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強面刑事  作者: M38
連続事件
8/27

聞き込み

 翌日曜日、加納と三宮は屋上から落下して死亡した、町田市の吉田精一の店へ車で向かった。

 驚いたことに店は看板を降ろし、すでに後片付けがはじまっていた。奥から吉田精一の妻が現れた。前回会ったときに比べ、顔色も良く元気そうだ。


「こんにちは。奥さん、店仕舞いですか?」


 椅子やテーブルが取り除かれガランとした店内を巨体から見下ろしながら、加納が吉田精一の妻に質問をした。


「はい……あの……お話しておきたいことが……」


 吉田精一の妻が身を縮こませながら、すまなそうに切り出してきた。


「なんでしょう?」

「実は昨日……店を畳もうと大掃除をしていたら……上の棚の奥から……」

「奥から?」

「ビニール袋に包まれた500万円が……メモが添えてあって……すまないと、ひと言だけ……」

「なんですって! サンちゃん!」


「ああ! すぐに連絡する!」


 三宮がその場で警視庁に電話を入れた。ただちに捜査員が訪れ、ビニール袋に包まれた500万円と添えられていたメモ用紙を押収した。問題がなければ、そのうち返されるだろう。


「サンちゃん、吉田精一は自殺だったのか……。思い込みって恐いよな。事実を捻じ曲げちまう」

「永ちゃん、おれも殺されたと思ってたよ。だったらなぜ、自称、佐藤和馬は自分が吉田精一を殺したと嘘の証言をしたのだろう」

「もしかしたら……佐藤和馬は吉田精一が朝倉麗子に殺されたと思っていたのかもしれない! 朝倉麗子を庇って嘘をついたのだろう。『路地裏連続殺人事件』の本当の始まりは、吉田精一の自殺なのかもしれない」

「というと?」

「吉田精一は脅迫されたとき、他の被害者と違い、脅えたりしないで考え込んでいたと妻が証言していただろ。吉田精一は1度は金を用意して脅迫者に渡そうとした。だが、思い直して自殺をしたんだ。吉田精一は受け子の見張りをやるぐらいの男だ。鏑木右近も殺された。脅迫者に金を渡しても、いずれは自分も殺されると察したのだろう。だが脅迫者は、おれたちみたいに他殺だと思い込んだ。吉田精一が屋上から落下した場所が、鏑木右近が死亡していた環境と同じ路地裏だったからだ」

「疑心暗鬼になった脅迫者が殺人鬼となり、次々と脅していた相手を殺していったというのか?」

「その可能性はあるな……」


 加納たちは吉田精一の店の周辺で聞き込みを開始した。梅雨明け間近の太陽はやけに眩しく、2人は額に汗して何軒も店屋を回った。その甲斐あり、新たな事実が浮かび上がってきた。


「では、女の占い師がいたのですね?」


 加納が強面を近づけ、近所に店を構える飲み屋の亭主に念を押した。


「ああ。1日だけだよ。それも真夜中。吉田さんが自殺したろ? あの日だよ。吉田さんのビルの裏通りにある、つぶれた店の軒先に座っていたよ」

「どんな姿でした?」

「長い髪の化粧の濃い女で、大きな黒ブチ眼鏡をかけていた。黒いレインコートを着ていたよ」

「そうですか。ありがとうございました」


 加納は三宮に目で合図をした。


「永ちゃん、間違いないな」

「ああ。朝倉麗子だろう。署に電話して、町田駅のこちらの出口の防犯カメラをチェックしてもらおう」

「永ちゃん、横浜の箕輪薫のところへも聞き込みに行ってみるか?」

「そういえば……箕輪薫が殺されたのは横浜だが、脅迫を受けたのは千葉だったな! 千葉へ行こう」

「わかった! すぐに、箕輪薫が5月まで住んでいた家の住所を問い合わせるよ」


 加納と三宮はセダンに乗り、箕輪薫が横浜へ引っ越す前の住居へ向かった。そこは東京都に隣接した千葉のはずれにあるマンションだった。部屋はすでに別の住人が住んでいた。

 マンション周辺で聞き込みを開始したところ、すぐに女占い師の姿が浮上してきた。駅からマンションへ続く道の途中、繁華街のはずれの辻に1日だけ店を広げていたらしい。


「サンちゃん、足を使った甲斐があったな。やはり、女占い師、朝倉麗子は事件に関係があったんだ!」

「自分たちで地道に聴いて回るのが1番だよな。でも、永ちゃんみたいに特別に単独行動が認められていないと、こんなに自由には動き回れないよ。感謝してる」

「そんなことはないさ。おれが勝手な真似ばかりするから、上が匙を投げているだけだ。サンちゃんだけだよ、おれに付き合ってくれるのは!」

「またまた、永ちゃんが優秀だからだよ! では、ここまでの経過を署に連絡しておくよ。ここの最寄駅の防犯カメラをチェックしてもらおう」

「ついでに、被害者たち全員が殺された場所の最寄り駅も頼む。合わせて、自称、佐藤和馬の映像チェックもお願いする。暗くなってきたな……今日はここまでにして、明日、残りの現場に向かおう!」

「ああ。今日は暑くてたいへんだったけど、成果が上がったな。明日も引き続き、犯人を追い詰めていこう!」


 三宮の運転するセダンに巨体を押し込み、加納は家路に就いた。


 翌月曜日、加納と三宮は、藤原達也が死体となって発見された新宿の現場へ徒歩で向かった。彼の事件を切っ掛けに『路地裏連続殺人事件』はその全体像を表せていったのだ。

 昼なお暗い路地裏のどんづまり。この場所で月曜日の真夜中、会社員、藤原達也35歳は背後から自身のネクタイで絞殺された。


「永ちゃん、藤原達也と箕輪薫は、なぜこんな路地の奥に来たのかな?」

「検討がつかない……だが、呼び出されないとこんなところには来ないよな? 共に脅迫者には、金を渡したあとだったのだろう?」

「たぶんな……永ちゃん、朝倉麗子はここに一週間ほど居たと言っていたのだろう? 本当かどうか、周辺で聞き込みをしよう。まずは朝倉麗子が駐車場を借りていた、スナックのママに話を聴こうか……ああ、ちょうど出てきた! すみませーん!」


 三宮が、スナックの裏口から出てきた、顔色の悪い痩せた女に声を掛けた。彼女はこちらに気がつくと、道路を渡って近づいてきた。


「なんでしょう?」


 女は加納の強面を見ながら、怪訝そうな表情で訊いてきた。五十歳ぐらいで派手な身なりをしている。たぶん、あのスナックのママだろう。加納たちが警察手帳を見せると、合点がいったという顔で頷いた。


「スナックの経営者の方ですか? 占い師に店の駐車場を貸した経緯を知りたいのですが」


 加納が巨体を屈ませ、女に質問をした。


「入院中も訊かれましたが、よく知らない人なんですよ。名前も住所も聞いていません」

「パチンコ屋で意気投合したそうですね。前からよく見かける女性だったのですか? 占い師の容貌は?」

「カツラと大きな黒ブチ眼鏡をかけてケバイ女でしたよ。黒いレインコートを着てたわ。意気投合したって言うよりは、そこのパチンコ屋で打ってたら声を掛けられたの。向こうはわたしがこの店のママだってことは知ってたわ」

「なんですって? 向こうから声を……それで、そのときなんと言われましたか?」

「1日だけ駐車場を貸してくれって」

「1日だけですか? 1週間じゃなくて?」

「ええ。刑事さんの話だと、一週間近く居たみたいだけど……実は、先に前金で5万円も渡されたから、駐車場は好きなだけ使っていいって言っちゃったのよ……」

「でも、なんで1日だけなのですか? 理由は言っていましたか?」

「聴かなかったわ。でも、ここいらはヤクザの縄張りで露天営業はうるさく言われるのよ。それが嫌だったんじゃないの?」

「そうですか……ありがとうございました」


 2人は周辺の聞き込みをした。スナックのママの証言通り、朝倉麗子は藤原達也が殺される1週間前から占い師の露天営業をしていた。


「永ちゃん、朝倉麗子はなぜ、この場所にだけは1週間も居たのだろう。他の箇所では1日しか占いの店はひろげていない」

「もしかしたら……藤原達也が、なかなか金を支払わなかったのかもしれないな」

「金をか? だとしても……藤原達也が殺されたあともここに居座り続けたのはおかしくないか?」

「そうだよな……どうしてだろう?」


 2人はいったん署に戻り、昼食を挟んで午後から箕輪薫の住まいがある横浜へと車で向かった。

 灼熱の太陽がアスファルトに照り返すなか、地道に聞き込み捜査を続けた結果、やはりここからも女占い師の姿が浮かび上がってきた。箕輪薫が殺されたその日の夜、最寄り駅の近くに朝倉麗子と思しき女占い師が露天を広げていたそうだ。

 昨日のうちに、殺人現場近くの駅の監視カメラをすべて、警察が調べておいてくれた。藤原達也と乙神八雲が殺された新宿以外は、すべての現場の最寄り駅で女占い師の姿が映像に残されていた。だが、自称、佐藤和馬の姿は防犯映像に1つも映っていなかった。


 加納と三宮は、箕輪薫が殺害された路地裏に佇んでいた。昼なお暗い路地裏のどんづまり。ここだけ影が射して見える。


「藤原達也が殺された1週間後、月曜日の真夜中に箕輪薫は殺された。殺害方法も現場の状況も藤原達也と一緒だ。街灯が壊されていて、監視カメラがない路地裏での凶行。額に傷のある男の目撃証言」

「永ちゃん、女占い師が近所で店を開いていたという点も同じだな」

「ああ。1つ違うところは、箕輪薫宅の最寄り駅の監視カメラには、朝倉麗子が映っていたという点だ。箕輪薫の横浜の自宅へ行くときだけ、朝倉麗子は電車を利用した」

「駅で電車に乗り込んだあとの映像はないんだよな。トイレかどこかで着替えたのかな?」

「あの服装は簡単に変装できるからな。電車の中でカツラや眼鏡を取ってコートを脱げば、どこの誰だかわからなくなる」

「朝倉麗子は合計5回姿を現し、そのうちの2回は電車を利用していない……藤原達也と乙神八雲の殺害現場だ」

「藤原達也と乙神八雲は新宿署の管轄内で殺された……そうか! 朝倉麗子は新宿に住んでいるんだ! だからスニーカーを履いていた! 歩いて来れる範囲に住んでいるんだよ!」

「そうだ! そうかもしれない!」

「なぜ、こんな単純なことがわからなかったんだ! ちくしょう……」

「永ちゃん、いま気がつけたんだ、よかったじゃないか。これからだよ! さあ、藤原達也の遺族に話を聞きに行こう!」

「そうだな、何か新しい情報があるかもしれない……」


 加納は、箕輪薫が両親と姉と共に暮らしていた家のチャイムを鳴らした。奥から憔悴しきった箕輪薫の母親が出てきた。この先『路地裏連続殺人事件』の全容が暴かれたとき、死んだ息子がかつてオレオレ詐欺をしていたという事実を、この女性は知る事になる。計り知れないほどの衝撃を受けるであろう。今現在このように弱りきっている母親が、果たしてそのショックに耐え得るのであろうか。

 今回の事件の余波が、関係者たちに未来永劫、暗い影を伸ばし続けるであろうことが加納には容易に想像できた。

  

 加納と三宮は涼しい居間に上がらせてもらい、箕輪薫の霊前に線香をあげた。平凡な容姿の真面目そうな青年の遺影が飾られていた。加納は巨体を折り曲げて写真を除き込み、犯罪には無縁に見える男の笑顔に強面を近づけた。彼がオレオレ詐欺に加担していたとはとても思えない。いまさらながら、人の心の深遠に触れてしまい息を呑んだ。


「亡くなる前日まで、息子さんの様子はいかがでしたか?」


 加納が母親に、そっと尋ねた。


「……千葉に居たときはお金を騙し取られたと落ち込んでいましたが、横浜に移ってからは500万円は支払ったからもう大丈夫だと言って、安心した様子でした。結婚式の準備をはじめて幸せそうでしたが、亡くなる1週間ぐらい前からひどく脅えてビクビクしはじめました。また何かあったのかと家族で問いただしても、息子は何もしゃべろうとはしませんでした……警察にもお話しましたが、お金を取られた経緯についてはわたくし共は一切、知りません。息子が絶対に教えてはくれなかったので……」

「息子さんは占い師について、何かおっしゃってはいませんでしたか?」

「占い師ですか? いいえ……」

「そうですか……息子さんはいつも電車で職場へ通われていたのですか?」

「はい、そうです。千葉から横浜に引越したので、少し遠くなってしまいましたが……」

「いつも定時で帰ってきましたか?」

「はい。9時には家に居ました」

「では……あの日はなぜ真夜中に?」

「わかりません。わたくしどもが寝静まったあと、家から抜け出したようなのです……刑事さん! この前の男は犯人ではなかったのですよね? 真犯人は、まだわからないのですか!」

「はい……申し訳ありません」

「どうか、早く捕まえてください! 婚約者の冴子さんも、毎日、薫にお線香をあげにきては泣いています……彼女のためにも、どうか!」

「わかりました……全力を尽くします」


 加納と三宮は箕輪薫の家をあとにした。


「箕輪薫をオレオレ詐欺に追い込んだのは、その婚約者なのにな……」

「サンちゃん、今回の事件、真実を暴くのは気が重いな……あの母親、息子の生活が派手になっていったときに、おかしいとは思わなかったのかな?」

「そうだな……見破れなかった家族にも非があるのかもしれない……。いずれにしても、真実はいつも残酷だ……。永ちゃん、箕輪薫は藤原達也の殺人事件を知って不安になったのだろうな……」

「ああ、箕輪薫は藤原達也と一緒に掛け子をやっていたから、名前は知らなくても新聞で彼の顔を見て、オレオレ詐欺の仲間だと気がついたのだろう。次は自分が殺される番だと思ったに違いない……よし! サンちゃん、最後の犯行の舞台、乙神八雲が働いていたゲイバー『アネモネ』周辺に聞き込みだ!」

 

 加納と三宮は車に乗り込み、横浜から新宿へ戻った。

 夜が更けても気温は一向に下がらず、7月の熱帯夜が広がる夜の繁華街を2人は回り歩いた。乙神八雲が殺されていた路地裏周辺を中心に巡った結果、驚くべき事実がわかった。


「サンちゃん、乙神八雲が殺された時刻よりもあとに、マリリン・モンローと占い師の姿が目撃されているとは、どういうことだ!」

「ぜんぜん、わからない……駅とは反対方向へ向かっていたみたいだが……」

「乙神八雲は、箕輪薫が殺された翌日に絞殺された。ここだけ、犯罪のスパンが異常に短いのはなぜだ?」

「永ちゃん、自称、佐藤和馬が捕まったからじゃないか?」

「自称、佐藤和馬がいつ捕まるかなんて、警察だってわからなかったはずだ。なのに、女占い師が路地裏で待機していた……犯人は最初から、あの日、乙神八雲を殺すつもりでいた……だとしたら……佐藤和馬がゲイバー『アネモネ』に居ることを垂れ込んだのは……誰だ?」

「捜査員が聞き込みをしていて偶然、『アネモネ』の従業員から情報を得たんだ。いつもカツラで隠しているが、左の額に傷のある男がいると。その場で捜査員が顔を確認して張り込んだ。それで『ムーンマジック』に居たおれたちのところへ連絡が入ったんだ」

「そうか……詳しいことが知りたいな。『アネモネ』で直接、聞いてみよう」


 ゲイバー『アネモネ』を訪れた。月曜で定休日だったが、マネージャーが居たので話を聞くことができた。


「佐藤和馬はいつもカツラを被っていたのに、なぜ情報提供者は彼の額の傷のことを知っていたのですか?」


 加納が質問した。


「一緒のステージに立っていたから、着替えのときに見たんじゃないの?」

「一緒の? もしかしてマリリン・モンローの? では、佐藤和馬の人質になった彼ですか?」

「そうだよ」

「佐藤和馬は5月の中旬から働いていたそうですが、人質になった彼はいつからここに? 住み込みですか?」

「タケは5月の初旬からいたよ。うちの従業員はみんな住み込みだよ。2階が住居になってる。タコ部屋だけどね。常に人手不足でさ。店の子は、ゲイじゃなくてもいいんだ。刑事さんみたいな強面な大男でも大歓迎だよ」

「クビになったら、頼むよ。次に、乙神八雲のことですが……彼は5月の下旬、佐藤和馬よりもあとから働きはじめたのですね?」

「そうだよ。八雲はゲイじゃないけど、ダンスも芝居もすごく上手で、すぐに売れっ子になった。整った顔立ちをしていて色気があったからね。惜しい人物を亡くしたよ」

「ゲイじゃないのに、なぜゲイバーで働いていたのでしょう? 乙神八雲はそれ以前にゲイバーで勤めた経歴がないのですが……」

「さあね……お金がいいからじゃない? すぐに大金を作らなくちゃいけないって焦ってたよ。500万円必要だって言ってた。ぼくは貸さなかったけど、店の子で金貸したヤツ大勢いたんじゃないかなあ。今思うと、常にビクビクして周りを警戒してたよね。借金を踏み倒して逃げていたんでしょ? だったら、うちみたいな住み込みのゲイバーは、隠れるのに丁度よかったんじゃないかなあ」

「そうですか……では、最後に……乙神八雲の遺体から合法ドラッグの反応が出ました。こころあたりは?」

「あっても言うと思う? でも、八雲は薬はヤッテなかったと思うよ。いつもどことなく、キチッとした雰囲気があったからね。彼、オレオレ詐欺の常習だったんでしょ? あれは薬をヤリながら出来るような仕事じゃないよ」

「そうでしたね。素人の方から貴重なご意見をどうもありがとうございました。失礼致します」


 加納が巨漢を折り曲げ礼を言うと、『アネモネ』のマネージャーは素人じゃないんだけどねと言った顔で澄まして頷いた。

 この日の捜査はそこまでに留め、2人は家路に就いた。


 翌日、加納と三宮はいままでに得た情報を元に『路地裏連続殺人事件』を推理してみることにした。


「サンちゃん、運転手の浅野武が27歳のときに起こした傷害事件は、本当は殺人事件だった。地元の新宿の酒場で、酔って殴ったヤクザが亡くなった。恐らくヤクザに頼んで隠蔽してもらったんだろう。それでイラクに逃げたんだ。傭兵になって箔もついたから、帰国してヤクザの鏑木右近の用心棒兼運転手になった」

「悪い野郎だ……鏑木右近の元でオレオレ詐欺も手伝っていたんだな」

「そして、女占い師の正体だが……」

「最有力者は鏑木右近の娘か……朝倉麗子と同じ30歳。この年齢も怪しいもんだが……」

「30前後の女ならたくさんいるぜ? 吉田精一と藤原達也の妻、箕輪薫の姉……」

「永ちゃん、これらを繋ぎ合わせて事件のホロスコープを作るんだろ?」

「ああ! 占い師より先に正確な星座占いを完成させてみせる! 星座? そうだ!」

「どうした?」

「鏑木右近の娘は朝倉麗子じゃない!」

「なぜだ? 確証があるのか?」

「ああ! なぜなら、占い師の朝倉麗子は魚座だからだ! 鏑木右近が殺された日はヤツの娘の誕生日だった。5月生まれは魚座じゃない!」

「永ちゃん、朝倉麗子がなぜ魚座だとわかるんだ?」

「朝倉麗子はおれを占ったとき、昨夜、最後に占った人間も、おれと同じ魚座だったと口を滑らせた」

「それで?」

「実はそのあと、おれは付近の聞き込みをした。パチンコ屋の従業員の遥人ハルトってヤツが、前の晩、店仕舞いをしていた女の占い師に診てもらったと教えてくれた。しかも、朝倉麗子は自分も同じ魚座だと言ってたんだとよ!」

「永ちゃん! 本物は? 本物の朝倉麗子の星座は?」

「そうか……ちょっと待ってくれよ」


 加納は猪熊が寄こした報告書を、ゴツイからだを屈めてヨッコラセと机の中から取り出した。


「イノッチの報告書に書かれていた朝倉麗子の生年月日は……2月13日。2月生まれだけど魚座ではないな……おれは3月生まれだが……んっ? そういえば……おい! サンちゃん! 3月って弥生って言わないか?」

「ああ、そうだけど?」

「弥生! 高橋弥生! 高橋弥生は女かもしれない!」

「でも……オレオレ詐欺は男しかやらないのだろう?」

「いや。まれにワタシワタシ詐欺という、女性が参加する犯罪があるんだ! 最近、特に増えだしている……わかった! だからメンバーは7名ではなく8名なんだ! 8人目の男は、実は女……」

「では……高橋弥生が朝倉麗子?」

「わからない。今からもう1度、調べてもらうよ。今度は、男ではなく、女の高橋弥生を!」


 加納はすぐに警視庁の知り合いに電話をして、高橋弥生を女として照会してもらった。


 窓の外から明るい太陽が照り付けていた。梅雨もすっかり明けたようだ。

『路地裏連続殺人事件』もようやく明るい光が見えてきた。

 そのとき加納は、そう確信していた。

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