おまけのおまけ たまごの中身
『ミスリルの塊だね』あたりのお話です。
フツメンだけどイケメンなギルド職員、ライルお兄ちゃんの心の中を
ちょっぴりのぞいてみました。
今日も無駄なほどに元気なたまごは、意気揚々とミスリルタートル狩りに出かけて行った。
あのたまごは、ただのたまごではない。つるっとした殻にへろへろした気味の悪い腕が2本ついているだけの姿にもかかわらず、素早い動きで相手を翻弄して鋭い角で何もかもを砕いて息の根を止める、恐ろしく戦闘能力の高いたまごなのだ。
そう、ランクB冒険者である僕のミスリルの剣をあっさりと砕いてしまうほどの強さなのだ……あの剣は僕の給料の何年分だと……。
あのたまごならミスリルタートルをひとりで倒してもおかしくないし、ミスリルタートルごときに傷を負うとも考えられない(ミスリルの剣で切っても、まったくの無傷なのだから! しかも、最後は手加減なしで斬ったというのに、逆に僕の腕を痛めそうになってしまったのだ。まったく非常識にも程がある!)から、心配せずに送り出したのだが。
「ライル、どうしたの?」
同僚のチアが、訝しげに尋ねてきた。
「どうしたのとは、何がですか?」
「だって、リカちゃんを見送る時間が普通よりも10秒くらい長くなってるし」
「たまごに無駄な時間を使ってしまいましたか」
「それに、耳が少し赤いわよ」
「え」
僕は思わず耳を押さえた。
昨日の夜は、本当に驚いた。
たまごの中身が、長い黒髪の少女だったとは、まったく予想もしていなかったからだ。
あのたまごが、アイアンゴーレムもエビルリザンも遠慮会釈なくがんがんがんがん体当たりの滅多打ちにして、見るも無残な姿にするあのたまごが、確かにたまご族の女性だということは知っていたが、その正体があんなにも普通の少女だったなんてまったく予想もつかなかった。
不思議な種族だが、エルフやドワーフのように魔力の干渉を受けた生き物で、中にはせいぜい巨大な黄身が詰まったたまごだとばかり思っていた。
というか、不気味なので、あまり想像しないようにしていた。
その正体が、緑のワンピースを着て嬉しそうにくるりと回る、猫のように丸い瞳をした少女だなんて、誰も知らないだろう。
あの人なつこい笑顔のリカが、魔物をあんな姿になるまでいたぶってぼこぼこにして惨殺するとは……いや、そこを追求するのはやめておこう。
リカは、あのたまごの中に閉じ込められているらしい。
透明な結界に囲まれたリカは、涼しい夜風が吹く中に立っていても髪の毛のひとすじさえ揺らすことがなかった。たまごの中は快適だと笑っていたが、この世界の何も誰もリカに直接触れることができないのだ。
それは、とても孤独な場所ではないのか?
けれど、リカはたまごの中で笑い、愛嬌いっぱいにビルテンの人たちと関わり、なんだか楽しそうに毎日を過ごしている。人なつこすぎて時々おかしなことを言ってくるが、気がついたらちゃっかり僕の妹分におさまっていた。
いつも賑やかで美味しいおやつを配るお茶目なたまごは、本人に教えると調子に乗るから絶対に教えないが、このビルテンの町の人気者だ。今やたまごを知らない者はいないくらいだ。
坑道のアイアンゴーレムを倒して被害を最小に抑えた件では、多くの者がたまごに感謝している。たまごがいなかったら鉱山はしばらく使えなかったし、中に閉じ込められた人たちも出るまでに時間がかかっただろう。下手をするとゴーレムに襲われてけが人や犠牲者が出たかもしれない。
たまごは町にくり出して、惜しげもなく不思議で美味しい薬を配りまくるので、町の人々の体調も良くなり、医者本人も厄介な持病を治してもらってほくほくらしい。
たまごには、自分はビルテンにいつまでもいられないので、あくまでも町の人々の健康管理は医者の仕事だと釘を刺されたらしいが。
そんな気のいいたまごだから、人騒がせなことをしても皆「たまごだから仕方がないな」と温かい目で見守っている。僕は冒険者ギルド職員として、たまごのことをよく見ていてやらなければならない。
兄ではない。
ギルド職員だ。
「リカちゃんのことが心配?」
「いいえ、まったく」
僕が答えると、チアは「即答ね」と笑った。
「最初に会った時には驚いたけど、今じゃすっかりたまごの姿にも慣れちゃったわ。たまごに変な手がついてるだけなのに、最近じゃなんだか表情がわかるような気がするの」
「それはたいした想像力ですね」
僕には顔のないたまごの表情などまったくわからない。
だが、本当の姿を知った今では、その中の少女の百面相はなんとなく想像できてしまう。
「得体の知れないたまごだけど、このビルテンにしばらくいて欲しいわ。おやつは美味しいしね」
「そうですね、美味しいですね」
「お兄ちゃんとして、たまごをよく面倒見てあげてよ。まだ15の女の子がひとりで旅をしてるんだもの、しっかりした大人が気にかけてあげないとダメよ」
「ギルド職員として、気にかけましょう」
「へそ曲がりね」
チアは僕の肩を小突いた。
「誰に対しても愛想がいいライルが、あの子に対してだけは素が透けてるのを自覚してる? たまごよりも硬い殻も、リカちゃんの体当たりでヒビが入ったのかしらね?」
「……僕の殻?」
視線で尋ねたが、チアは「さあねー」と言いながら仕事に戻ってしまった。
そして。
「リザンダヨー」
このたまごは、冒険者ギルドの前でエビルリザンの頭を出して、なんという非常識な踊りを踊るんだ!
僕は頭痛がしてきたので、額に手を当てて俯いた。
「リザンダヨー リザンダヨー」
「ぎゃあああああああ」
「やめてくれえっ、もうやめてくれーッ!」
阿鼻叫喚である。
たまごの戦いを見守っていた人たちが、一歩ずつ後ろに下がった。
「……ライル、なんとかして」
青い顔をしたチアが、僕の袖を引っ張って言った。
「チア……」
「『ライルお兄ちゃん』がなんとかして!」
「……」
僕がいやーな顔をしてチアを見ていると、ならず者の冒険者たちが降参して、這々(ほうほう)の体で逃げ出していった。
「ほら、お兄ちゃん、惨殺しなかったよ! 血も飛んでないよ! さあ、たまごを誉めなよ!」
「……よくできました」
たまごの白い殻の向こうに、少女の得意げな表情が見えた気がした。
ビルテン一危険な妹分ができてしまった僕は、ため息をついたのだった。




