不倫の代償
加納と三宮は翌日、豪田夏雄が収監されている病院へ足を運んだ。
豪田は病院に入ってから大分落ち着きを取り戻し、冷静に話ができる状態だった。
「それではあなたは3年前、沢松加代子を絞め殺して雑木林に埋めたことに間違いないんですね?」
「はい……」
豪田夏雄は長いホームレス生活のせいで、不健康な青白い顔をして痩せていた。
「わたしには妻と子供がいました。沢松加代子が夫と別れておれと一緒になりたいと迫ってきたので、薬を飲ませて雑木林に連れて行き首を絞めました。あらかじめ穴を掘っておいたので、埋めるのはラクでした」
「そのまま失踪したのか?」
「はい……沢松寛治はおれと彼の妻との不倫を知っていたはずなのに、警察にバラしていなかったんですね……なぜでしょうか?」
「女房が同僚と不倫したあげくに殺されたなんて知れたら、自分が職場にいずらくなるからじゃないのか? 沢松夫妻の結婚生活は破綻していたみたいじゃないか? 家庭内別居してたって?」
「はい……そう聞いていました」
「だからって不倫していいってわけじゃないぜ! それでおまえさん、死んだ女に会ったって? 間違いないのか?」
「はい……よく似ていました。月明かりの中で、おれのダンボール小屋の前に立っていました。こんばんはって挨拶されて……あれは絶対に加代子です! あいつ、生きていやがったんだ! おれを恨んで殺しにきたんだ! ああっ! おれの女房や子供が! 刑事さん! おれの妻子を守ってください! あいつらは、なんにも悪くないんです!」
「その点は警察も気をつけています。お宅の家への巡回は欠かしていません。それより……藤原遼一の死体がなぜ、沢松加代子を埋めたはずの場所に代わりにあったのかだ。あんたの勘違いか、もしくは誰かがあんたを付けていって死体を取り替えたかだ。だが……だったら沢松加代子の遺体はどこにある? この一連の流れに、なんの関連があるんだ?」
「ですから刑事さん! おれは加代子を殺していなかったんですよ! あいつは……加代子は……穴の中から甦ったんです!」
加納は三宮と病院をあとにした。
「永ちゃん、豪田夏雄の推理も一理あるよな?」
「沢松加代子が本当は生きていて、関係者を殺してるってことか?」
「ああ」
「真夏のミステリーだな……白骨死体になっていた藤原遼一の遺族に、話を聞いてみようじゃないか? 藤原遼一も加代子の不倫相手だろ? 最初に殺されたのは、もしかしたらこの藤原遼一かもしれないぞ」
「そうだな……永ちゃん、藤原遼一の家へ行ってみよう!」
「おお!」
白骨遺体で発見された藤原遼一の家は、殺された沢松寛治のマンションの真上の部屋だった。
「サンちゃん、沢松加代子って女はすげえな。手近なところで、男を見繕ってたんだな」
「不倫なんてそんなもんだよ。お手軽なところが、良いんだろ?」
「沢松加代子は豪田夏雄と結婚したがってたんだろ? ってことは、藤原遼一は遊びだったんだろうな。だとしたら、藤原遼一はなぜ殺された? もしかして……藤原遼一が沢松加代子に結婚を迫っていたとか?」
「永ちゃん、それは一理あるかもよ? そこを重点的に探っていこう!」
――ピンポーン!
可能が藤原遼一の家のインターホンを押した。
「すみません。警察ですがお話を聞かせていただけませんでしょうか?」
「はい」
中から藤原遼一の妻とおぼしき女が出てきた。かなりやつれている。無理もない。旦那が失踪した上に白骨死体で発見されたのだ。しかも、不倫相手の死体が埋まっていると思われていた場所から見つかった。
「奥さまひとりですか?」
「実の妹も同居しておりますが、今は仕事中です」
「そうですか……玄関先で結構ですので2、3質問させていただけますでしょうか?」
「なんでしょう?」
「ご主人の浮気のことは……」
「知ってました……実は、3年前に離婚を切り出されていまして……」
「そうでしたか……相手の女性のことは……」
「それは、主人の死体が発見されるまで知りませんでした。沢松さんの奥さんとは親しくて……よくうちにも遊びに来てたんですよ……」
藤原遼一の妻が涙ぐんだ。加納はそこで聞き込みをやめ、丁寧に挨拶をして帰った。
「永ちゃん、愚痴だけでも聞いてやればよかったかな?」
「いいや。彼女はそういうタイプじゃないよ。しゃべればしゃべるほど、自己嫌悪に陥って自分を責めてしまうだろう。彼女も被害者の1人だ。そっとしておいてやろう」
「不倫をする奴はなんとも思わずにやるんだろうが、されたほうはたまらないよな……心の持っていきようがないよ」
加納は帰りに繭子のところへ寄った。
「まあ! こんなに早く事件解決?」
「まさか! あの……返事と……坊主に……」
「起きてるわよ! エイトー!」
「あーい!」
奥からトテトテと強面のチビが駆けてきた!
ブルーのベビー服はこの前、加納の両親が贈ったものだろう。
わざわざ加納に電話をしてきて、服に付いているクマ柄がどんなにエイトに似合っているか延々と聞かされた。
加納の両親は彼より先にエイトと会い、いまではすっかり懐かれているようだ。
「パパー!」
「え? パパ?」
エイトは思い切り走ってくると、加納に飛びついた。
加納は息子をしっかり受け止めると、抱きしめた。
こどもの体温が心地よい。
柄にもなく泣けてきた。
「あの……繭子……」
「おなかの中にいるときから、あなたが父親だって教えてあるわ。感動の親子の対面までは想像してなかったけど?」
「繭子、ありがとう……こんなにかわいい息子を、産んで育ててくれて……」
「強面だけどね? 上がって! 今日もわたし1人なの! お手伝いさんたちも住み込みはやめてもらったから!」
「おじゃまします」
エイトはいつの間にか、加納の腕の中で寝ていた。
加納はエイトを抱いたまま応接間へ行き、黒猫が眠るソファに座った。
そして、そのまま加納も寝てしまった。
――チュン、チュン、チュン、チュンッ!
「う……んっ」
「よかった! 起こそうかどうしようか悩んでたのよ」
「えっ……繭子……?」
「チャーハンあるわよ。食べる?」
「食う!」
「まったく……こんな朝早くから、よくそんな油っこい物が食べられるわね?」
加納はチャーハンを食べ終えると、すぐに署へ飛んでいった。
残念ながらエイトには会えなかった。




