勇者召喚編 たまご捜索隊
「わかったよ。魔物にさらわれたエマさんちのミリーちゃんを、連れて帰ってくればいいんだね」
わたしは、たまごアームの先をびしっと立てて言った。
「そんなの、このたまごにはお安いご用だよ! んじゃ、早速……」
しゅっぱーつ! と言おうとしたたまごのアームの先を、ライルお兄ちゃんがくいっと曲げた。
「まだです。シルビアさん、ミリーちゃんの無事が『神眼』で確認されているというのはどういうことですか?」
勢いに流されない堅実な事務職員は尋ねた。
「はい、聖女の力のひとつに『遠くの光景を見る』というものがあります。ミリーちゃんが、その、エマさんちから離れてから、わたしたちは一定時間ごとにミリーちゃんの姿を確認しているのです。なぜか霞んで見えますが、元気に過ごしているみたいで、時折笑顔も見られます」
「笑顔? ミリーちゃんて何歳なの?」
「5歳です」
「ふうん……。それくらいの子が笑顔を見せるってことはさ、安全に過ごしていると考えていいだろうね。で、なぜか霞んで見える、と……」
なにかが、または誰かが、ミリーちゃんの居場所を隠したくて邪魔をしている可能性があるね。
「ミリーちゃんが魔物にさらわれた時に一緒にいたのはエマさん?」
「いいえ……」
エマさんは首を横に振った。
「わたしの仕事中は、あの子は神殿の一角でおとなしく過ごしていることになっているのですが、大人が目を離した隙に神殿の外に出て、町の外れまで行ってしまったらしいのです。そして、そこで町の中に入り込んでいた魔物に連れ去られたのです。魔法省の方が目撃したとのことでした」
魔法省?
また訳のわからないものが出てきたね。
でも、それよりも今は、エマさんの表情が気になるよ。
「エマさん、腑に落ちないって顔をしてるけどさ、どうしてなの?」
「はい。第一に、魔物が町の中に入り込むなんてありえない事ですし、ミリーが勝手に神殿から出た上に町の外れにひとりで行くことも考えられません。まだ5歳ですが、しっかりした子なのです」
「ええ、わたしもそこが気になります」
シルビアさんも同意した。
「エマさんのしている聖女としての仕事をよく理解していますし、ミリーちゃん自身がすでに次期聖女ではないかと思われるほど神殿に馴染んでいるし……。そんなミリーちゃんが無断で神殿を離れるとは思えません」
シルビアさんの話の途中で、扉が開いて人が入ってきた。
「しかし、ミリーが町の外れで魔物にさらわれるところを、魔法省の者が目撃したのは事実だ!」
銀髪に、鼻の下に銀の髭を伸ばしたおっさんが言った。銀のローブを身につけていて、いかにも偉い魔法使い風の……なんだかたまごの気に入らないおっさんだ。
グラントさんが、おっさんに言った。
「ゲラル殿、魔法省の者が嘘をついていると言っているわけでは……」
「そのような口振りではないか。まだ小さい子どもなのだ、気分で親の言うことを聞かずに無断で神殿を離れたのだろう……それで、そのふたりが神託とやらの勇者なのか? 本当にたまごだな」
おっさんは鼻で笑った。
感じが悪いね!
「ちょっと髭のおっさん、あんたは誰なの? 人が話してるところに割り込むとか行儀が悪いね。偉そうに髭なんてはやしてるけど、マナーのレベルは5歳の子ども以下じゃん」
「お、おっさんだと!?」
ゲラル、と呼ばれた失礼なおっさんは、イラッとしたようだ。
お茶目聖女のセーラさんが、くすっと笑って「確かにね」と言った。
「こ、こんなたまごをありがたがるとは、神殿も墜ちたものだな! ふん!」
「魔法省によるミリーの捜索は、全然進んでいないではないですか」
「奇妙な魔物のせいだ! あのような魔物が町に来るのは、神殿の力が弱っているからだろう。いい加減に魔法省の管轄に入って、おとなしく我々に従った方がいいぞ」
ははーん。
魔法省とやらは神殿を傘下に入れたがってるわけだね。
それにしても、このおっさんはやな感じ!
ミランディア国は三人のキャリアウーマン聖女の力の恩恵を被ってるんだからさ、もっと敬意を払った方がいいと思うよ。女だからってナメてんのかな。
なんか腹の立つおっさんだけど、情報を引き出さなくちゃね。
「お……」
「リカさん」
ああっ、ライルお兄ちゃんにたまごアームを堅結びにされた!
これは『少しおとなしくしてろ』の合図だ!
おっさん、ウザいこと言ってないでとっとと話しやがれと言いかけたたまごは、口をつぐんだ。
「ゲラル殿は、魔法省の重鎮なのですね」
ピカピカのミスリルの鎧を着たライルお兄ちゃんににこやかに話しかけられて、おっさんは毒気を抜かれたように「あ、ああ、まあそうだ」と答えた。
「魔法省の職員の目の前で、ミリーちゃんがさらわれたということですか?」
「そうだ。狼に似た巨大な魔物が、ミリーをくわえてそのまま町の塀を飛び越え、走り去ってしまったのだ。魔法で攻撃する間もなかった! そう報告を受けている! だから、魔法省の落ち度ではない」
「子どもをくわえた魔物に、攻撃魔法は使えませんしね」
「まったくその通りだ! 神殿の監督不行き届きを魔法省の責任にされては困る」
「そのようなことは言ってませんよ」
グラントさんが、渋い顔をした。ライルお兄ちゃんが、グラントさんにうなずいて言った。
「大丈夫です、あとは僕たちに任せてください。その狼に似た魔物を探して、ミリーちゃんを連れ帰りますよ」
「はっ、そう簡単にいくかな? 魔物の行方はわからないのだぞ」
「ふふーんだ、たまごには探せるからご心配なく! ええと、結構強いっぽいからたまご索敵のレベルを調整して……」
わたしは強い魔物にだけ反応するように、たまご索敵の設定をいじった。
「……あ、これじゃ強すぎかな。これは水龍だし、これは……」
わたしは途中で口をつぐんだ。
「うん、だいたい目星がついたよ。エマさん、ミリーちゃんの様子はどう?」
すると、三人の聖女はいっせいに目をつぶった。
「……かなりぼやけてるわね」
セーラさんが言った。
「……でも、なんとか……あら、果物を食べてるわ」
「ミリーちゃんは笑ってますね。大丈夫そうです」
シルビアさんも言った。
「リカさん、ミリーは変わりはないようです。魔物が近くにいますが、ミリーに危害を加える様子は見られません」
「そうなのよね。食べ物を持ってくるし寝るときはしっぽでくるむし……不思議な魔物よね」
セーラさんは首を傾げた。
「おっけー。とはいえ、エマさんとしてはやっぱり心配だろうから、明日朝一で捜索に出るよ」
「リカさま、ありがとうございます」
エマさんは頭を下げた。
魔法省のゲラルは「ふん」と鼻を鳴らしてから出て行った。
「お兄ちゃん、なんか怪しいね」
「なにか裏がありそうですね」
神殿の一角に用意された部屋で、わたしとライルお兄ちゃんは眉をひそめた。
今夜はお兄ちゃんはここに泊まり、わたしは神殿の庭にたまごハウスを出すのだ。
「ミランディア国の人たちはいい人が多いけど、あのゲラルってやつは胡散臭いね」
「やはり、地位や権力を欲しがる者がいるのでしょうね」
「わたしには理解できないけどね。胡散臭いだけじゃお仕置きできないから、ちょっとゲラルをつついてみてもいい?」
「ダメです。まずはミリーちゃんを連れ帰りますよ」
にこやかに却下されたよ。
「連れ帰って平気かな? 聞き分けのいいミリーちゃんが魔物にさらわれるまで、なにがあったのかな?」
「もちろん、ミリーちゃんの身の安全はしっかりとはかるつもりです」
「うん、そこが重要だね」
「とにかく、明日、その魔物に会いに行きましょう。いいですか、くれぐれも言っておきますが……」
「虐殺はしません! 高く売れそうないい毛並みの狼でも、いきなりヤりません!」
「結構です。ではまた明日」
「おやすみなさーい」
作戦会議は終了した。




