第3の女
翌日の朝、加納は三宮から『顔のない死体殺人事件』と掛川祥子の関係について聞かされた。
「永ちゃん、やはり、被害者が掛川祥子である可能性が高い。殺された女は売春の相手にショウコと名乗っていたそうだ。掛川祥子の学生時代の写真を見せたら、似てると言っていた。小柄な女だったそうだよ」
「掛川祥子も大阪府出身者なのか?」
「ああ。だが、養護施設で育ったから両親はいない。親しくしていた友人もいないみたいだ。平河美鈴と東京へ出てきて1ヶ月間は一緒にビジネスホテルで暮らしていた。その後『顔のない死体殺人事件』の現場となった賃貸マンションへ男と移り住んだ。売春をしながら男と暮らしていた」
「それで辻褄が合うな。掛川祥子が一緒に暮らしていた男の検討は、まったくつかないのか?」
「ああ、だめだ……」
「そうか……おれたちは平河美鈴に直接、話を聞きにいこうか」
「そうしよう」
加納と三宮は田崎邸に出向いた。
「永ちゃん、平河美鈴は下調べしてからの聞き取りだ。事実と違う点があればすぐにわかるな」
「ああ。過去の複雑な女だ。周りから攻めていったほうが真実に近づけるだろう」
「ちょっと待ってくれ。電話だ……もしもし? ああ、若狭か……えっ?」
「どうした、サンちゃん?」
「それが……茅薙志郎のマンションと『顔のない死体殺人事件』の現場から出た物と、同じ指紋を持つ人物が見つかったそうだ」
「なんだって! 誰だ!」
「それが……平河美鈴なんだ! いったいどうなってる?」
「くそっ! 走るぞ!」
加納と三宮は全速力で田崎邸に駆け込んでいった。
従業員たちが、何事かと集まってきた。
「看護師は? どこだ!」
加納は駆けつけた執事に聞いた。
「平河さんは、繭子お嬢さまと旦那さまのお部屋に……」
「なんだと! サンちゃん、いそげ!」
「おうっ!」
加納は銃を構えて三宮と屋敷の奥へと走った。
長い廊下の突き当たりにその部屋はあった。
扉がわずかに開かれている!
加納たちは足音を偲ばせ、慎重に部屋に近づいていった。
三宮に目配せをして、扉の反対側に立ってもらった。
――キイイイイッ。
加納が用心しながら、ゆっくりと扉を開けていった。
――奥の寝台の上に、繭子が座っていた。
首にタオルが巻かれている。
その上に棒が固定されていて、いまにも捻りあげようとされていた。
棒の両端を持っているのは平河美鈴だ。
黒いキャップ帽にTシャツ、ズボン。黒のリュックを背負い男のような格好をしていた。
「平河美鈴、観念しろ。指紋が上がった」
加納が静かに話しかけた。
「あんたの女だろ? 見逃してくれれば生かしておいてやる」
平河美鈴が男のような声を出して答えた。
「どうやって逃げるんだ? 逃げ道はないぞ」
「こうやってだ。歩け!」
平河美鈴が棒を手にしたまま、繭子に命令した。
繭子は苦しそうに顔を歪めたまま寝台から降り、加納たちのほうへ向かってくる。
「銃をこちらへ。でなければ棒を捻りあげる!」
「わかった……サンちゃん」
「ああ……」
加納と三宮は銃を床に置き、蹴って平河美鈴の足下へ滑らせた。
平河美鈴は銃を拾い上げると、男のような仕草で顎をしゃくり加納たちを廊下へ後退させた。
彼女は銃口を繭子の背中に向け、もう片方の手で棒を押さえたまま部屋の外へ出てきた。平河美鈴は繭子と共に悠然と加納たちの間を抜け、廊下の途中にある裏口から庭へ脱出した。その先にエンジンをかけたままの車が停まっていた。共犯者がいたのか!
「少しでも動いたり警察に連絡すれば今すぐ、この女を殺すからな!」
「わかった……見逃すから繭子は置いていけ!」
「そんなこと、するわけないだろう! この女は保険だ」
平河美鈴が繭子を連れたまま車に近づいていった。
――キイッ。
運転席の人間により、助手席の扉が開かれた。
――バンッ。
平河美鈴は繭子を助手席に座らせ、棒の先を運転席にいる人間に持たせてドアを閉めた。
自分は助手席のうしろに座り、繭子を威嚇していく算段だろう。
「永ちゃん……このまま、まんまと逃げられるのか!」
「くそっ! 窓を開けて繭子の頭を狙っていやがる!」
だが、そのとき信じられないことが起きた。
――ブロオオオオッ!
「しまった! 待て!」
平河美鈴が車に乗り込もうと繭子から銃口を離した。
その一瞬のスキをついて、車が走り出したのだ!
「こいつっ!」
加納はタイミングを逃さなかった。
猛スピードで走り込み、平河美鈴にうしろから思い切り飛びかかった!
――バアアアアンッ!
銃声が響いた。
「永ちゃああああんっ!」
加納の視界が霞んでいく。
だが、平河美鈴を捕らえた腕の力は決して弛めなかった。




