おまけ話『魔剣・紅蓮の神影』その1
さてさて。
王都に来たたまごは、商業ギルド長のお勧めリストにある魔物を連日狩ってきている。
かなり懐を温かくしているたまごだけど、そろそろビルテンのみんなにお土産を用意しておこうかな。
リザンの頭の剥製ができあがったら、向こうに帰ろうと思うんだ。
友だちが待ってるしね。
……待ってるよね?
じゃないと、たまご、泣いちゃう。
というわけで。
「いやー、イケメンと名高いゼノ副団長とデートできて、たまごは嬉しいよ」
わたしはたくさんのお店が立ち並ぶ通りを歩きながら(浮かんでるけどさ、そこは気持ちだよ)隣で真面目な顔をしているゼノの肩をたまごアームでバシッと叩いて笑った。
「楽しいね。なんか飲んじゃう? ひとつの飲み物をふたつのストローで……飲めるかな? ううむ、たまごボックスを経由すると、めっちゃ長いストローが必要だなあ……」
わたしがカップルの定番を思い浮かべて、なんとかたまごの不思議な力で現実化できないものかと考えていたら、肝心のゼノがひきつった声で言った。
「断じて違う! これは任務であって、デートではない!」
せっかくのデートなのに、今日もゼノは兵士の服装のままである。
ちっ、不粋な男だね!
だから彼女ができないんだよ。
デートしてあげてるたまごに感謝しなよ。
ゼノは『王都の安全を守るためには、たまごをよく監視する必要がある』という、偉い人たちの会議で決まった対たまご対応策に従って、初日からずーっとたまごにくっついているのだ。
サラサラで輝く金髪に緑の目をしたイケメン副団長は、背が高くて引き締まった筋肉がナイスバディだし、見た目がアクション系のハリウッド男優みたいで、王都でもモテモテらしい。
モテるくせに彼女ができないってのは、やっぱ女子の扱いが雑だからかなあ。
頭の中まで筋肉なのかなあ。
「今日はお土産探しを付き合ってねって言ったでしょ? なんでもっとおしゃれしてこないの? なんで剣を2本もぶら下げてるの? ゼノはさ、そこからして間違ってるよね。このたまごが正しいデートについて教育してあげるよ」
「繰り返す! これはデートではない!」
「……この石頭くんめ。えい」
わたしはたまごアームの先で、ゼノにでこぴんを食らわした。
もちろん、充分手加減してるよ?
ゼノの頭の中身が出ちゃったら、殺戮たまごとして指名手配されちゃうもんね。
「つうッ!」
あっ、ゼノがよろけてしまった。慌ててたまごアームを巻きつけて支える。
どうやら手加減が足りてなかったみたいだね、えへっ。
「ごめんごめん、たまごったらお茶目さんだからさ。お詫びになにか美味しいものを買って仲良く食べようよ、カップルらしく」
「だからお前は人の話を聞けよ! 誰がカップルだ、これはデートではなく監視……」
「おっ、ゼノ副団長、今日もたまごと仲良しだな!」
「買い物デートかい? 可愛いたまごにリボンでも買ってやりなよ」
知り合いにそんな声をかけられて、ゼノはふるふる震えた。
「違う……んだ……」
んもう、照れ屋さんだね!
「さて、こんな感じでお土産がほぼ揃ったけど……」
なんだかんだ言って面倒見のいいゼノがアドバイスしてくれたので、ビルテンのみんなへのいいお土産が買えた。
王都の干し肉は、スパイシーで熟成されていて、高級な生ハムに通じる素晴らしい保存食に仕上がってるから大量に買い込んだし、冒険者ギルドのモテっこねーさんのチアさんへは、魔石を使ったブローチをオーダーした。あと、ビルテンの男子諸君への美味しいお酒もがっつり手に入れた(ツンデレドワーフのサンダルクのおっちゃんに飲ませてやるんだ。そして、そのツンデレっぷりを楽しむよ)し、ひいきのエド一家へのお土産も買い込んだし……。
「あとは、ライルお兄ちゃんへのお土産なんだよね」
そうなのだ、ツンが多すぎるツンデレギルド職員にはかなりお世話になっているし、特別な王都のお土産を渡したいんだよ。
元々こっちの出身みたいだからやたらなものを選べないし、一流の腕をしているから武器や防具も普通に売っているものじゃダメだろう。
だいたい、お兄ちゃんに合ったミスリルの防具と武器をドワーフたちにオーダーするからね、あれは最高級になりそうだからね。
「ねえ、なにがいいかな?」
「ライルへの土産か……難しいな。その辺に売ってるものじゃあ、あのライルには……」
お兄ちゃんは、王都でも有名なランクBの冒険者なんだよね。
あー、フツメンなのにたまごよりもずっと有名だったなんて、なんだか悔しいな!
悔しいから、びっくりするようないいお土産をあげたいな!
「いや、でも、むしろなんでもいいんじゃないか?」
悩んでいたゼノが、顔を上げて言った。
「えー、なんでもよくないよー」
「リカの土産なら、ライルはなんでも喜ぶんじゃない……かな……? おい、たまご、どうした?」
わたしがたまごアームを高速で震わせたので、ゼノが怪訝な顔をした。
「なんで? なんでそう思うの?」
「いや……なんとなく。ライルは表面的には誰にでも愛想がいいけど、それほど親しい友だちはいないんじゃないかな? リカが1番仲が良さそうだから……」
え?
そうかな?
「やっぱり、妹分にしてくれるとか、かなり親しいと思う?」
「思うな! 親しいな! よし、そのままライルと付き合え!」
「うわあ、どうしよう⁉︎ ってゆーか、ライルお兄ちゃんにたまごを押しつけて、厄介払いしようとしてるでしょ?」
「バレたか」
「ゼノーッ!」
「ははははは」
じたばたするたまごを見て、ゼノ副団長は笑った。
そして、それを見た王都の人たちが「おい、ゼノ副団長が笑ってるぞ!」「信じられない! あの鬼……じゃなくて、石頭……じゃなくて、真面目なゼノが?」「やっぱりデートだ」「絶対デートだ」「剣を下げてるけどデートだ」とひそひそ話していたけど……ま、いっか。
「ねえ、真面目な話さ、王都でしか手に入らない珍しいものってなにかなあ」
「うーん、洞窟で見つけた宝、とか、魔石かな」
(残念ながら)ふたりでふたつの生搾りジュースを飲みながら、わたしたちはお土産問題について話し合う。
「洞窟って?」
「王都から少し離れたところに、神々の遺跡がある洞窟がある。そこは変わった洞窟で、洞窟自体がアイテムを産み出しているんだ。ただし、強い魔物も産み出すから、命がけで金儲けする冒険者しか行かないけどな」
「ふうん。不思議なところがあるんだね」
わたしはたまごの中で、みずみずしいオレンジをたっぷり絞った果汁を飲んだ。
よく冷えていて、甘酸っぱくて、すごく美味しいな!
果実のつぶつぶが入っているのもポイントが高いや。
「そこから出たアイテムを売っている場所を覗いてみよう」
「済まないね、ここのところ、魔物が強くなりすぎて入荷してないんだよ」
道具屋のおじさんが言った。
「どうも、深部に伝説の魔剣が産まれたらしくてね。それを守る強大な魔物が産まれて、その影響で他の魔物も進化したらしくて、冒険者連中がだいぶやられてるんだ。このままでは、あの洞窟は使えなくなるだろう。商業ギルド長も頭を抱えているよ」
「メリンダさんが?」
あの元気なおばあちゃんが悩んでるなんて、かわいそうだな。
「ねえゼノ、商業ギルドに行きたいんだけど」
「……わかった。行きたくないが行こう」
「なんで?」
「嫌な予感がするからだ」
ゼノは「やはりたまごがいる限り、常にフル装備をしている必要があるな」とため息をついたのだった。




