たまごに虎耳
「お願いお兄ちゃん! おーねーがーいー」
「駄目ですリカさん。許可できません」
「えー、そんなこと言わないでさあ、ちょっと一匹狩って来るだけ。一匹だけだから。ね? お・ね・が・い」
ほらほら、可愛いたまごのおねだりだよ。
両手を組んで、あざとくかわゆいポーズもつけちゃうぞ。
え、手がゆでたまごの白身に似てるから気持ち悪い?
「駄目と言ったら駄目です。そして、僕はリカさんのお兄ちゃんではありません」
「大丈夫だよ、ライルお兄ちゃんに彼女がいても、『お兄ちゃんはわたしのものなんだから近寄らないでぶーすぶーす』なんて意地悪しないよ、女の子にぶすなんて絶対に言わないよ自分が言われたくないからね、わたしは身のほどをわきまえたたまごだよ。だから、一匹だけ狩らせてよー」
わたしは冒険者ギルドのカウンターで、ライルさんを説得していた。
そう、ランクが上の依頼でも、ギルド職員の判断で受けることができるんだからね。
「絶対に、駄目、です。ランクFのリカさんにランクCのパーティ用の依頼なんて受けさせたら、僕は間違いなくギルドを首になりますから。ギルド長にボコられます」
「ギルド長って偉い人? 大丈夫、お兄ちゃんがボコられる前にわたしがギルド長をボコってあげる。わたしはお兄ちゃん思いのたまごだよ、この気持ちは誰にも止められないよ」
「……今、一瞬恐ろしい想像をしてしまいました」
額を押さえたライルさんが、力無く呟く。
アイアンゴーレムのなれの果てを思い出しているね。
気の毒ではあるが、わたしも引く訳にはいかない。
だって、約束しちゃったんだもん!
それは、わたしがエドと一緒に町をぶらついている時だった。
どうやらしばらくこの町にお世話になりそうなので、エドに頼んで町の案内をしてもらったのだ。
賑やかな通りには屋台が並び、美味しそうなものがいろいろ売っている。
ああ、買い食いがしたい。
あの肉と野菜の串焼きを持ってかじりながら歩きたい。
確かにたまごボックスを通せば中で食べることができるけど、それはわたしのやりたいこととちょっと違う気がする。
案内のお礼にエドに串焼きと果物のジュースを買ってあげて、美味しそうにかじりつくのを見る。
はふはふしながら肉汁タップリの肉に噛み付いているエドは、小動物のようでかわいい。
わたしも歩きながらはふはふして、エドと「熱いね、美味しいね」っていいながら食べたい。
「わあ、肉汁がたれて服に付くとこだったよ」とか慌てたい。
後で食べられるように、自分の分はちゃんとたまごボックスにしまったけどね。
まあそんな時、わたしは武器屋のおっちゃんがため息をつきながら店を見上げているところに出くわしたのだ。
おじさんでもおじさまでもない、おっちゃん。
腕がごっつい太い、おっちゃん。
そして、小さいおっちゃん。
そう、彼はファンタジーな人種のドワーフだったのだ。
「あれ、サンダルクさんだ」
「知り合い?」
「うん。この前僕が薬草を採るためのナイフを買いに来たんだけど、お金が足りなくて……そうしたら、『こいつは刃の先が少し丸いから捨てなきゃならんな、失敗作だからな、お前後で捨てておけ』って言って、ナイフをくれたんだ。それを使ってお母さんの薬草が採れて助かったの」
いい奴だな、おっちゃん!
そして、ツンデレドワーフなんだな。
わたしは寂しげなドワーフに声をかけた。
「武器屋のドワーフのツンデレのおっちゃん!」
「……なんだたまご!」
「たまごだけど冒険者のリカだよ」
「ああ、お前が鉱山の魔物をやっつけたたまごか」
やだわたしったら有名人?
「アイアンゴーレムをふた目と見られないほどの姿に惨殺したそうだな?」
「違うよ! わたしは一生懸命戦っただけだよ! 結果的になんかヤバいことになっただけで殺人鬼なわけじゃないからね、愛すべき善良なたまごにそんなこと言うなんて酷いよ」
泣くよ!
「サンダルクさん、リカお姉ちゃんを悪く言わないでよ、僕をワイルドウルフの群れから助けてくれて、鉱山ではお父さんを助けてくれた大恩人なんだよ、すごくいいたまごなんだよ……う……」
あ、エドが泣いちゃったよ。
そして、おっちゃんが慌ててるよ。
「すまんすまん、冗談だ。そのたまごには皆感謝してるぞ、冗談のネタになってるが、それは親しみをもって噂しているだけだからな」
まぎらわしい親しみの持ち方をしないで欲しいものだ。
「サンダルクのおっちゃん、わたしの弟分のエドにナイフをくれたお礼を言おうと思ったが、エドを泣かせた落とし前を付けさせてもらうことにしたよ、さっさと辛気臭いため息の訳を言うがいい!」
「……ツンデレたまごか?」
おっちゃんに言われたくないね!
「つまり、おっちゃんはミスリルが欲しくて欲しくてたまらなくなって、黄昏れちゃってた訳だね」
サンダルクのおっちゃんの話を聞いたわたしは言った。
ドワーフというのは山の中に住んでいて、鉱物と仲良しさんだ。
当然、得意な仕事は鉱物関係になる。サンダルクのおっちゃんの場合は、武器を作ることだ。
この町に来て武器屋を開いたのはいいけれど、最近鉄鉱以外の鉱物が手に入りにくい。もともとミスリル加工が得意なおっちゃんは、その腕を奮えなくなって不安を感じているらしい。
「こういう技術というのは、常に使い続けなければやがて錆び付いてしまう。俺はこのままではミスリルを扱えなくなってしまうと思うと、辛くてな……」
おっちゃんは仕事に人生をかける、立派なドワーフだ。
その素晴らしい技術を腐らせてしまうのは忍びない。
「俺がここでミスリルの武器を作れれば安く売ることができるし、この町の冒険者の力を底上げすることにもつながる。だから、余計にミスリルが欲しいんだ」
「という訳で、どうしてもミスリルが欲しいわけですよ」
「……」
「そして、掲示板を見るとあーら不思議、町からちょいと走ったところにミスリルタートルが出たから討伐希望!の依頼があるではありませんか」
「……」
「これは天がわたしにミスリルタートルを狩ってこいと言ってるのです」
「……」
「ミスリルタートルを売ったわたしはウハウハ、ミスリルが手に入ってサンダルクのおっちゃんはホクホク、更にはミスリルの武器を安く手に入れた冒険者が強くなってぶいぶい言わせるのですよ、何と言うwin win winな素晴らしい結果でしょう! さあライルさん、この依頼書をわたしのギルドカードにピピッとしてください」
「……駄目です」
「うわあん、お兄ちゃんの石頭! ……チーアさんっ?」
ちょっぴり期待を込めて、チアさんを見るが。
「わたしが受けるわけないでしょう」
お姉ちゃんにさっくりと切り捨てられた。
「じゃあ、この件はギルドを通さずに」
「やめなさい!」
お兄ちゃんに怒られた。
「とにかく、僕はリカさんにこの件を受けさせるつもりはありません」
「お兄ちゃん横暴」
「僕はギルド職員として正しいことをしたいんですよ。リカさんを危険にさらすつもりはありませんから。ただし、」
ライルさんは続けて言った。
「実は、リカさんをDにランクアップさせる準備をしてあるんです。ランクアップ試験に合格し、かつ、僕と手合わせをして実力を判断し、この依頼を受けるにふさわしかったならば、ギルド職員の責任でミスリルタートル狩りを許可したいと思います。それでいいですか?」
「いいです! ありがとうライルさん!」
やったあ、やっぱりライルお兄ちゃんはいい人だね!
惚れないけどね!
翌朝、わたしは朝食を済ますと冒険者ギルドに顔を出した。
ランクアップ試験を受けに行くのだ。
「おはようございまーす。おおっ?」
「おはよう。あんたがリカ?」
ちょっと待ってちょっと待って、ギルドカウンターの前に虎耳のセクシーお姉さんがいますよ!
ビキニアーマーって言うんですか、主に大事なところが金属で守られていて、後は気持ち布っぽい何かで被われています。
腕と手に凶悪な感じのトゲトゲが付いているところを見ると、格闘系の方ですね、わたしと一緒ですね。
かっこよさはまったく違いますが!
「そうです、リカです。お姉さんはどなたでしょう」
まさかライルお兄ちゃんの彼女ですか?
こんな美人さんには逆立ちしたって『ぶーすぶーす』言えませんよ。
お姉さんはシマシマのしっぽをひと振りして言った。
ちょいと低めのかすれた声がまたセクシーです。
「ギルドから、あんたのランクアップ試験の依頼を受けたの。ランクC冒険者のミラよ、よろしくね。見ての通り、虎の獣人よ。接近戦を得意としているわ」
「よろしくお願いします。たまごです」
「ひと目でわかるから」
美女の突っ込みをいただきました!
「それではリカさん、試験の説明をしますね」
目の前でセクシーお姉さんがしっぽをフリフリしているというのに、ライルさんは顔色ひとつ変えない。
さすがギルド職員、美人を見慣れているのか?
じゃなくって、立派な精神力だ、うん。
わたしの精神力はそんなたいそうなものではないので、露出度の高いお姉さんが気になって仕方がない……。
はっ、今大事なことに気がついたよ!
わたし、全裸じゃん!!!
……誰も気にしていないな。
むしろ、たまごが服を着ている方が不自然であると言えよう。
この件は考えないことにした。
「リカさん、聞いてますか?」
「聞いてますよもちろん! たまごの露出についてなど、これっぽっちも考えていませんとも! ミラさんを連れて、森でガンガン魔物を狩っていけば良いのですね、了解です! なるべく強そうなのと美味しそうなのを選びます」
「美味しそうなのはいいですから」
「そんなことを言わずに、今夜はお肉でわたしのランクアップ祝いをしますよ、期待していてくださいね」
わたしはたまごアームを出すと、親指っぽいものを作ってびし! っと立てた。
さあさあ、ランクアップ試験に出発だよ!