聞き込み
加納は遅刻ギリギリで署に駆け込んだ。
「永ちゃん、おはよう! その様子だと……朝帰りか? 繭子さんと?」
「おう、サンちゃん、おはよう! まあな……色っぽい内容じゃないんだけど。サンちゃん、豪田夏雄が潜伏していたホームレス村に行ってみようぜ」
「ああ、上野だったな」
加納と三宮は電車に乗り、上野のホームレス村へ向かった。
ビニールシートやダンボールで作られた小屋の中で日雇い労働者が雑魚寝していた。
加納はその中に知った顔を見つけ、たばこを1箱差し出しながら声を掛けた。
「源さん、事件あったろ? 白骨死体が見つかった」
「おお! 永ちゃん! 夏雄の起こした事件だろ? 刑事が何度か聞きに来たぜ。あいつ、おれの隣に住んでたんだよ。よく面倒みてやったぜ?」
源さんと呼ばれた老人が奥からやってきて、小屋から酒ヤケした顔を突き出した。
朝から一杯やっているようだ。
「豪田夏雄におかしな言動はあったか?」
「なんもないけど……おかしな女だったら、夏雄がこっから出ていく前に見かけたぞ」
「どんな女だ?」
「普通の女だ。だから余計に変なんだよ。こんなとこ、徘徊するかい?」
「その女って……茶色いコートに赤のスーツだったかい?」
「はあ? 服装なんて覚えちゃいないよ! ただ、先週あたりからこのテントの周りをチョロチョロしてた。めがね掛けて帽子被ってたから顔はよくわからんよ。たしか……ジーパン履いてたかな」
「記者か? こんなところで何を?」
「たぶん、記者じゃねえよ。女はただ、テントの中を覗きこんでた。誰か捜してたんじゃないか?」
「おい! 茶色いコートの女なら、おれ、夏雄が居なくなった前日に見かけたぜ?」
「ほんとか? あんたは?」
「星っていうもんだ。夏雄のテントの前に女が立ってた。顔は見てない。でも、あの女……」
「こころあたりがあるのか?」
「その、めがねの女じゃねえかな? おれ水商売やってたから、女が服装や見た目を変えてもわかるんだよ」
「同じ女に間違いないのか?」
「ああ、たぶんな」
「そうか……それは、この女か?」
加納は星というホームレスに沢松加代子の写真を見せた。
「ううん……似てるな……。源さんも見てくれ」
「おう! いやあ……おれにはわからんな……年の頃は同じくれえなんじゃねえか?」
「そうですか……捜査にご協力いただきありがとうございました。何かありましたら、またお願いします」
加納は三宮と上野駅へ戻った。
「永ちゃん、やっぱり……沢松加代子は生きているのかな?」
「だとしたら、豪田夏雄は失踪する必要がなかったな」
「これから、どうする?」
「豪田夏雄の妻子のところへ行ってみよう」
2人は豪田夏雄のかつての住まいへ向かった。
閑静な住宅街にある一軒屋だった。
「旦那が失踪して、よくローンを払えたな……奥さんも働いているのか?」
「豪田夏雄が失踪する前に払い終えたそうだ。その辺、詳しく聞いてみるか?」
インターホンを押すと、すぐに豪田夏雄の妻らしき女が出てきた。
「豪田夏雄さんの奥さまですか?」
「はい……主人が見つかったそうですね……」
「ええ。今、病院に居ます。それで……」
「どうぞ。あの人とは離婚するつもりです。もう少し潜伏してくれればよかったのに……」
「失踪宣告ですか? 保険を?」
「それもありますが……子供がかわいそうで。ここではなんですから、お上がりください」
豪田夏雄の妻はさばけた感じの女性だった。容姿が沢松加代子に似ていた。そういえば、藤原遼一の妻も似ていた。不倫相手は、妻と似た相手を探すものなのか?
「働いていないのに、なんでこんな余裕なのかって思いません? 実は……慰謝料のお蔭なんです」
「慰謝料? どこから?」
「沢松加代子ですよ! あの不倫女! 主人って嘘が吐けない性格なんです。すぐにわかりました。でも、まさか同僚の奥さんに手を出すなんて……」
「沢松加代子本人から慰謝料を取ったんですか?」
「いいえ。そのご主人からです」
「殺された沢松寛治からですか?」
「はい。主人の同僚だったから、すぐに連絡が付きました。呼び出して2人で話し合ったんですが……沢松加代子のご主人、絶対に公にはしないでくれって。男ってイヤだわ。遊びは平気でするくせに、対面ばっかり気にして。会社にバラして社会的な制裁を加えましょうって提案したんですよ?」
「では、慰謝料を提供されたんですね? それは、沢松加代子のご主人から出た金ですね?」
「ええ。沢松加代子は生活が派手で、貯金なんかないって言ってました。わたしもどうせならお金のほうがいいと思って……それに、この家が買えるぐらいもらえたものですから……」
「そんなにすごい額だったんですか?」
「ええ……マンションを二束三文で売って、賃貸契約に切り替えたそうです。そのお金を全部うちにくれたみたいです」
「そうですか……それはまた……」
「当時はわたしも豪田に浮気されて相当とり乱していたんですが、沢松さんのご主人もかなり動揺してました。静かなタイプだから表には出さなかったけど、生きる希望を失ったって感じで……奥さん、マンションの上の階の人とも浮気してるって言ってました。冷静さを装ってたけど……ああいう人のほうがショックは大きかったんじゃないかしら……」
「それでは、豪田夏雄さんは奥さんであるあなたが、自分の浮気のことを知っているとは思っていなかったわけですね」
「はい、そうです。わたしは大金が入ったから、このままでもいいかなって思いはじめていました。だから警察には、主人の不倫の話は一切していません」
「沢松寛治がうまく収めたんですね。しかも、妻が藤原遼一とも浮気していることを知っていた」
「できた旦那よね? うちとは大違い!」
加納と三宮は豪田夏雄の家を出た。
「サンちゃん、彼らの間では、不倫が肯定されてしまっているんだな」
「ああ……それでよく、神経が持つよな」
「そうでもないだろ? 豪田の妻が言ってたじゃないか……沢松寛治は生きる希望を失っていたと……」
「そうだな……」
加納はまた繭子の家へ寄った。
繭子の両親と、おまけに自分の両親も居た。
息子も交え、皆で食事をした。
エイトは当然のように加納の膝に乗り、食事をしていた。
加納は終始、緊張していた。
シャチホコばって真面目な受け答えばかりしていたら、むかし繭子を追いかけ回していた話をされ、皆に散々からかわれたので早々に自宅マンションへ戻った。
――翌日。
「サンちゃん、やはり現場へ戻ろう。何か手がかりが掴めるかもしれない」
「じゃあもう1度、沢松寛治のマンションへ?」
「そうだ」
加納と三宮が沢松寛治のマンションの前に差し掛かると、偶然にも藤原遼一の妻に出会った。
若い女性が一緒だった。
「同居している妹のえり子です。歳が離れていて……」
「ごくろうさまです」
えり子は藤原遼一の妻によく似ていた。
加納と三宮は藤原遼一の遺族と別れ、沢松寛治の部屋へ向かった。
「サンちゃん、上の部屋のベランダの柵にロープの跡があるんだな?」
「犯人はベランダで花に水遣りをしている沢松寛治の首に上からロープを掛けて吊ったと見られている。このベランダは、隣の建物の陰になって死角になる場所だ。沢松寛治は首を吊られている間、誰にも発見されなかったみたいだ」
「上の部屋は白骨死体で見つかった藤原遼一のマンションだ。その日、藤原の妻は出掛けていたんだよな?」
「さっきの妹と一緒に親戚の集まりに行ってる。遠くだから抜け出して犯行に及ぶような時間はない。それに、女の力で沢松寛治は持ち上げられない」
「塀や地面、壁に人が登った形跡も足跡もなし。怪しい物音を聞いた人物もいない」
「永ちゃん、どうする?」
「サンちゃん……『ムーンマジック』へ行って、イノッチに相談してみるよ」
「そうか……おれは今日はパスだ。麻子と親戚全員で話し合いをする予定なんだ。悪いな」
「よかったじゃないか! 先を越されたな」
「子供は永ちゃんのほうが先だろ? 元気で人懐っこい子らしいな? 今度、会わせてくれよ」
「ああ! じゃあ、がんばれよ!」
「おお!」
加納はひとりで『ムーンマジック』へ向かった。
「……というわけなんだよ」
加納はモルトのダブル片手に猪熊に今回の事件の顛末を話した。
猪熊はダンディな背広を着て肘を付きながら、スコッチを傾け加納の話を熱心に聴いてくれた。
「永ちゃん……藤原遼一を殺すメリットってなんだ?」
「藤原遼一? 白骨死体のか? そうだな……」
「ないよな? 彼の死因は?」
「首の骨が折れていたから、たぶん絞殺だろうって」
「ふ~ん。今回の事件、どうして誰も疑わないんだ? 基本だろ?」
「何を?」
「自殺だよ」
「自殺……? 藤原遼一は地面に埋められていたんだぞ!」
「それは、死んだあとでだろ? 本来ならソコには、沢松加代子の死体があったはずだ!」
「死体が歩き出したゾンビ事件だなんてオチは、やめてくれよ!」
「そうじゃないよ。今回の事件はもしかしたら、殺人じゃないのかもしれない」
「殺人事件は起きていないってことか? だったら……なんで死体がゴロゴロしてるんだよ!」
「だから見つからない死体を捜せよ! この場合、沢松加代子だろ?」
「彼女は……死んでるのか?」




