表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強面刑事  作者: M38
連続事件
5/27

ゲイバー『アネモネ』

 加納は迎えに来た若狭の運転で三宮といっぺん署へ戻った。警察手帳と拳銃を所持すると、再び若狭の運転する車に同乗した。加納と三宮に佐藤和馬の写真が配布された。凡庸な顔立ちの小男だ。特徴は左の額にある大きな傷だ。


 風が強くなり、雲間から月が見えはじめた。車は二十分ほどでゲイバー『アネモネ』に到着した。ゲイバーと言っても、ステージのある大きな店だ。加納たちは小型の通信機を背広に仕込み、客を装い入店した。火曜の夜なのに人でごった返していた。ツアー客がたくさん入っているらしい。そのせいなのか、女性客が意外と多かった。


「あら~! こちら、すっごい強面! でも、たくましい男は大好きよ!」

「ああ、あんたも負けてないな!」

「ヤッダーアア!」

 

 派手なドレスの大男に背中を叩かれながら、ステージ前のボックス席に案内された。加納は三宮と若狭の間に巨体をねじ込ませて、目を光らせた。他にも8名の捜査員が潜伏していて、入り口や裏口付近に待機している。


「若狭、佐藤和馬はどこだ?」

「中央のフロアで男と踊っている白のドレスです」


 左のフロアを横目で見ながら、若狭が加納に教えてくれた。


「ああ、あれか……マリリンモンロー気取りか? ヒールに金髪のカツラなんて被りやがって! 額の傷が見えねえじゃねえか! なんだよ、佐藤和馬はゲイだったのか? だからなかなか見つからなかったんだな……」

「先輩、佐藤和馬がゲイだという情報は全くありません」

「はあ? この中には、ニューハーフじゃないヤツが混じっているのか?」

「はい。普通のバイト感覚で働いている、ゲイじゃない男も大勢います。劇団員が副業にするケースも多いんですよ」


 そのとき、店の明かりが一斉に消え、前方にある小型のステージにライトが集中した。捜査陣が一斉に身構える! 加納は内ポケットの拳銃に手を掛けた。


 突然、派手な音楽が店いっぱいに響き渡った。色とりどりの華やかなライトが明滅しはじめると、大音響と共にドレスに身を包んだニューハーフたちがステージ上で踊りはじめた。プロ並みに仕込まれたダンスと本格的な舞台の構成に、客たちが一気に惹き付けられた! 投げキッスやウインクの演出に色めきたつ老若男女。利きすぎるほど利いているクーラーで冷えきった店内が、見る間にヒートアップした。


「サンちゃん……同じ男なのに、なんであんなに色っぺーんだよ」


 加納はホッと一息つくと拳銃から手を離し、巨体をかがめて三宮の耳元で話しかけた。


「永ちゃん……まさかゲイに走ったり……しない……よな?」

「なわけねえだろ!」

「同じ男だからこそ、ツボがわかっているんだろ? 女性客は……宝塚感覚かな?」

「そういうもんかね……このステージが終わったら、楽屋口でターゲットを捕獲するぞ。おっ!」


 ステージ中央に、マリリン・モンローの格好をした佐藤和馬が登場した。今日は平日なので、新人もステージに上がらせてもらえるらしい。驚いたことに、両脇の袖から更に1人ずつモンローが出てきた。マリリンは3人いた! 色っぽくシナを作りながらウインクをして、『アイ・ワナ・ビー・ラブド・バイ・ユー』を口パクで歌いだした。いやらしく腰を振る、真っ赤な唇のモンロー・トリオ。


 その姿に、客たちが一斉に沸き立つ!


「サンちゃん! どれが佐藤和馬だ?」

「永ちゃん、3人とも背格好が同じで区別がつかないよ! まったく同じ格好で、胸にも腰にもパッドが入っているし……」


 興奮した客たちが、ザザザザアアアアーッとステージに押し寄せた! 

 黒服の従業員たちが、なんとか押し返そうと舞台の下で苦戦している。


「おれたちも行くぞ!」

「おう!」

「はい!」


 加納たちもステージに向かって走った! 舞台の真正面はすごい人だかりなので、右の脇へ回った。そのとき、加納とステージ上のモンローと目が合った! たまたま下から見上げたせいだろう。金髪のカツラで隠れていた左上の額の傷が目に入った! 加納はすぐに捜査員全員に無線を入れた。


『佐藤和馬発見! ステージ向かって1番右のマリリン・モンロー! 至急、捕獲せよ!』


 加納は三宮に目で合図をした。駆けつけた捜査員たちが黒服を阻止してくれている間に、加納と三宮はステージに躍り上がった!



 ワアアアアーッ!



 店中の人間が大声で叫びはじめた!

 ステージから逃げ出す3人のモンロー。

 更にヒートアップしていく客の群れ。


「バカヤロー!」

「見えねえだろ! 大男! どきやがれ!」

「ステージのジャマすんじゃねえ!」


 加納と三宮に怒声が浴びせられる! 

 それには構わず、加納と三宮はモンローたちを追いかけた! 



 ワアアアアーッ!



――遠ざかっていく、明るいステージと客の歓声。


 ステージ袖のうしろ側、黒いカーテンの向こうは、迷路のようにゴチャゴチャととした楽屋裏だった。所狭しと荷物や衣装が並べてあり、薄暗い。加納と三宮は目が慣れるまでしばらく動けなかった。2人は従業員や踊り子たちに警察手帳を見せながら、うなぎの寝床のような狭い通路をソロソロと進んでいった。


 若狭たち捜査員が、ステージ上で警察手帳を見せながら客を黙らせたらしい。さっきとは打って変わり、水を打ったように静まり返る店内。


「永ちゃん……どこかに潜んでいるのかな? あんなに高いヒールを履いていたら、そんなに速くは走れないだろう」

「サンちゃん……とっくに脱いで、裸足になってるよ。女ってそういうもんだ」

「呼びかけてみるか? 佐藤和馬はともかく、あとの2人は逃げる理由がないよな?」

「すねに傷を持つ身なのかもしれない……おっ、あそこが出口だな?」


 二メートルほど向こうに細い明かりの線が見えた。裏口が少し開いていて、そこから月光が洩れているのだ。佐藤和馬は、すでに逃げたあとなのか?

 そのとき、右の暗がりで何かがキラリと光った。加納はそちらへ振り向くと同時に、内ポケットから拳銃を取り出して身構えた。暗がりに目を凝らすと、モンローの首にナイフを当てるもう1人のモンローが、荷物の陰にしゃがみ込んでいるのが見えた。

 加納が三宮に目配せをして、モンローの位置を教えた。ドアの隙間から月光が差し込むだけの暗い空間で、どうしようかという目で三宮が加納を見つめた。ヘタに動けば人質のモンローが殺られる。加納の強面に一筋の汗が流れた。


 キイイイイーッ!


 突然、左の暗がりから誰かが走りだし裏口を開け放った!

 3人目のマリリンだ!

 彼は一瞬、振り返った。月を背にして立ちはだかるマリリン・モンロー。

 強風にあおられ、映画のワンシーンのようにスカートが下から膨れあがる。


 佐藤和馬が月光に照らされた女装の男を見て、シマッタという顔をした。


「佐藤和馬! 観念しろ!」


 拳銃で佐藤和馬を狙ったまま、加納が叫んだ!



 バンッ! 



 裏口にいたモンローがその声に驚き、外へ逃げ出した!


――一瞬だった。


 佐藤和馬がもう1人のモンローを置き去りにして、立ち上がろうとしたその瞬間!

 彼のナイフを持った右手に、加納が思い切り飛び掛かっていった!


「うわああっ!」

「こいつ! 観念しろ!」


 加納が巨体で佐藤和馬をねじ伏せ、ナイフをもぎ取った! 三宮が加勢して、佐藤和馬の足をスカートの上から押さえつけた! これではさすがに、イラクの傭兵・佐藤和馬も身動きが取れなくなった!


「やめろおおっ! 離せ! あいつを!」

「うるさい! 黙れ!」


 それでも、バタバタとドレス姿で手足を振り上げ、金髪を振り乱して抵抗する佐藤和馬。加納と三宮は、更に強く押さえつけた!

 あきらめたのか、佐藤和馬はそのうち抵抗するのをやめて、大人しくなった。金髪のカツラがはずれ、短かく刈った黒髪の下には、化粧でも隠しきれないほどの大きな傷跡が見える。


「ハアハア……」

「永ちゃん……」

 

 加納と三宮、佐藤和馬も汗ビッショリだ。

 

「先輩! どこですか!」

「若狭! こっちだ! 容疑者を確保したぞ! そうか……無線! 連絡するのを忘れてた!」


 こちらに向かって捜査員たちが駆け込んでくる。大きな懐中電灯で照らされ、周囲が明るくなった。佐藤和馬は目を瞑り、静かに横たわっていた。加納が手錠を掛け、罪状を読み上げた。人質となって佐藤和馬にナイフを突きつけられていたモンローは、いつの間にかいなくなっていた。遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。


 さっきの喧騒がウソのように、ゲイバーはシンと静まり返っていた。加納と三宮はガランとしたステージの前に立ち、話をしていた。佐藤和馬は大人しく警視庁の刑事に連れられていった。明日の新聞やテレビは大賑わいだろう。今はネット社会だ。客や従業員からのタレこみで、今夜のうちに速報が出るかもしれない。


「永ちゃん、これで1件落着だな。ずいぶん犠牲者が出てしまったけれど……」

「先輩! たいへんです!」


 若狭が大慌てで、正面のドアから駆け込んできた! 真っ青な顔で大汗をかいている。


「どうした!」

「乙神八雲が死んでいました!」

「なんだとっ!」

「なんだって? 乙神八雲だと!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ