新たな殺人
箕輪薫は月曜の夜中に、自宅近くの路地裏で背後からネクタイで首を絞められて殺されていた。指紋も証拠も無く金品も盗まれていない。額に傷のある男を見たという匿名の電話が女性の声であったのみだ。『路地裏殺人事件』は連続殺人事件として警視庁が乗り出す事態となった。
事件の報告を受けた加納と三宮は、啞然としていた。
「永ちゃん……遅かったな。また、額に傷のある男の目撃証言だ……佐藤和馬!」
「早く残りのヤツらを探し出さないと! 善人の顔をした悪人でも、大切な家族がいるはずだ!」
梅雨の晴れ間が広がるなか、加納は三宮の運転で箕輪薫の横浜の自宅へ向かった。火曜日の平日だからだろうか。真昼間だというのに、住宅街は静まり返っていた。箕輪の家は周りの家となんら変わらない、ごく普通の一戸建てだった。今月になって千葉県から、通勤圏内の母親の生まれ育ったこの横浜に引越してきたばかりだった。
彼は28歳の平凡な社会人。10年前は18歳で大学に入学したばかりの新入生だった。オレオレ詐欺をしなくてはいけない事情があったとは、とても思えない。両親と姉がいた。
死体の検視が済み、家族は警察で事情聴取を受けているはずだ。案の定、呼び鈴を押しても誰も出て来なかった。
「サンちゃん。箕輪薫が殺されていたのは、どこの路地裏だ?」
「自宅から西へ二十メートルほどのところにある幹線道路沿いだ……ああ、あそこだろう。警察官が立っている」
箕輪薫の家の前に広がる幹線道路を左へ向かった。細い路地の前に立つ警察官に身分を明かし、非常線の中へ入らせてもらった。藤原達也のときと同様、奥行きが十メートルほどしかない浅い路地だった。塀に囲まれた袋小路で風が通らないため、ひどく蒸し暑い。夜中にここへ来る者はまずいないだろう。早朝に犬の散歩をしていた主婦が発見するまで見つからなかったはずだ。
「街灯が壊されていなかったか?」
加納が警察官に訊いた。特別に警視庁から許可が出ていて、事件のことを教えてもらえる手はずになっていた。
「はい、壊れています。防犯カメラもありません。犯行時刻、この路地は真暗闇だった模様です」
「そうか……ありがとう」
加納と三宮は、箕輪薫の家へ戻ろうと歩きはじめた。
「永ちゃん、どうする?」
「そうだな……おや? 誰かいるぞ」
箕輪薫の家の前に停めたセダンを、覗き込む老人がいた。
「どうされましたか?」
三宮が声を掛けながら老人に近づいた。老人はこちらを見るとお辞儀をした。加納たちも会釈をしながら彼に近づいていった。
「あの……刑事さんたちですか? さっき、この家を訪ねてみえていたでしょう?」
「そうです。何かご存知のことがございますか?」
三宮と加納は警察手帳を見せた。
「近くに住む箕輪薫の祖父です」
「本当ですか! 箕輪薫くんのことを、聞かせていただけませんか?」
老人は三宮の問いかけに素直に応じてくれた。老人の話によると、箕輪薫は善良な若者で、大学を出て介護職に就いていた。
「なぜこんなことに……薫は、殺されるような罪は何も犯していないはずだ! 小さい頃から親孝行のとてもやさしい子だったんです。絶対に、人に憎まれるようなタイプではありません! 誰かと間違えられたに違いない! 娘が、薫の母親が不憫で……。薫には、結婚間近の婚約者もいたのですよ!」
「彼女とは?」
「大学生の頃からの付き合いで同い年の美人です。親戚の集まりにもよく来ていました。お嬢様なので少し派手な子でしたが……順調に交際していました。延期になりましたが、結婚式も行う予定だったのに!」
「延期? なぜ結婚が延期に?」
加納が不思議に思い、口を挟んだ。
「薫の母親が言うには、結婚資金を取られたと……」
「取られた? 強盗もしくは詐欺ですか? 警察には?」
「なんでも、人には言えない騙され方で……」
「というと……恐喝された? 相手はわかりますか?」
「いいえ……母親が知ったときには、もう500万円は相手に渡ったあとでした。薫が口を割らなかったので、詳細はわからないそうです。それが原因で、わたしのうちの近くに引越してきたんです。何かあってからでは大変だと言って……」
「500万円……サンちゃん」
加納が強面に緊張感を走らせ、三宮と目配せをした。
「恐喝されたとき、額に傷のある男の話が出ていませんでしたか?」
「額に傷? いいえ。そのような話はわたしは聞いていませんが……刑事さん! 絶対に、薫のカタキを取ってください! お願いします!」
「はい。出来る限り努力はさせていただきます。ところで、箕輪薫さんの婚約者の連絡先はわかりますか?」
「勤務先と名前ぐらいなら……」
「では、それを……」
加納は老人が教えてくれた名前と会社名をメモした。
「貴重な情報をもたらしていただきました。捜査協力に感謝いたします」
加納と三宮は老人に丁寧に頭を下げ、セダンに乗って出発した。老人は車が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「箕輪薫の祖父は、孫がオレオレ詐欺をしていたなんて、夢にも思っていないだろうな……ましてや介護職……」
「ああ、人は見かけによらないもんだ……。サンちゃん、箕輪薫の婚約者の職場へ行こう」
「うん、わかった」
箕輪薫の家から車で二十分ほどの場所に建つ、有名な証券会社が彼の婚約者の職場だった。
「ここか……」
「ああ、でかい会社だな」
上役に話を通し、裏の駐車場へ箕輪薫の婚約者、坂上冴子の同僚を呼び出してもらった。風の通る涼しい樹の下で待っていると、派手な茶髪をなびかせた美人がやってきた。
「お仕事中にすみません」
加納が警察手帳を見せながら応対した。彼女は強面な大男を見て一瞬ひるんだが、すぐにニッコリと微笑んだ。
「冴子の婚約者のことだと伺いまして……彼女、今日は……」
「はい。今は亡くなった箕輪薫さんのそばに居られるんでしょう? 坂上冴子さんの恋人のことで、何かご存知のことはございませんか?」
「……いまだに信じられません。結納もすんでいました! 彼は真面目で、人に恨まれるようなタイプではありません! 冴子はいつも幸せそうで……」
「些細なことでもいいのです。坂上冴子さんは、あなたに何か言ってませんでしたか?」
「特に変わったことは……結婚式の資金が貯まらなかったから延期されたけど、絶対に今年中に挙式するって張り切っていました。彼女の家、すごいセレブなんですよ。箕輪さん、お付き合いするのが大変だったんじゃないかなあ」
「そうですか……こう言ってはなんですが、箕輪薫さんは普通のお宅の方なのに、よく10年もお金持ちの坂上冴子さんと続きましたね?」
「箕輪さんは学生時代、高給なバイトをしていたと冴子から聴いています。そのときの軍資金で株で儲けたって言ってました。うち、証券会社でしょ? ここ、冴子の祖父の会社なんです。不正じゃないけど、冴子がいろいろアドバイスをしたみたいですよ?」
「うらやましいな」
「そうですよね? それに箕輪さん、学生時代にそんなに高給な仕事に就いていたのなら、続ければよかったのに! でも、若いころしか出来ない仕事だったらしいですよ。ホストではないと思います。箕輪さんって地味だから、そういう仕事には就けないわ。どんな仕事だったのかしら……」
「そうですね。まして、箕輪薫さんは当時、大学に入ったばかりだったんじゃないですか?」
「ええ。冴子が言うには、知り合った当時の彼は、いつも高級スーツを着て髪も整えた一流社員のような雰囲気の男性だったそうです。今よりきちっとしてたって、ときどきぼやいていました。言葉遣いもやたら丁寧だったそうです。でなければ冴子とは吊り合わないわ。刑事さんが言うように、箕輪さんにお金があったから冴子は10年も……」
「ちなみに、額に傷のある男に心あたりは?」
「額に傷? いいえ。冴子は付き合ったことがあるのは箕輪さんだけだと言っていました」
「そうですか、わかりました。捜査に御協力いただき、どうもありがとうございました」
「あの……わたし……もしかして、しゃべりすぎてしまったかしら?」
「いいえ。大丈夫です。いまお聴きしたことは、絶対に口外しませんから。あなたは冴子さんに不利な証言は何もしていませんよ」
「……よかった」
「それでは、失礼致します」
加納は三宮と車に戻った。
「サンちゃん、間違いない。箕輪薫はオレオレ詐欺のバイトをしていたよ。彼女との交際費欲しさにだ。あいつら弁護士とか一流社員を装うから、一流の新入社員並みに礼儀作法を仕込まれるんだよ。警察に捕まらないように、雇うほうも雇われるほうも必死で演じるんだ」
「箕輪薫も路地裏殺人犯の標的になったんだな……彼女に見栄を張っていたかったのか……」
そのとき加納のスマホが鳴った。
「おっと、メールだ……警視庁の仲間からだ……サンちゃん、吉田精一らしき人物の消息がわかった。たぶん、こいつで間違いないだろう」
「どんな人物だ?」
「死亡していた……40歳の飲食店経営者で奥さんと子供が2人。大学を出てからいろいろな事業に手を出してことごとく失敗している。最後は町田市で奥さんと2人で飲み屋をやっていた。繁盛していたのに先月はじめに突然、飛び降り自殺をした。自分の店のビルの屋上からだ。サンちゃん、次の事件が起きる前にいそごう!」
「わかった!」
加納と三宮は町田市へ車を飛ばした。
吉田精一の店は5階建ての小さな雑居ビルの1室で、隣りのビルとの間に行き止まりの狭い路地がある。吉田精一はその奥に倒れて死んでいた。ビルの屋上から落ちて即死。死亡推定時刻は明け方。目撃者はいない。
すでに、午後の3時を回っていた。少し肌寒くなってきた。風が強くなり雲も出はじめた。加納と三宮はビルの2階にある吉田精一の店で、開店準備をしている彼の妻に事情を聞くことにした。エレベーターを降りてすぐ目の前にその店はあった。いろいろな匂いの入り混じった小さな居酒屋だ。背を屈めて暖簾をくぐると、疲れた様子の青白い顔をした30代とおぼしき女が、厨房から現れた。加納の強面を見て一瞬、ギョッとしていた。
「すみません、こういう者ですが……」
加納が警察手帳を見せた。
「刑事さん? もしかして……主人のことですか? 主人は絶対に、自殺なんてしていません!」
吉田精一の妻は、加納が刑事とわかると必死で訴えてきた。
「そのことで、少しお話を聞かせてください」
「どうぞ、奥にお座りください」
加納と三宮は居酒屋の奥のテーブル席へ案内された。横の窓がすかしてあった。加納は涼しい風を遮るために窓を閉めた。吉田精一の妻が水を出しながら向かいの席に座った。
「なぜ、ご主人は自殺ではないと思われるのですか?」
「主人は昔、高額のバイトで儲けていました。内容は知りません。そのときのお金を元手にして、いろいろな事業に手を出していました。どれも失敗しましたが、お金には困っていませんでした。数年前からこの居酒屋が軌道に乗りはじめて……とても幸せだったのに……。主人は保険に入っていなかったんです……子供がまだ小さくて……女1人で居酒屋は無理です。店を畳もうかと……路地の奥を見るたびに、嫌な思い出が蘇ってくるんです」
「どうして自殺と断定されたのですか? 争った形跡がないからですか?」
「わかりません。警察がそう決め付けて……」
「ご主人には、何かトラブルがありませんでしたか? たとえば……ゆすられていたとか?」
「……死ぬ前に勝手に大金を下ろしています。主人はギャンブルや女には一切、手を出さない人でした。借金はなかったはずです」
「いくらですか?」
「500万円です……子供の教育費用でした……」
「500万円……お金の使い道に、何か心当たりは?」
「ないです。お金の管理はすべて主人がやっていましたので……」
「そのころ、脅えたような様子はありませんでしたか?」
「……塞ぎこんでいることがありました……それで警察は自殺だって……でも、絶対に違う!」
「そのとき、奥さんに何か打ち明けましたか?」
「いいえ、何も……。主人はしっかりとした人だったから、自分で解決するだろうと思っていました……」
「ご主人は、どのような感じの方でしたか?」
「明るくて面白い人でした。冗談ばかり言うような……お客さんたちにも、とても好かれていましたよ。でも10年前に知り合ったときは、もっと真面目そうで、ピシッとしたセールスマンみたいな人でした。高額バイトの上司がとても厳しくてと言っていました」
「そうですか。いっそ、そのバイトを本業にされたほうがよかったのでは?」
「ええ。でも……店をやるための軍資金作りのためだから、我慢して働いていると言っていました。夢のためにやっているに過ぎないと……」
「己の夢のための軍資金……ところで、額に傷のある男を見かけませんでしたか?」
「額に傷? さあ……そのような人を見た憶えはありませんが……」
「そうですか。御協力ありがとうございました」
「刑事さん! 主人を殺した犯人を捕まえてください! 絶対に主人は自殺じゃない!」
「……努力致します。それでは、わたくしたちはこれで……お邪魔しました」
加納はこれ以上は情報が引き出せそうにないと思い、三宮と店を出た。
「永ちゃん……被害者の遺族に会うのは気が重いな……」
「ああ。悪いヤツでも、人の命は大切だ……」
「永ちゃん、目撃者は本当に皆無なのかな? このビルは結構、飲み屋が並んでいるよ」
「死んだのは明け方だ。人の出入りが無くなる時間帯だよ……サンちゃん、屋上に上がってみよう」
「そうだな」
加納は三宮とエレベーターでビルの屋上へ上がった。低い手すりのある狭い空間が広がっていた。床のコンクリートがところどころ剥げてシミが出来ている。人生終焉の舞台としては、随分と寂しい場所を選んだものだ。
強い風が吹いていた。加納は飛ばされそうになりながら手すりに掴まり、巨体を折り曲げて下を覗いた。吉田精一が死んでいた暗い路地が見える。屋上の角で背中を押せば、女でも簡単に人を突き落とすことが出来るだろう。
たそがれどきが近づき、あたりが暗くなりはじめていた。
「自殺者が出たのに出入り口に鍵が掛かっていないなんて……」
「サンちゃん、こういうところは、そんなもんだよ。防犯カメラもないだろう。吉田精一は、他人を騙した金で作った店の上から落下して死んだ……皮肉なものだ。それにしても……事故の状態だけで自殺と断定するなんて……保険会社が儲かるはずだよ。もっとも、吉田精一の場合は保険が掛かっていなかったみたいだけどな」
「永ちゃん、これからどうする?」
「そうだな……もう夕方だから一旦、帰るか。『ムーンマジック』へ行こう。イノッチが居るはずだから」
「わかった」
加納と三宮は寂しい屋上から地上へ下りると、行きとは打って変わって重苦しい空模様と夕闇のなか、帰路に就いた。
2人は署へ戻り挨拶を済ませると、歩いて二十分ほどのところにある行きつけのバー『ムーンマジック』へ向かった。探偵の猪熊吾朗の紹介で2人は常連になっていた。
『ムーンマジック』は、繁華街のはずれにポツリとある、しゃれた店だ。美形のマスターが本格的なカクテルを出してくれる。黒塗りのドアが小粋すぎて、常連客でないとなかなか入る気にはなれない。
「いらっしゃいませ」
「おお、亜子ちゃん、イノッチ来てるか?」
「はい。さきほどからお待ちです」
「ありがとう。おれと三宮はまだ食事をしていないんだ。空腹だから、アルコールは控えめにしてくれ」
「はい。かしこまりました」
加納は三宮とカウンターの奥にあるボックス席へ向かった。猪熊が待ち構えていた。加納に劣らぬ大男だ。背を屈めて座っていても存在感がある。名探偵気取りで、いつもおかしな服装をしている。
「イノッチ、おつかれ。何かわかったかい?」
「おお、永ちゃん、サンちゃん、おつかれさま。まずは乾杯だ。おれは先にやってたぜ」
「また、げろ甘ギムレットか? コートも脱げよ? 雨は降ってないだろ?」
「イギリスはいつも雨だぜ……」
「シャーロックか? だったらスコッチにしろよ。紅茶のカクテルとか」
「まあまあ……永ちゃん、亜子ちゃんがカクテル持ってきたから」
三宮が気を利かして加納に声を掛けた。バーテンダーの亜子が赤いカクテルを2つ置いて静かに去っていった。
「亜子ちゃんもバーテン業がサマになってきたな……な? イノッチ?」
亜子に気のある猪熊を気にして、加納が声を掛けた。
「亜子ちゃんはおれに怒っているんだ。この前のバイト料を払わないでツケで飲んでるから。トラ猫も見つからないし……」
「おれが調査料をはずんでやるよ! それより、どうだった? 何かわかったか?」
「ああ……静岡まで行ってきた。朝倉家は一家心中している」
「なんだって!」
「オレオレ詐欺にやられた直後だ」
「何も自殺しなくても……」
三宮が口を挟んだ。
「サンちゃん! そんなこと言っちゃだめだ!」
珍しく、加納が三宮に声を荒げた。強面をもっと強面にしている。
「よくあることなのか?」
「ああ! 金を騙し取られ、絶望して死ぬ人間はたくさんいる! オレオレ詐欺はただの詐欺じゃない! 殺人だ!」
「そうだな……大金が一気に消え去るんだ。そのときのショックは計り知れない……」
「そうだ! 当たり前だ! 汗水垂らして、嫌な思いをたくさんして稼いだ金だぞ? 小遣い削っておかずを減らして、ローンを払って子供を塾に通わせながら、何十年も掛かって築いた財産だ! 1円だって無駄には出来ない。破産したのと同じだ!」
「そうだ、朝倉家はまさにオレオレ詐欺で破産した」
猪熊が、眉間にシワを寄せて悲痛な表情をしながら口を開いた。
「破産……いくら取られたんだ?」
加納が質問した。
「500万円だ。だが、朝倉家は事業を営んでいた。やっと工面した500万円だった。払わなければ不渡りで倒産する。そんなとき、息子が車の事故で妊婦に怪我をさせたと嘘の電話が入った。息子は自衛隊員だった。長い休暇が取れたから、九州から車で静岡の実家に帰る途中だった。詐欺グループは朝倉家が息子と連絡を取らないようにうまく操作しながら、示談金を払えばこのことは公にしないと嘘を吐いた。やっと息子と連絡が取れたときには、受け子に500万円を渡したあとだった……。汚い連中だよ! 朝倉家から貴重な500万円を奪い去ったんだ! 騙されたと知った朝倉家が受けたショックは計り知れない。その金が無ければ会社は明日、倒産する。息子が帰宅したとき、朝倉家は一家心中を図っていた……。娘が1人生き残ったが、今は行方知れずだ」
「また500万円……ひどい話だ……オレオレ詐欺は詐欺じゃない! 人の心に一生の傷を負わせる第一級殺人だ!」
「息子はすぐに自衛隊を辞め、イラクへ渡り傭兵になった。先々月、戦闘で亡くなった。亡骸は向こうで荼毘に付された」
「イラク……サンちゃん、まさか……朝倉清司は佐藤和馬と知り合いだったなんてことは……」
加納が三宮に強面を向けた。
「そんな偶然……」
「おっ? ちょっと待ってくれ……」
加納のスマホが鳴った。緊急の呼び出しだ。加納はすぐに電話に出た。
「はい、加納……なに? 佐藤和馬が? ああ……いま『ムーンマジック』だ。サンちゃんもいる。……ああ、わかる。あの有名な店だろ? ……わかった、待ってる! おれたちは、まだ酒は1滴も飲んでいないから!」
「永ちゃん! 佐藤和馬が居たのか? どこに?」
三宮が電話の内容を聞いてイキリ立った!
「新宿のゲイバー『アネモネ』だ! ここからすぐだろ? 佐藤和馬はそこで働いているそうだ! 他のヤツラがすでに見張っている。若狭がここへ車で迎えに来てくれる。いったん署に戻り、準備をしてから出直そう!」
「わかった! 先に外へ出てる!」
三宮が『ムーンマジック』のドアを勢いよく開けて出ていった。三宮にしては珍しく焦っている。すでに3人もの命が絶たれた。これ以上の犠牲はやさしい三宮には耐えられないのだろう。
「イノッチ、どうもありがとう。これが謝礼金だ。カクテルはおれのツケで飲んでおいてくれ。亜子ちゃん! 飲まずに行くわ。仕事なんだ。悪いね。それじゃあ!」
加納は猪熊に金を渡し、店から出て行こうとした。
「永ちゃん! ちょっと待って!」
猪熊が加納を呼び止め、ポケットから折りたたんだ紙と一緒に写真を差し出した。
「なんだ?」
「今回の調査の報告書と朝倉家の写真だ。親戚から借りてきた」
「ありがとう。人物の顔が随分と小さいな。あとでルーペで確認するよ」
加納は猪熊から写真を受け取ると、急いで『ムーンマジック』をあとにした。




