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相対する鏡界世界  作者: 巫ホタル
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【第二章】ー執着ー

鏡行禁忌軍きょうこうきんきぐん極東管轄部きょくとうかんかつぶに所属する軍人だと名乗る二人の男女ーー明峰秀静あけみねしゅうせい天野宮詩帆あまのみやしほに連れられ、泣き崩れる母を残して家を出た波木秋透なみきあきと

迫り来る敵の接触を間近に控えた秋透達。

緊張感に溢れた三秒を経て、秋透は……!?

 恐怖がないと言えば嘘になる。

 怖い。

 敵と対峙する事が。

 死を間近に感じる事が。

 しかし何故か、身体は妙に軽やかで、疲労感もなく、何処までも自由に動いた。

 空は曇り。

 風が吹き荒れ、辺りは騒然としている。

 地面に散らばるガラス片や砂を踏む音を聞きながら、秋透あきと詩帆しほの後を追った。

 建物の影から外へ出て、目にしたのは驚愕の光景。

 近付いてきたキャスターの姿は……秋透と同じであったのだ。

「な、んで……俺……?」

「何度も言うようですが、我々人間とキャスターは同一なのです。……容姿年齢まで同じな人は、私も初めて見ましたけど」

 先に説明を受けていても、驚かずにはいられなかった。

 何せキャスターの姿は、まるで鏡に映した自分そのもののようだったから。

 『鏡の中にはもう一つの世界がある』、何ていう話を鵜呑みにした事はなかった。

 しかし今となっては、それは事実以外の何物でもなくなった。

 今目の前に居るのは、紛れもなく『自分自身』なのだから。

「秋透っ!」

 詩帆の声で我に返った秋透は、真っ先に状況を理解しようと周囲を見回したが特に変化はなく、秋透のキャスターも悠然と構えている。

「ここは戦場です。一秒たりとも気を抜かないでください。でなきゃ、死にますよ」

 詩帆の言葉一つ一つに途轍もない重みが感じられるのは、仲間を失いながらも戦い続け、仲間の死を乗り越えて生きてきたからこそなのだろう。

「ごめん、詩帆。集中する」

「はい」

 秋透の謝罪と決意表明に何かを察したのか、詩帆は微かに笑みを零すと、静かに頷いた。

 全神経を研ぎ澄まし、周囲を見渡す。

 廃車、ガラス片、瓦礫、倒れた樹木、そして……。

「キャスターッ!」

「ああ、お前が俺の片割れか? 自分から出てくるとは馬鹿な奴だ。まあ、話が早くて良い。その肉体を寄越せ、人間」

 姿形、そして声色まで同一。

 まさか自分を直に正面から見る、いや見られる日が来ようとは夢にも思っていなかった。

「ヤだね。お前なんかにやるかよ。お前が俺に喰われろ、キャスター」

「人間如きが俺に勝てるかよ」

「へぇ、じゃあ試してみるか?」

 最後の言葉は秀静しゅうせいのものだった。

(いつの間に……っ!?)

 仲間側の行動に、つい驚いてしまった。

 秋透のキャスター《アキト》との会話中、もとい宣戦布告中に、秀静は既にアキトの背後に回り込み、すぐ傍まで接近していた。

 アキトの顔面目掛けてショットガンを構え、爆音とともにアキトは勢い良く吹っ飛んだ。

(通常のショットガンにあんな威力ないだろ……)

 と、味方ながらに呆れてしまう程の一撃であった。

「あー、やっぱり隊長、あの時銃に細工してたんですねー。有り得ないでしょうあの威力……」

(あ、詩帆から見てもそうなんだ……)

 などと内心で納得してから、再び視線をアキトに移した。

 吹っ飛んだ先にあった建物の外壁が崩れ落ち、アキトの上に積み重なった。

 人間ならば即死しているであろう衝撃だったが、どうやら、というよりもやはりキャスターは異常な存在のようである。

 総重量何キロか知れない瓦礫の山の中から自力で出てきた。

「何だよ、いきなり。痛ぇだろうがっ」

 大分余裕な様子であるが、やや気分を害してしまったようだ。先程とは明らかに雰囲気が変わっている。

 すると、ショットガンを持った秀静が軽やかに秋透の横に着地した。

 音ない微風が頬を撫でる。

「おーおー、流石お前のキャスターだな。馬鹿そうな顔してやがる」

「はぁ?」

 と、こちらも余裕をかまし、軽口を叩いていた。

 多いに不本意ながらも、今のやり取りで秋透の緊張が解れた。

「おい、天野宮。三分、奴の相手出来るか?」

「殺さないよう努めます」

 つまり了解の意。

「よし、頼んだ。来い、秋透」

 秀静はそれだけ言うと戦線を離れ、後方へと移動した。

 彼の指示通り、秋透もそれにならう。

 そして秀静の下へ辿り着くと、気になった事を一つ問うた。

「……大丈夫なのか?」

「あ?」

「詩帆だよ。三分て、短いようで結構長いぞ。……死なないか?」

 良い終えた時に見た秀静の顔は少し、いやかなり、嫌な表情を浮かべていたが、無視する事にする。

 そして問いの答えはすぐに返ってきた。

「お前、天野宮”中尉”の実力が信用ならねぇか?」

「天野宮……”中尉”!?」

 中尉は尉官以上の階級であり、既に少尉を上回っているという事だ。

(詩帆の奴、階級あったのか……)

 詩帆には悪いが、それが秋透の正直な感想だった。

「天野宮は軍内部の由緒正しき名門・天野宮家の出身だ。物心付いた頃には既に上に立つ者として扱われ、自覚し、高度な軍事教育を受けてきたと聞く。あいつはまだ軍歴二年だが、実力で最年少中尉にまで上り詰めたエリートだ。お前如きのキャスターに殺されやしねぇよ」

 秀静の説明を受けている間も、秋透は目の前で繰り広げられている戦闘から目が離せなかった。

 中距離からアキトの顔付近にハンドガンを発砲。

 相手が体勢を崩した隙にすかさず接近し、間髪入れずに靴底で蹴り上げる。

 続いてゼロ距離から両手で発砲。

 アキトには反撃の隙を与えず、次々に攻撃を続けていく。

 二人の実力差は考えるまでもなかった。

「スゲェ……」

「凄いか? だろうな。人間のお前から見れば特に。確かに《力》を使わなければ俺も勝てるか自身がない。……さて、ここからは真面目な話だ」


 * * *


 今視界に映るものは瓦礫の山。

 壊れた自動車。

 その他……。

 先程秀静と合流してから伝えられた、一つの作戦。

 ……それは秋透が人間でなくなる為の作戦。


『良いか、天野宮が奴を足止めしている間に、俺は一旦この場を離れる。だからお前は単独で奴の死角へ移動しろ。俺等の言う《捕食》は相手の戦意を解かないと出来ねぇ。だが素人のお前が行っても殺され、逆に《憑依》されて終わりだ。だから俺が居ない間は天野宮がお前を援護する。だから止めはお前が殺れ』


(……何て言われても……)

 今現在秋透が身を隠している場所は先程の位置から五メートル程移動した建物の影。

 アキトと詩帆が戦っている場所から約二メートル離れた場所だ。

 眼前では二人の攻防が絶え間なく続けられている。

 銃の発砲音が秋透の耳に届いてくる。

 また、移動前との唯一の相違点といえば、アキトの姿くらいである。

 登場当初とは一変し、身に纏う衣服は破け、身体中には無数の痣と傷跡が見える。

 詩帆優勢の戦闘でやられたのだろう。

 口から血を吐き、充血した目はふらふらと宙を泳いでいる。

 対して詩帆はあまりにも余裕な表情で、時折余所見までしながら、アキトが立ち上がるのを待っていた。

(あれで自分本来の《力》とやらも使ってないとか……)

 などと驚きを隠せないながらも、秋透は戦闘を見ながら機会を探る。

 秋透がアキトを屈服させる最終戦闘をするのに、最良の機会を。

 そして、その時は訪れた。

 詩帆がアキトの頭部を撃ち抜いた瞬間……秋透は一瞬硬直した。

 秋透自身の頭部に、違和感を覚えたのだ。

 アキトが頭を撃ち抜かれた瞬間に、秋透の頭部の、アキトが打たれた丁度その位置に。

 その瞬間、

『人間とキャスターは常に同化しているのですよ』

 そう詩帆に言われた事を、思い出した。

 痛みはない。

 しかしそこで、キャスターと人間が同化しているという事実を実感した。

 近過ぎたが故にか、感覚までもが同化してしまったのだろうか。

 と、そこまで考えたその時。

 不意に頭の中に声が響いた。

 聞きなれた、自分自身の声。アキトの声だ。

『……死にたくない……』

「え……?」

『消えたくない……っ』

「アキト…なのか……?」

 そう口にした瞬間。アキトが大きく目を見開き、秋透の方を見た。

 秋透が今居る位置は、アキトからは死角になって見えていない筈だ。その上、移動した姿も見られてはいなかった筈だ。

 それなのに、アキトは物陰に隠れた秋透を見ていた。

 アキトの様子に何かを察した詩帆は攻撃を止め、一歩後ろへと退いた。

 ふらふらと立ち上がり、秋透に歩み寄っていくアキト。

 秋透はそれを、拒まなかった。

 建物の影から姿を現し、向かってくるアキトを正面から見て、驚いた。

 泣いていたのだ。アキトが。キャスターが。

 言葉を探し、一言声を発する。

「アキト……。何故、力を求めている……? 何が…そんなにも恐ろしい?」

「《共鳴》!?」

 と、詩帆が声を上げた。

 《共鳴》とは、《捕食》、《憑依》以前に、人間とキャスターが魂レベルで対話する事を指す。

 非常に稀に起こる現象だ。詩帆が知る軍の報告書にも、殆ど記録がない程に。

 先程の雰囲気とは違う、アキトの様子。

 蒼白は肌。

 怯え切った瞳。

 一体、何を思っているのか……?

「『消える』って、何に消される? 力を求めるのは、怖いから……?」

「…………」

 アキトは何も応えない。

 ただただ、宙に視線を泳がせているだけ。

 動揺と、呼べるもの。

 ゆっくりと口を動かし、ようやく声を発したアキト。

 その声は、震えていた。

「もうじき世界が荒れる…荒らされるっ、奴等に……っ」

「世界が…荒れる……?」

 アキトの言葉を発する唇が、震える。

 途切れがちな言葉が、アキトの恐怖を物語っていた。

「戦争が、起こる。あいつ等が、世界を滅ぼすんだ……。奴等は訳もなく人間達の大量虐殺を計画している。そうなれば、俺達キャスターも巻き込まれるっ」

「人間達の…大量虐殺……?」

 それだけは、あってはならない。

 そんな事が起これば、それはつまりキャスターと鏡行禁忌軍の全面戦争が起こるという事だ。

 そうなれば多くの人が傷付き、死ぬ。

 そして恐らく、キャスターも……。

「死にたくないから、力が欲しいのか……?」

「……それだけなら…俺の命だけなら、構うものか……っ」

 アキトは半ば自棄になりつつあるのか、語尾が大分荒れてきている。

 『死にたくない』のではない。ならばアキトは、一体何の為に力を求めているというのだろうか。

 その答えは、秋透の中にもあるものだった。

「……仲間を…死なせる訳にはいかないっ」

「!」

 それは秋透も同じだ。

 その想いこそが、秋透を突き動かした唯一の感情なのだから。

 傷付け、残してきた母を。

 顔も見せぬまま出てきてしまった兄・綾瀬を。

 いつも傍に居てくれた龍健と羽矢を。

 守り抜けるだけの強さが、欲しかった。

「……俺も同じだよ、アキト。けど俺は、自分の感情を押し通す為に誰かを傷付けるのだけは嫌だ、絶対に。勿論、お前の事も」

 その気持ちは確かだ。

 傷付けたくない、誰一人。

 例えそれが、自分を殺そうとしに来た相手だとしても。

 秋透の言葉を聞いたアキトは驚いた様子で、暫し呆然と立ち尽くしていた。

 言葉を失い、ただ秋透の顔を凝視していた。

「……っ。そんなの、詭弁だ」

「ああ、そうかもな。でもそう思ってるよ。……お前は違うのか?」

 唐突かつ、直球な秋透の問い。

 その問いに、アキトは悔しそうに表情を歪めると、ゆっくり口を開いた。

「俺だって……」

 アキトの言葉はか細く、震えていた。

 しかし、その声は途中で途切れてしまった。

 アキトが言葉を発しなくなったのではない。

 突然に、秋透の前からその姿が消えたのだ。

 目の前を途轍もない強風が吹き抜ける。

 その中に、一つの人影。

 次いで何処かで大きな、爆音にも似た音が響いた。

 音の発生源を探して周囲を見渡していると、急に視界の移り変わりが速くなった。

 全身を風が包み込み、何かによって強制的に身体が移動させられているのが分かる。

 正体不明の圧力。

 指一本動かせないまま、強い衝撃を受けた。

 何かに押されていた感覚は消えたが、全身を強く打ち付けられ、秋透は大量の血を吐いた。

 全身が軋むように痛い。

 先程とは違い、身体的に動けなかった。

 呆然としたまま倒れ込む秋透。

 回らない思考を無理矢理に引き戻し、周囲を見回して状況を確認する。

 どうやら秋透はビルの外壁に衝突させられたようだ。

 壁が破壊される程の勢いではなかったものの、秋透は当分動けないだろう。

 骨が何本も折れているのだろうか。とにかく出血が酷い。

 本来ならばすぐに治療を施さなければならない傷だが、当然戦場にそんな余裕はない。

 少しずつ戻り始めた思考回路。

 すると秋透のすぐ近くにアキトが倒れている事に気が付いた。

 血を吐き、苦しそうに呼吸を荒げている。

 当然だ。

 彼はもう既に、詩帆の攻撃を全身に受け、立っているのもやっとの状態だったのだから。

 明らかに秋透よりも重症だ。

 よろよろと立ち上がる秋透に向けて、何処からか声が届いた。

「あれぇ~? 立てちゃうの、君。本当に人間?」

 見覚えのない奴だった。

 紫髪を長めに伸ばした男。白い燕尾服のような服を身に纏っている。

 衣服に包まれた線の細い肢体からは、秋透とアキトを吹き飛ばせる程の屈強さはまるで想像出来ない。

 その男が続けて、今度はアキトに対して口を開く。

「おい、お前。アキトだっけ? 人間相手に何やってんだよ~?」

 軽々しい声が響く。

「ゲホッ、ゴホッ……。うるせぇ、邪魔すんなよ、ペトラ。いきなり蹴り掛かってきて、何のつもりだよ、テメェ」

 ペトラと呼ばれた男はヘラヘラと気にした風もなく言葉を返す。

 その表情は飄々としており、同時に蔑みの色が窺えた。

「べっつに~? ただ愚図でひ弱な奴って、見ててウザいんだよね~」

「お前も元はそうだったろうが」

「何その負け惜しみ。二百年も前の話を持ち出さないでよね?」

「なら黙れよ。耳障りだ」

「ハイハイ。ならサッサと済ませてよ。他の奴等が来る前にさ」

 会話を終え、再び秋透の正面に立ったアキト。

 だがその顔には、先程とは一変した殺意が滲んでいた。

「アキト? どうし……」

「黙れ人間。お前を殺す」

 そう冷酷に言い放ち、勢い良く距離を縮めてきたアキト。

 今までよりも遥かに速いスピードで。

 殺される。

 そう秋透が覚悟した瞬間、またも何処かから大きな音が響いた。

「《閃麗せんれい》! 秋透を守ってください!!」

 詩帆の声だった。

 喉が張り裂けんばかりの大声を発して、こちらに走ってきていた。

 そしてその声と同時に、詩帆の手の中に一振りの大鎌が出現した。

 彼女の瞳の色と同じ、深い蒼色の刃を持つ鎌。

 柄は漆黒に煌めき、刃は深く、それでいて澄んだ蒼。

 鋭く輝く鋭利な鎌を手に、詩帆はこちらへと走りながら、大きく一度鎌を振るう。

 その鎌の軌道のまま、蒼色に光る一筋の閃光がペトラとアキトを襲った。

 二人の影を連れ去り、遠くの建物に衝突して凄まじい爆音と爆風が周囲を包んだ。

 すぐ目の前に、背を向けて立つ詩帆。

 長い黒髪を揺らしながら振り向くと、しゃがみ込み、秋透を見て言った。

「大丈夫ですか? 秋透。……すみません、私の判断ミスです。貴方から離れるべきではなかった……。傷は、痛みますか……?」

 と心配げに秋透を伺い見る詩帆。

 その瞳には、純粋な恐怖が浮かんでいた。

 きっと何度も人の死を見てきたのだろう。

 仲間の死も。

 出会ってから間もないとはいえ、一度関わりを持った相手が死ぬのを良く思う者は少ないだろう。

 また、彼女は何度、あんなデタラメな力を持ったバケモノと相まみえたのだろうかと、考えた。

 詩帆は軍内部の名家の生まれだと秀静が言っていた。

 恐らく彼女がコネクターになったのは立場上仕方なくだったのだろう。

 鏡行禁忌軍の名家に生まれたというだけで、自分の命を懸けて、人間である事さえも捨ててしまったのだろうか。

 それが彼女の運命であったとするのなら、それは何て、残酷なのだろうか。

 無慈悲で愚かしいこの世界で、終わりを求めて血にまみれるその姿はとても、美しかった。

 だからせめて、詩帆に余計な気を遣わせたくはなかった。

 秋透は痛みに耐えて背筋を伸ばし、

「問題ないよ、これくらい。大丈夫だから、詩帆は前を見てて」

 と、出来るだけ穏やかを装ってそう言った。

 その言葉に、詩帆は微かな安堵の表情を浮かべて、ホッ、と息を吐いた。

 しかしすぐに表情を改め、立ち上がり、再び背を向けた。

 瓦礫に埋もれていたアキトとペトラが出てきてしまったのだ。

「待っていてください、秋透。絶対に貴方に手出しはさせませんから」

 そう言った詩帆の声音は、酷く冷たかった。

 一言そう告げると、詩帆は人間を超越した凄まじい速さで奴等へと接近した。

 そして再び、先程までと同様の攻防が始められた。

 アキトを圧倒していた詩帆であったが、ペトラと呼ばれたキャスターの参戦もあり、やや劣性のように見受けられる。

 身体を回転させながら鎌を自在に操り戦う詩帆。

 右から回し、アキトを目掛けて一直線に刃を突き立てる。

 アキトは反応出来ない。しかい、ペトラは反応した。

 甲高い金属音が鳴り響き、詩帆の鎌が防がれる。

 同時に、空いている左手を間髪入れずに詩帆の腹部へと勢い良く伸ばす。

 その勢いを利用してペトラの右腕を蹴り、跳んで相手との距離を取った。

 ギリギリの攻防戦。

 アキトは殆ど参加せず、ほぼペトラ一人で詩帆と戦っていた。

 詩帆の防戦一方。

 実力差は明らかだった。

 何か助けられないかと機会を探り、緊張する秋透だったが、非力な人間である秋透には戦いの中で発生する火花と金属音しか認識出来なかった。

 目の前で繰り広げられている高速の攻防。

 割り込むどころか、その戦闘を目で追う事すら出来ない秋透は、ただひたすらに見守る他なかった。

 変わらず見守り続けていた時の事だ。

 一瞬。

 時間が停止したかと錯覚する出来事が起きた。

 ひたすらに攻撃を受け流していた詩帆の防御を、ペトラの剣が破ったのだ。

 目を大きく見開き、剣を避けようと上体を反らす詩帆。

 しかしその努力虚しく、ペトラの剣先は詩帆の喉元目掛けて一直線に突き進んでいく。

 詩帆に迫る剣先。

 鈍色に妖しく陽光を反射する剣先を凝視し、反応しきれないまま体勢を崩す詩帆。

 果てしない程長く感じられるこの時間も、実際はコンマ数秒の出来事であった筈だ。

 咄嗟に叫び、隠れていた建物の影から出ようとした瞬間、秋透の肩に触れるものがあった。

「動くな、秋透。俺が行く」

 という、今まで居なかった秀静の声が耳元で聞こえた。

 掴まれた肩を後方へ引かれた秋透はバランスを崩したが、建物に掴まってどうにか堪えた。

 再び秋透が戦闘に目を向けた時、信じ難い光景が目に映った。

 立った数秒前までは詩帆を貫こうと動いていたペトラの剣が、地面に落ちている。

 そしてその場に、ペトラとアキトの姿はなかった。

 剣の付近に居るのは、へたり込んだ詩帆と、悠然と立つ秀静。

 数メートル先にペトラとアキトがならんで倒れているのが視認出来る。

 恐らく秀静の手には先程までにはなかった一振りの日本刀を提げていた。

 詩帆hの鎌と同様に、何処までも磨き上げられ、漆黒に塗り固められた刀。

 柄も、鍔までもが黒く塗り固められた黒刀、ある種の威圧感放っている。

 しかいs問題はその黒刀でもない。

 秀静は刀を提げている。

 一切ムラなく構成された黒塗りの日本刀。その刀身を持って。

 つまり秀静が触れている部分は、鞘に納められた刀身であった。

 抜刀前。

 秀静は刀を抜かないまま、つまり《力》の本質を使わないまま、あれ程までに詩帆を追い詰めた二人を、いとも容易く遥か遠くへと吹き飛ばしたのだ。

 驚異的で圧倒的なまでの秀静の強さに目を見開き、声も出せないまま立ち尽くす秋透。

 その姿を一瞥した秀静は微かな失笑を浮かべ、再度こちらに背を向けた。

 足音なく数歩歩き、詩帆の下へと歩み寄ると膝を曲げてしゃがむと言った。

「待たせて悪かったな。……三分経ったか?」

「問題ありません。……と言うには、見苦しい姿をお見せしました。申し訳ありません、隊長」

 詩帆の謝罪に苦笑しながら言葉を返す秀静。

「いや、構わん。片方ノーマルとはいえ、武装したキャスター二体を同時に一人で処理すんのは流石にまだキツかったろ。無理させて悪かったな。だがお陰で他三体は全て回収出来た。お前も生きてるし、まあ及第点だろ」

 そう詩帆を労ってから秀静は立ち上がった。

 そうして未だ倒れたまま動かないーー動けないペトラとアキトの方に向き直り、宣戦布告とも取れる言葉を発した。

「おい、キャスター共。よくもまー、俺の部下を苛めてくれたもんだなぁ。礼にこれからは俺が相手してやんよ、本気でな」

 俺の部下、というのは無論詩帆の事だ。

 秀静の声音は酷く冷ややかで、怒気に満ちていた。

 その表情も、冷酷そのものだった。

 秀静の声に立ち上がったペトラ。

 アキトはもう立ち上がる余力も残っていないと見える。

 立ち上がろうと身体を動かすが、手足がふらついて思い通りに動けていない。

 そんなアキトの横に立ったペトラは大層不機嫌そうに怒鳴った。

「テメェ、ふざけやがってっ。調子に乗んなよ、下等な人間風情がっ!」

 荒々しい怒声を言い放ちながら猛然と秀静に飛び掛かっていくペトラ。

 その手に剣はなく、どうやら素手で戦う気のようだ。

 凄まじい速さで襲い掛かるペトラ。

 しかし秀静はさして意に介した様子もなく、鞘に納められた漆黒の刀の柄に手を置き、ゆっくりと抜きながら静かに一言呟いた。

「弾けろ、《夜王やおう》」

 そう言い放ったと同時に秀静は抜刀し、そのまま勢い良く刀を振るった。

 刹那。秀静を中心とした半円。刀が描いた軌道のまま、爆発が起きた。

 半円のその外側に吹き出た爆撃。

 付近の瓦礫や車までもが吹き飛び、もくもくと立ち上がっている爆煙が消え去る気配は一向にない。

 ペトラの姿が現れないところを見ると、彼もまた今の爆撃、もとい秀静の斬撃で吹き飛んだのだろう。

 暫くして煙の大半が消え、視界が晴れてきた頃、周囲を見回してアキトとペトラの姿を捜す秀静。

 ある一点に視線を留めた秀静は一度秋透に振り向き、「こっちへ来い」と合図をした。

 秀静の下へ駆け寄ってきた秋透を見遣ると、秀静は何故か少し面白げに微笑を浮かべつつ、口を開いた。

「秋透。あそこにお前のキャスターが死に掛けている。《捕食》してこい。もう一体は俺が回収して軍に送る」

「……分かった」

 そう短く答えると、秋透はゆっくりと歩き始めた。

 足が途轍もなく重い。

 倒れているアキトまでの距離が、果てしなく長く感じる。

 秋透自身が、もう既に理解し切っていた。

 本心では、アキトを《捕食》する事を拒んでいる自分が居ると。

 そうだ。秋透はアキトを取り込みたくない。

 今更人間を辞めたくないだとか、バケモノと戦うのが怖いだとか、そんな下らない考えを持っている訳ではない。

 そんな覚悟はとうに決まっているのだから。

 《捕食》とは、人間が自分のキャスターを屈服、もしくは説得し、自身の魂に半強制的に宿すというもの。

 《捕食》と《憑依》の違いは単純明快。本体となる精神が人間になるか、キャスターになるかの違い。勝るものが再生能力か、身体能力かの差である。

 キャスターを《捕食》した人間は不老となり、驚異的な自己再生能力を有し、人間を超越した身体能力を持つ事になるのだという。

 そして《捕食》されたキャスターはほぼ百パーセントの確率で実体を失う。

 キャスターの能力を受け継ぎ、それと同時にキャスター自身の存在までもが流れ込み、同化し、薄れて、消えてしまう事も稀だがあるという。

 例え消えなくとも、変わらない性格のまま、という例は少ない。

 そしてコネクターとなった者は体内に宿ったキャスターと心の中で対話し、互いを受け入れ合う事で互いの力の供給量を増加させ、より協力な力を得るというシステムらしい。

 しかいs、キャスターに肉体を乗っ取られないよう、日々精神力を鍛える必要があるのだ。

 秋透はアキトを《捕食》する事でアキトの存在を消したくなかったのだ。

 故に、拒絶していた。

 一歩、また一歩進む毎に、アキトに近付いていく。

 そして当然、アキトの前に辿り着く。

 ボロボロになったアキトを見下ろして、秋透は問う。

「アキト……。お前を消さない方法は、ないのか……?」

 その問いにアキトは目を見開く。

 当然の反応だ。

 自分を殺そうとしてきた相手に言う言葉ではない。

 そしてそれを、秋透自身も分かっている。

 それに対してアキトは、

「……フッ、馬鹿だな、お前。良いよ、消してくれて。むしろ消してくれ。もう全身が痛くてどうしようもないんだ。頼むよ、秋透」

 と笑って、弱々しい声を返してきた。

 無言のまま暫し立ち尽くしていた秋透。

 その姿を見上げて苦笑していたアキトが、不意に何かを思い出したように呟いた。

「……なあ、秋透? お前が嫌なのって、俺の人格が消滅する事だよな? なら……あったわ、方法」

「……どうすれば良い……?」

 泣きそうなくらいに顔を歪めて訊いてきた秋透に、またアキトは苦笑し、そのまま続けた。

「お前さ、俺等がどうやって人間を取り込むか知ってる?」

「……《憑依》だっけ?」

「あー、それそれ。それすると大抵の人間は意識を失うんだけどさ……」

 何故かそこで言葉を切り、少し考えるような顔付きになるアキト。

 そして再び口を開き、言った。

「俺こんな状態で力も弱ってるし、加減すればそっちの人格で《力》の供給出来るかも……。ただし、そうすると傷の回復力とかは、他の奴等より劣るかもしれない。キャスターの《憑依》は攻撃力優先だから」

 だが、それでも構わなかった。

 回復能力が劣るというのは、戦場で戦う者としては何よりも避けたい事の一つだろうが、秋透にとってはそんな事よりもアキトの人格の方が優先されるものだったのだ。

「……それは対話でカバーすれば良い。コネクターはキャスターと仲良くなって強くなるんだろ? なら全然イケるって」

 こんな常識外れな事を考えている秋透はきっと、他人から見たら甘いのだろう。

 自分に、自分の欲望に弱いのだ。

 コネクターは常に戦場で生きている。ならば力は強いに越した事はないし、自ら進んで力を制限するような真似は本来すべきではない。

 そしてそれを、秋透も痛い程解っている。

 その上で、それでも構わないと思ったのだ。

 呆れたように失笑するアキトだったが、その表情は朗らかだった。

 そして傷だらけの腕を真上に翳して、言った。

「秋透がそれで良いなら構わないよ、俺は。……手、触れて。そしたら《憑依》を始める」

 コクリ、と一度頷き、秋透は腕を伸ばし、アキトの指先に触れた。

 アキトの肌は異様なまでに冷たかった。

 そしてその指先から少しずつ、熱が伝わってくるように、秋透の中に何かが流れ込んできた。

 少し。

 また少しと、《アキト》が秋透の中に宿るのを感じる

 不意にその流れが途切れ、次の瞬間一気に流れ始めた。

 《力》も。

 記憶の断片も。

 《アキト》が流れ込み、同化してくる。

 頭の中にアキトの記憶が、感情が、映像となって映し出される。

 恐怖。

 悲しみ。

 絶望。

 それら負の感情が強く、鮮明に焼き付く。

 気が付くと、地面に横たわっていたアキトの肉体が消えていた。

 《力》の受け継ぎも終えていて、秋透の意識で活動していた。

 どうやら思惑は成功したようだ。

 これからアキトは、秋透の無意識領域内で生き、秋透の目を通して外を見る。そしてもう、アキト自身が肉体を持って動く事はない。

 今、自分の中にアキトが居る。

 同時にアキトから流れ込んできた感情が、秋透の心を支配する。

 鏡界での恐怖が。今まで彼が味わってきた絶望が、余す事なく鮮明に脳裏に浮かぶ。

 言葉にならない、どうしようもなくやるせない感情に、秋透は自分の胸に手を当て、目を伏せた。

 すると、詩帆の声が耳に届いた。

 それは秋透を案じるような、何処か心配げな声音で。

「秋透…大丈夫ですか……?」

「……?」

 詩帆の言葉の意味が分からない。

 何が『大丈夫』なのだろうか。

 そう考えた時、詩帆が秋透の頬を指差した。

 つられて自分の頬に手を遣ると、指先に透明な雫が垂れる。

 泣いていたのだ。

「! いや、これは……っ」

 羞恥で顔が赤くなるのが分かる。

 必死に言い訳を考え、涙で濡れた顔を隠すように背を向けた秋透。

 その姿を見て微かに微笑みながら、詩帆はその背中に向けて声を発した。

 とても優しい、宥めるような声を。

「秋透。キャスターの大半は心に深い恐怖を抱いています。それは彼らの世界、鏡界が荒れ果て、荒廃した滅びの世界だからです。……コネクターは皆、《捕食》や《憑依》の際、流れ込んできた感情に涙しました。私も、明峰隊長ですらも」

 『皆が涙した』

 その言葉にふと顔を上げ、詩帆を。次いで秀静を見遣った秋透。

 二人と、目が合った。

 そして詩帆は話を続ける。

「涙が出るという事はキャスターと同化したという証です。これで貴方もコネクターとなりました。さ、極東管轄部の基地へ行きましょう」

(これで俺も人間でなくなったんだな……)

 そんな事を内心で呟いた。

 自分の手を見ながら、その内側を流れる血を考える。

 コネクターの、血。

 人間のものではない。

 悲観はない。

 だがそれでも、何となく不安定感はある。

『大丈夫だよ、秋透』

 と、不意に頭の中に声が響いた。

「アキト……?」

『軍で関わる奴等の殆どがコネクターだから、君一人が浮くような事はない』

 安心させようとしているのか。

 アキトの口調も、声音も、変化していた。

 それはきっと、環境が変わったからだろうと、秋透は解釈した。

 もう、死を恐れる事はないから。

『それに俺も君の力になる。……なれる。それに詩帆や明峰も居るだろう?』

「……ああ、そうだな。行くよ、何処へでも」

 そう言うとアキトは少し嬉しそうにふっ、と笑って、声を止めた。

 歩き出した秋透を見て、詩帆と秀静も歩き出した。

 二人の後を追って歩いていく。

 すると秀静が立ち止まり、振り返った。

「言い忘れていたが、秋透。基地には情報流出防止の管理システムが起動している。だから外部との連絡は取りづらくなる。……家族や友人に連絡をするなら今の内に済ませろ。五分だけ待っていてやる」

 言い終えると秀静は近くの石段に腰を下ろした。

 そしてこれはきっと、秀静なりに秋透を気遣っての行為だろう。

 出会ってからまだ間もないが、今までの出来事で分かった事の一つ。

 秀静は優しい人物であるという事。

 ペトラにボロボロにされ、殺され掛けていた詩帆を助けた時の秀静は、本気だった。

 あの時秀静が言った言葉が、脳裏に甦る。

『おい、キャスター共。よくもまー、俺の部下を苛めてくれたもんだなぁ。礼にこれからは俺が相手してやんよ、本気でな』

 そう言った秀静の口調は緩く、軽いようだった。

 しかし、目は一切笑っていなかったのだ。

 鋭く、刺すような冷酷な瞳。

 倒れ込むペトラとアキトを睨むその瞳には、確かに怒りの情、果ては殺気が籠っていた。

 その上、咄嗟に飛び出そうとした秋透を制し、自らが戦場に飛び込んでいった。

 あの状況で出ていっていたら、間違いなく今この場に秋透の姿はなかった。

 秀静は自身の命は顧みず、詩帆と秋透の二人を助けた。

 それは『隊長だから』、『任務だから』ではない。

 そんな気がしたのだ。

 今、秋透がこちらの世界への未練を断ち切れるように。

 人間の自分への執着を残さないように。

 今後の生活に後悔を持ち込まないようにと、家族や友人への最後の執着の機会を秀静は与えたのだろう。

 秋透は薄く微笑むと、ポケットに入れてあったスマホを取り出した。

 メール作成の表示に切り替え、暫しパネルを操作する。

 短い簡単な一文を書き上げた秋透は画面を秀静の方へ向け、同時に一斉送信をクリックして見せた。

「連絡はいらない。挨拶なんて、メール一通で良いんだよ」

 と、言った。

 秋透のその言葉に何処か満足げに苦笑してから、軽く下を向き、目を伏せて立ち上がりながら、

「うるせぇよ、ガキが」

 と笑った。

 秋透は少し悩んでから、手に持っていたスマホをそっと地面においた。

 たった今、人間世界への未練と執着を断ち切った。

 人間世界で生きていた『波木秋透』が死んだのだ。

 届かないアドレスを記した『人間の機械』をわざわざ手元に残す必要はない。

 だが最後に、秀静と詩帆には聞こえないであろう程小さく、

「さようなら」

 そう、呟いた。

 そして秋透は踏み出した。前へ。

 今この瞬間に、もう振り返らないと決意して。

 一歩。

 また一歩と、地面を蹴り、足を前へ出して歩いていった。




 三人の姿が消えた、戦場跡地。

 静かな、荒れた街並み。

 その地面に置き捨てられた、一台のスマホ。

 メール送信確認を報せる表示が音もなく映し出されている。

 持ち主の居なくなったスマホの画面はメール作成画面のまま停止している。

 画面には作成済みの、単文が一つ映し出されていた。


『俺は今まで幸せでした。ありがとう。

                秋透』


 それは母に。

 綾瀬に。

 羽矢に。

 龍健に、送った最後のメール。

 秋透が人間であった証。

 メール送信の数分後、画面には四人分のメール受信が表示された。

 だが、もう見る者は居ない。

 そしてきっと、地面に横たわる、その小さな機械を手に取る者はもう、居ないだろう。

 その画面をこのスマホから見る者は、居ないだろう。

 充電が切れ、バッテリーが切れ、壊れ果て、朽ちてなくなるまで、そこに残っているのだろう。

 何せ持ち主は、元持ち主はもう、前へと進み出したのだから。

 そしてもう、この場所に戻ってくる事はないのだから。




 こうして秋透の人間としての生は幕を閉じたのだ。

 人間の頃の繋がりを絶ち、思い出をここに置いて。

 ここからが新たなステージの幕開けとなる。

 人間を辞め、コネクターとしての第二の人生を始めた秋透の物語は……


 この瞬間から、再びページを刻む___。

こんにちは、巫ホタルです。

【第二章】も無事書き終わりました!

読んでくださった皆様に感謝です。

いやー、ようやく秋透もコネクターになりましたね!

そして次章では恐らく入軍する事でしょう!

何て、実はこの作品、完結したものを投稿しておりますので、手直しを加えながら書かせていただいております。

前サイトでもお付き合いくださった読者様がいらしたら是非教えてください!

何はともあれ、今後もどうぞ宜しくお願いします!

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