エピローグ
「繭子……もう、行くのか?」
加納は繭子と空港に来ていた。
「ええ。わたしの容疑も晴れたしね……叔父さまと奈々子のことは両親に任せたわ。それにしても……本物の平河美鈴さんはかわいそうだったわ。女に騙され売春までさせられたあげく殺されて……。同じシングルマザーとして、彼女のお母さまに同情してしまうわ。平河美鈴はわたしにとっても大切な義理の従姉妹よ。お骨は田崎の叔父さまと一緒のお墓に眠らせてあげるつもりよ」
「容疑は晴れたが、繭子に関する疑問点はたくさん残っているんだぞ! 子供の父親は誰なんだ! 3年前の田崎吉隆との密会理由は?」
「密会? なぜそれを……」
「ホテルの従業員からだ」
「ああ……あそこは伯父のお気に入りのホテルだったわね……。まさか永吉さん……憶えてないの?」
「なにを?」
「もう! 3年前、あのホテルで……」
「……あ、ああ……そうだった」
3年前、加納は帰国した繭子とぐうぜん出会い、彼女の滞在先のホテルで一夜を共にした。
「あのころはやくざの抗争が最高潮に達していた。おれもいつ死ぬかわからない身だったからな……」
「5年前……永吉さんはわたしに女が出来たとウソをついて離婚し、やくざの潜入捜査をはじめた……」
「直前に尊敬していた先輩が殉職した。どうしても、仇を取りたかったんだ……それじゃあ、おれとのことを田崎吉隆に責められたのか?」
「あなたがわたしの部屋から朝帰りするところを伯父に見られちゃったの。さんざん、文句を言われたわ。それで遺言書からわたしは外されたのよ。今回と一緒よ。最近、アメリカのうちの近所に伯父の知り合いが引越してきたの。息子の写真を隠し撮りして伯父に送ったみたい。伯父に、今すぐ来ないと両親と父親にばらすと脅された。ついでに永吉さんの調査も兼ねて帰国したってわけ。伯父が亡くなる晩に子供の父親のことで大ゲンカになってしまって。こんなことになるなら、息子を連れてくるんだった……」
「そうか……子供のことで。おまえと田崎はなんだかんだ、仲がよかったからな……」
「田崎邸は両親が移り住んで管理していくわ。わたしも帰国してそこで弁護士事務所を開く予定よ」
「なんだって! 日本に帰ってくるのか? 子供はどうするんだ! 父親も!」
「子供も一緒よ。当たり前でしょ? 父親?」
「お、おとこと……暮らしているんだろ?」
「男? ベビーシッターとシェアしてるけど?」
「え? シッターは男か?」
「いいえ」
「だが……報告書では白人男性とシェアしてるって……」
「ああ! それはきっとベビーシッターの夫よ! 彼女、最近結婚したの」
「なんだって! まったく! 警察の情報もあてにならんな!」
「じゃあ……そろそろ搭乗手続きがはじまるから、わたしは行くわね」
「繭子……」
「パンサーは? 会った?」
「パンサー? 猫か……いや」
「そう……パンサーにはお嫁さんができていたわ。子供をいっぱい産んでいたから、うちの両親に3匹もらってきたわ」
「なんだって! 3匹も黒猫を! どうすんだ!」
「黒猫じゃないわ。白と黒のブチ猫よ。そのうちの一匹は父親にそっくり!」
「なんで父親に似てるってわかるんだ?」
「すっごい強面なの!」
繭子はそれだけ言うと、加納にすばやくキスをして搭乗口に消えていった。
「……なんだよ、強面の猫って?」
加納は唖然としながら繭子を見送った。
――深夜『ムーンマジック』
「サンちゃん……麻子さんは……」
「帰ってきてくれって頼んだが今は無理そうだ。時間を掛けて説得するよ」
「そうか……」
「永ちゃん、さっきアメリカから連絡がきた。繭子さんはこの5年間、仕事一筋で男はいない。2年前に男子を出産して子育てしながら働いている」
猪熊が加納に調査報告書を読み上げた。
「そうか……」
「繭子さんの息子の写真を見るかい? さっき、送られてきたんだ」
「なんでだよ! いいよ!」
「よく似てるんだけど……」
「永ちゃんはどうして自分の事となると鈍いのかなあ……」
「サンちゃん、そこが永ちゃんのいいところだ。繭子さんもそこに惚れたんだろう?」
「そうだな……」
マリッジブルーにはほど遠い男が3人。
今日も酒を傾けぼやいている。
(マリッジブルーの男 おわり)




