勇者召喚編 帰還
「さてと。気分が安定したところで、急いで王都に戻ろうよ。あの奇妙な顔になった魔法使いたちが、なにかやらかしているといけないからね」
わたしは『すごいシュークリーム』を食べ終わって穏やかな表情になったみんなに向かって言った。
銀狼セルガティウスも、さっきまでなんとなく暗い影を背負っている感じだったのに、今はミリーちゃんにシュークリームを食べさせてもらって満足し、『ふう……』なんてため息をついて目をつぶっている。こうなると、単にでかいだけで怖くない。むしろ、巨大な可愛いわんこに見えてくる。
え、『巨大』と『可愛い』は、同列に並ばない?
そんなことないよ、ほら、でかくても可愛いのはこのたまごで証明済みだよ。
意志の疎通が図れて、悪い魔物ではなく親切な魔族であるとわかったのと『すごいシュークリーム』のメンタル強化効果のおかげで、一同は銀狼セルガティウスへの恐怖心をなくしていたため、『王都に行くならわたしの背に乗るがいい』というセルガティウスの申し出を有り難く受けることにした。
乗ってきた馬は、放つと勝手に王都に帰るように躾られているから大丈夫なのだそうだ。
銀狼が身体を低くすると、一番小さなミリーちゃんがわしわしとよじ登り、大人たちも次々とトラック並みの大きさの狼の上に乗った。乗り心地はサイコーのようで、わたしとライルお兄ちゃん以外はふさふさの狼の背中に気持ちよく収まっていた。
う、羨ましくなんてないんだから!
魔力が働いているので、セルガティウスの背中に乗った者は絶対に落ちないってことだから、安心だね。
『わたしが人を乗せるなどということはめったにないことだがな』と銀狼が目を細めて言った。どうやら笑っているようだ。
たまごなので狼にまたがることができないし、たぶんセルガティウスよりも楽ちんに早く走れてしまうわたしはたまごアームをコクピット風に変形させ、ライルお兄ちゃんを乗せると「じゃあ行くよ、しゅっぱーつ!」と声をかけた。
『た、たまごよ、少し速度を落とさないか』
疾走する銀狼セルガティウスの思念が届いた。
「あ、ごめんごめーん、ついマッハの速度を目指しちゃうところだったよ」
わたしが「てへっ」と笑ってスピードを落とすと『まったくもって予想の斜め上を行くたまごだな! わたしと併走できるものすらそれほどいないというのに』と返事があった。
「ライルお兄ちゃん、たまごが走るの早すぎちゃった? 大丈夫?」
「流れる景色の速さで、非常識な速度が出ているのだということがわかりましたが、僕にはまったく支障がないので快適に過ごしています。揺れもありませんし……」
おやおや、新幹線に乗っているような感じなのかな。コックピットで風景を楽しみつつお茶を飲めるように、なにかおやつでも出した方が良かったかもしれないね。
「……おやつ食べる?」
聞いてみると、ライルお兄ちゃんは風防ガラス風にうすーく変形したたまごアームに頭をゴンとぶつけて、「あまりの緊張感のなさに、さすがの僕も思わずずっこけました」とうめいた。
「一応、僕たちは悪い奴らがなにかやらかしていないかと懸念して、王都に駆けつけているところですよね? おやつを楽しんでいる場合ではありませんよね」
「はーい、ありませーん。たまごは全力で急ぎまーす」
「それはやめてください。銀狼を振り切らないでください」
「はーい、たまごはパーティーと協力することを覚えまーす」
「……どこまで理解しているのか、たまご取り扱い主任者の僕にもわかりません」
お兄ちゃんは再び風防ガラスもどきにおでこをくっつけてため息をついた。
おでこ、大丈夫なのかな。
フツメンなんだから、おでこにたんこぶを作ったらマヌケになっちゃうよ。そうなったら、さすがのわたしも精神力でお兄ちゃんのことをイケメンに見ることができなくなるよ。
愛の力にも限界があるんだからさ!
そんなことをつらつら考えているうちに、王都に着いた。
「さて、このままみんなで神殿に」
「乗り込むのはやめましょう」
「ええと……やめましょう」
勢いよく言いかけたわたしは、ライルお兄ちゃんの言葉に乗っかってとっとと路線変更をした。
「えー、なぜならば、でっかい狼がのしのし王都を歩いて神殿に入っていったら、皆さんがチョービビるからです!」
「それもありますし、奇妙な魔法使いたちの動向を確認しないで騒ぎ立てて、逆にこちらの立場が不利になったらいけませんからね」
「そうそう、あいつら陰険そうな感じだもんね。特にゲラルっていうおっさんは卑怯テイストな臭いがプンプンしてたもんね! 悪役オーラを放ってたもんね!」
「……否定はできんな。あの男の振る舞いは、もともとプライド高くて鼻についたが、最近特に酷くなってきたからな」
護衛のガンクさんが言い、騎士団のレオン&クルトも頷いた。
「じゃあ、セルガティウスにはここで待っててもらうかな。あとで神官長たちに紹介するよ」
「ここはあまり人がくる場所ではないが、もしも誰かにセルガティウスが見つかったら騒ぎになる。わたしがここに残ろう」
ガンクさんが言うと、ミリーちゃんも「わたしもセルと一緒にいるー」と言って、再びセルガティウスの背中によじ登った。
「ミリー、あんまりわがままを言ってはダメよ」
「エマさん、その方がいいと思いますよ」
娘を止めようとしたエマさんに、ライルお兄ちゃんが言った。
「この先に危険があるかもしれません。安全を確認してからミリーちゃんを連れて行った方がいいでしょう。護衛のガンクさんと、攻撃のセルガティウスがいれば、ミリーちゃんの身は安全です」
『確かに、先ほどの結界は完璧な展開だったな』
まさかの銀狼に誉められたガンクさんは、赤くなって頬を指先でかいた。
「そうだよ。それに、ミリーちゃんが仲良しになってるところを見た人は、セルガティウスをそんなに怖がらないんじゃない? 顔の知られた神殿のガンクさんも一緒にいるなら、余計に信頼性が高いしさ」
わたしが言うと、エマさんは「それもそうですわね」と納得した。
「では、ミリーはおふたりにお任せします」
「お母さん、気をつけて行ってらっしゃい」
狼の上から手を振るミリーちゃんに見送られて、わたしたちは神殿に向かった。
「ちょっとあんたたち、なにやってんのよー!」
神殿内から異様な雰囲気を感じ取って、わたしとライルお兄ちゃん、エマさん、レオン&クルトが中へ突撃した。広間で聖女のセーラさんとシルビアさんが結界を張り、神官長を始めとする神殿の人たちを守っていた。
そこを、あの嫌なゲラルをリーダーにした魔法たちが取り囲み、魔法攻撃を仕掛けている。
「エマ、無事だったか!? ミリーは!?」
ヒゲの神官長がエマさんを見ると叫んだ。
「神官長! ミリーは安全な場所にいます。みんな、大丈夫!?」
「早く逃げろ! 魔法省の謀反だ」
流れ弾からわたしたちを守るように、エマさんが神力の結界を張った。魔法使いたちの攻撃か跳ね返される。
「あんたたち、やっぱり悪さをしていたね!」
魔法攻撃が一切効かない絶対防御力を持つわたしは、エマさんの前に出た。火の玉が飛んできたのでたまごアームでかこーんと打ち返すと、魔法使いたちの中央に着弾して爆発が起き、魔法使いたちが吹っ飛んた。
「屋内でこんな物騒なものをぶっ放して、あんたたち、ばっかじゃないの!?」
たまごの言葉に、プライドの高そうなゲラルが反応して、床に倒れたまま「なにを!?」と目を剥いた。
「神力に守られてこんな安定した平和な世界なのに、権力がどうとかくっだらないことを言ってさ……」
こんなにいい人ばかりの世界で、おかしいんだよね。
わたしは、たまご索敵画面を表示させてそれを確認し「ははあん、やっぱり」とつぶやいた。
「エマさん、ゲラルって前からこんなじゃなかったんだよね?」
「はい。魔法省との中も良好でしたし、こんなことを企む人ではなかったはずです」
「だろうね……」
エマさんの言葉にうなずくと、ライルお兄ちゃんに「リカさん、どういうことですか?」と聞かれた。
「たまごの索敵画面に、魔法使いたちが表示されてるんだけどさ、青いたまごに赤いたまごが重なって表示されてるんだ。つまり」
わたしは、奇妙な表情でのろのろと立ち上がり、また攻撃を繰り出そうとする魔法使いたちを見て言った。
「あいつらには魔物がとりついてるよ。おそらく、この世界のモノではないたちの悪い魔物がね。神が破れ目から逃がしちゃったのは、セルガティウスだけじゃなかったんだよ」




