おまけ話『魔剣・紅蓮の神影』その3
この『邪神の洞窟』はダンジョンになっていて、しかも日々成長しているらしい。なので、地図も常に新しい情報を書き込んで作られていく。メリンダさんが、ギルド長用の地図を見せてくれた。
「これが最新の地図ですよ」
「へえ、洞窟は地底に広がっているんだね」
ゲームとは違って、地下に一層しかないけれど、『邪神の洞窟』はかなり横に広がった大きなダンジョンのようだ。
「この地図、書き写すのが大変だなあ……」
わたしが洞窟の造りを頭に焼きつけていると、ポーンと電子音が鳴った。
『ダンジョンの地図を読み込みました』というメッセージの下に、地図が現れる。
たまご、なかなかやるじゃん!
「地下ということは、中は完全に真っ暗なんだね。灯りは魔道具屋さんで買えばいいのかな?」
たまごの魔法は、個性が強すぎて戦いの時しか使えないんだ。
ライルお兄ちゃんみたいに、シンプルな生活魔法が使えたなら便利なんだけどなあ。
たまごのてっぺんを光らせるとかさ。
すると、メリンダさんが、ぱたぱた手を振りながら言った。
「いえいえ、灯りの準備は要りませんよ、この洞窟は、全体が発光石でできていて、灯りは不要なのです」
「わあ、そうなの? よかったー、たまご、暗い所は嫌いなんだよね。魔物がわっとか言って出てきたらびっくりしちゃうからさ!」
魔物が怖いわけじゃないけれど、驚かされるのが嫌いなんだ。明るい洞窟っていうのもなんだか雰囲気が出ないけど、やっぱり雰囲気より便利さが大切だよね。
「そうしたら、あとは……」
わたしは、お代わりのお茶をすすっているゼノを見た。
「ゼノはたまごについてくるんだよね?」
「任務だからな。リカが王都にいる間は、どこへでもついて行く」
言い方がちょっとクールじゃん。お茶をすすりながらだけどさ。
イケメンだから、余計にかっこいいね。
たまごに付き合ってゼノが惨殺なんかされたら王都のみんなに恨まれそうだから、たまごがちゃんとしてやらなくっちゃね。
副団長は、なぜかみんなの人気者なんだよね。
いじりやすいからかな?
それにさ、ゼノったら『どこへでもついて行く』だなんて言っちゃってるけど、それってちょっと愛の告白みたいでたまごときめいちゃう。
財布の紐も緩んじゃう。
というわけで。
「さあ、金にモノを言わせてゼノの防御力を最高に上げちゃうよ!」
わたしとゼノは、王都でも最高級の防具を扱っている店に来ていた。
「たまごはエビルリザンとミスリルタートルを売ったから、懐があったかいんだ。大船に乗った気持ちでいなよ」
その他にも、でかい蛇とかアイアンゴーレムとか、あとは『レンジでたまご』の試し投げで狩った魔物をたくさん売ったから、結構なお金持ちなんだよ。
タマゴーランドの建設に向けて節約をしなくちゃいけないけどさ、ゼノの命はプライスレスだからね。
ってゆーか、たまごの冒険に巻き込まれてゼノが死んじゃったらたまごの評判が落ちて、タマゴーランドの集客力にも影響が出ちゃうからさ、これは必要経費なんだ。
「おいたまご。金を持っていることを他人に知られないようにしろ」
ゼノが、難しい顔でたまごに忠告する。
「なんで? 優しいたまごの心に取り入って、たまごのお金を無駄に使わせようとする人が出てくるから?」
「いや、リカのような若い娘が大金を持っていると、危険……いや、なんでもない。全然危険はないし、むしろそんなことを考えた不届者の身の方が危険だな」
ひょいと肩をすくめる仕草はカッコいいけれど、その内容には納得できないたまごだよ。
「えー、そこは最後まで心配してよ! たまごはぴちぴちの15歳なんだから! うら若きお嬢さんなんだから!」
「うら若きお嬢さんが、金にモノを言わせるとか言うな」
「サーセン」
注意を受けて反省するうら若きたまごだよ。
ってゆーか、ゼノったらいつの間にか反撃の腕を上げたな!
さては、女子たちにモテるために、クールイケメンキャラになろうとしているね?
そんなわたしたちの会話から『お金を持ってるで!感』が伝わったのか、お店の人がわたしたちを奥の個室に通してくれた。お金さえあれば、たまごもVIP扱いだよ。
「さあ、こちらのお部屋にどうぞ。店長がお迎えいたします」
店員さんがドアを開けてくれたので入ると、中には頭のてっぺんがたまごのようにつるりとしたおじさんがいた。
なんだか親近感がわくね。灯りがわりにおじさんが発光しても驚かないよ。
「いらっしゃいませ。店長のツルートです」
えっ、まさかのツルっと⁉︎
「たまご族の愛のたまご戦士、リカさまとお見受けいたしますが」
「よく知ってるね! そうだよ」
「ギヤモン商店に、ミスリルタートルとエビルリザンをおろされたことをお聞きしておりますよ」
さすがは商人だね。良い顧客になりそうなたまごの情報をきちんと把握しているよ。
「この店の防具の中でも、特別な逸品をお持ちいたしました。もちろん店頭には出していない品でございます」
ツルートさん(ああっ、つるっとさんって言いたいよ!)は、自信にみなぎった顔で店員に合図をした。テーブルの上に黒いケースが置かれる。ツルートさんは、ケースをわたしたちに向けて開けてみせた。
「これは、籠手ってやつかな。ミスリル製なの?」
絶対防御のたまごには防具が必要ないから、あまり詳しくないんだよね。でも、ミスリルは何度も見ているから、それはわかるよ。
銀色に輝くその籠手には、全体に美しい模様が刻まれていて、数カ所に窪みがついている。ツルートさんはケースから出した籠手をゼノに手渡した。
「ゼノ副団長さま、これは伝説級の防具『聖霊の籠手』でございます。どうぞお試しになってみてください」
ツルートさんは、もちろんゼノのことも知っているのだ。
「伝説級だと? これはまた凄い品を出してきたな……軽い籠手だが……」
ゼノは、手の甲まで覆うミスリルの籠手を付けた。
「軽いですし、指先も出ている形なので、動きの邪魔をいたしません。剣士の方でも魔法使いの方でも使える防具でございます」
ゼノは手を何度か握ったり閉じたりして、籠手の付け具合を確かめた。
「それで? 伝説級の防具ということは、ただの籠手ではないのだろう?」
「はい。この窪みに、こちらの魔石を取り付けますと……」
ツルートさんはケースの中に入っていたオレンジ色の魔石を籠手の窪みに置いた。すると、籠手から枠が出て、魔石をがっちりとつかまえた。
「そして、お立ちになって、籠手を構えていただけますか? 魔物に相対していると想像してください」
「わかった……おおっ!」
「わあっ!」
ゼノが構えたら、籠手から銀色の光が現れて、まるで盾のようにゼノを守っている。わたしはたまごアームの先で光の盾を叩いた。
「うん、固いや。面白い籠手だね」
「はい。防御力もかなり高くなっており、衝撃も吸収します。付属の魔石はこれだけですが、この籠手には他にも魔石を装着できるようになっておりますので、さらに効果を高めることが可能です。魔石の質次第では、究極の防具になるでしょう」
「へえ、いわゆる成長する防具なんだね!」
たまご、感心しちゃったよ。さすがは伝説級というだけあるね。
「この防具があれば、リカに付き合っても命を落とすことは……命を落とす確率は減るだろう」
ちょっと、言い直さないでよ。たまごが危険な人物みたいじゃない。
「ゼノの命はたまごが守るよ!」
「金の力でな」
「そうだよ! これください」
「ありがとうございます」
値段も聞かずに即決したたまごに、ツルートさんは嬉しそうにお礼を言った。
「じゃあ、早速カスタマイズしようかな」
わたしはたまごボックスをごそごそ探って、魔石を取り出した。
「この赤いのが、でっかい火を噴く蛇を倒した時にゲットしたやつでしょ、これはこの前砂漠にいたなぜか氷の槍を飛ばしてくるでっかい青いサソリのやつでしょ、これはビルテンでかまいたちみたいな攻撃をしてきたでっかい鳥から取れた魔石でしょ、これは……」
「お、おい、たまご! おいたまご! お前はどれだけ魔石を溜め込んでるんだ⁉︎」
「……は? え? ちょっ、ま、お待ちを、たまご戦士さま、こんな、ええーっ⁉︎ どうして国宝級の魔石を持っているんですか⁉︎ どこでなにを、どれだけ倒されたのですか⁉︎」
ふふん、たまごは『たまご索敵』のスクリーニング機能を駆使して、超大物の魔物をかなり倒してるんだよね。当然、魔石をちゃんと集めていたよ。
大きな魔石を6つばかりはめ込み、さらにミスリルタートルの魔石の砕けたもの(たまごホーンで貫いちゃったからさ、ビー玉くらいの大きさの丸い球10個になっちゃったんだ)も小さな窪みにはめ込んでみた。
「うわー、すごいや! ゴージャスな籠手になっちゃったじゃん! キラッキラだよ」
ミスリルの輝きとカラフルな魔石の輝きで、すごく素敵な籠手になっちゃったね。薄青のミスリルタートルの魔石がまたいい味を出しているよ。これはもう、アクセサリーと言っていいくらいの素晴らしい籠手だよ。
「ねえ、ゼノ、超かっこいいじゃん。ちょっとそれを構えてみなよ」
「……これ……こんな……」
ぽかんと口を開けて、ゼノは左腕で輝く籠手を見ている。気に入ってくれたみたいで、たまご、嬉しいよ。
「ゼノったら、しっかりしなよ! カッコよく構えてってば」
「お、おう、こうか?」
籠手のゴージャスさに魂を抜かれたようになっていたゼノが、我に返った様子で籠手を構えた。
すると、ゼノの周りをドーム状に虹色の光が包んだ。
「うわー、ゼノったら、ウルトラスーパースターな感じに光り輝いちゃってるよ! すごいね、さすがは伝説級の防具だね、綺麗さが半端ないね」
「ああ。……少し照れるな」
「大丈夫だよ、ゼノは元々正統派のイケメンだからさ、籠手に負けていないよ、すっごく似合ってるよ」
「そうかな?」
そこで、こちらもお口ぽかんになっていたツルートさんが、ようやく抜けそうになった魂を戻したらしく、額の汗をつるっと拭いながら言った。
「……い、いえ、たまごさま、ゼノさま、お待ちください」
頭をぶんぶん横に振る。
「これは、防具、で、ございますので。あくまでも防具でございまして、ビジュアル系の品ではございませんので」
「あ、そう言えばそうだよねー」
あんまり綺麗だから、忘れてたよ。
「じゃあ、たまごが鑑定してみようかな」
「恐れながら、不肖わたくしツルートも鑑定させていただきます……」
鑑定してみた。
『無駄に無敵の籠手 魔石を付けすぎて、無駄なくらいに防御力が高くなったガントレット。これを破ることができるのはたまごくらいしかいない』
「あれ、魔石を付け過ぎちゃったのかな? でも、せっかくだからゴージャスにカスタマイズしたままにしておこうよ。いいよね?」
「使うまでは隠しておいたほうがいいな。あまりにも光りすぎるからな」
「構えなければ、普通の籠手に見えない?」
「こんなに大きな魔石がゴロゴロ付いた籠手があるか!」
「てへ」
ゼノの鋭い突っ込みに、てへぺろをするたまごだよ……ああっ、たまごだから、ぺろってできなかったよ!
「じゃあ、ツルートさん、支払いは……ちょっと、ツルートさん?」
黙ったままのツルートさんを見て、わたしたちはちょっと慌てた。
「おい、店長! しっかりしろ!」
「やば、この人も鑑定したんだっけ。結果を見て今度こそ魂が抜けちゃったかな」
ツルートさんは、半分白目になっていた。
「店長! 店長! おい、たまご!」
「はーい、ツルートさんの気持ちをしっかりさせる薬を『調合』!」
たまごは『すごいたまごアイス』を出して、ツルートさんの口につるっと突っ込んだのであった。




