勇者召喚編 ミリーちゃんの災難
「ねえ、ミリーちゃんのために話を聞かせてよ。いったいなにがあったの?」
わたしがミリーちゃんの名前を出して引き留めると、銀色の狼に似た、小屋ほどの大きさの魔物は、再びうっそりとこちらに向き直った。
うん、この魔物は明らかにミリーちゃんを大切に思ってるよ。
『たまごよ、お前はわたしが恐ろしくないのか?』
狼に似た……もうめんどくさいから狼ね、狼はそう言うとわたしを見て目を細めた。わたしは「ははん、このたまごをみくびってもらっちゃ困るね」と言った。
「あのさあ、5歳の女の子を保護して魔法攻撃から守るあんたを怖がってたらさ、この世のなにもかもが怖くて表に出られなくなるよ。見た目が迫力あっても中身がいい奴ならわたしは怖くなんてないし、友達になりたいと思うよ」
すると、銀色の狼は歯をむき出した。どうやら笑っているらしい。
『そうか、友達ときたか。その娘といい、たまごといい、この世界の生き物はなかなか肝が座っていていいな。わたしは気に入ったよ』
「あ、正しく言うと、わたしと、このライルお兄ちゃんはこの世界の生き物じゃないんだよ。わたしの名前はリカ。愛のたまご戦士で、正義の味方だよ」
『ほう、ということはお前も異世界から来たんだね。わたしはセルガティウス。なんらかの干渉を受けてこの世界以外の場所からやってきた銀狼族だ』
どうやらこの銀色の狼は、魔物というよりも魔族と言った方がいいらしい。こうやって意志の疎通ができるし、頭も良さそうだし、なにより真っ当な性格をしていそうだよ。その辺の魔物と一緒にしたら失礼だね。
「じゃあ、ついでに他のメンバーも紹介しておこうかな。ミリーちゃんとはちゃんと交流ができてたんだね?」
『ああ、そうだ。ミリーは賢いいい娘だ』
セルガティウスはミリーちゃん推しらしいね。
「ミリーちゃんが抱きついているのは、お母さんのエマさん。神殿の聖女をやってるんだよ。ミリーちゃんがいなくなったから超心配して体調を崩しちゃったんだけど、たまごの薬でかなり回復して、こうして迎えにこられたんだ。あとは、神殿の護衛のガンクさんと、騎士団のイケメン代表『レオン&クルト』」
あ、うっかりイケメン騎士ユニットにしちゃったよ。
紹介されたメンバーは、いささか堅い表情で銀狼に会釈した。セルガティウスはその様子を見て楽しそうに言った。
『ははっ、そっちの者たちはわたしのことが怖いらしいな。かまわんぞ、それはごく自然なことだ、むしろ全然恐れられなかったら、子犬になってしまったかと思うぞ』
おやおや、ジョークまで言ったりして、この銀狼はなかなか面白い奴だね。
今たまご並みに平気な顔をしてるのは、ライルお兄ちゃんとミリーちゃんだけだ。無理もないか、いくらいい奴でも、トラックくらいに大きな狼だもんね。
「あの、銀狼セルガティウス、ミリーを守ってくださいましてありがとうございました」
顔色が悪いエマさんだったが、震える声でお礼を言って頭を下げた。
すると、銀狼は『お前がミリーの母親か。娘を無事に引き渡せてよかったよ』と鼻を鳴らした。
『なに、ほんの気まぐれさ……わたしは最近、子を亡くしてしまってな。普段はあまり人間のことに干渉はしないようにしてるのだが、その子の泣き声を聞いてしまい、つい手を出してしまった』
「えっ、あんたはお母さん狼なの?」
わたしは驚いて尋ねた。でっかい狼だから、なんとなくオスだと思ってたけど、メス狼だったんだね。それに、子を亡くしたって……。
狼はふっと顔を伏せた。
『……そうだな。正確にはお母さんだった、だがな……』
狼の表情はあまりわからないけれど、セルガティウスの様子はとても寂しそうに見えたので、わたしも気の毒になってしまう。
すると、エマさんに抱きついたままだったミリーが狼に駆け寄った。銀狼の巨大な前足に、ミリーの小さな腕が巻きついた。
「セル、セル、泣かないで! ミリーがいるよ。これからもミリーが毎晩セルをよしよししてあげるからね、大丈夫だよ」
どうやら、ミリーちゃんはセルガティウスが子どもを亡くしたことを知っていたらしい。慣れた手つきで毛並みを撫でている。
『ミリー……』
銀狼が頭を下げてミリーの前に鼻を突き出すと、ミリーは手で大きな鼻を撫でながら「よしよし、セル、いい子ね、大好きよ」と言った。
『ミリー、ありがとうよ。わたしはお前を助けられて本当によかった。……さあ、お母さんの元にお戻り』
すると、ミリーちゃんはぶんぶんと頭を振って言った。
「イヤだよ! 戻ったら、セルが泣くでしょ!」
『もう泣かないさ。我が子は失ったが、お前を助けることができたからな。ミリー、お前は優しい子だね。母親の元ですくすくと育てよ……』
セルガティウスは鼻先でそっとミリーを押しやったが、ミリーは口をへの字にして鼻に額を押し当てた。
「ダメ、セルはミリーと一緒にいるの」
『それはお前が狙われていたときだけの話さ。わたしたちは一緒にはいられない。これからはお前の母親と仲間が、きっとあの悪い奴らをなんとかしてくれるだろうから大丈夫だろう。わたしの役目は終わったのさ、さあ、おゆきよ』
その眼の奥に寂しい光を見たわたしは、セルガティウスに声をかけた。
「ちょっと待ちなよ、セルガティウス。役目はまだ終わっちゃいないよ。その悪い奴らのことだけどさ。あんたはかなり強いと見受けるけど、なんで人間の魔法使いごときにやられていたの?」
「そうですね。ミリーちゃんをかばっていたとはいえ、やられるままでいたのにはなにか訳があるのですか?」
ライルお兄ちゃんがそう尋ねると、銀狼は鼻を鳴らした。
『あいつらはただの人間じゃあなさそうだよ』
そして、ミリーちゃんを助けた顛末を話し出した。
ミリーちゃんは自分で神殿を離れたのではなく、魔法で眠らされてさらわれたのであった。うさんくさいゲラルの手下の魔法使いたちに、町の外れに連れてこられたミリーちゃんは、そこで目を覚まして逃げ出そうとした。
「もういいから殺してしまおう」
「魔法で殺すと足が着くぞ」
「やはり魔物の森に放り込んだ方がいいな」
「くびり殺して魔物に食わせよう」
あの神の作った綻びから落ちて世界の狭間を漂っていた銀狼セルガティウスは、怯えて泣くミリーちゃんの声にひかれて近づいてきた。
すると、こんな会話をする男たちの姿が見えたのだ。
『子どもを殺す算段をするとは、なんたるクズどもよ……』
しかし。
「待て、殺すなんて聞いていないぞ! 少しどこかでおとなしく待たせるのではないのか?」
無表情な男たちの中で、ひとりだけが顔色を変えていた。
「お前たち、今日はなんだか変だぞ。考えてみろ、いくらゲラルさんのためでも、こんな小さな子の命を奪うなんてことはおかしい……お、おい、なんだ、なにをする、うわああああああああ」
ミリーちゃんをかばおうとした男を、他の男たちが囲んだ。すると、黒い靄のようなものが立ち上って彼らを包み込んだ。
やがて囲みが解かれると、先ほどの男から表情が消えていた。
「……足が着かないように殺して森に置いてこよう」
『なんだ、今の禍々しいモノは? いかんな、このままではあの子どもが危ない』
銀狼セルガティウスは世界の狭間から身を乗り出して、このミランディアで実体化した。
「変だな、魔物が町に現れるなんて」
「こんな巨大な魔物がなぜここに」
感情の抜け落ちた顔で攻撃しようとする男たちたちに目もくれず、セルガティウスはミリーちゃんに向かって『助けてやるからわたしに乗れ』と頭を下げた。少々お転婆だけど頭のいいミリーちゃんは、目の前の恐ろしげな魔物は善なる存在で、魔法使いたちが邪悪なる存在であることを感じたので、ためらいなく狼の頭をよじ登り、身体にしがみつき、そのまま安全な場所へと連れ去られたのであった。
「なるほどね、そういう訳か……『調合』!」
あまりの内容に皆の顔色が悪くなり、特にミリーちゃんの命が危なかったことにショックを受けたエマさんが震えだしたので、素早く薬草と毒消し草を出していたわたしはたまごの薬を調合した。
キシテルの村で超たっぷりの薬草と毒消し草をもらえて助かったよ。たまごの薬が大活躍だよ。
たまご色の光がたまごアームに握った薬草と毒消し草を包み込み、そこにはお盆に乗った山盛りの『すごいシュークリーム』が現れた。
「これはまた、ずいぶんたくさん出てきたね。たぶんセルガティウスの分だね」
わたしはみんなにひとつずつ『すごいシュークリーム』を渡して「まずはこれを食べて、気持ちを建て直すよ」と言い、ミリーちゃんにも渡した。
「はい、これはミリーちゃんの分。気をつけないと、中から美味しいクリームがたぷっと溢れ出てくるからね。あと、このお盆に乗ったのはセルガティウスの分だから、ミリーちゃんがたべさせてあげな」
「わあ、これはなに? いい匂い……」
ミリーちゃんがパクリと食いつくと、たぷっとクリームが出て口のまわりについた。けれど、ミリーちゃんはそんなことはまったく気にせず「うわああああああ、美味しいいいいっ! なんて美味しい食べ物なの!?」と満面の笑顔で叫んで、またシュークリームに食いついた。
ほんとにお転婆さんだね。
エマさんが「もう、ミリーったら」と笑い、自分もシュークリームを食べて「こんなに美味しいんですものね、仕方がないわ」と言った。
「ほら、セルもあーん」
おとなしく口を開ける巨大な狼の口に、ミリーちゃんが『すごいシュークリーム』を入れた。ばくんと口を閉じたセルガティウスの目が大きく見開かれた。
『なんだこれは! わたしはかなり長く生きてきたが、こんなに美味い食べ物は……』
「もひとつあーん」
『あーん』
なんかセリフの途中だったけど、素直に口をあーんしちゃう銀狼だよ。よっぽどシュークリームが美味しかったんだね。




