勇者召喚編 ミリーちゃんを探せ!
翌日、たまごの出した美味しい朝定食を食べ終わってたまごハウスを畳んだわたしは、迎えに来てくれたミーリアさんに連れられて神殿の一室に向かった。
もちろん、その前にお駄賃としてミーリアさんに美味しいたまごのおやつを出すのを忘れないよ。
わたしがたまごハウスを出したのは神殿の庭の一角だったので、薔薇に囲まれた東屋にミーリアさんを連れて行き、チョコレートシロップのかかったたまごのアイスクリーム(しゃくっとしてない、丸いやつね)と苺とオレンジを盛り合わせたプレートと、ダージリンの紅茶を備え付けのテーブルに出して、優雅なモーニング女子会を開いた。
こういう息抜きが女子には必要なんだよね。こっちの世界に来てからは、ワイルドなバーベキューとか肉祭りばかりだったからさ、それはそれで美味しいし楽しいんだけど、現役の女子高生としてはこういうキャーキャーした時間も必要なんだ。
あ、もちろん、ミーリアさんへのご褒美だよ!
わたしが甘いものを食べたかった訳じゃ……ま、ちょっとあるけど。
ミーリアさんは、アイスクリームのあまりの美味しさに涙目になってしまったので、わたしはたまごの出した紙ナプキンで口の周りについたチョコレートシロップを優しく拭いてあげたよ。
そして、部屋に入った途端、やる気満々な装備をした人たちを見て、驚くたまごだよ。
「あれあれ、まさかこんなに大人数の捜索隊になるとはね! たまごもびっくりだよ」
わたしは集まった『たまご捜索隊』のメンバーを見て言った。
わたしとライルお兄ちゃんのふたりで行くものだと思っていたのに、そこには旅装束の聖女エマさんと、昨日助けた神殿の護衛のガンクさん、そしてお馴染み騎士団のイケメン騎士、レオンとクルトがいる。総勢6人の捜索隊だ。
「エマさん、神殿を留守にして、聖女の仕事は大丈夫なの?」
「はい、セーラとシルビアが務めてくれます」
エマさんがうなずくと、まだ若くてピチピチ聖女のシルビアさんが言った。
「ほら、昨日はわたしが出かけて神殿にいなかったじゃないですか。短期間なら、聖女のふたり体制でも問題ないんですよ」
なるほど、聖女は短期出張しても大丈夫なんだね。
「ねえ、たまごははっきり言っちゃうけどさ、これから強い魔物と戦うことになるかもしれないんだよ? たまご、戦いに夢中でエマさんの身まで守れないかもしれないよ?」
水龍みたいになにか飛ばして攻撃する魔物かもしれないし、魔法の流れ弾なんかが聖女に当たったら大変だよね。この世界の魔物じゃないなら、勝手が違うだろうしさ。
すると、きりっとした表情のイケメン騎士たちが言った。
「リカよ、聖女エマさまは我々が責任を持ってお守りするから大丈夫だ」
「そして、我々は聖なるたまごであるリカの身も守る所存だ」
「殻が割れたり、ひびが入ったりしたら大変だからな」
「嫁入り前のたまごにけがをさせるわけにはいかないからな」
って、ええっ、レオンとクルトはたまごも守ってくれるつもりなの?
嫁入り前のたまご……やーん、いい感じ!
こんなに女子扱いされちゃったら、たまご、照れてもじもじしちゃうよ。
「もうもうっ、レオンとクルトったら、言うことまでイケメンなんだからー」
わたしはたまごアームを頬(っぽい場所)に当ててくねくねと怪しく動いた。
お兄ちゃんが「嫁入り前の……残虐たまご……? いや、守る必要があるのは……必要なのは、どちらかとして言うと惨殺防止の方……」とつぶやいたけど気にしないよ!
それはきっとやきもちだからね!
「それでは、行ってきます」
朝から爽やかなライルお兄ちゃんが言った。さすがは冒険者ギルドの顔である。
「クールガさん、グラントさん、聖女たちにミーリアさん、お留守番よろしくね! このたまごがちゃちゃっとミリーちゃんを連れて帰るからさ。あ、これおやつに食べなよ」
「行ってらっしゃいませ……まあああっ、美味しそう!」
わたしがミーリアさんの手のひらにたまごサブレをざらっと山盛りにすると、嬉しそうな声で行った。
こういうちょっとした賄賂使いは、このたまごの得意技だよ。
ミーリアさんは、名前が似ているせいかミリーちゃんととても仲良しだったので、心配でしょうがないのだ。美味しいサブレを食べて、少し心がなぐさめられるといいな。
「ああっ、そうだ!」
「どうしましたか?」
「ライルお兄ちゃんはたまごが連れて行くから、酔い止めを食べさせなきゃ」
これを忘れたら、酷いたまご酔いをしちゃうよ。
わたしはお兄ちゃんのために『すごいたまごアイス』と『すごいシュークリーム』を出してこれで準備万端……ん? みんなの視線が妙に熱いよ。
「……わかったよ、もう。みんなの分も『調合』!」
わたしは人数分の薬を調合して配った。
みんなすっかりたまごのおやつに慣れちゃったね!
わたしはたまごアームを変形させて居心地良いコクピットもどきを作り出し、お兄ちゃんを騎乗(って言うの?)させた。他のみんなはそれぞれ馬に乗っている。
たまごのスクリーンには、ダントツで強い魔物、つまりミリーちゃんを攫った狼みたいな異世界からの魔物の位置がばっちり表示されている。
そして、その色は……赤と青のまだらなんだよね。水龍ウォルタガンダの時と同じだ。つまり、敵にも味方にもなり得る(から、うっかりヤってしまってはいけない)ということだ。
聖女が神力で透視したときも、ミリーちゃんは悪い扱いはされていないようだったから、この魔物は単なる血に飢えた魔物ではないのだろう。
たまごが先頭に立って馬をしばらく走らせ、森に入った。そして、森を抜けると小高い山があり、そこを登っていく。途中に開けた場所があり、崖に洞窟があった。
「この奥に魔物とミリーちゃんがいるよ……あれ?」
たまご索敵の設定に調節すると、魔物に表すたまごの横に青いたまごのマークが表れた。そして。
「なんだろう? 魔物の周りに赤いたまごマーク、つまり敵が複数いるよ! 戦闘が行われているかもしれない」
「戦闘ですって!? ミリーがいるのに!」
「エマさん、落ち着いて。さあ、この奥に行くよ、たまごが先に行くからね」
動揺したエマさんを制して、ライルお兄ちゃんを下ろしたわたしは洞窟奥へと進んだ。
「リカ、先頭は危険だ」
「我らが先に」
「ありがとう! でも、ここは絶対防御のたまごに任せて、ふたりはエマさんをお願い」
あくまでも紳士であるイケメン騎士たちに言い、わたしは先を急いだ。
それは、大きな洞窟だった。しばらく進むと、広場のような場所があり、魔法による先頭が繰り広げられていた。
「ミリー!」
エマさんが叫ぶ。
「引いて!」
飛び出すエマさんをたまごアームで引き倒し、そのまま彼女を追い越して突っ込む。少々手荒だけど、ミリーちゃんを見て頭に血が上ったエマさんにけがをさせるわけにはいかないからね。
その後を、ミスリルの剣を抜いたライルお兄ちゃんが追う。
「は、早い!」
騎士が驚きの声を上げた。
たまごのスピードに着いてこられるのは、ライルお兄ちゃんくらいだ。さすがはランクA冒険者だね!
「リカさん、あの魔物!」
そこには、小屋くらいある巨大な銀の狼がいた。これが異世界から迷いこんだ魔物だろう。
「うん、あれは敵じゃないね! 敵はこっちだよ! ……食らえ、たまごの鞭!」
わたしは、ミリーちゃんらしい女の子を庇う狼型の魔物に向かって、魔法で攻撃を加えようとする魔法使いたちに、たまごアームでできた鞭を振るった。
「ぎゃあああああ!」
「ぐああああああ!」
勢いよく鞭を振るったから、よほど痛かったのだろう。魔法使いたちは悲鳴をあげた。
「女の子がいるのに魔法で攻撃するなんて、なにを考えてんの! さっさと引きな! でないと、このたまごがもっと痛いお仕置きをするよ!」
しかし、こりない魔法使いたちは、奇妙な暗い目でたまごに向かって火の玉やら氷の槍やら石つぶてやらを飛ばして来る。
しかも、これらは脅しの攻撃ではない。明らかに殺す気で来ている。
たまごは絶対防御の力があるからいいけど、でもって、ライルお兄ちゃんは魔法防御力がめっちゃあるミスリルの鎧を装備しているからこれまたいいけど、残りのメンバーに攻撃が行ったら大変!
と思ったら、神殿の護衛であるガンクさんが見事な防御壁を展開して、エマさんと騎士たちをばっちり守っていた。
さすがだねガンクさん、伊達に護衛をしてないね!
安心したわたしは、魔法使いたちに向き直った。
「……ふっ。このたまごを攻撃するとは、あんたたち、愚かにもほどがあるね……」
わたしは、たまごアームをひゅんひゅんと回した。
ひゅんひゅんひゅんひゅんと回して、どんどんスピードを上げて、もうたまごアームが見えなくなるくらいに勢い良く回して、触れた物をすべて引き裂くくらいの勢いで回して……。
「リカさん! ヤってはダメです!」
ブラックになりかけた意識を、ライルお兄ちゃんの叫びが引き戻す。
あぶないあぶない。
うっかり魔法使いたちを皆殺しにするところだったよ、てへっ。
わたしはたまごアームの回転速度を落とした。
と、魔法使いたちは魔導具らしき物を出し、次々と姿を消した。どうやら転移魔法を展開したらしい。
「やつらは魔法省の、ゲラルの部下ではないか?」
防御壁を消したガンクさんが言った。
あの気に入らないおっさんは、やっぱりなにか企んでいたね。
5歳の女の子を危険にさらすなんて、この愛のたまご戦士が許さないよ!
と、そうそう、ミリーちゃんだ。
「お母さーん!」
「ミリー! 良かった……」
巨大な狼型の魔物の後ろから走ってきたミリーちゃんが、エマさんに勢い良く抱きついた。
抱き合って再会を喜ぶ親子。
そして。
「ちょっと待ちなよ! あんたには聞きたいことがあるんだ」
その場を去ろうとした巨大に狼に声をかけると、魔物はうっそりと振り向いた。
『なんだ、たまご。もうその子どもは安全だろう』
「やっぱり……あんた、ミリーちゃんはさらったんじゃなくて、守ってたんだね」
たまごと狼は、その場でじっと見つめ合っ……ああ、たまごだから目がなかったよ!




