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強面刑事  作者: M38
連続事件
7/27

静岡へ

「今日の裁判に、10年前のオレオレ詐欺を見破った静岡の警察官が呼ばれた」

「10年前、警察の見張り役だった佐藤和馬の顔を知っていた奴だろう?」

「そいつが佐藤和馬を見て、絶対に別人だって言い出したんだよ!」

「それで? 佐藤和馬の反応は?」

「それが……下を向いたまま黙っていたそうだ」

「その警察官は、なんだって佐藤和馬を知っていたんだ? 静岡県警だろ?」

「佐藤和馬は静岡県出身者だ。その警察官は同じ施設で育った幼馴染なんだ。佐藤和馬が東京でヤクザになったという噂だけは知っていた。だから警察署の前に停車していた車の中に佐藤和馬の顔を見つけ、おかしいと思って日誌に書いておいたんだ。佐藤和馬は防犯カメラにも映っていた。幼馴染の警官は佐藤和馬に更正してもらいたいと思い、朝倉家のオレオレ詐欺事件を執拗に追及して佐藤和馬を追い詰めた。だから佐藤和馬の顔を絶対に見間違えるわけがないと主張している」

「あの男が佐藤和馬ではないとしたら……朝倉麗子の共犯者か!」

「なるほど! 永ちゃん、それなら納得できるよな!」

「だから自称、佐藤和馬は、朝倉麗子が犯人だと言った途端に自供をはじめたんだ! 朝倉麗子の男なのか……単に金で雇われているだけなのか……。それにしても、なぜ自称、佐藤和馬は本物と同じところに傷があるのだ? 偶然にしては……あっ! そうだ!」

 

 加納はデスクを探り、猪熊に渡された朝倉麗子の写真を見つけ出した。巨体を折り曲げてルーペを覗き込み、拡大された朝倉麗子の顔をよく見た。


「よくわからないな……これといった特徴のない平凡な顔立ちだ。女占い師もそうだった……気を弛めさせるために美人だと褒めたが、厚化粧の下はたぶん地味で目立たない顔だ。サンちゃんも、見てみろよ」


 三宮も加納からルーペを受け取り、写真を拡大してよく見た。


「どれどれ……本当だな。だけど、あの場所は暗かったし、占い師はずっと下を向いていた。永ちゃん、おれはこの先あの占い師に出会っても、顔の確認は出来ないと思うよ」

「朝倉麗子本人を探し出すしかないのか……サンちゃん、おれたち何か見落としている気がしないか?」

「見落とし……」

「おれたちは事件に追われ、地道に聴き込みをしたり捜査をする時間が無さ過ぎた。最初から、やり直してみないか?」

「最初から? どういうことだ?」

「『路地裏連続殺人事件』が起きた順番どおりに、聞き込みをしていくんだ。そうすれば、正確なホロスコープが描けるはずだ!」

「そうだな……見落としている点が多々あるのかもしれない。永ちゃん、事件の発端は何かな?」

「うん……やはり、10年前のオレオレ詐欺だ。8人の加害者と、その被害者宅で起きた一家心中」

「一家心中の生き残りは2人。長男の朝倉清司とその妹の朝倉麗子だ。朝倉清司は今年の4月末にイラクで亡くなっている。享年35歳。朝倉麗子は行方不明。生きていれば今年30歳になる」

「5月のはじめに、10年前のオレオレ詐欺の主犯であるヤクザの鏑木右近が殺された。同時に運転手の浅野武と、鏑木右近のUSBが行方不明になっている。どちらも、いまだに見つかっていない」

「鏑木右近の殺害については、自称、佐藤和馬が証言している。路地裏に停車していた車の中で寝込んでいた鏑木右近を本人が所持していた銃で撃った。動機は不明」

「自称、佐藤和馬は殺人現場の細部まで詳しく証言した。監視カメラはなく街灯は破壊したそうだ。発表はしていないが、鏑木右近の血液からは乙神八雲と同じ合法ドラッグの反応が出ている。鏑木右近が車中で寝込んでいた可能性は充分ありえる。犯人しか知り得ない情報だ」

「永ちゃん、次に起きたのが吉田精一の殺人事件だ。5月の中頃、吉田精一は町田市のビルの屋上から自称、佐藤和馬に路地裏に突き落とされて殺された。自称、佐藤和馬はその直前に吉田精一から500万円を恐喝している。6月に入り、藤原達也と箕輪薫が夜中にネクタイで首を絞められ殺された。2人とも死ぬ前に500万円を自称、佐藤和馬から恐喝されている。現場は鏑木右近が殺された路地裏と全く同じ状況だった。監視カメラがなく、街灯が自称、佐藤和馬によって破壊されていた。動機はいずれも、顔を見られたことによる口封じだ。自称、佐藤和馬は500万円の受け渡し方法については一切、口を割らない」

「この、動機がおかしいんだよ。なぜ、金を脅しとったときに殺さなかった? 被害者に2度も接触する危険を冒している。もしかしたら……」


 何かひらめいたのか、ハッとした表情で加納が強面を上げた。


「もしかしたら? なんだよ、永ちゃん」

「この事件は、脅迫者と殺戮者が別々に犯行を行っているのかもしれない」

「別々に? つまり……朝倉麗子が脅迫をして金を受け取り、自称、佐藤和馬が殺人を犯していた」

「なっ? それだと矛盾が無くなるだろ? 自称、佐藤和馬が鏑木右近を殺した動機は、USBを奪ってオレオレ詐欺の犯人のリストを手に入れるためだ。自称、佐藤和馬は金が欲しい。朝倉麗子は復讐を果たしたい。2人は恋人同士という可能性もある。朝倉麗子は自称、佐藤和馬の犯行時の見張り役のために占い師に変装して辻に座っていた。『路地裏連続殺人事件』はある意味、交換犯罪でもあるんだ」

「たしかに……自称、佐藤和馬は犯行現場で目撃されているしな……。だったら運転手は? 彼はどこへ行ってしまったんだ?」

「運転手か……彼はもう、この世にはいないのかもしれない」

「それと、乙神八雲はどうして女占い師と一緒にいたんだ? 劇団員の話だと、乙神八雲は5月のはじめごろから、殺されるかもしれないと言って脅えていたそうじゃないか。大金がいると言って仲間に金を借りまくって逃げた。そのままゲイバー『アネモネ』に住み込みで働きはじめた。それが5月の中旬だ」

「乙神八雲は女や賭博など、オレオレ詐欺をやっても追いつかないぐらい派手で贅沢な暮らしをしていた。借金だらけで金融業のブラックリストに載っていた。家族とは家出をした10代のころから音信不通だ。彼は500万もの大金を、すぐには工面できなかったはず……そうか! もしかしたら今回の連続殺人事件は、金の都合がついたヤツから順番に殺されていったのかもしれないぞ!」

「そうだな……恐喝は5月のはじめに一斉に行われたのかもしれない。金を払ったヤツから殺していった……まさに鬼畜だ! USBにはさまざまな犯罪のリストが記録されているのだろ? 真犯人の手元にUSBがある限り、第2、第3の犯罪が起こる可能性があるな」

「サンちゃん、まずは事件の発端である静岡の朝倉家へ行ってみよう! 実際に行ってみないと、わからないことがあるかもしれない」

「わかった! 今度こそ、真犯人の裏をかいてやる!」


『路地裏連続殺人事件』の裁判は、いったん保留となった。自称、佐藤和馬の額の傷を調べてみると、まだ新しい物だった。男が黙秘を続けているため詳細はわからないが、佐藤和馬に成り済ますために本人が故意に傷付けたものではないかと推察された。


 加納と三宮はその週、別件の捜査に追われた。

 週末になり、休みを返上して『路地裏連続殺人事件』の調査をすることにした。土曜日の午前中、朝倉清司の実家があった街、静岡県の沼津市へと新幹線と鉄道を乗り継いだ。沼津駅からはタクシーを使った。

 富士山を背にしてなだらかな平地が続く川沿いの工場地帯に、自社工場に隣接した朝倉清司の家がかつて建っていた。10年前に競売物件として転売され、今では大きな機械倉庫に変わっていた。どんよりとした曇り空の下にそびえる巨大な建物はまだ新しく、過去の悲しい出来事など少しも想像できない様相を呈していた。


「サンちゃん、イノッチが借りてきた写真を返しがてら、親戚に話を聞こう。報告書に住所が書いてあった。すぐ近くだ」

「わかった」


 歩いて5分ほどのところにある、朝倉清司の親戚の住まいを訪ねた。朝倉清司の母方の伯母の家だった。彼女は妹の家族を助けられなかったことをひどく後悔していた。加納は猪熊探偵から預かっていた写真を、朝倉清司の伯母に返却した。


「朝倉家は事業が傾いてひどい借金がありました。うちにも何度も借金取りが来たんですよ。一家心中のあと、麗子はしばらくうちに居たのですが……いつの間にか大学を退学して出て行きました。主人が関わり合いにはなりたくないと言って……捜索願いは出していません」


 朝倉清司の伯母は悲痛な表情でそう語った。一家心中した妹夫婦の家の近くで暮らすことは、並大抵の苦労ではなかったはずだ。


「朝倉清司さんと麗子さんのことで、何か気になる事はありませんか?」


 加納が質問をした。


「清司は両親がオレオレ詐欺にあったと知ったとき、電話口でひどく責め立てたことを非常に後悔していました。お通夜の席で泣き続けて……。お葬式も納骨式のときも立っていられないほど憔悴していました。清司そのあとすぐに、自衛隊を辞めてイラクへ旅立ちました。今年の4月に訃報が届いたときには、お寺でお経だけあげてもらいました……」

「電話口で責めた? では、両親の死を自分のせいだと?」

「はい……自分がひどいことを言ったから、両親は自殺したのだと……ずっと自分を責め続けていました。だから傭兵になったのだと思います。清司は、死にたかったのです……」


 加納は三宮と朝倉清司の伯母の家をあとにした。

 空模様が、かなり怪しくなってきた。


「永ちゃん……オレオレ詐欺に騙されてしまった家族を責めた朝倉清司の気持ちがわからなくもないが……」

「サンちゃん……オレオレ詐欺の被害者宅では、よくある出来事なんだよ。責めるほうも悪気はないんだ。騙されたとわかった瞬間、頭に血が昇って家族を怒鳴ってしまう。信じられないという気持ちのほうが強いからな。あとから冷静になって考えてみると、騙されるような状況が揃っていたんだ。一部のスキもないプロ集団の犯行だ。一般人には手も足も出ないよ。だが、責められたほうは悲惨だ。大金を消失した上に身内からの糾弾。耐えられないよ。自殺するケースはあとを絶たない」

「警察に届けても、いつまで経っても犯人は見つからない。金も戻ってこない。泣き寝入りをするしかない。自分が悪いと後悔をしながら……オレオレ詐欺は、被害者の心に一生の傷を残す最低な犯罪だ」

「ああ! 何度も言っているが、オレオレ詐欺は金を騙し取るだけじゃない! 大切な家族の絆を壊し、その家の未来を破壊して、生きる希望を消失させる! 悪質な殺人事件だ!」 


 念のため朝倉清司の家族が一家心中をした場所へ行ってみることにした。そこは、朝倉家からほど近い路地裏だった。霧雨が2人の肩を濡らしはじめていた。


「なあ……サンちゃん。似ていると思わないか?」

「え? 何に?」

「『路地裏連続殺人事件』の舞台に」

「そういえば……自宅近くの狭く浅い路地裏……そっくりだな」

「自称、佐藤和馬は、なぜ路地裏にこだわったのだろう……本当に偶然なのか?」


 2人はそのまま東京へとんぼ返りして、六本木にある鏑木右近のマンションへ向かった。こちらは事前にアポイントメントを取りつけてから訪ねた。マンションに着くころは雨は上がっていた。エントランスに到着すると、すでにロビーには加納のような強面に守られた鏑木右近の妻が待機していた。


「お待たせ致しました。加納と申します」

「三宮です」


 美しい未亡人にあいさつをした。


「再捜査をしてくださっているとか。ありがとうございます」

「早速ですが、ご主人が殺される直前まで食事をしていた、レストランの様子を教えていただけますか?」


 加納が質問をした。鏑木右近の妻は極道の娘だ。率直に聞いて差し支えはないだろう。


「はい。あの日は娘の誕生日で、前々からレストランを予約していました。ディナーを楽しんでいると、とつぜん店のマネージャーがやってきて、見知らぬ女から不審な電話が掛かってきたと教えてくれました」

「調書の通りですね。自分はお宅のレストランで食事をして食中毒になった。店に救急車と警察を向かわせたという内容の電話でしたね? そしてすぐにサイレン音がして、救急車とパトカーがレストランに到着した」

「はい。うちはご存知のようにカタギではありません。主人は警察を嫌がり、先に裏口から帰りました。運転手の浅野に、主人の警護は自分1人で大丈夫だから、わたしたちはディナーを楽しんでくれと説得されました。わたしと娘は護衛と共に残りました。浅野は元特殊部隊でイラクの傭兵をしていました。腕が立つので、すっかり安心していました。あんなことになるなんて……浅野の奥さんにも申し訳なくて。結婚して10年になるのですが、子供がいなくて2人暮らしですのよ。10歳も年が違うのです。弥生さん、きっと寂しがっているわ……」

「浅野武はイラクの傭兵をしていたのですか! 警察の情報では、特殊部隊を辞めたあとは探偵や警備員の仕事を点々としていたとありますが……」


 強面に眉間を寄せ、加納が三宮に目配せをした。同じ事件にイラクの傭兵が3人。偶然ではないだろう。


「表向きはそうですが、主人の運転手になった10年前、浅野はイラクから帰ったばかりの元傭兵でした」

「そうでしたか……」

「浅野も殺されたのよね? 娘はあれ以来、復讐心に燃えています。娘は、うちがカタギだと思っているのです。でも、そろそろ真実を知ってもらいたいのです。加納刑事。あなたの手で事件をハッキリさせてください。お願い致します」

「わかりました……我々も出来る限りのことはしてみるつもりです。それでは、失礼いたします」


 2人は鏑木右近の妻にあいさつをすると、高級マンションをあとにした。


「永ちゃん、あの奥さんなら、旦那がオレオレ詐欺の首謀者だった事実をしっかりと受け止められるよな? 娘を説得してお礼参りなんてやらかさないようにするだろう」

「ああ、それにしても……事実が発覚しても、鏑木右近の妻子には金も組も残るじゃないか! オレオレ詐欺の被害者たちには、何も残らなかった! この事実も、あの親子はしっかりと受け止めるべきだな」

「そうだな……まったくその通りだ! 詐欺で肥やした財産を、被害者たちに返金すべきだよ!」


 2人は帰りがけに、鏑木右近が殺された場所へ寄ってみた。鏑木右近のマンションから車で5分ほどの場所にある狭い路地だった。すっかり夜も更け、街灯だけの路地の奥は真暗闇で何も見えない。


「サンちゃん……すべての現場が似過ぎている。犯人には何らかの意図があったに違いない」

「ああ。鏑木右近は頭と胸に合計2発の銃弾を喰らっている。確実な殺し方ではあるが……深い恨みも感じられるな」

「鏑木右近の運転手、浅野武が怪しいな……ヤツは特殊部隊のエリートだったのに、27歳のときに傷害事件を起こして懲戒免職になった。その後33歳で鏑木右近の運転手になった。その間イラクに行っていたのか……だとしたら、佐藤和馬をイラクに逃がしたのは鏑木右近に違いない!」

「永ちゃん、鏑木右近と佐藤和馬はずっと連絡を取り合っていたのかな?」

「ずっとじゃないかもしれないが、4月に佐藤和馬を特殊ルートで日本へ入国させたのは浅野武に間違いないだろう。その入国ルートは摘発されたんだよな? 摘発の経緯は?」

「たしか垂れ込みだ。佐藤和馬が入国してすぐ。それが基で、指名手配犯の佐藤和馬が帰国していることが発覚した。それにしても、浅野武はどうして10年も経ってから佐藤和馬を日本に呼び寄せたのかな」

「恐らく、鏑木右近からUSBを盗むためだ。佐藤和馬を犯人に仕立てようとしたのだろう。佐藤和馬の帰国ルートを垂れ込んだのは、浅野武の可能性が高いぞ」

「永ちゃん、じゃあ……佐藤和馬はすでに殺されているのか?」

「わからない……だが、佐藤和馬のニセモノがいるということは、その可能性が高いな」

「浅野武が事件の本当の首謀者か?」

「だとしても、ヤクザと警察の両方が追っているのに見つからないのはおかしい。果たして本当に生きているのだろうか……署に電話して、浅野武のイラク行きについて調べておいてもらおう」

「このあとは、どうする?」

「近くだから、浅野武の自宅へ行ってみよう」


 加納と三宮は、鏑木右近の家とは目と鼻の先にある、浅野武のマンションへやってきた。

 加納は管理人に警察手帳を見せ、浅野武について質問をした。


「浅野武さんの奥さんは、まだこちらに?」

「浅野さんの奥様はここにはもう居ません。実家に帰ると言っていました。借金で、このマンションに居られなくなったみたいですよ」

「いつからですか?」

「ご主人が行方不明になって、すぐです。暴力団関係の人だったんでしょ? テレビを見て、マンションの組合から苦情がいったみたいですよ」

「そうですか……ありがとうございました」


 2人は車に戻った。


「永ちゃん、ヤクザの奥さんも大変だな」

「ああ。たぶん、マンションは差し押さえになっているのだろう」

「すっかり遅くなったな。今日はもう、帰ろうか」

「そうだな。明日また聞き込みだ。路地裏殺人の犯行の足跡をたどろう!」

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