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強面刑事  作者: M38
詐欺師
15/27

マリッジブルーの男

「なんだって、サンちゃん! 田崎奈々子の婚約者が『キャバ嬢ラブホ殺人事件』で容疑者に上がった男だっていうのか?」


 加納は強面を振り向けて三宮に唸った。そんな偶然があるだろうか。


「ああ。この男……茅薙カヤナギ志郎シロウっていうんだが……有名な女ったらしだ。過去に結婚詐欺で何度か訴えられている」

「結婚詐欺だと! 何度も……やってる?」

「そうだ」

「まったく! 奈々子もなんだってそんな男と! ところで……なぜ繭子が容疑者に?」

「繭子さんの今回の帰国は田崎吉隆に呼び出されたからだ。だから田崎邸に宿泊していた。田崎吉隆が殺された晩に2人が激しく言い争う声を従業員たちが聞いている。内容まではわからなかったそうだ」

「繭子が田崎吉隆と? そうか、めずらしいな……」

「その日、田崎奈々子は茅薙志郎のマンションに滞在していた。午前三時頃に激しい言い争いをして隣の住人に通報されている。その際に2人で事情聴衆を受けている。アリバイはバッチリだ。実は『キャバ嬢ラブホ殺人事件』のとき、キャバ嬢の死亡推定時刻に茅薙志郎は自宅マンションでボヤ騒ぎを起こしていた。消防から調書を取られているからこちらもアリバイはバッチリだ。そのとき一緒にいたのがこれまた、田崎奈々子だ」

「本当かい? それは随分と怪しいな……2つの殺人事件に2人の同一人物がアリバイを持っている。金品を取られた様子もない。怨恨の線も薄い。ということは、第3者が殺しを請け負った可能性が大きいな。田崎吉隆の財産を狙って……」

「永ちゃん、どうする?」

「とりあえず、殺されたキャバ嬢が働いていた店へ行ってみよう」


 加納と三宮は徒歩で署の近くにあるキャバクラ『スイーツ』を訪れた。早速フロアマネージャーに話を聞いた。殺された女は里山洋子といいキャバクラでの評判はまあまあだった。客とのアフターが好きな大女で金に固執していた。好きな男を金でつなぎとめようと必死だったのが傍目にもよくわかったそうだ。周りからの証言で、里山洋子が固執した男は茅薙志郎で間違いないだろう。だが、彼にはしっかりとしたアリバイがある。他の容疑者は、キャバクラでアフターをした数え切れないぐらいの人数の客たちだ。つまり、里山洋子殺しの容疑者は数限りなくいるということだ。


「サンちゃん、あとは署の連中に里山洋子の客ひとりひとりのアリバイをつぶしてもらうしかないな」

「そうだな……永ちゃん、現場のラブホテルにもう1度、行ってみるか?」

「ああ、そうしよう」


 2人はキャバクラの近くのラブホテルにも足を運んだ。ごく普通の裏通りにあるホテルだった。従業員からは、特に変わった話は聞けなかった。里山洋子は、いつもここを客と利用していた。客と一緒に訪れるのが常だったが、殺された晩はなぜか1人でやってきた。誰かと待ち合わせをしている様子だった。金品はそのままだったので、強盗目的で殺されたわけではなさそうだ。


「自分の身体を売って、茅薙志郎に貢いでいたのか……かわいそうにな」

「その相手は大金持ちの女を見つけてサッサと乗り換えた……くそっ! ひどい男だ!」

「永ちゃん、防犯カメラの映像だと、犯人と見られる男は随分と華奢だよな」

「ああ……女みたいにな。背も随分と低かった。だが、帽子で顔がまったくわからない。推定年齢は30前後といったところか?」

「茅薙志郎は30代前半だが、背がとても高い。この点も犯人像とは一致していない」

「行きずりの犯行かな……サンちゃん、今日はこの辺にしよう。茅薙志郎とは通夜で会えるだろうから、おれが直接、話を聞いてみるよ」

「じゃあ、よろしくな……繭子さんにも」

「ああ……」


 

 加納はいったん署に戻り、そのまま黒いネクタイを締めて田崎吉隆の通夜へ出掛けた。昼間と違い、田崎家の広い庭先には黒塗りの高級車が何台も停まっていた。政界財界の大物たちが詰め掛けているのだ。事件記者もチラホラいる。加納は田崎家の広大な邸宅に裏口からお邪魔することにした。



「加納くんじゃないか! 元気だったか?」

「……ご無沙汰しております」


 裏から入ったばっかりに思いがけず繭子の両親に出会ってしまった。実に5年ぶりだ。相手もふけた。自分もそうなのだろう。繭子の両親は加納のことを中学のころから随分とかわいがってくれた。繭子が好きだと知って応援してくれていた。結婚が決まったときは、本当の息子のように大層よろこんでくれた。離婚するときも何も言わずに身体の心配だけをしてくれた。加納は繭子の両親に、良い印象しか持っていない。


「加納くん、元気そうでよかった……繭子には?」

「ゆ……ゆうべ……会いました」

「元気そうだな。警察の仕事は、がんばっているかい?」

「はい」


 それ以上話をするとゆうべ繭子と一緒に居たことがバレそうなので、彼らとはすぐに別れて奥の大広間へ向かった。お焼香だけして帰ることにした。


 たくさんの人がヒシメクなかを奥へ進み、田崎吉隆に手を合わせた。

 かつては加納を目の仇にしていた繭子の伯父が、このような最期を迎えるとは思ってもみなかった。加納は線香の煙の向こうに無念そうに顔を歪めている田崎家の当主を思い描き、故人を偲んだ。

 

 喪主の田崎奈々子を5年ぶりに見た。奈々子は小柄だが、相変わらず派手な髪色と派手な顔立ちの気の強そうな女性だった。加納のことは見てみぬフリだ。隣に立つ繭子にもよそよそしい。よっぽど田崎吉隆の財産を分配するのが嫌なのだろう。常に繭子を意識してライバル視していた女。加納にも何度も色目を使ってきた。その女が、いまでは結婚詐欺師と婚約している。人生とは不思議なものだ。


 繭子に軽く会釈した。青白い顔で悲しそうに佇んでいた。かわいがってもらっていた伯父の死だ。ショックであろう。それにしても、その伯父が殺された晩に繭子が言い争っていたとは。伯父と繭子がけんかするのは15年前、加納との結婚報告をしたとき以来ではなかろうか。


 窓から樹の下でタバコを吸う背の高い男が見えた。遠目で見てもわかるほどの色気を暗闇に放っている。奈々子の婚約者、茅薙志郎であろう。加納は庭に降り立ち彼に近づいていった。雲間から月が顔を出し男の顔を照らし出した。加納の強面とは似てもにつかない、甘いマスクの色男が煙をくゆらしていた。


「このようなときに申し訳ありません。わたくし新宿署の加納永吉と申します。失礼ですが、2、3お伺いしたいことがございまして……」


 加納は警察手帳を見せながら茅薙志郎に声をかけた。


「え……刑事さんですか? 田崎さんとは……ああ、もしかして……洋子のことですか? ぼくは本当に洋子とは……加納って、あれ? 菜々子の従姉妹の……」

「ああ、はい。離婚しましたが……お焼香に来たものですから。わたくしが偶然、今回の事件の担当をしておりまして……」

「そうですか……たしかにぼくは女関係が派手だから、洋子とも関係がありました。だけど、殺すなんて。意味がないでしょう? あいつは水商売の女です。奈々子との婚約が決まったとき、きれいさっぱり別れてくれました」

「田崎菜々子とはどこでお知り合いに?」

「婚活パーティーですよ。これでもぼく、エリート社員ですからね?」

「そうですか……では、同時に里山洋子さんとも交際を?」

「ええ……男ってそういうことって、あるじゃないですか?」

「……事件当夜はボヤ騒ぎがあったとか」

「はい! ぼくがヘマしてタオルにコンロの火を燃え移らせてしまって……消防署にも奈々子にもさんざん絞られました。そのあと、近所に謝って回るのが大変でした」

「そうですか……田崎吉隆が亡くなった際は近所の住人がパトカーを要請したそうですね」

「はい……お恥ずかしい話、結婚のことで奈々子と言い争いになってしまって……」

「言い争いの内容をお聴きしても?」

「それが……ぼくが結婚を延期したいと申し出たものですから……」

「結婚を延期に? なぜですか?」

「刑事さんは……過去にぼくが結婚のトラブルを抱えていたことをご存知ですよね。いつも直前で嫌になり、婚約破棄をくりかえしてきました。無責任な男と言われてしまえばそれまでです。でも、本当にマリッジブルーになってしまうんです! 医師から診断書を出してもらったこともあるんですよ」


 茅薙志郎は歳よりもうんと幼く見える黒目がちの目を潤ませながら、加納に訴えてきた。ソフトな物腰と丁寧な言葉遣い。親切そうな雰囲気と感じの良い笑顔。人の目をまっすぐに見て話す姿はウソ偽りのない人間に見える。加えてこの話術。立て板に水を流すかのごとく、初対面の加納にもぺらぺらとよくしゃべる。典型的な結婚詐欺師だ。自慢話が多くてマナーは無視する。たぶん部屋は玄関とリビング以外はゴミだらけであろう。加納は茅薙志郎の足下に散らばるたばこの吸殻を数えながらそう断定した。


「そうですか……では、田崎奈々子との結婚も?」

「はい。洋子のこともありますし……破談にさせてもらおうかと」

「でも、奈々子がいま1番必要としているのは茅薙さんの支えではないでしょうか? 財産管理もありますし……」

「ええ……ですが、ぼくはそれでなくても財産目当ての男と言われているんです。これ以上、人に後ろ指を指されたくはありません!」

「そうですか……長々とすみませんでした。では、わたくしはこれで」

「ごくろうさまです」


 どういう算段があるのか知らないが、茅薙志郎は田崎奈々子から手を引くらしい。これ以上は聞いても無駄だとわかり、加納は帰ることにした。

 風が強まり、また月が雲間に隠れてしまった。加納は暗闇を駐車場へ向かった。高級車の群れのはじっこにセダンを停めておいた。その傍らに喪服姿の繭子が佇んでいた。


「あなた……お焼香じゃなくて捜査にきたの? 」

「どっちもだ……繭子、田崎吉隆と言い争っていたそうだな? 理由は?」

「黙秘権を行使します」

「だったら……今回、なんのために帰国した? いつもは両親の元へ泊まるそうじゃないか」

「帰国目的は伯父に呼ばれたから。理由は教えられない」

「……子供のことか? ご両親は知らないそうじゃないか……」

「坊やのことを? 知らないわよ。あなたからバラシテもらってもかまわないけど?」

「なんでおれが! おれはそんなおせっかいじゃない!」


 加納は強面を歪ませて咆えた。


「子供のことは両親に隠しているわけじゃないわ。ただ、言うタイミングをはずしてるだけ。それより……あなたのご両親が心配していたわよ。パンサーを置いていったきり、会っていないって」

「なんだって、本当に行ったのか! 親父たちはなんだって?」

「懐かしがって、とても喜んでくれたわ。子供が産まれたって報告しておいたわよ。永吉にも早く再婚して欲しいって……お母さまがおっしゃってたわ」

「余計なことを言うな! 子供の誕生報告を、どうして実の親じゃなくて別れた亭主の親に報告するんだ!」

「別にいいじゃないの……それよりも、パンサーのことが気にならないの?」

「黒猫のことなんか知るかよ! おれのペットじゃない! いつでも引き取ってくれ」


 加納は憤慨しながらドアを開けると、サッサと車に乗り込んだ。


「ちょと! 明後日のお別れ会は夜の6時からよ! 忘れずに来てよ。わたしに恥を欠かせないでね!」


 加納は黒服で闇夜に佇む繭子をバックミラーで確認しながら、制限速度いっぱいで田崎邸から離れていった。

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