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相対する鏡界世界  作者: 巫ホタル
5/13

【第四章】ー休息ー

ようやく基地での生活に慣れてきた新入軍兵の波木秋透なみきあきと

そして彼を見守る天野宮詩帆あまのみやしほ明峰秀静あけみねしゅうせい

次々と現れるコネクター達との交流を深めつつ、秋透は束の間の休息に身を委ねていた。

秋透あきとが部屋に戻ると、秀静しゅうせいは既に帰ってきていた。……寝ていたが。

 リビングのソファに身を沈め、手には本を持ったまま眠っていたのだ。

 また、テーブルの上には飲み掛けのコーヒーと紙の束が置かれており、窓は開け放たれ、カーテンを揺らして風が吹き込んできている。

 寝室から毛布を持ってこようとすると、秀静はムクリ、と上体を起こして、言った。

「要らん。起きる」

「起きてたのかよ」

「いや、寝てた。だが寝ていても人の気配は分かるからな。お前が入ってきたのも分かった」

「へぇ、コネクターは皆そうなのか?」

「俺は他より感覚が鋭いだけだ」

 そう言って立ち上がると、コーヒーを一気に飲み干して、キッチンへと向かう。

「お前も飲むか?」

 カップを掲げてそう言ってくる。

「ああ、貰う」

 とだけ返すと、秀静は二人分のコーヒーを淹れ始めた。

 秋透はソファに腰を下ろし、訊いた。

「用事じとやらは済んだのか?」

「ん? ああ、特務専行部隊の入隊員……つまり、お前の同期の確認だからな。すぐ済むさ」

「……そうか」

 秋透は明日から正式に特務専行部隊に配属されると聞いている。

「同期…同期ねぇ……」

 詩帆の話を聞いた後では、あまり喜ばしい話には思えなかった。

 コーヒーを作り終えた秀静が戻ってくる。

 片方のカップを秋透に差し出し、向かいのソファに座り込んだ。

「ああ、言い忘れていたが、お前の部屋は片付いているそうだ。だからいつでも移れ。場所はフロントに居る二葉ふたばにでも訊け」

「分かった。……世話になったな、明峰あけみね

「全くだな。今度何か奢れ」

「ははっ、何だよそれ」

 秀静は苦笑混じりにそう言うと、再び黙った。

 秋透はコーヒーを飲み干すと、立ち上がる。

 カップをキッチンにある流しの中に入れると、

「じゃあ、もう行くよ」

 とだけ言って、外へ出た。

 エレベーターに乗り、フロントのある地上一階まで降りる。

 階段を降りるとフロントが見え、そこに一人の女性が立っていた。

 その手は忙しく、キーボードの上を動き続けている。

 仕事中のようで少し躊躇われたが、秋透は女性に声を掛けた。

「あの、二葉さん?」

 秋透の声に顔を上げた二葉千里ふたばせんり

「ああ、波木さん。お部屋の用意はもう済んでいますよ。ご案内します」

 どうやら千里は秋透の事を覚えていたようだ。

 駆け寄ってくると、手で促し、秋透の先を歩いていった。

 再びエレベーターに乗り、上階へと昇っていく。

「コネクターの皆さんには原則として、本人の希望がない限りは地上の階にある一人部屋が与えられるんですよ」

 と、そんな説明を聞いている間も、エレベーターは昇り続けた。

 六十七階。

 そう表示されたフロアで、エレベーターの扉が開く。

 ここも秀静の自室がある七十五階と同じく、一フロアに五部屋あった。

 千里はその中の一室の扉の前に立つと、カードを取り出し、開ける。

 恐らくマスターカードだろう。

 扉を押さえ、秋透に入るよう促した。

 間取りや、部屋の配置は秀静の部屋と若干異なるようだ。

 しベッドや机などの、一通りの家具は既に整えられており、すぐにでも住めるようになっている。

「このフロアの残り四部屋の内、三部屋にはもういらっしゃいます。波木さんの同期にあたる方々ですので、仲良くされると宜しいかと。室内の物は全て自由ですので、不備や不便、模様替えの希望などがございましたらいつでも申し付けてください。そこにある内線からはフロントに直接繋げられますので。それでは」

 最後に一礼をして、千里は出ていった。

 千里が開けていった、ベランダに続く大窓を潜り、外へ出る。

 静かな微風が髪を揺らす。

 秋透は暫くそのまま風に吹かれていた。




 十分程経った頃。

 部屋の扉に配置されているインターホンが鳴った。

 出てみると、立っていたのは詩帆であった。

「秋透が自室に移ったと聞いたので、遊びに来ちゃいました」

 などと、無邪気に詩帆は笑う。

 玄関からリビングに続く短い廊下を進む。

「わー、懐かしいですね。この家具、この色、この配置! 私の部屋もそうでした」

 詩帆は何やら楽しげに部屋の中を見回していた。

「あ、そういえば。さっき二葉さんが……」

「気軽に”千里”の方が良いと思いますよ?」

「……じゃあ、千里が『模様替え』がどうのって言ってたけど、どういう事?」

「ああ。この基地の地下一階に大きめのショッピングモールがあるんですよ。コネクターにもお給料が配られるので、自由に買い物が出来るんです。便利でしょう?」

「……もう何でもアリだな、この軍」

「あはは、確かにそうですね」

 詩帆はソファに近付き、

「座っても?」

 と尋ねてくるので、

「どうぞ」

 と返した。

 秋透はキッチンに向かい、棚を見回した。

 食堂のみコネクターは無料であり、その為、皆基本的に食堂やカフェテリアを利用するので、自炊を好まない限り、調理器具の類いは用意されていない。

 キッチンに既に用意されていたのは、カップ類、グラス類、最低限の食器とポット程度であった。

 秋透はカップを二つ取り出し、ポットでお湯を沸かした。

 また、別の棚から紅茶を取り出す。

 詩帆がカフェテリアで紅茶を飲んでいたからだ。

 ご丁寧にも、棚の中には数種類の紅茶葉とインスタントコーヒーが揃えられていた。

 それぞれに大した量が入っていないのは、後は自分の好みに合わせて買え、という事だろう。

 沸かしたお湯をティーカップに注ぐと、紅茶の良い香りが鼻孔を擽る。

 ミルクと砂糖を加え、ソファに向かう。

 片方を詩帆の前のテーブルに置き、秋透は向かいに腰掛ける。

(あれ、明峰と同じ行動をしたな、今……)

 と内心で思った。

 秀静もコーヒーを秋透の前に置き、向かいのソファに座ったのだ。

 暫くの間、二人は黙々と紅茶を啜った。

 ふと思い出したように口を開いた詩帆。

「そういえば、秋透? もう同期の方々と会いましたか?」

「いや?」

 すると詩帆は少し微笑み、話し出した。

「まず、人数は男性一人に女性二人の、計三人です」

「ああ。三人なのは千里から聞いたよ」

 詩帆は頷き、続ける。

「内二人は【八雲やくも】と【十蓮じゅうれん】の子女ですよ」

「《軍十家ぐんとうけ》の出身?」

「そうなりますね。一人は”八雲朱羽やくもしゅう”さん。……気の強い方、だそうですが、実力は確かだそうです。続いて”十蓮吉良じゅうれんきら”さん。彼は《捕食》が不完全で、《シンクロ数値》がほぼ皆無に等しいと報告が上がっています。しかし、軍事教育の成績は高く、《呪符》などの扱いに長けているそうです。……大変友好的な方だとか。もう一人は秋透と同じく一般からの入軍で、”河野美怜こうのみれ”さん。訓練はまだですが、《シンクロ数値》は良好との事です。……こんな所でしょうか?」

 言い終えると、詩帆は再びティーカップを手に取り、口に含んだ。

 一方秋透は、詩帆から聞いた三人の名前を記憶に刻み込む。

(『八雲朱羽』、『十蓮吉良』、『河野美怜』……)

 まだ会った事のない、同期達。

 三人とも既に、同じこの六十七階に住んでいるのだという。

 そしてきっと、明日以降の訓練で会うのだろう。……と思っていたのだが、その考えは次の詩帆の発言によって消え去った。

「あ、そうでした。秋透は入軍後、基本的に私達と行動するので、訓練は個別ですよ。というか、他三人もそれぞれ別の方々が付きます」

「……『私達』……?」

 半ば分かり切った問いをする秋透。

 対して詩帆は当然と言わんばかりの笑みを湛えて、こう言った。

「私、明峰隊長、紅月こうづき少佐のミラクルチームですよ! やりましたね!!」

「……本人を目の前にして言うのもアレだけど……。全然嬉しくないや、その面子……」

「あははっ。まあ、仲良くやりましょう。ちなみに私は軍の説明役ですよ」

 そして秀静が実技訓練。はるかが戦術指導なのだという。

 恐らく《軍十家》などの軍内部出身の者からしたら《三大名家さんだいめいか》の三人から訓練を受けるというのは身に余る光栄なのだろう。

 しかし秋透にしてみれば、約一名、教えを請いたくない人物がい中に居た。

 秀静だ。

 半端ではないスパルタ指導になる事は容易に想像出来る。

 秋透は一つ溜め息を吐き、

「宜しく、天野宮あまのみや教官」

 と言った。

「あはは。はい、波木訓練兵」




 話が一段落した丁度その頃、部屋のインターホンが鳴った。

 何故か詩帆が玄関に向かい、扉を開ける。

 すると玄関の方から詩帆と、来客の声がした。

「わあ、いらっしゃい。……私の部屋ではないですけどね」

「はは、まぁね。じゃあ、秋透君? お邪魔するよ~」

 爽やかという言葉がよく似合う、陽気な声音。

 来客者が悠である事はすぐに分かった。

 詩帆に続き、秋透も玄関に向かっていく。

 詩帆の後を悠と……秀静が付いてきていた。

「来てるなら声くらい発してくれよ、明峰。軽くビビるわ」

「気配くらいよめよ、ガキ」

 そんな軽口を叩きつつ、詩帆、秀静、悠はソファの方へ。秋透はキッチンに向かう。

「明峰と悠さんはコーヒー?」

 と尋ねると、

「ああ、お構い無く~」

「秋透! ハルちゃんブラックコーヒー派ですよ!!」

「うわっ、それだけはやめてよ、秋透君!?」

「悠は重度の甘党だから、ブラック飲ませたら死ぬぞ」

 などと、室内は異様なまでに騒々しい。

 本日二度目のコーヒーを淹れ終え、秋透もソファに腰を下ろした。

「そういえば、明峰と悠さんは何故ここに?」

「ん? 遊びに?」

 そう即答したのは悠であった。

(この人達は暇なのだろうか……)

 と思えてしまう。

「秀静、そっから時計見える?」

「十一時四十二分」

「昼食には早いですよねぇ」

「だね。何しようか?」

 暫しの沈黙。

 不意に悠はズボンのポケットから小型の機械を取り出した。

 そして、秋透はそれを見て驚きを隠せなかった。

「スマ…ホ……?」

 悠が手に持っていたものは、人間が使うスマートフォンそのものであった。

 悠は一度視線をこちらに向けると、薄く笑う。

 その機械を翳しながら、言った。

「ああ。『スマホ』って、人間が使ってる通信機だよね? 確かにそれと形状を似せてあるらしいけど、これは軍が開発した情報端末機だよ。通話やメッセージ送信も出来るけどね」

 その悠の話に、続けて詩帆が付け加えた。

「軍は人間社会に存在を知られてはいけないので、基本関わりを持ちませんが、プライベートで基地を出た時に目立たないように、軍用品は極力人間の持ち物に似せられているんですよ。……秋透を迎えに行った時、私も明峰隊長も私服だったでしょう?」

 つまりはそういう事らしかった。

 人間社会に混ざっても、例えその中で端末機や、秀静が使用していた無線機などの軍用品を使用しても目立たないように『工夫』が施されている。

 また、基本的に人目に触れる可能性のある任務では私服での出頭と義務付けられている。

 一方、基地内ではコネクターとサポーターを見分ける為に軍服を着用しているのだ。

 故に、休暇期間中である秀静、詩帆、悠の三人も今は全員軍服を身に付けている。

「まあ別に、基地内を私服でうろついてても罰はないんだけどね。……けどやっぱり、コネクターはこの仕事に誇りを持っているから、自然と軍服を着ている人が多いかな」

 そんな事を言いながらも、悠は淡々と端末機を弄り続けていた。

 パネルを操作し続ける悠に、秋透は疑問を投げ掛ける。

「……何をしているんですか? 悠さん」

「ん~? もうすぐ分かるよ~。はい完了、っと♪」

 そう言ってようやく悠は端末機から目を離した。

 ポケットにしまい、何やら楽しげな表情を浮かべている。

 約一分後。

 部屋のインターホンが鳴らされた。

 悠はすぐさま玄関に向かって駆けていき、扉を開けた。

 暫くして戻ってきた悠の手には、先程まではなかった箱があった。

 そしてその箱の上にもう一つ箱があり、箱を持つ手には大きめの紙袋が提げられている。

「あんまりにも暇だったんで買っちゃった♪ 色々あるよ~」

 そう言って悠は箱を開け始めた。

 中にあったのはチェスセット、将棋セット、オセロセットと……。

 とにかく多種類のゲームがそこに並んだ。

 そしてまだ紙袋もあるのだから、軽く呆れてしまう程だ。

 ニコニコと笑いながら次々に新しいゲームを取り出していく悠。

 とそんな中、ポケットにしまった悠の端末機が震えた。

『ブブブブ……。ブブブブ……』

 という振動音に悠は端末機を手に取り、一瞬パネルに触れた後、耳に当てた。

 通話のようだ。

「はいはい、和真かずま? おはよう。結構寝てたね」

『ーーーーー』

「僕? うん、”二人”も居るけど……。そう、新人君の部屋に居る」

『ーーーーー』

「ん? 昼食? えー……、まぁ良いけどさぁ……。んー、分かったよ。皆連れて今から行く。分かった、分かったから、ちょっと待ってて。うん、じゃあまた後で」

 プツ……。

 通話終了。

 悠は端末機をしまうと、立ち上がり、言った。

「残念だけどゲームはお預け。食堂で和真が待ってるらしい」

「ありゃ、それは行かないと後で面倒ですね……」

 『和真』という名前は既に聞いて知っていた。

 詩帆曰く、特務専行部隊の一人、という事だ。

 秀静も詩帆の言葉に同意を示し、ソファから立ち上がる。

 それにつられて秋透も続く。

「まだお腹空いてませんけどね」

 などと愚痴を零す詩帆。

 一同はそれに苦笑しつつ、頷いた。

 朝食が遅かった為に、皆空腹感はなかったのだ。

 それでも三人は各自席を立ち、部屋の外へと向かっていった。

 四人が乗ってもまだゆとりのあるエレベーターに乗り、階を下りる。

 一階は食堂やカフェテリアの他にフロントや鏡路室きょうろしつ、極東軍の記録書庫などの軍備施設へと通じる場所も多く設置されている為、人の出入りが最も多いフロアだと言っても過言ではない。

 そして現在は一般的には昼食の時間帯であり、フロアは一層騒がしくなっていた。

 エレベーターを降り、フロント横の階段を下りる。

 真っ直ぐに食堂へ向かっていくと、何処からか声が響いた。

「あ、悠様! やっと来ましたね!?」

 少し周囲を見回し、声の主を捜した。

 すると目に留まったのは食堂入り口から歩み寄ってくる一人の少年。

 見た感じでは十二、三歳程の、まだ幼さの残る、それでいて何処と無く大人びた少年だった。

 名前を呼ばれた悠はその少年の姿を見付けると、笑って答えた。

「ああ、和真。待たせたね」

「! これは失礼しました。秀静様に詩帆様までご一緒でしたか」

 悠の後ろに居た秀静と詩帆を見るなりそう言った少年。

 どうやら《三大名家》の権力は思っていた以上に強大なものらしい。

 悠は振り返ると秋透に向き直った。

「秋透くん。彼は特務専行部隊の一人。一色和真いっしきかずまだよ。……ここだけの話、見た目は幼いけど実は既に百歳をとうに超えた、極東軍でも結構な古株なんだよ?」

 イタズラっぽくそう言った悠の発言にややムッ、とした様子の和真。

 彼も言い返そうと口を開く。

「え? でも悠様も大分歳偽ってますよね? だって俺が長期遠征から帰ってきた頃からだからぁ……」

「あー、ストップストップ。実年齢バレる発言はよしてよね。それにほら、僕は永遠の十七歳だし?」

「ハッ、ガキが」

 悠と和真の言い争いに割って入り、悪態を吐いたのは例の如く口の悪い秀静であった。

 悠は秀静の馬鹿にした物言いに、

「秀静とはいっこしか変わんないじゃんか……」

 などと溜め息を吐く。

 という事は、秀静は十八歳なのだろう。

 そして詩帆もまた、

「私、十六でしたよ?」

 と話に加わる。

 ちなみに秋透は十五歳だが、言うつもりはない。

 言った所で笑いのネタにされる事は目に見えていたからだ。

 そこで和真が口を挟み、話題を切り換える。

「そういえば、悠様? そこの者が例の新入りですか?」

「ああ、うん、そう。実力は秀静のお墨付きだよ」

 『そこの者』というのは、言うまでもなく秋透の事だ。

 そして対する悠の答えに、秀静は異論を唱える。

「おい、悠? 一体どいつが、誰のお墨付きだって?」

「え~、違うの? 君直々に入隊申請出す程なのに?」

 秋透はそう言い合う二人を半ば無視して和真に向き直る。

「はじめまして。波木秋透と申します」

「こちらこそ宜しく、秋透。俺は一色和真。名前呼び捨ての、タメ口で良いよ」

 互いの挨拶を済ませると、和真は、

「お二方~。言い合いしてないで早く行きましょうよ~。俺お腹空きましたって~」

 と、秀静と悠に対して言う。

 悠は苦笑しつつ、誰にともなく言った。

「僕等に対して気軽に話してくれる人って、結構少ないよね」

 『僕等』というのは自身ではなく、《三大名家》を意味した言葉だろう。

 悠の言葉に秀静も軽く肩を竦めて言う。

「違いないな。全員鬱陶しいっての」

「秋透もラフですよね?」

 そう口を挟んだのは詩帆である。

 秋透は軍での上下関係や、それについての立ち居振舞いを理解していないのだから、当然と言えば当然だが、彼等にしてみればとても新鮮で喜ばしい事なのだろう。

「こいつのは単に無神経なだけだろ」

 詩帆の発言に対する嫌味な事を、秋透を横目で見下ろしながら述べたのはやはり秀静であった。

 秋透は秀静を見上げ、軽く睨んでみたが、秀静は失笑を浮かべるだけだ。

 そしてその反応は秋透を更に苛つかせたが、四人を置いて遥か前方を歩いていた和真の、

「四人とも早く~。先食べちゃいますよ?」

 という声に怒る気も失せ、そのまま食堂へと歩を進めた。


 * * *


 食事の後。

 何故か全員が秋透の自室に揃っている。

 悠曰く、『ゲームをしよう。食後のゲーム』という事だった。

 ”食後の運動”は聞き覚えがあったが、悠の持論はよく分からない、と秋透は思う。

 かくして”食後のゲーム”とやらの内容は和真の希望もあり、ババ抜きをする事になった。

 参加者は秋透、秀静、詩帆、悠、和真の五人。

 食前に悠が購入していたトランプを各自に均等に振り分け、ゲームを始める。

 各自で揃ったカードをテーブルに出していく。

「回し方どうする?」

「お前から時計」

「了解。”時計回り”ね」

 悠と秀静は二人でさっさとルールを決め、カードを引かせる。

 悠のカードを秀静が引く。

 秀静のカードを詩帆が引く。

 詩帆のカードを秋透が引く。

 秋透のカードを和真が引く。

 和真のカードを悠が……という風に廻っていった。

 優勢は悠と和真。劣性と思われるのは意外にも秀静である。

 苦い表情にも見える真顔を保ち続けている秀静の隣で、悠がパッ、と表情を輝かせた。

「上がり~♪ また僕の勝ちだね、秀静?」

「…………」

「当然ですよ、悠様。戦法や心理戦で悠様に勝る者など居りません」

「…………」

「まぁ、隊長は【明峰】ですから。戦術の【紅月】に敵わないのは仕方がないかと」

「…………」

 言われ放題の秀静。

 皆喋りながらも淡々とカードを回していく。

 とそこで、秀静が手に持っていた”二枚の”カードを手放した。

「……上がりだが?」

「「「「…………」」」」

 呆気にとられ、つい口を閉ざす秋透、詩帆、悠、和真の四人。

 ちなみに悠以外の三人はまだカードをてにしている。

 悠は苦笑し、言う。

「え~、いつから優勢だったの? 秀静ってば表情読みにくいよ~」

「なっ、そんな……。《紅月派閥家》である俺が負けるなど……」

 と、和真は静かに一人落ち込んでいた。

 すると、

「……て言うかさ~。和真はいつまで”演技”してる訳? いい加減飽きてきたんだけど?」

 などと、悠が不意にそう言った。

 秋透は意味が分からずにキョトンとしていたが、秀静と詩帆は別に気に留めた様子もない。

 どうやら事情を知っているようだ。

 二人とも口元に微笑が浮かんでいる。

「……プッ、クク……ッ」

「……え? 和真?」

 突然笑い出した和真。

 その様子に驚く秋透。

 他三人は変わらず何も言わず、代わりに和真が口を開いた。

「はははっ。今回のはなかなかに面白かっただろう? なぁ、”悠”?」

 先程までとは明らかに違う和真の態度。

 しかし呼び捨てにされた悠も、全く気にしていない様子だ。

「最初は面白かったんだけどね~。あんまりにも長いから、いつ止めるのかと思ったよ」

「ふむ。お前は飽きが早いな、悠」

「否定はしないけどね~」

 何が何やら理解の追い付かない秋透に、詩帆が苦笑して言った。

「和真は私達なんかよりもずっと昔から軍に居た大先輩なんですよ。けれど階級や立場もありますから、私達も”和真”と呼び捨てにして、敬語も敬称も使わないんです」

「ああ、成る程」

 詩帆の説明でようやく合点のいった秋透。

「任務がないと暇なんです。時折こうして遊ぶんだよ」

「はぁ……」

 身長が百五十センチもないくらいの細身な身体。

 少年の外見に似付かない大人びた口調。

 ”百歳をとうに超えている”というのは本当なのだという事が嫌でも分かる。

「……えっと、ババ抜きはどうなってるの?」

 そう悠が言い出し、皆して「あ」と、今がゲーム中である事を思い出す。

「んと、明峰隊長が抜けたので、私が和真からカードを引けば良いんですかね?」

「そうなるな」

 和真は詩帆にカードを向け、引かせた。

 そのままゲームは黙々と進められていった。




 延々とゲームをし続けた結果、気が付けば日が暮れていた。

 現在時刻は夕方を過ぎた夜八時。

 コネクターの体力を甘く見ていた、と秋透は少し思ってしまう。

 昼食後から始まった為、有に七時間ゲームをしていた事になる。

 そして、今は誰もゲームをしていない。

 というよりも、誰一人として意識がない。

 寝ているのだ。

 皆疲れ果て、ソファに身を沈めて意識を手放していた。

 当然だ。

 一晩を経たとはいっても、昨日の疲労は秋透にも残っている。

 悠と和真に至っては今日の早朝に帰投したばかりなのだ。

 テーブルの上には多種類のゲームやカード。

 その周囲にあるソファの上で、全員が静かに寝息を立てている。

 秋透も同様に、眠りに落ちていた。


 * * *


「…………」

 何もない、世界。

 景色は全て真っ白で、音もない空間。

 そんな場所に、秋透は居た。

「秋透」

 不意に声がする。

 聞き慣れた、自分と同じ声。

 アキトの声だ。

「アキト?」

「こっちだよ、秋透。後ろ」

「……?」

 秋透は振り返る。

 そこにもやはり、白一色の世界。

 しかし今度は、その中心に誰かが居た。

 無造作に跳ねた、癖の付いたベージュの髪。

 目尻は鋭く伸び、それでいて丸い、意思のようなモノが感じられるエメラルド色の瞳。

 秋透と同じ容姿の、アキトだ。

 白の衣服を纏い、アキトはそこに立っていた。

「”ここ”に来てくれたのは初めてだね、秋透?」

「”ここ”……?」

 アキトはふっ、と笑ってから、続ける。

「そう、ここ。この空間は君の心の中なんだよ。俺はいつも、ここで過ごしてるんだ」

「そう、なのか……」

 ”自分の心の中”

 その響きは聞き慣れなかったが、そういう事なのだろう。

「このだだっ広い、何もない真っ白な世界が俺の心だっての?」

 苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せる秋透。

 対してアキトも苦笑を浮かべ、言った。

「そうそう。”広い”のは今の君の心に余裕があるから。”何もない”のは今の君が何も望んでいないから。”真っ白”なのは、今の君の感情が揺れていないからだよ」

「…………」

「ピント来ないのも無理ないか。そうだな……例えば君が《力》を求めた時、この空間は赤く染まり、床には日本刀が刺さっていたよ。広さは今よりもかなり狭くなっていたしね」

 秋透が《力》を求めた時。

 つまり元帥からの呼び出しに応じ、面接をした時だ。

 あの時の秋透は、動揺と混乱を極めていた。

「……何で俺はここに来たんだ?」

「寝てるから」

「は?」

 秋透の問いに即答したアキト。

「コネクターは皆自分の《心想世界しんそうせかい》に入る時、外での意識を手放しているんだ。むしろ、そうしないと入れないし。今秋透も疲れて寝てるんだよ」

「へぇ」

「だけど来た理由は知らないよ。君が勝手に入ってきただけで、俺は呼んでないし」

「そういうものか……?」

 しかし秋透にも来た理由など分からない。

 疲れて眠っているそうだが、それすらも無自覚だったのだ。

 無論、還る方法も知らない。

「んー、別に用はないんだけど……。還る方法知ってるか? アキト」

「さぁ? けどここは君の心の中だから、還ろうと思ったら還れるんじゃない?」

「雑だなぁ、お前」

「ははっ、君のキャスターだからね」

「んだよそれ」

 互いに笑い合った後、秋透は言う。

「じゃあ、もう行くよ」

「うん。またね、秋透」

 そう言って、秋透は目を閉じた……。


 * * *


 目を開くと、視界に映ったのは先程とは異なる景色であった。

 ボー、っと暫く宙を見てから、はっきりとして来た頭で回りを見回す。

 するとソファに座り込む秋透の回りで、詩帆が忙しく動いていた。

 手にはトランプを始めとするゲーム類。

 どうやら片付けの最中のようである。

 詩帆は秋透が起きた事に気付き、微笑み掛けてきた。

「おはようございます、秋透」

「……おはよう」

「お? 秋透君も起きた?」

 そう、やや遠い位置から声を発したのは悠だった。

 秋透は声の方を向き、「はい」と応じる。

 悠も微笑を浮かべ、次いで秋透の奥に視線を向けると、言った。

「いや~、秀静がぐっすりとか珍しいよね、本当」

「確かにそうだな。余程疲れていたのだろう」

「まぁ、時間も時間ですしね」

 和真の同意に続きそう言った詩帆の言葉に時計を見遣ると、時刻は八時四十八分。

 最後に時計を見た時が七時半頃だったから、二時間近く眠っていた事になる。

 上体を大きく反らし、伸びをしながら悠が言った。

「じゃあ僕等はそろそろ帰ろうか。秋透君もゆっくり休みたいでしょ」

 などという悠の一言に一同同意。

 部屋の片付けも済んでいる為、代表して悠が秀静を起こす係となった。

「秀静~? 早く起きて帰るよ~」

 秀静の肩を揺すり、起こそうと試みる悠。

 そして秀静はすぐに目を開いた。

「……俺寝てたか?」

「うん、バッチリ。もう皆起きてるよ?」

「……そうか。手間を掛けたな、悠」

「どういたしまして」

 全員が起きた所で、揃って玄関に向かっていく。

「それじゃ、秋透君。また明日ね~」

「おやすみなさい、秋透」

 という悠、詩帆の言葉を最後に、玄関の扉が閉められた。

 家具の少ない自室は、先程までの賑やかさが嘘のような静寂に包まれている。

 また、リビングのテーブルに並べられた、悠から貰ったゲームの数々に、思わず笑みが零れた。

 ベッドに身体を預けて天井を見上げると、一日の出来事を思い返して、ふっ、と自然と笑みが浮かんだ。

 そして、明日以降の事をながら、気が付けば眠りに落ちていた。

前章に引き続き戦闘シーン皆無な【第四章】!

……いかがでしたか?

今章は鏡行禁忌軍の内情と、秀静や詩帆の仲の良い新キャラクターも登場させました!

ようやく登場しました悠と和真!!

話が若干逸れた気も致しますが、基地の内部などは今後も出していく予定ですので、記憶の片隅にでも置いて置いてくださると今後分かりやすいかもとおもいます。

今章も読んでくださりありがとうございました。

これからもどうぞ宜しくお願いします!

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