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強面刑事  作者: M38
連続事件
10/27

追いつめる

 加納と三宮は留置場で佐藤和馬になりすましていた朝倉清司に面会した。前回と違い、加納の前に現れた朝倉清司は妙にスッキリとした表情をしていた。うしろに控えた三宮と共にお互いが深く一礼をしてから、席に着いた。


「あなたが静岡県出身、元自衛隊員の朝倉清司35歳で間違いないですか」

「はい、間違いありません」

「イラクに傭兵として渡航していましたね。目的は」

「10年前のオレオレ詐欺で国際指名手配された、佐藤和馬を捕らえることです」

「では、その佐藤和馬に朝倉清司さんが成りすましていた経緯をお教えください」

「はい。わたくしは10年前、佐藤和馬を探すためにイラクに渡り傭兵となりました。本音を言えば、佐藤和馬を殺して自分も死にたかったのです。わたしの家族を破滅に追いやった佐藤和馬が非常に憎かった。同時に、両親を責め立て自殺に追いやった、自分自身も許せなかった……」


 朝倉清司は下を向いて涙を拭った。


「なぜ、10年間も帰国できなかったのですか」

「はい。佐藤和馬が見つからなかったからです。正確には、会えなかったのです。佐藤和馬はずっと、イラクの奥地にある山岳地帯に派兵されていたからです。10年掛けてやっと佐藤和馬を見つけ出したとき、彼は野戦病院で瀕死の重傷を負っていました。佐藤和馬はわたくしが誰だか知りませんでした。彼はわたくしが日本人だったので気を許し、自分の命が短いと察して頼みごとをしてきました」

「佐藤和馬の頼み事とは?」

「はい。佐藤和馬は10年前、当時付き合っていた女と10年後に会う約束をしていました。その女に会って、自分が最期まで彼女を愛していたことを伝えて欲しいと頼まれました。わたくしが裏切ることを危惧したのでしょう。最期まで女の名は明かしませんでした。浅野武という男に連絡を入れればわかるとだけ教えられました。佐藤和馬の容態は急変し彼は亡くなりました。わたくしは咄嗟に、彼と自分の認識票と荷物を交換し、額に傷を作って彼に成り済ましました。本当の佐藤和馬の亡骸はイラクで荼毘に伏され、朝倉清司の名前で葬られました。それが、今年の4月の終わりのことです。わたくしは佐藤和馬の荷物の中にあった指示書に従い特殊ルートで日本に帰国し、5月の初旬に東京に到着しました。すぐに公衆電話から浅野武という男に連絡を入れました。浅野武が電話に出たので恐る恐る佐藤和馬の名を告げました。鏑木右近という10年前のオレオレ詐欺のリーダーが会いたがっているので、場所を指定してくれと言われました。わたくしは糾弾するチャンスだと思い、鏑木右近の家の近くの路地裏で会いたいと告げました。浅野武は場所を設定するから夕方になったら掛け直してくれと言って、電話を切りました」

「なぜ、路地裏を?」

「両親が路地裏で一家心中をしたからです。鏑木右近に、このことを訴えたかったのです。おまえのしたことがどんなにひどいことなのかとね。たぶんヤクザであろうから伝わらないかもしれませんが、言いたいことだけは言ってやろうと意気込んでいました。夕方になってもう1度、浅野武に電話をいれました。鏑木右近の自宅近くの路地裏を指定され、明後日の夜中の12時過ぎに来てくれと言われました。2晩、野宿をして過ごしました。浅野武に指定された日がきました。念のためキャップ帽で額の傷を隠し、黒装束に手袋をして路地裏に出向きました。路地の奥に高級車が1台停まっていました。車の中に人が居るようですが、真っ暗で動きがありません。ドアに手を掛けると開きました。車の中に頭を拳銃で撃ち抜かれた男が死んでいました。でも、この男がオレオレ詐欺の首謀者、鏑木右近だと直感で悟りました。わたくしのカラダの中から突如、憎しみが湧き上がってきました! 路地裏で寂しく死んでいった両親の姿が甦りました。わたくしたちが、いったい何をしたと言うのでしょう? 真面目にコツコツと働いていただけです。両親に罪はない! 気がつくと、傍らの座席に落ちていた拳銃で鏑木右近の左胸を撃ち抜いていました……。両親の恨みを込めて……これがわたしの法に触れる最大の罪です。死者に対する冒涜を行いました」

「……その後は」

「はい……。このままではわたくしが犯人になってしまいます。発覚を遅らせるために街灯を壊し、すぐに路地裏を逃げ出しました。何日か野宿をしていました。5月の中旬になり、思い切って公衆電話から浅野武に電話をいれました。彼の話では、鏑木右近が組の者に殺された。おまえの命も狙われている。新宿のゲイバー『アネモネ』に潜伏しろ。女はそこへ連れていくから安心しろということでした。わたくしは仕方なく『アネモネ』に住み込みで働きはじめました」

「では……それからは、ずっと『アネモネ』に居たのですね」

「はい、そうです。ですが、佐藤和馬の女からの接触はありませんでした。6月に入り定休日の月曜に部屋で寝ていると、夜中に仕事仲間がやってきて、見知らぬ男から預かったと言ってわたくしにメモを寄こしました。藤原達也の家の近くの路地への行き方が書いてあり、大至急来てくれとありました。わたくしはすぐに出発し、そして藤原達也の死体を発見したのです」

「では、あなたが路地裏へ行ったときには、すでに藤原達也さんは殺されていたのですね?」

「はい……わたくしは咄嗟に街灯を壊して逃げました」

「そこを近所の人間に目撃されたのですね……箕輪薫さんの件はどうですか?」

「それが……その件はまったく知りません。新聞を見てビックリしました。額に傷のある男……わたくしが目撃されたことになっていたからです」

「では……ウソの垂れ込みですね。最後に、あなたはわたしたちが踏み込んだとき、なぜ逃げたのですか?」

「わたくしは『アネモネ』で働くうちに、あとから入ってきた乙神八雲と知り合いになりました。乙神八雲はわたくしを朝倉清司とは知らずに、オレオレ詐欺に勧誘してきました。よくよく聞いてみると、驚いたことに乙神八雲は、10年前の朝倉家の事件の受け子役の男でした。吉田精一という10年前に自分の見張り役だった男が殺されたから、自分も金を出さないと殺されると言ってひどく脅えていました。他にも劇団に詐欺の仲間がいるようでした。わたくしはなんとか彼らのしっぽを掴もうと、様子を伺っていたのです。証拠を握って警察に訴え出るつもりでいました。乙神八雲たちはまだ若い。罪を償い更正してくれると信じていたのです」

「では、乙神八雲を告発するために逃げようとしたのですね」

「はい。捕まるなら彼も一緒でなければだめだと思いました。それに、他のオレオレ詐欺の仲間のように、乙神八雲も殺されるかもしれない。わたくしはあのとき、人質にした男が乙神八雲だと信じ切っていました。月光のなかでモンロー姿の乙神八雲を見て、我が目を疑いました。わたくしがきちんと乙神八雲を捕まえていれば、彼は死なずに済んだのに……」

「そうでしたか……では、朝倉清司さん、あなたは妹の朝倉麗子さんを庇い、自分が犯人だと嘘の証言をしていたのですね」

「はい、そうです。いろいろな事件を組み合わせて考えたとき、麗子が復讐のために暗殺者を雇って殺したのだと思い至ったのです。麗子に直接会い、自分の勘違いだったとわかりました。麗子もわたくしも、そんな残酷なことが出来る人間ではありません。静岡の伯母も呼んでくださったのですね……本名を呼ばれて正気に戻りました。自分ひとりでは何も出来ないことに、今初めて気がつきました。いままで嘘をついていて、本当に申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそ……麗子さんが指名手配されたと嘘をつき、あなたを惑わしてしまった。朝倉清司さん、あなたは正義の人だ。人を殺さずに改心の道へ導こうとしたのですね」

「わたくしはどうしても、人殺しは出来なかったのです。それはイラクにいたときもそうです。でも、結果的に誰も助けることが出来なかった……両親を死に追いやったわたくしには、何も……」

「そんなことはありません! あなたは10年かけて借金を返した! それだけで充分です。生きてきた甲斐がある。両親の死はあなたのせいではありません! すべては、人を騙し破滅に追いやった、犯罪者たちの責任です! いまこそ、罪を償わせましょう!」

「彼らはやってくる。ある日とつぜん、楽しく暮らす平和な家庭をぶち壊しにやってくるのです! 苦労して貯めたお金を、遊ぶ金欲しさだけに使う人間どもです! いや、悪魔です!」

「憎むべきは犯人たちです。我々も出来る限りの努力をさせていただきます」


 加納と三宮は朝倉清司と頭を下げ合い、留置場をあとにした。


「サンちゃん……朝倉清司はまっすぐな男だ。きっと更正するよ」

「うん……永ちゃん! 絶対に真犯人を突き留めような! 犯人め! 自分たちの罪を、朝倉清司に押し付けようとするなんて!」

「まずは、浅野武の妻を見つけ出そう。それと……佐藤和馬の昔の女のことが気になるな」

「そうだな……永ちゃん、署に戻って検討をし直そう」

「わかった、そうしよう!」


 署に戻った2人を、驚くべき事実が待っていた。


「なんだって! 浅野武の妻、弥生の旧姓が高橋……」

「高橋弥生は、浅野武の妻になっていたのか!」


 若狭のもたらした報告に、加納と三宮は啞然とした。


「ちくしょう! どうしてこの事実に気づかなかったのだろう! ヒントはいっぱい、あったじゃないか!」

「そういえば、永ちゃん……朝倉麗子が両親がオレオレ詐欺に会ったとき、電話口で妊婦と話したと言っていたよな? それが……高橋弥生だったのか!」

「だから8人でオレオレ詐欺を実行したんだ! 女が必要だった! 自分の運転手の恋人だったから、鏑木右近が自ら掛け子の見張り役をやっていたんだ! くそっ!」


 加納は厳ついカラダ全体から怒りをみなぎらせていた。自分のふがいなさに腹が立った!


「浅野弥生の実家は北海道……十代のころに家出をしてから音信普通。家族は弥生が結婚していたことすら、知らなかったそうだ」

「そうか……」

「永ちゃん、どうしようか? もう1度、浅野弥生が浅野武と住んでいた六本木のマンションに行き、聞き込みをするか?」

「うーん……だが、マンションは差し押さえになっているだろうし……」


 加納は強面に眉間を寄せ、関係者の名前を書いた紙を見つめながら考え込んだ。ヘタに動き回っても、ネタはもう尽きている。


「あのう……」


 機嫌の悪い加納にビクビクしながらも、若狭が口を挟んできた。


「若狭、なんだ?」


 加納が強面でにらみ付けた。


「朝倉と浅野って……アサまで一緒ですよね? 名前の出だしの音が……よく犯人って、自分に似た名前の偽名を使うじゃないですか。もしかして……朝倉麗子を名乗っていたのは、浅野弥生なのでは……」


「若狭、でかした! そうだ! サンちゃん! 朝倉麗子は浅野弥生だ! 女占い師の正体は浅野武の妻だ!」

「永ちゃん、どうして?」

「若狭の言う通りだ! 朝倉のアサと浅野のアサが一緒だ! 浅野弥生はおれに本名を言ってしまいそうになり、咄嗟に朝倉麗子の名前を出したんだよ!」

「でも、浅野弥生はなぜ、朝倉麗子の名前を知っていたんだ?」

「それはわからない。でも、浅野弥生にとって10年前のオレオレ詐欺は特別なのだろう。でなきゃ詐欺の話をしたとき、手が震えるほど激昂したりしないさ! 詐欺をしたときに、イヤな思い出でもあるのだろう。もしかしたら……あのとき朝倉清司が在宅で麗子が居なかったら、彼女に成り済まして浅野弥生がワタシワタシ詐欺をする手はずだったのかもしれない……」

「だから、麗子さんの名前を覚えていたのか?  朝倉家の事件は、もしかしたら浅野弥生の初犯だったのかもしれないな」

「鏑木右近の妻が、浅野弥生は10年前に浅野武と結婚した30歳の女だと言っていたな……年齢も合う」

「ああ、高橋弥生は3月3日生まれの今年30歳の女だ。永ちゃん、そういえば……浅野武が特殊部隊にいたときに起こした事件は、うちの管轄だったよな?」

「そうだ! 浅野武の地元は新宿だ! 若狭! 至急、浅野武の実家を照会してくれ! 出動だ!」


「わかりました! 先輩、すぐに調べます!」


 浅野武の出身地は案の定、新宿だった。加納と三宮は直ちに浅野武の実家へと向かった。


 浅野武の実家は、ゴミゴミとした都会の真ん中にある庭付きの一戸建てだった。両親はすでに他界。浅野武の兄名義になっていたが、管理をしているだけで誰も住んではいなかった。


「サンちゃん……藤原達也の自宅や『アネモネ』に近いな……」

「ああ……これなら、女の足でも充分に歩いていける距離だ……」

「さあ、最後の幕が上がるぞ!」


 加納が玄関のチャイムを鳴らした。誰も出てこない。留守か? だが、電気のメーターは回っている。室外機がブンブンと音を立てている。こう暑くては、クーラーをつけないと部屋は蒸し風呂だ。室外機が突然、止まった! バタバタと人が走っり去る音がした! 


「サンちゃん! 裏だ! 走るぞ!」

「わかった!」


 三宮が無線で警察に応援を頼んだ。加納が長い足を使って大股で駆け出した! 狭い庭はすぐに裏へ回り込める。加納の目前に、夏の夕日を背に受け、塀を乗り越えようとする小男の姿が捉えられた! 小さな黒い物体を庭の植え込みへと投げ捨てた!


「浅野武! 観念しろ!」

「逃げても無駄だ! おまえの罪は確定したぞ!」


 小男が塀を越そうとする寸前に、加納と三宮がうしろから飛び掛かった! 暴れる男を、2人掛かりで取り押さえた!

 刃物や凶器は持っていなかった。浅野武が加納の強面を見て、一瞬ひるんだ。


「殺された朝倉家の恨みだ! 罪を償え!」


 ガガッ!


 加納の拳が炸裂した! 浅野武が植え込みまで吹っ飛んだ!

 浅野武は観念したのか、首をうな垂れて大人しくなった。


「ハアハア……」


 3人とも汗ビッショリだった。

 三宮が手錠を掛けた。遠くからパトカーの音が近づいてくる。

 加納は、さっき浅野武が植え込みに捨てた、小さな黒い物体を拾い上げた。依頼されていたUSBだった。加納はそれを、そっと内ポケットに仕舞った。

 これで、親分に恩が返せる。

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