勇者召喚編 物理が効かない魔物とたまご
「あー、邪魔邪魔ー!」
「リカさん、いろんな意味で危ないですってば! あなたの頭には『避ける』という単語は入ってないんですか!?」
ライルお兄ちゃんがなにか叫んでいたけど、わたしは降り注ぐ瓦礫をすべて体当たりで壊し、ついでに神殿の壁も壊し(だって、神殿の扉って重くて、じゃじゃーん!って感じで時間をかけて開けるから、そんなの待ってられないんだもん)神殿を抜け外へと走った。
その後を、ライルお兄ちゃんが続く。
さらにその後から、レオン&クルトや他の戦闘可能っぽい人たちも続いてくるようだ。
あの異世界の魔物を逃がすと面倒なことになる。
アレはかなり頭がいいし、根性もこってこてに曲がっているから、このチャンスに捕まえないとこりずに他の人間にとりついて、また騒ぎを起こすに違いない。
さっきの言葉からすると、異世界の魔物のアレ(めんどくさいから、もう仮名『アレ』でいいや)は人の心の中にある黒いところにとりつくみたいだ。
ミランディア国民はびっくりするくらいに善人が多いから、今のところ、誰かにとりついてもアレは大したことができていないようだけど、もしもこの世界の一番黒い心の持ち主なんかにとりつかれたら、どれだけの騒ぎを起こすかわからない。
わたしたちはまだミランディア国の一部しか知らない。そう、たとえばこの世界のどこかに魔王並みに黒い存在が眠っているとしても、わたしたちは知らないのだ。
で、そんなのにアレがとりついたら……ほら、めんどくさいでしょ。
上空を漂う黒い塊になったアレは、街の外のミリーちゃんのいる方へ向かっている。
正確には、ミリーちゃんと護衛のガンクさん、そして、銀狼セルガティウスが待っている人気のないところだ。
「なんだか嫌な予感がするなー」
走りながら、わたしは言った。
「どうしました?」
砕く瓦礫がなくなってわたしの周りが安全になったので、ライルお兄ちゃんが隣に並んで走っていた。
「ミランディア人は比較的心が綺麗だから、神殿と少し仲の悪い魔法省の人たちにアレがとりついてもそれほどの力がなかったでしょ。でもさ、じゃあ、銀狼は? セルガティウスは、見たところいい魔族ではあると思うけれど、心に闇がないとは限らないよ。あの狼は、子どもを亡くした母狼だし」
どういう事情で亡くしたのかは知らないけれど、セルガティウスの心に傷があるのは確かなようだ。今回は、我が子にミリーちゃんの姿を重ねたから良い方向に話が行ったけれど、その傷をアレが利用したらまずいことになるんじゃないかな?
「そうですね。いや、この騒ぎも充分大変だったと思いますが。確かにあの狼の心はミリーちゃんによってかなり癒されているようです。もしも今、ミリーちゃんになにかがあったら……」
「やっぱ、マジヤバい感じになるよね。ライルお兄ちゃん!」
わたしは急ブレーキをかけて、たまごアームをコクピット化した。
「乗って! 門に回る余裕はなさそうだよ」
ひらりと飛び乗ったお兄ちゃんを乗せて、わたしは垂直に飛び上がると「うわああああ、あのたまご、飛んだぞ!」と驚く声を下に聞きながら、黒いアレを追いかけて空中をたまご飛行した。
「ふんっ、結界展開!」
ガンクさんが鼻息も荒く結界を展開し、ミリーちゃんを守っている。
その前に、いつでも飛びかかれるように銀狼セルガティウスが身体を低くしていた。
『ほほう、これが奴らを操っていた悪意の正体か。この世界とは異なる波動を持っているな』
「セルガティウス、この魔物はあんたの世界にいた?」
宙を飛び回りながら、わたしは銀狼に尋ねた。
『いや、わたしの世界のモノでもないな』
「別のところから紛れ込んだんだね。まったく、あの神はどんだけでっかい穴を開けちゃったわけ?」
たまごのスクリーンをにらむと、そこには頭を下げた工事のおじさんのアバターが表示され、『工事中につきご迷惑おかけしております』と書かれていた。
穴はまだふさがってないんかい!?
「もう、神のことは後回しにして、今は目の前のこいつをなんとかしよう。ちょっと、モヤモヤしたあんた、」
『我の名は凶神アゴレイヤ。この世界を悪意と混沌で満たしてやろう。人々の悲しみと苦しみが我の糧!』
ふははははははは、と空気を震わせている黒い魔物に「嘘つけ、この小物」とつぶやいた。そして、呼び名は『アレ』じゃなくて『アゴ』にしようと思った。
「なにが凶神だよ、本当の神ってのはもっと迷惑な奴……じゃなくって」
あんまり神をディスるとすねるからね。
「アゴ、とっとともといたところに帰らないと、このたまごが黙っちゃいないよ!」
『誰がアゴだ! 貴様、偉大なる我を愚弄するとは……許さんぞ、この世界を滅茶苦茶に破壊してやる! まずは、この小娘の力を吸い取って潰し、貴様等の心を黒く染めてやろう』
アゴはもやもやしながら、ガンクさんが守るミリーちゃんのところに行き、もやもやと包んでしまった。
『ミリーに手を出すな!』
セルガティウスが飛びかかったが、もやもや状態のアゴには攻撃が効かないようで、すかっと空振りして着地した。
「ミリーちゃん!」
しかし、神力を使って結界を展開するガンクさんの力は、アゴの悪意攻撃にはめっぽう強いようで、ミリーちゃんを余裕で守りきっていた。
ガンクさん、グッジョブ!
ほっとしていると、アゴの奴は作戦を変えた。
『おのれ、小賢しくも聖なる力など使いおって。それならば、貴様はどうだ? 異世界より来たる魔物よ、貴様からは恨みの臭いがするぞ……』
「ヤバ……セルガティウス、よけて!」
わたしはライルお兄ちゃんを乗せたまま、アゴに向かって突っ込んだ。お兄ちゃんがミスリルの剣を振るってアゴを斬ったけど、もやもや状態だからやっぱり効き目がない。
『ふははははははは、役立たずのたまごめが! 貴様の攻撃など偉大なるアゴレイヤにはまったく効かぬわ! 無力無力うううううーっ!』
「あーもう! 腹立つわー」
「はい、腹が立ちますね」
ライルお兄ちゃん、笑顔で腹を立ててもあんまり説得力がないんだけど。
『狼、貴様には行き場がないぞ。子を失った恨みで薄汚れた貴様の心を……』
「ダメーッ! セルにさわんないで! セル、こっちにおいで」
もやもやをにらみながら、ミリーちゃんが言った。
「セルはいい子なの! ミリーのお友達なの! あんたみたいな変なもやもや、だいっきらい!」
『ミリー……』
「セルはピカピカのとても綺麗な狼なんだから。全然汚れてなんかないもん、ミリーにはわかるもん」
ミリーちゃんは、『どやっ!』という顔をして言った。
「セルは世界一綺麗で素敵な狼で、ずっとミリーと一緒にいるのよ。ね、セル、そうでしょ?」
『ミリー、将来聖女になるお前が、わたしのような魔性と共にいるわけには』
「一緒にいるわよね?」
押しの強いミリーちゃんにたじたじとなりながら、セルガティウスは言った。
『だから、話を聞かぬか! 共にいたいのはやまやまなのだが、わたしのような……』
「ミリーといたいのね?」
『それはもちろん、いたい。だが』
「それならば、ずっとミリーの側にいなさい!」
ミリーちゃんがセルガティウスに向かって、びしりと指さした。
「いいわね、セル?」
『うむう……』
セルガティウスは、鼻面を地面にこすったり、頭をぶるぶる振ったりして散々苦悩してから5歳の幼女に言った。
『…………よい』
すると、驚いたことにミリーちゃん指先から銀色の光が出て、セルガティウスの身体を包んだ。
「うわあ、なにあれ? 狼がめっちゃ光ってるよ!」
「……ミリーちゃんの聖女としての力なのでしょうか」
わたしとお兄ちゃんは、口を開けてただ見守っていた。
『なんだこれは? わたしになにが起きているのだ?』
セルガティウスも驚いたように、光を放つ自分の身体を見回し、しっぽを追いかけてくるくる回った。
『なんだ? なんだ?』
そして、巨大な銀狼の身体が縮み、普通の狼くらいの大きさになった。
『銀狼セルガティウス、お前は今から神獣セルになりました。聖女ミリーに仕えなさい』
天から声が響きわたり、セルとなったセルガティウスは『え? 神獣? わたしが? 聖女ミリーに仕えるって……つまり、ミリーといていいということなのか?』と戸惑いを見せた。
「セル、おいで!」
ミリーが両腕を広げ、首を傾げていたセルはそれを見ると、嬉しそうにミリーの腕の中に飛び込んだ。神獣になったため、神力で張られた結界の中に入っても大丈夫らしい。ガンクさんは再び「ふんっ!」と力を入れて結界を展開し続けた。
『ミリー! わたしは神獣になったらしいぞ!』
「セル、ずーっと一緒に暮らそうね。もう寂しくなんかないよ」
『ミリー! ミリー!』
セルは嬉しそうにぶんぶんしっぽを振り、狼というより犬っぽい感じでミリーちゃんにじゃれついていた。
ガンクさんはにやりと笑い、アゴに向かって「手出しはさせないぞ」と言った。
おお、めっちゃかっこいいね!
気がつくと、神殿から追いかけてきたメンバーが離れたところからこちらを見守っている。聖女ーズが結界を張っているから、みんな安全そうだね。
「ふふん、アゴ、これで打つ手はなくなったよ。諦めてもとの世界に帰りな」
『くっ……くくく、なにを言っておる。まだまだだ』
黒いもやもやが巨大な顔の形になって、邪悪な笑いを浮かべた。
『とりつくのによいものがまだ残っているではないか。この中でもっともよいものがな。たまごよ、気づいているだろう……貴様の中の、まっく』
「わああああああああああああ、天使のように純真無垢な真っ白なたまごだよ! 余計なことを言うんじゃないよ、この腐れもやもやが!」
わたしは慌てて叫び、アゴの言葉を遮った。
『だから、そんな貴様が一番まっく』
「地獄へ帰りなもやもや野郎! あんたみたいな悪い魔物にはこのたまごがお仕置きだよ、地獄の底に引きずり込んてやるからね!」
「リカさん……一番まっく」
「ライルお兄ちゃん、たまごは殻のように真っ白! 真っ白ね!」
つぶやくお兄ちゃんの口をたまごアームでふさいで言う。
「なにしろわたしは『愛のたまご戦士』なんだからさ! 全く、本当にたちの悪い魔物だよあのアゴってやつは! うん、目には目を、悪いやつには地獄のお仕置きを、だよね、やっぱりさ!」
わたしはたまごボックスを探ると、目当てのものを取り出した。
「さてさて、お待ちかねのたまごのお仕置きだよ」
「リカさん!」
ライルお兄ちゃんは叫ぶと、後ろに飛び、たまごから離れた。
「そっ、それは!?」
しゃりーん。
「ふふふ、地獄の底から……リザンダヨ」
しゃりーん。しゃりーん。しゃりーん。
わたしは金色に輝くエビルリザンの頭を振った。
『ウルトラスーパー恐怖のたまご踊りが発動しました』
アナウンスが鳴った。




