を乗り出して驚きを露にする朱羽。

 彼女も《軍十家ぐんとうけ》の一人なのだ。

 《三大名家》の存在も、……初耳だったが、次期当主候補の存在は計り知れないだろう。

 そう理解していても、朱羽の反応は流石の秋透も無表情では居られなかった。

 テーブル越しに座る秋透の若干ひきつった表情を確認した朱羽は「はっ!」と我に返った様子で、伏せ目がちにおずおずと秋透を見遣り、再び遠慮がちに口を開いた。

「あ、あの……。秋透は既に、その三名にお会いしたのですか?」

「ああ、会ったよ?」

 というか、部屋にまで上がり込まれた。

 そう思うと思わず苦笑しそうになった。

「でっ、では。……どのような方々でしたか……?」

「……?」

 その朱羽の問い掛けに、秋透は何か引っ掛かりを感じた。

 軍出身の彼女が、一般からの入軍者である秋透に軍の事柄を尋ねたからだ。

「恥ずかしながら、私はご尊顔を拝した事すらないのです……。《三大名家》の方々は一般入軍者どころか、我々《軍十家》とも、あまり関わりをお持ちになられないので……」

 確かに。

 言われてみれば先日秀静がそんな事を言っていたと思い出す。

『《三大名家》は《軍十家》を含めた下位の家柄との関わりをあまり持たない』と。

 外部での関わりがないというならば、そもそも今期入軍者の朱羽が会った事どころか、顔も見た事もないというのは頷ける。

「あー……、明峰少佐は…口が悪い、かな。本当に……うん」

「誰が口悪いって?」

「痛ってぇ!!」

 秋透は突然背後から殴られた東部を擦りつつ、眉を吊り上げながら振り返り、声の主に向かって怒鳴った。

「この暴力魔…いきなり何しやがる、明峰! 痛てぇだろうが!!」

「ハッ。上官の陰口叩いてんからだ、馬鹿が。しかも言い返し方がガキ過ぎんだよ。脳ミソ猿だな、お前」

「はあああ!?」

 背後に立つ秀静に怒鳴っていると、そこに例の如く新たにもう一人現れた。

「お~い、お二方? あんまり人が居ないからってここ食堂だし、公共の場なんですけどね、一応」

「悠さんと詩帆まで!?」

「はい、秋透。……そちらの方は?」

「ん? あ……」

 秀静に続いて現れた悠と詩帆。

 図らずもお馴染みのメンバーが揃ってしまった。

 そして詩帆の言葉に朱羽の存在を思い出した秋透は椅子に座り直し、正面を見た。

 そこには混乱と驚きの入り交じった表情を浮かべる朱羽の姿があった。

「朱羽? 大丈夫か?」

「はっ、はい。おっ、お初にお目に掛かります。八雲朱羽と申します。お会いできて光栄です」

「ああ、貴方が八雲のご息女でしたか。私は天野宮詩帆。どう宜しくお願いしますね、朱羽」

「君が八雲家の才女か~。僕は紅月悠。宜しくね」

「はっ、はい! 宜しくお願い致します、詩帆様、悠様!」

 詩帆は穏やかに微笑み、悠は優しく微笑み掛けると、朱羽は慌てて、しかし嬉しそうに笑った。

 次いで悠が眉を垂らし、苦笑気味に秀静を見遣った。

「……君も何か言いなよ、秀静。”明峰少佐”呼びの”暴力魔”な怖い人になっちゃうよ?」

「うるせぇ、悠」

「はははっ。素直じゃないな~」

 などなど、その場は大変盛り上がった。

「明峰達は朝飯か?」

「ああ」

「朝食の前の訓練が日課だもんね~、秀静は」

「へぇ」

 そこではたと思い出した秋透は、周囲を見回し時計を探す。

 時計の針が指すのは七時三十四分の位置。

「そういえば秋透は八時から実技訓練でしたねぇ、明峰隊長と」

「一秒でも遅刻したらフルボッコ確定だな」

「実技の後一時間挟んでから僕の戦術指導があるから、再起不能にはしないでよね、秀静」

「”努力”はする」

「”加減”をしてくださいよ、明峰隊長」

 そんなやり取りを、朱羽は楽しげに眺めている。

 やや不安を持った秋透に向き直る秀静。

「食い終わったらすぐ行くぞ、秋透」

 ”行きたくない”が秋透の本音であったが、それは出来ない。

「……ああ」

 秋透は一度溜め息を吐くと、観念して再び食事に目を向けた。




 食事の後秀静が向かったのは先程使用していた第一訓練場であった。

 自動扉を潜ると、一斉に天井の蛍光灯が付いた。

 一瞬目を細めたが、すぐに慣れて秋透は秀静の後を追った。

 広い部屋の中心で立ち止まる秀静。

 秀静は振り返ると、言った。

「訓練を始める前に、お前に幾つか質問がある」

「……?」

「手始めに、お前のキャスターの名前は覚えてるな?」

「アキトだろ?」

「ああ。じゃあ、既に《力》の《武器化》はしたな?」

「《力》の《武器化》……」

 つまりアキトと秋透の《力》、《護鬼ごき》の《武器化》という事。

 そしてそれは、元帥の面接で行った事象の事だ。

「ああ、したよ」

「よし。じゃ、取り合えず《武器化》してみろ」

「……は?」

 秀静の意図が全く掴めない秋透。

(嘘だろ、まさか何も教えないまま身体で覚えろ的な実技訓練をする気かよ……)

 と思い聞き返す秋透に対し、秀静は眉間に皺を寄せて「いいからやれ」と手を振った。

 秋透は多少ムッ、としたが、目を閉じ、深呼吸をして言った。

「来い、《護鬼》」

 …………。

 しかし、何も起こらない。

 秋透は呆然と立ち尽くした。

 秀静は溜め息を吐き、小声で「やっぱなぁ……」と呟いた。

「おい、秋透。そこ座れ」

「…………」

 秀静の言葉に従い、秋透はその場に腰を下ろした。

「目を閉じろ。何も考えず、アキトを呼んでみろ」

「…………」

 目を閉じる。

 暗闇がやってくる。

 その中で、アキトを呼ぶ。

(アキト……)

 すると脳内にチリン、という鈴の音が響き、水面に描く波のように、静かに何かが全身を伝った。

 そしてその時、秋透は既に意識を手放していた。

(……入ったな)

 秀静は内心でそう呟く。

 そう考えた理由は単純。

 秋透の膝の上に、一振りの日本刀が現れたからだ。

 しかし、それは武器と呼べるような代物では決してない。

 何故なら、その刀は柄から刃先まで透けているのだから。

 《力》の《武器化》における最低条件は二つ。

 一つは《シンクロ数値》が安定している事。

 不安定な《シンクロ数値》での《武器化》をした場合、使用者の身体能力も制限されてしまう。

 その為、軍の審査を通らなかったコネクターは、戦場での《力》の使用を原則禁止とされているのだ。

 二つ目はコネクターとキャスターの《シンクロ》が出来ている事。

 《武器化》とは、コネクターとキャスター間における《力》の交換によって起こる現象である。

 故に、どちらかが欠けてしまえば、それは成り立たない。

 つまり、双方の合意がなければ不可能なのである。

 即座にキャスターとの《シンクロ》が出来なければ、《武器化》は不可能なのだ。

 また、《武器化》に要する時間は、個々の《シンクロ数値》が大きく影響する。

 結論を言えば、《武器化》をするには、まずキャスターとの対話が必要不可欠なのだ。

 だから秀静は訓練内容として、《心想世界しんそうせかい》に入るよう秋透を促したのだ。

「さて、秋透。こっからはお前一人だ。しっかり覚えてこいよ」

 床に座り込む秋透を見下ろし、秀静はそう呟いた。

 今日の実技訓練は四時間。

 その時間内に秋透が”中”で何を得てくるかは、本人次第である。

 秀静も腰を下ろし、目を閉じる。

 自身も訓練をするのだ。

 しかし内容は違う。

 秀静の場合は《シュウセイ》に心を許す訓練。

 更なる《力》を引き出す為に、張り積めている気を緩める事。

 しかしそれは、秀静にとって最も困難な事なのである。

 大切な人を殺した仇を、許すという事。

 守れなかった自分の過去を、許すという事。

 それは彼にとって、酷く難しい事なのである。


 * * *


「やあ、秋透。待ってたよ」

「ん? あれ、ここって俺の《心想世界》か?」

「……自覚ないの?」

 目の前に立つアキトは前回と同じ服装をしている。

 アキトは呆れたというように一度溜め息を吐くと、言った。

「ハァ……。そう、ここは君の心の中。さっき明峰に言われて来たんだろう? 訓練として」

「ああ、そう言われれば……。けど、何で知ってんだ?」

「そりゃあ、俺は君の目を通して”外”を見てるし。君の耳を通して聞いてるんだから、当然だろう?」

「成る程ねぇ」

 そう言われて、何となく秋透は手で目を覆ってみた。

 僅かな暗闇が視界を隠す。

 そこで秋透ははた、と思い至ってアキトに尋ねた。

「て事は、話は聞いてたんだよな? アキト。……何でさっき《武器化》出来なかったんだ?」

「あれは完全に君のせいだよ、秋透。《力》を使いたいなら順序を守らなきゃ」

「……?」

 ”お前のせい”と言われても、秋透に思い当たる節はない。

 暫し考え込んでいると、アキトが口を開いた。

「良い? 《武器化》というのは一人では行えないんだ。コネクターとキャスター、つまり君と俺による《力》の交換をする必要がある。その過程で発生する《力》の波を《波動》と呼ぶんだけど、その《波動》が極限まで高まって実態を持った姿が武器となるんだ。……付いてこれてる?」

「……多分」

 アキトは軽く肩を竦めると、続けた。

「人それぞれ武器の形状やタイプが違うのは《力》の特性がバラバラで、発生する《波動》に差が出来る為なんだよ。だから一人として同じ人は居ない」

「ふぅん」

「で、少し戻るけど。《力》の交換をするには、俺と君の間に……パイプみたいなものを作る必要があって、それを《シンクロ》というんだ。それをする為には、今の段階ではまだ俺を先に呼んでくれないと無理」

「”今の段階では”?」

 アキトは一度頷くと、言う。

「対話で《シンクロ数値》が上がるのは知ってるだろ? その数値は《シンクロ》をする速さに直結する。ベテランのコネクターにもなると咄嗟の反射で無意識に《武器化》出来るくらいにね」

「へぇ。すげぇな、それ」

 その後もアキトは詳しい説明を続けた。

 一通り話し終えた所で、不意にアキトが言った。

「あ、ごめん、長く話し過ぎたね。外で明峰が待ちくたびれてるかも。じゃあ、今日はこのくらいにして、そろそろ帰った方が良い」

「ん? ああ、そうだな。そうするよ。じゃあな、アキト」

「ああ」


 * * *


 一度瞬きをすると、次に視界に映ったのは広い体育館のような訓練場。

 意識が身体に戻ったのだ。

 そして二メートル程離れた位置に秀静が居た。

 こちらに背を向けながら、何やら宙を眺めている。

 視線の先に目を向けると、そこには数枚の紙があった。

 恐らくは呪符だろう。

 縦長の紙すべてに、黒字で何かが書き込まれている。

 それらは頭上を飛び回りながら光を発している。

 不意に全ての札が秀静の下へ集まり、光消えた。

 すると秀静が振り返り、眉間に皺を寄せて秋透を睨んだ。

「戻ってるなら声掛けろよ」

「へ? ああ、悪い。……それ、呪符だよな?」

 秋透の問いに秀静は札に目を遣り、札を掲げながら答えた。

「まぁ、そうだな。詳しい話はこの後悠が教えんだろ。んじゃ、今日はこれで終了だ。お疲れさん。帰って良いぞ」

「は? 終わり? もう?」

 今日の実技訓練は四時間だった筈だ。

 なのにもう終わりというのは、疑問を持たざるを得なかった。

 秋透の声に歩いていた足を止め、背を向けたまま時計を指差す秀静。

「……あ」

 促されるまま時計を見ると、時刻は十二時六分。

 何と、アキトと対話をしている間に四時間経っていたのである。

 そしてアキトは時間を分かった上で、秋透に帰るよう促していたのだ。

「四時間も、ここで待っててくれたのか……?」

「それが訓練内容だ」

「……そうか」

 かくして秋透の第一回目の実技訓練は終了となった。

「明日からは本格的な訓練をする。怪我の一つや二つ、覚悟しておけよ?」

 秋透は表情がひきつるのを堪えられなかったが、諦めて頷いた。

「……お手柔らかに」

「ふむ」

 そのまま揃って訓練場を後にする。

 廊下を歩いている最中、不意に秀静が口を開いた。

「秋透。このまま飯行くか。一時間後から悠の指導だろう?」

「あー、うん、そうだな。……指導って何すんの?」

「悠に訊けよ」

「……うぃ」




 実技訓練から早一時間後。

 昼食を済ませた秋透は悠に指定された指導部屋、もとい第一会議室へと向かった。

 ロビーのとある一角。

 そこには各自の部屋が全体を占める自室棟へと繋がるエレベーターとは別の、コネクターのみ入場を許可されている特別棟へ降りるエレベーターがある。

 特別棟とは、特務室や会議室、資料室や《三元帥さんげんすい》の執務室といった、一般兵には解放されていない施設が多くある棟である。

 特別棟へと続く唯一の通り道であるこのエレベーターにはロックが掛けられている為、専用のキーカードが必要となる。

 秋透は秀静から、”フロントの千里に話は通しておくから、先にそっち寄ってね”という悠からの伝言を聞いていたので、真っ直ぐにフロントを目指した。

 フロントでは相変わらず忙しく働いている千里の姿がある。

 秋透は歩み寄り、声を掛けた。

「あの、千里? 今平気?」

「ああ、波木さん。……その呼び方は詩帆様が?」

「え? ああ、ごめん、勝手に。馴れ馴れしかったですよね」

 すると千里は少し慌てたように顔の前で手を振り、言った。

「いえいえ。むしろその方が良いですから。敬語も要りませんよ、……秋透さん」

「それじゃあ、そうするよ」

 千里はニコリと目を細めて笑うと、続けた。

「それで、どうされましたか?」

「えっと、悠さんからキーカードを受けとるように言われて……」

「ああ、はい。承っております」

 フロントのカウンターの中から一枚のカードを取り出し、秋透に手渡す。

「このカードがあれば一通りの極東軍基地内にある施設への入場が許可されます。使用時にはそれぞれ記録が残りますので、取り扱いにはくれぐれも注意してください。常時携帯をお勧めしますよ」

「おう。ありがとう」

「いいえ」

 秋透は手に持ったカードを物珍しげに見詰めながらフロントを後にした。

 エレベーターの前に立つと、すぐ横にキーカードのスキャナーがある事に気付く。

 カードをスライドさせるとエレベーターの扉が開き、秋透が乗り込むと自動的に扉は閉まった。

 エレベーターの内部、扉の右側にはいくつかのスイッチが備え付けられている。

 【B1・第一~三会議室】と書かれたスイッチを押すと、カチリ、という音と同時にエレベーター特有の降下感が全身を包む。

 到着を告げる音が高らかに響くと扉が開いた。

 秋透がエレベーターから降りると自動的に扉は閉じられ、すぐにロビーのある一階まで昇っていった。

 どうやらエレベーターの利用者を確認する監視カメラが設置されているようだ。

 利用者の人数と状況を確認した上で扉が自動的に開閉するシステムになっているのだろう。

 中身の消えたエレベーターの扉を暫し眺めた後、秋透は回りを見回した。

 エレベーターのすぐ隣。

 【第一会議室】のプレートが取り付けられた一室に秋透は近付き、扉の前で一度足を止めた。

 ノックをしようと手を上げた、その瞬間。

 ゴッ!!

 と凄まじい衝撃音が鳴った。

 扉の前に立っていた秋透と、突然内側から開かれた扉が正面衝突したのだ。

 あまりの痛さにうずくまり、鼻を押さえて悶絶する秋透。

 その頭上から慌てたような女性の声が降ってきた。

「ごっ、ごめんなさい、秋透っ。つい力一杯開けちゃったから……。痛いですよねっ、本当にごめんなさいっ」

 その女性が詩帆だという事は声ですぐに分かった。

 秋透は痛みを堪えて立ち上がり、笑って見せた。

「だ、大丈夫だよ、詩帆。平気だから」

「うー、でもぉ。ゴッ、て音したし……赤くなってるし……。本当にごめんなさい、秋透。つい…つい怒りのあまり力任せに……」

 ”大丈夫だ”と言ったが、詩帆は泣き出しそうな程心配げに表情を歪めている。

 すると、半開きになった扉の奥からまた声がした。

 今度は男性の声。

 それも悠の声だとすぐに分かった。

 どうやら彼は既に来ていたようだ。

「秋透君、来たの~? 今凄い音がしたけど、大丈夫?」

 そして悠のその声を聞くと、詩帆の表情は一変した。

 先程までの心配そうな表情から、怒気の籠った気迫溢れる表情に変わったのだ。

「……詩帆、悠さんと何かあった?」

 秋透のそんな問いに迫力の消えない笑みを浮かべ、答える詩帆。

「いいえ。”紅月少佐”と何か何てとんでもない」

「……詩帆。目が一切笑ってないし、むしろ怖いぞ」

「あはは」

 とにかく、”何か”があったのは確かだろう。

「ちょっと、詩帆ちゃん? 一度こっち戻ってきてよ。秋透君も連れてさ~」

 と声を発したのは室内に居る悠だ。

 対して詩帆は再び表情を曇らせ、怒気の籠った声で、

「結構です!!」

 と吐き捨てるように言って去っていった。

 秋透は憤慨し去っていった詩帆の姿を目で追い、ついでに呆気にとられてただ呆然としていた。

 そんな秋透に向けて、また室内から声が掛かる。

「秋透君。入って入って」

 勿論そう言ったのは悠だ。

 言葉に従い入室すると、すぐ目の前に悠の姿があった。

 大きなスクリーンの前に置かれている机にもたれ掛かって立っている。

 恐らくそのままの姿勢で詩帆と言い争い、もしくは詩帆が一方的に怒鳴り付けていたのだろう。

「……何があったんです? 詩帆が怒鳴ってるの初めて見ましたけど、俺……」

 すると悠は苦笑しながら肩を竦めた。

「ちょっと僕、詩帆ちゃんを怒らせちゃって。ずっと怒られてたトコ」

 どうやら秋透の予想は後者が正解だったらしい。

 秋透は言葉を返す事なく苦笑を浮かべていると、悠が自嘲気味に笑った。

「まぁ、百パーセント僕が悪いんだけどねぇ……。だから後でちゃんと謝ってくるよ。じゃあ、指導を始めようか?」

「……はい」


 * * *


「ふぅ~、よし。今日はこれでお仕舞い。秋透君も初日なのによく頑張りました」

 朗らかにそう微笑む悠の傍ら、数枚の呪符を手に、机に項垂れている秋透。

(まさか明峰以上のスパルタ指導を悠さんがしてくるとは……)

 内心そう思いながら死にかけている。

 悠は半屍状態の秋透を横目に、端末機を取り出す。

 詩帆電話を掛ける為にだ。

 しかし暗証番号を入力し画面を開くと、そこには一通のメッセージ受信のアイコンが表示されていた。

 パネルに触れアイコンを開くと、送信者は珍しくも秀静であった。

【天野宮が第三訓練場で荒んでる】

 内容はそのたった一文。

 秀静が指す”天野宮”とは詩帆の事だ。

 彼だけは彼女を名字で呼ぶ。

 この内容を悠に送ってきたという事は、詩帆が腹を立てている原因が悠であると察したのであろう。

 三人はそれなりに付き合いが長い為、秀静がそう判断したのも頷ける。

 秀静からのメッセージを読み、悠は端末機を仕舞って椅子から立ち上がった。

「ごめん、秋透君。僕この後用事が出来ちゃって……。一人で帰れる?」

「勿論ですよ。ここまでも一人で来たんですから」

「はは。それもそうだね。じゃあお先に」

「はい。ありがとうございました」

「うん。お疲れ様」

 それだけ言って、悠は足早に立ち去っていった。




 エレベーターを利用し、地上一階へと戻った悠はその足で詩帆の居るという第三訓練場に向かった。

 秀静の情報通り、扉の前に立ち室内を覗くと、《武器化》した鎌を振り回し、模擬演習用のホログラムキャスターとビープスを斬り刻んでいく詩帆の姿があった。

 ホログラムの出現量と出現速度を最大値に設定しているのだろう。

 広い訓練場がほぼ埋まっている。

 その光景だけで、詩帆の怒りがどれ程のものか想像が付いた。

 つまりはかなりのご立腹だ。

 静観している事約六分。

 演習が終了し、ホログラム体は消え、詩帆は鎌の先端を床に突き立てて身体を支えている。

 視線を上に向け、呼吸を乱し、肩で苦しそうに息をしている詩帆。

 しかし突然に手を上げ、鎌を悠に向かって投げ付けてくる。

 悠はそれを避けず、防がず、ただ黙って眺めていた。

 鎌は悠に触れる直前に一瞬で消え、代わりに一言怒鳴り声を浴びせられた。

「何の用ですか!!」

 そう怒鳴り付けた詩帆の表情は怒っているというよりも、拗ねているように見受けられる。

 悠は苦笑しつつ、室内に足を踏み入れると口を開いた。

「昼間の事を、謝りに来た。……って、言ったら怒る?」

 それが紛れもない悠がここまで来た理由だ。

 しかし詩帆にはその内容がお気に召さなかったらしく、眉根を寄せるとふいっ、と背を向けて訓練場の奥に向かっていった。

「別に。貴方に謝られるような事をされた覚えはありません」

 強情。

 いかにも彼女らしい態度。

 幼い頃から度々見せられてきた、彼女なりのささやかな反抗の一つ。

「じゃあ、君はどうして怒っているのかな?」

「別に怒ってません」

 この言い張り方も詩帆らしい。

 明らかに態度がおかしくとも、決してそれを認めない。

「いやいや、怒ってるのは確かでしょ」

 肩を竦めて悠は苦笑するが、詩帆は応えない。

 それを見かねた悠は、自ら本題を切り出す。

「……君との婚約を取り消すっていう話に、怒ってるの?」

「…………」

 無言は、肯定。

 詩帆は昼間の天野宮家、紅月家の両家による話し合いの内容に腹を立てているようだ。

 ……と思っていたのだが、それだけではない事が詩帆の次の言葉で明らかになった。

「……どうして、反対してくれなかったんですか……?」

「うん?」

 悠が聞き返すと、詩帆は再び声を荒げた。

「だから! どうして婚約解消に反対してくれなかったんですか!!」

 成る程。

 確かに悠は婚約解消の話が上がった際に抗議をしなかった。

 その上詩帆が口を挟もうとしたのに対して、制止までした。

 それが詩帆の逆鱗に触れたのだろう。

 しかしそれは、悠の本意ではなかった。

「……君は僕が婚約解消を望んでいると、そう思ってるの……?」

「…………」

 詩帆はやはり、応えない。

 つまりそう思っているのだ。

 それに悠は少し不機嫌を露にして、眉を潜めた。

「僕も舐められたもんだなぁ……」

 小さくそう呟くと、詩帆には聞こえなかったのか小首を傾げて悠を見遣った。

 すると悠はニコッ、と微笑んで、言う。

「詩帆ちゃん、組み手しない? 素手で」

「……?」

 悠の意図が掴めない。

「僕が勝ったら今回の弁明をさせてくれないかな。で、君が勝ったら君の質問に答えるよ。これでどう?」

「…………」

 やはり分からない。

 つまりはどちらが勝っても悠が抗議をしなかった理由を話す事になるのだ。

「……どういうつもり?」

「別に。ただ君の憂さ晴らしに付き合おうかと思って」

「…………」

 詩帆はそれ以上の追求はせず、ただ真っ直ぐに悠に向かって走ってきた。

 二メートル程の距離から床を蹴り、勢いを増して跳んでくる。

 そのまま右拳を振り上げ、悠に向けて放つ。

 悠はその腕の軌道を片手で逸らし、半身の姿勢で詩帆と向かい合う。

 詩帆が一度着地し、姿勢を低くすると身体を回して蹴りを放ち、それもまた悠は余裕の表情でかわした。

 そんな単調な攻防が暫く続き、苛立ちを増した詩帆の本気の一撃が悠の頬を掠めた。

 すると詩帆はハッ、とした表情になり、その反応を見た悠は柔らかく微笑んだ。

 そしてそのまま詩帆の腕を掴み、床に向けて引っ張る。

 突然進行方向を変えられた詩帆はあまりに急すぎて反応出来ず、しかし悠は最後まで攻めず、腕を再び上へと引いて詩帆を床に座らせた。

「……ハルちゃん……?」

 怪訝な表情でへたり込む詩帆に、悠もしゃがんで視線を合わせる。

「僕の勝ち。だから、話聞いてくれる?」

 何処か無邪気さも含んだその笑みに、詩帆はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 そこで詩帆は、悠の意図が分かった。

 悠は”憂さ晴らし”と称して、詩帆が落ち着くのを待っていたのだ。

 詩帆は小さく頷くと、伏せ目がちに悠を見遣った。

 悠は柔らかく微笑み、話し出す。

「じゃあ、まずは初めに。婚約解消を望んでいるかという君の質問に対して。誤解だよ。僕だって婚約解消はしたくない」

「じゃあ…じゃあ、何で……”仕方がない”だ何て言ったんですか……」

 詩帆の言う通り、悠は両家の当主、つまり自分達の親に対して、親の言い分に同意した。

 それは紛れもない事実だ。

 ただそれには、語弊が含んでいたというだけで。

「以前の天野宮時期当主候補は君のお兄さんだったでしょ? だから他家との…僕との婚約も可能だった。だけどそのお兄さんが亡くなり、他に兄弟の居ない君を他家に嫁がせる余裕が今の天野宮にはないんだ。そんな状況で、他国軍主家との縁談が持ち出されるのはそうおかしな話じゃない。それに対して肯定しただけだよ、僕は」

「…………」

 納得のいかない様子の詩帆。

 彼女だって現状を理解していない訳ではないだろうに、ここまで反発するのは悠にとっても正直予想外だった。

 黙秘を続ける詩帆に、悠は苦笑いを浮かべて、続ける。

「まぁ、納得がいかないのは僕も一緒だよ。けど僕に余裕があるのは、親の言いなりになるつもりがさらさらないから、かな」

「……?」

 詩帆は怪訝そうな表情で悠を見詰める。

 そんな彼女に悠はふっ、と微笑んで、更に言葉を紡ぐ。

「だって僕は君を手放すつもり、全くないから」

 イタズラっぽくそう言った悠に、詩帆は呆気に取られてしまった。

 次いで、口を開く。

「……本当?」

 まだ何処か不安そうに聞き返してくる詩帆に、悠はまた微笑む。

「ホント、ホント。絶対に君を他の奴に譲ったりなんかしない。婚約解消なんてさせないよ。だって……」

「?」

 それ以上の事を、悠は言わなかった。

 詩帆は気になるようで小首を傾げていたが、何と言われても悠は微笑むだけで答えない。

 その内詩帆も訊かなくなり、二人手を繋いで歩き出した。


”だって……君が居なきゃ、僕に戦う理由も意味もないから”


お久しぶりです、こんにちわヽ( ̄▽ ̄)ノ

投稿が遅くなり申し訳ありません。

……続きを気にして下さっている方が居られればの話ですが……。

何はともあれ、【第五章】を読んでくださりありがとうございました!

今章は秋透の初訓練などなどがありました。

朱羽も出ました!やっとです!!

今章では秀静、詩帆、悠の仲良し具合をお伝えしたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか?

……詩帆と悠のラブストーリーでしたらいくらでも書けそうなきがしますね……ww

もしも望まれる方などいらっしゃいましたら感想欄の方へ是非お願いします!

では、また次章でもお会いできたら嬉しいです!

ありがとうございました!!

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