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強面刑事  作者: M38
詐欺師
22/27

マリッジブルーの女

「あなた! 大丈夫! しっかりして!」

「繭子……首は……」

「よかった……」


 加納の頭上で繭子が泣いていた。彼女の涙が雫となって加納の頬へ落ちてくる。5年前、加納が別れを告げたときも彼女は泣いたりしなかったのに。


「はい、どいてください!」


 救急隊員が近づいてくる。すぐに処理をして加納を救急車に担ぎ入れた。

 繭子が付き添った。


「永ちゃん! 腕を掠ったそうだ。あとは処理しておく!」

「ありがとう……あとは頼んだ」


 三宮に見送られ、加納は繭子と共に田崎邸をあとにした。



 翌日、三宮はもう署に出勤していた。


「永ちゃん! ゆっくりしてなくちゃダメじゃないか!」

「これぐらい、なんでもないよ!」


「わたしも一緒よ! この人の付き添いも兼ねて、事件の関係者として話を聞きたいわ」

「繭子さん……麻子に事件のことを話してくれていたんですね……」

「ええ……」


「なんだと? 麻子さん? サンちゃん! 見つかったのか!」

「ああ……実は……」


「永吉さん。その件はあとまわしよ!」


「あ、ああ……さんちゃん、悪い。デリケートな話だもんな……ヤツは吐いたのか?」

「うん。観念したみたいだ」

「おれたちはとんだ思い違いをしていたな……掛川祥子が平河美鈴に成り済ましていたんだろう?」

「そうだよ。永ちゃん、どうしてわかった?」

「昨夜、病院の救急室にいるときに看護師が棒で包帯を固定しているのを見て気がついたんだよ。犯人は看護技術のある人間だとね。事件関係者で看護師は掛川祥子と平河美鈴の2人だけだ。だが、どちらも女だ。おれは『顔のない死体殺人事件』の遺留品にずっと違和感があった。わかったよ。あれは全部、女の持ち物だ。男が持つような物は1つもなかった。つまりこの事件に男は絡んでいない。犯人は女だ」

「棒もタオルもその場にあったものが使われていた。この方法なら非力な女でも容易に首を絞めあげることができる」

「加えて『アイランド』のマリッジブルーの女だ。大阪時代の掛川祥子は、マリッジブルーを口実に女を騙していた。ということは、掛川祥子は男形に違いない。そういえばあの女はやけに男っぽくてさばさばしていた。『顔のない死体殺人事件』で殺された女こそ、本物の平河美鈴だったんだ」

「そうらしい。平河美鈴は実の父親の名前だけは知っていた。同僚だった掛川祥子はそれを聞き付け、探偵を雇って調べあげた。平河美鈴が大金持ちの娘だと知ると、掛川祥子は平河美鈴に父親に会わせてやるとウソを吐き新宿へ上京させた。2人は姿形がよく似ていた。掛川祥子は最初から、平河美鈴を殺して彼女に成り済ますつもりだったらしい。掛川祥子たちはしばらくビジネスホテルに滞在していたが、金が無くなったので平河美鈴に売春をさせて賃貸マンションに移動した。平河美鈴が売春するときの源氏名はショウコにさせた。平河美鈴を掛川祥子に見せかけるためだ。家事は掛川祥子がやっていた。掛川祥子は平河美鈴をうまく丸め込み、父親に会いに行かせないようにしていた。だがある日、平河美鈴は黙って母親の知り合いだったスナックのママに会いに行ってしまった。それを知った掛川祥子は平河美鈴を酔わせ、寝ているところをタオルと棒で絞め殺した。平河美鈴が実の父親に会ってしまうと、自分が成り済ますことが出来なくなるからだ」

「だから、掛川祥子は平河美鈴の顔を焼いて両手足の指紋をぜんぶ剥がしたんだな。身元が特定できないように」

「そうだ。掛川祥子は賃貸マンションへ住みはじめてからずっと男装をしていた。平河美鈴に成り済ますためにウソの男を演じていたんだ。男のフリをして逃げ出し、平河美鈴として『アイランド』で働きはじめた」

「なぜ、2年も潜伏していたんだ?」

「殺人が発覚するのを恐れていたのと、意外と『アイランド』での居心地がよかったからだそうだ。田崎吉隆の動向は常に調査していた。田崎吉隆が病気で余命が少ないと知り、いそいで娘として名乗りをあげた」

「それが、どうして『キャバ嬢ラブホ殺人事件』に繋がっていくんだ?」

「茅薙志郎だよ。彼が今回の連続殺人のキーパーソンだ」

「田崎奈々子に婚約者ができたことで掛川祥子の取り分が減るからか? 欲深い女だ」

「茅薙志郎は金は欲しいが結婚はしたくなかった。掛川祥子はそれを嗅ぎ取り、茅薙志郎に自分が田崎吉隆の娘だと明かし、婚約破棄をしてくれたら財産を分けてやると提案をしたそうだ。すると反対に茅薙志郎は殺しの依頼をしてきた。茅薙志郎は里山洋子に多額の金を貢がせていた。別れるのなら金を返せと詰め寄られていたそうだ。茅薙志郎は里山洋子をラブホテルに呼び出し、掛川祥子を行かせ殺させた。里山洋子は酔って寝ていたので簡単に殺すことができたそうだ。その間に茅薙志郎は田崎奈々子をマンションに呼び寄せ、わざとボヤを起こして消防車を呼びアリバイ作りをしたんだ。田崎吉隆殺しのときもそうだ。茅薙志郎は田崎奈々子を再びマンションに呼び、わざとケンカを仕掛けて派手に暴れた。今度は警察のアリバイだ。頭がいいよ」

「そうか! 田崎吉隆が殺されたときの第一発見者は掛川祥子だった。もしかして……中に潜んでいたのか?」

「そうだ。掛川祥子は睡眠薬で寝ていた田崎吉隆の部屋へ夜中に忍び込み彼を絞め殺し、そのあと朝までそこに居た。鍵が掛かって部屋へ入れないフリをして女中頭の大田えり子を呼びに行った。鍵を開けるフリをしながら一緒に部屋に入ったんだ。あの部屋は密室でもなんでもない! 鍵は最初から掛かっていなかったんだ」

「おれたちの注意を茅薙志郎に引き付けておいて、田崎奈々子を殺したんだな。彼女からも睡眠薬の反応があった。言葉巧みに田崎吉隆の部屋に呼び出して薬を飲ませたんだろう……だが、掛川祥子がそこまでして茅薙志郎に肩入れする理由がわからないな」

「掛川祥子の真の狙いは茅薙志郎だよ。彼が田崎奈々子の婚約者として現れたときから、田崎奈々子と一緒に殺そうと思っていた。彼のような男は後々やっかいな存在になるからね。茅薙志郎に睡眠薬入りのジュースを飲ませて殺した。合鍵を盗み施錠して逃げた。だが、ここで誤算が起きた。茅薙志郎に飲ませたジュースのペットボトルに、掛川祥子はうっかり指紋を残してしまったんだよ。それまでは慎重にゴム手袋をしてコトにあたっていたのに。そのことに気づいた掛川祥子は警察に電話して、繭子さんの子供が伯父との間の子だとニセの情報を流した。繭子さんに子供がいることは田崎吉隆から聞かされて知っていたそうだ。警察が繭子さんにかまけている間に逃げる算段をした。掛川祥子のリュックの中には、田崎家の証書や金庫にあった多額の現金、宝石などの貴金属がすべて入っていた」

「欲の塊みたいな女だな……ところで、掛川祥子が逃げ出そうとしていた車はどうして急に走りはじめたんだ?」

「それは……繭子さんにお礼を言わないと……」

「繭子に? なんでだ?」


「わたしじゃないわ。麻子さんによ」


 ずっと黙って聞いていた繭子が口を開いた。


「麻子さん? どこにいたんだ?」

「『アイランド』よ。賄いなどの下働きをしているわ」

「なんだって! 麻子さんが……」

 

 加納は呆然とした。

 三宮の逃げた女房が『アイランド』で働いていた。

 そんな偶然があるだろうか。


「永吉さんと『アイランド』を訪れた日、店から出てきたわたしは茫然としていたでしょう? 麻子さんに会ったからなのよ。お互いにビックリしてしまったわ。開いた口が塞がらないとはこのことだわ……」

「麻子さんは……その……」

「麻子さんは男と逃げたんじゃないわ。男装の女と逃げたの。友人に遊びで連れて行かれた『アイランド』で、女のホストに嵌ってしまったのよ。でも、わからなくもないわね……同性同士は何も言わなくてもわかりあえるところがあるから……女は男とちがってやさしいわ。麻子さん、寂しかったみたい……」

「それにしても……」

「逃げたけど結局、長くは続かなかったみたい。『アイランド』で裏方としてずっと働いていたそうよ。自分のしたことを後悔していたわ。一時の気の迷いで大変なことをしてしまったと言っていたわ」

「じゃあ……あの車に乗っていたのは」

「そう。麻子さんよ。お手柄ね。彼女と話したときに事件のあらましをしゃべっておいたの。掛川祥子の愛人って女が店に勤めていたから。麻子さん、わたしが帰ったあとにその愛人に掛川祥子のことを聞き出してくれたそうよ。そうしたら、その女が田崎邸へ車で迎えに来いと掛川祥子に言われてるってぼやいていたそうなのよ。何をしにいくかはまでは知らされていなかったそうよ。だから、麻子さんがうまいこと言って愛人の代わりにレンタカーで田崎邸へ行ってくれたの。あらかじめ裏門は掛川祥子が開けてあったそうよ。焦っていた掛川祥子は、車の中にいた麻子さんと愛人の区別がつかなかったみたい。麻子さんが機転を利かしてわたしを助けてくれたのよ」

「そうか……よかった。麻子さんはおれたちの命の恩人だな……サンちゃん」


「ああ……おれからも礼を言った。3年ぶりに会えたよ……」

「そうか……」



 事件はそれぞれの胸に何かを残して、幕を閉じた。

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