おまけ話『魔剣・紅蓮の神影』最終話
「じゃあ、さくっとボスキャラを倒しに行こうか」
「おいたまご」
「大丈夫だよ、その籠手を付けていればゼノの防御力は完璧に近いからね。どんな強い魔物でも、手も足も出ないさ!」
「いや、そういう問題ではなくてな」
「やだ、ゼノ副団長としたことが、ちょっぴりビビっちゃってるの? まあ、無敵と頭でわかっていても、でっかい魔物に攻撃されたら、誰だってビビるよね。わかったよ、ここで待ってていいからさ。たまごがちゃちゃっと倒して、ライルお兄ちゃんへのお土産をゲットしてくるね」
わたしはそういうと、Bボタンを押して、暗闇の先にあるぼんやりした光に向かってダッシュをした。早く済ませて帰ってこないと、こんなところで暇つぶしをするゼノに悪いからね。わたしは気を使うたまごだよ。
「いや、俺はビビってるんじゃなくて、人の話を聞け、違うから待て、待てってば、この非常識たまごーーーーーーーっ!」
後ろでゼノが絶叫してるけど、気にしない。
ダッシュするたまごに、洞窟の魔物がガンガンぶち当たってくるけど、それも気にしないよ。
大丈夫、防染機能に優れたたまごは、血塗れになってもすぐ綺麗なたまごになるからさ。それに、ここの魔物の身体は死ぬと消えちゃうからね。
「たまごーーーーーーーーっ!」
後方からかすかに聞こえるイケメンの呼び声に、くすっと笑ってしまう。
もう、ゼノったら、そんなに熱く呼ばれたら、さすがのたまごも照れて温泉たまごになっちゃうよ。
暗いトンネルを抜けると、ぽっかりと開けた場所があり、その真ん中に黒光りする巨大なドラゴンがいた。かなり広い空間なのに、その天井に頭が届きそうなくらいに大きい。
そうだね、5階建ての建物くらいだね。
さすがはこの洞窟の主だけあって、見た目がすごく禍々しいね!
なんていう名前なのかな?
さっそくたまごの力で鑑定しようとしたら『我は邪神ノワラガン、この洞窟の魔物を統べる王なり』と何語かわからない言葉で喋った。
「あ、自己紹介どーも。わたしはたまごのリカ、この世界のスーパーアイドルだよ」
ちょっと金属みたいに光る、硬そうなドラゴンにたまごも名乗りをあげる。
『タマゴノリカよ、我の前から立ち去れ。我が守る『魔剣・紅蓮の神影』を求めようなどと愚かな振る舞いをするならば、たちどころに神罰を与え、この世のものとも思えぬ苦痛を与えるぞ』
「おやおやぁ、このたまごに地獄を見せてくれるっていうの? そりゃあ聞き捨てならないね。なんてったって、地獄の底へ叩き込むのはこのたまごの十八番なんだから……ああ、しまった! リザンの頭は剥製にするためにギヤモンさんちに置いてきたんだったよ!」
ああ悔しいや!
ここにはたまごしかいないから、遠慮なくリザンの踊りが踊れたのにさ!
「たまご!」
荒い息をつきながら、追いついてきたゼノが言った。
「わあ、さすがは副団長、足が速いね。じゃあ、その辺で籠手を構えながら見てなよ。残念ながら、リザンの頭がないから素敵な踊りはお預けだよ」
「それは一生お預けにしてくれ。じゃなくて、たまご」
「大丈夫、そんなに時間はかからないよ。こんな……」
『タマゴノリカ! 味方を呼んだようだが無駄な足掻きだ。さっさと立ち去れ!』
「あーもう、うるさいな! 今、ゼノと話してるんでしょ! 少しおとなしくしてなさい!」
『ひょっ……』
ドラゴンを叱りつけると、変な声を出して黙ったので、ゼノと続きをする。
「なに?」
「この魔物は、魔力と神気が合わさってできた魔物だぞ! いくらリカでも、なんの作戦もなくいきなり戦うのは無謀だ」
「えー、でもー、たまご、作戦立てたもん」
「なに? なら、なんでいきなり突っ込んで行くんだ?」
「それがたまごの作戦。めちゃめちゃ体当たりして、魔法のたまごを投げて、ツノで刺すの」
「……それは作戦とは言わん……」
ゼノが脱力して座り込んでしまった。
ちゃんと籠手を構えたままだからいいけどさ。
「じゃあ、そこに座ってたまごの活躍を見ていてよ。よし、はりきって戦っちゃうよ!」
ギャラリーがいると、テンションが上がるよね!
わたしはたまごアームの先をびしっとカッコよく立てて見せてから「じゃあ行くよ、邪神……なんとか!」と叫んだ。
『我の名前をもう忘れたのか⁉︎ 信じられん、失礼なたまごめ、こんな失礼な奴を見たことがないわ!』
黒いドラゴンは息を吸い込むと、赤と青とオレンジが混じった豪炎をこちらに向かって吐いた。ごおおおおおっ、音がして、わたしたちは炎に包まれる。
『ふははははははは、この邪神ノワラガンを怒らせると、たちどころに塵すら残さず消滅……なに⁉︎』
さりげなくもう一度名乗りながら、ドラゴンはわたしたちを見て口を開けた。
『生きている……だと?』
そう、虹色の光の中のゼノと白い殻のたまごは、のほほんとしていたのだ。
「なかなかカラフルな炎だったが、なるほど、全然熱くなかった。すごい籠手だな」
わたしはたまごアームの先を得意げにちょいちょいと振った。
「でしょ? この籠手の防御力はウルトラスーパーに高すぎるから、この世界のものの攻撃ではノーダメージなんだよ。たまご以外は」
ゼノの虹色のドームもわたしのたまごの殻も、こんなドラゴンの攻撃程度ではびくともしない。そよ風が吹いたほどの感覚すらないのだ。
「そして、なんの防御もしないでまったく平気なおまえもすごいな」
「いやあん、今さら何を! たまご、恥ずかしい」
たまごアームで、虹色のドームを小突く。
『ぐぬう、お前たち、何を仲良しアピールしているのだ! おのれ、覚悟するがぐはあっ!』
セリフの途中ですが、たまごが体当たりしました。
おや、ドラゴンの身体から、何かがぼふっと抜けたよ。
「ふん、売られた喧嘩は買わせてもらうたまごだよ!」
ドラゴンは瞳を紅く光らせながら吠えた。
『このたまごめっ! ゆるさごふぉっ!』
無視して体当たりだ!
ほら、ぶつかると灰色の靄みたいなものが抜けていくの。
面白いから、がんがん体当たりをしてみようっと。
『たまごへっ! ぐあっ! がふっ! ごはっ!』
コントローラーを握ってBボタンを使いまくって加速して、遠慮なく体当たりをしていると、高い天井ほどあったドラゴンの身体が、2階建てくらいにまで小さくなった。
「縮んだな」
たまごの無敵っぷりに、何もかもどうでもよくなったような口調でゼノが言った。
「現れたばかりだからか、意外に弱い魔物だったようだな」
「あー、そこはたまごが強いって言ってよー」
『おのれおのれ、ふたりして失礼なことおがあっ!』
「えい! えい! えい! えい! えい!」
また縮んだ。
「……あれ? 後ろに宝箱があるよ」
小さくなったドラゴンの後ろに箱が隠してあったよ。
『おい、こら、それは我が守るもの、欲しくば我をぐはあっ!』
「もーらい」
たまごアームで宝箱をさっさとたまごボックスにしまう。
『ぐおおおおおおーっ、非常識なたまごめがああああああーっ!』
「レンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでレンジでた・ま・ご♡」
大きく開いた口に『レンジでたまご』を大量に投入すると、食べずにはいられないたまごの力でドラゴンの口がぱくんと閉じてしまう。
ぼふっ、と一際大きな、どこか気が抜けた音がして、ドラゴンの身体は全て灰色の靄に変わり、消えてしまった。
「なあんだ、邪神って名乗る割にはたいしたことない……あれ?」
そこには、ピンク色のたまごが残されていた。
1メートルくらいの大きさのたまごが、洞窟の床にころんと転がっている。
「魔石が残らないでたまごが生まれたよ、たまごもびっくり」
わたしはたまごアームの先で、ピンクのたまごをつついた。
「ゼノ、これなに? ボスキャラって倒すとたまごになるの?」
「いや、そんな話は聞いたことないな」
警戒を怠らず、防御ドームを出したままのゼノが近づいてきた。
わたしはたまごアームの先でこんこんとノックした。
「入ってますかー? わあ!」
桃色のたまごがばかんと割れた。桃太郎もびっくりの割れっぷりだよ。
そして、中身も桃太郎っぽいよ。
「女の子が出てきた……」
たまごの中には、金髪の幼女が入っていたのだ。アームの先でほっぺたをぷにってすると「ん……」と声を漏らしながら目を開けた。瞳は真っ青だ。
色白で可愛らしい幼女は、瞳をうるうるさせながら呟いた。
「あ……気持ち悪い……」
「やだ、あんた大丈夫? 今このたまごが楽にしてあげるからね。この子に効く薬を『調合』!」
急いでたまごの素敵な薬を調合すると『すごいたまごアイス』が現れた。
「さあ、これを食べてみなよ」
女の子をアームで支えてあげながらアイスを近づけると、小さな口が開いてぱくんとアイスを噛んだ。
「え……? これ、すごく美味しい……」
一口食べただけで気分が良くなったらしい幼女は、ほっぺたをピンクにさせてさらにアイスにかぶりついた。しゃくしゃくしゃくしゃくと音を立てて、勢いよくアイスを食べる。なんだか餌付けしている気分だよ。
「美味しい? たまごのよく効く薬は味も最高なんだよ」
幼女はこくこく頷いた。そして、『すごいたまごアイス』を食べ終わると、しょんぼりした顔になり、まん丸な瞳でおねだりをしてくる。
「まったくもう、仕方がない子だね」
下町のおばちゃんみたいな口調になっちゃったたまごは、大サービスでさらに3本『すごいたまごアイス』を出して、3人でおやつにした。
「どこのどなた様か存じませんが、この度はお助け下さいましてありがとうございました」
たまごの半分くらいの身長しかない小さな幼女は、やたら丁寧にお礼を言いながら深々と頭を下げた。
「あんた、あのドラゴンに食べられちゃったの? っていうか、そんなゼノとお揃いの金髪に青い目をしてたまごの中に入っていたなんて、あんたはわたしとゼノの愛の結晶なの?」
「いきなり恐ろしいことを言うな!」
ゼノに本気でどつかれた。
無敵のたまごがゆさっと揺れたよ。
「可愛らしい冗談はさておき、あんたは何者なの? ちなみに、わたしは世界のスーパーアイドル愛のたまご戦士、リカだよ。こっちは王都のゼノ副団長。イケメンだけどどこか残念なところがみんなに愛されている、突っ込みキャラだよ」
「誰が残念だ!」
ゆさっ。
さすがだね、ゼノ!
タイミングのいい突っ込みに、たまごも揺れたよ。
「リカさんにゼノさんですね。わたしはフェイリアと言います。この洞窟の管理者を務めておりますが、ちょっと油断した隙に魔気に力を乗っ取られてしまいました。危なくここを強大な魔物の製造場所にしてしまうところをおふたりにお助けいただきました」
また頭を下げる幼女に、ゼノは「いや、俺は何もせずに見ていただけだが……」と呟いた。
「管理者? へえ、洞窟ってそんな人がいたんだ」
「はい」
あどけない幼女はにっこりした。
「魔物の強さを調整したり、宝箱を設置したりするお仕事なんです」
「ふうん。こらからは気をつけなよ」
「はい、気をつけてがんばって洞窟を管理しますので、皆さんで魔物狩りに来て下さいね」
ピクニックに誘うように気軽な口調で言って、フェイリアは背中を伸ばして「ふんっ」と気合を入れた。そのとたん、背中から一対の白い羽が生えた。
「邪神ノワラガンの宝箱には、『魔剣・紅蓮の神影』が入っていますので、お持ちくださいね」
「ありがとう、もらっておくよ。……ねえ、ちょっとあんたを鑑定してもいいかな」
「え? 鑑定ですか? はい、どうぞなさってください」
魔気に乗っ取られたなんて、この子は防御力は大丈夫なのかと思って鑑定した。
そうしたら、種族のところに天使って書いてあった。
天使?
「あんた、天使なの?」
「天使だと⁉︎」
疑問に思ったらすぐに聞くのがたまごのやり方だよ。
そして、ゼノがびっくりしているよ。
「はい、そうです」
「て、天使、さまなのか?」
「あんたさ、ちょっと防御力が足りないんじゃない? 今回はたまごがいたからなんとかなったけどさ、また同じように魔気とやらにやられちゃったらどうするの?」
「それは……申し訳ありません。まだ力不足なのです」
フェイリアが俯くと、ゼノは「お、おいたまご、天使さまをしょんぼりさせるなよ!」と慌てたように言った。
「だって、本当のことだよ? またドラゴンができちゃって、この洞窟から強い魔物が現れて王都を襲ったらどうするの? 大変な惨事になるよ。そうさせないのがこの天使の責任ってもんだよ」
「まあ……それはそうだが……」
「返す言葉もございません……」
フェイリアは、さらにしょんぼりしてしまった。
「まあ、この愛のたまご戦士がなんとかしてやるか! フェイリア、もうこの洞窟の魔物はいつも通りのレベルに戻ったの?」
「はい。むしろ、弱くなってますので、あとで調整したいと思っています」
「じゃあ、ゼノ、その籠手を外しなよ」
「え、これを? ああ、もう必要ないようだな」
ゼノが外した『無駄に無敵な籠手』を、わたしはフェイリアの手に嵌めた。しゅっと縮んでフェイリアの腕にフィットした籠手を、天使の幼女はまじまじと見た。
「この美しい防具は、大変な力を持っていますね……こんなものが存在するなんて……」
「天使もびっくりだね! この籠手は『無駄に無敵な籠手』という、この世界の最高の防具なんだよ。もちろん、作ったのはこのたまごさ。これをあんたにあげるよ」
「な、なんですって⁉︎ こんな良い防具を⁉︎ それこそ天使もびっくりですよ!」
「いいんだよ、わたしはこの世界の愛のたまご戦士だからね、平和を守るためにはそのくらいのことはするんだ。だから、気にしないで」
「あ……なんて素晴らしいたまご戦士さまなのでしょう! ありがとうございます!」
「いいんだよ、わたしは太っ腹なたまごだからさ。神とか天使仲間に、たまごの良い噂でも流しておいてよ。んで、フェイリアはこの洞窟の管理を頼むね、いい宝をいっぱい出してあげてね」
「はい! しっかり管理して、役に立ついい洞窟にします!」
フェイリアは、青い目を感激でキラキラさせながら言った。
フェイリアと別れた帰り道にはもうあまり魔物が出ないので、わたしは来る時に体当たりで倒した魔物の魔石を拾いながら戻った。
「わあ、見て見て、この魔石はすごく良くない?」
「ああ、高く売れそうだな……いいのか?」
「なにが?」
「あんな逸品をあげてしまって」
「ふふん、たまごを舐めてはいけないよ。あれをフェイリアに持たせておけば、王都やこの国のみんなが恐ろしい目に遭わないんだよ? そう思ったら、安いもんだよ」
「そうか……」
ゼノが珍しく優しく笑ったので、わたしは思わず「なに? いきなりデレモードに入られても、たまご、困っちゃうんだけど」と言った。
「なんでもない!」
そう言うと、ゼノはたまごの頭をつるっと撫でたのだった。




